1. 潜水空母 ACSS-003 「飛鷹」
■ 9.1.1
09 December 2050, North Pacific Ocean, Aircraft Carrier Submarine ACSS-003 'HIYO', 1st Submarine Task Fleet, United Nations of Terra Navy (UNTN)
A.D.2050年12月09日、北太平洋、地球連邦海軍(UNTN) 第一潜水機動艦隊、潜水空母 ACSS-003 「飛鷹」
「キャリア03、こちらフェニックス02。ショートビーコンキャッチした。進入開始する。現在高度08、針路07、速度12。視界不良、ミートボール視認不可。ひでえ霧だ。計器進入開始。」
「フェニックス02、こちらキャリア03コントロール。視界05、風向06、風力08。貴機位置をGDDにて確認。マイクロ波にて確認。宜候、針路そのまま。タッチダウンリーダ(Touch Down Leader:TDL)指示に従って降下せよ。」
HMDの中で、正面下方に向けて黄色の長方形が幾つも並ぶ。
コクピット床面の向こう側であるので勿論見えることは無いが、その徐々に小さくなりつつ連なった黄色い長方形に描かれた十字の中心に、自機位置を表すグライドスロープ代わりの緑の十字を合わせて降下していけば、着艦甲板の中央に到達するようになっている。
並んだ長方形が全て徐々に大きくなり、どんどんこちらに近付いてきている様に見える。
黄色い四角のワイヤーフレームのトンネルの中を通り抜けて行っているような錯覚を感じる表示だった。
それぞれの四角の間隔は高度にして10mを示している。
今のように辺り一面何も見えない濃霧に包まれたときでも、HMD表示に従って降下するだけで確実に空母の航空甲板のど真ん中に着艦できるようになっている。
「フェニックス02、諒解。クソッタレ、何にも見えねえぞ。誰だこんなところで訓練するとか言った馬鹿野郎は。」
「だからだよ。艦載機乗りなら、こういうのやっとかないとな。北太平洋は霧が多いんだ。」
「北太平洋で作戦ねえだろが。高度05。リーダセンターを維持。降下速度05。」
「針路、速度、宜候。例え、だよ。夜間や雨天でも同じ事だ。雲の中で着艦するかも知れんしな。」
自機が風に流されたらしく、リーダブロックがすっと横に流れる。
達也はすぐさま微妙なGPUスロットル操作でそれに対応し、リーダブロックの十字と自機位置の緑の十字を再びぴたりと重ね合わせる。
「高度03、降下速度03。まだ見えねえぞ。」
「宜候。視界05だ。まだ無理だ。」
残り三つ目のブロックを通過したところで、ブロックの間に薄い色の高度5mを示すブロックが追加された。
「高度02、降下速度02。」
「宜候。」
「高度01、降下速度01。」
「宜候。」
相対高度が20mに近くなったところで、キャノピを通して、下方に巨大な黒い物体が存在することを示す陰が真っ白い霧を通して見えてきた。
その黒い影が徐々にはっきりと見えてくる。
そのまま降下すると、黒い航空甲板と、その表面にマーキングされた白線が白い霧の中ではっきりと見えた。
黒い航空甲板がさらに黒くなり、ドスンと着艦した衝撃が機体を突き抜けた。
すぐさまGPUスロットルを戻して、重力制御をゼロに、即ち通常の1Gに戻した。
全方位相対速度ゼロ。
再び僅かに沈み込むような感触があり、着陸脚が航空甲板表面をしっかりと食った事を感じた。
「着艦。フルストップ。」
「タッチダウン確認。機位を維持せよ。流石、良いウデだ。一発でど真ん中に決めたな。」
すぐさま甲板作業員が駆け寄ってきて、霧の中でも鋭く光ってはっきりと見える誘導灯を振り回し、機体を前進させることを指示する。
達也はジェットスロットルを僅かに開け、モータージェット推力を上げて甲板上をゆっくりと前進する。
同時にコンソール上の主翼格納ボタンを押すと、主翼が根元から折れて機体上面で重なり合うように折りたたまれる。
甲板上を前進していくと、前方に緑色の十字灯が見えてくる。
甲板作業員の誘導に従って前進しながら、HMDに表示されているフライトパスマーカを十字灯の縦線に合わせる。
この十字灯はエレベータ上に載ったシャトルパレットの中心線を示すもので、左右にズレがあると、ズレた側に緑色の縦線の隣に赤い縦線が見える様になるものだ。
今は縦線が一本の緑であり、フライトパスマーカが十字のど真ん中に合っているので、軸線にズレは無い。
さらに前進すると十字灯全体が赤く変わり、達也はジェットスロットルを戻し、フットブレーキを踏んで機体を静止させた。
両脇から甲板作業員が駆け寄ってきて、シャトルパレット上の固定具と、達也の機体の固定具をワイヤで繋いで機体を固定する。
ゴトリという震動と、それに続く機械音がランディングギアを通して機体に伝わってきた。
同時にパレットごと機体が沈み始め、潜水空母の腹の中に格納されていく。
10mほど降下したところで再び機体を揺らす震動と共に機体の沈下が止まり、今度は機体後方に向けて動き始めた。
潜水空母の中で搬送されている間は、やることが無い。
達也はコンソールを眺めて、有るはずの無い機体損傷を確認し、メニュー画面を開いてリアクタやAGGの作動状態まで確認する。
戦闘の無いただの訓練飛行だ。
ロールアウトして間もない機体に、損傷箇所やエラーなどあろう筈も無かった。
再びゴトリと振動が伝わってきて機体が静止し、機械動作音も止まる。
同時に機体の周囲に多数の明かりが点いて、機体搬送中は薄暗かった周りの空間が、まるで昼間のように明るくなった。
達也はキャノピを開け、リアクタのシャットダウンシーケンスを走らせる。
HMDヘルメットを脱いでいると、ラダーが取り付けられる音がして、脇から整備兵が顔を覗かせた。
「お疲れさん。上はどうだった?」
顔を出した整備兵が、達也がハーネスを外すのを手伝う。
整備兵の云う「上」とは、勿論空のことでもあるのだが、基本的に外を見ることが出来ないこの潜水空母の外、あるいは海上の状態を示す場合もある。
「ようボギー。どうもこうもねえよ。尾翼が霞んで見える程のひでえ霧だ。こんな中で離発着訓練とか、狂ってる。」
「シベリアのブリザードよりはマシだろ。」
そう言って整備兵は、口の端を曲げる皮肉な笑みを浮かべた。
皆からボギーと呼ばれるこの整備兵の名はボグダノヴィチと云い、以前はハバロフスク南方のペレヤースラフカ空軍基地に居たと云っていた。
ハバロフスク航空基地に居た達也と直接の面識は無かったが、同じシベリアに居たことがある達也に、妙に親しく接してくれているのだった。
「朝から緊張しっぱなしで腹が減ったよ。メシ食ってくる。体感異常なし、エラーメッセージ無し、だ。」
「諒解。後は任せろ。」
シートに括り付けられるように身体を固定していたハーネスを全て外すと、身体の自由を取り戻した達也は、ボギーがラダーを降りて道を空けるのに続いてラダーを降り、いかにも金属板と云った固い板の上にアスファルトの様な何かを吹き付けて摩擦係数を上げたシャトルパレットの表面に降り立った。
普段タメ口で会話する整備兵の誰もがなぜかここだけはキッチリとまともな軍隊式に戻る、機体から降りた達也に向かって脇に避けて敬礼するボギーに軽く答礼をし、達也は機体の下を潜って格納庫エリアの壁際、シャトルパレット脇に設けてある人員用安全通路を通って艦首方向に向かった。
三層構造となっている格納庫エリアの中層部分の両脇を艦首から艦尾に向けて貫通する通路であるが、その幅は向かいから歩いてくる者とやっとすれ違える程度の狭いものであり、ここが巨大とは云えどもスペースの限られた潜水艦の中である事を嫌でも思い出させられる。
上下からやってきて金属の壁に大きく反響するパレットの機械動作音や、整備兵達がたてる工具の音や彼等の声の中を抜け、普段開けっぱなしではあるが手動の水密ハッチをくぐって達也は居住エリアに歩み入った。
思わず見とれてしまって注意散漫になり、通路から足を踏み外してしまいそうな巨大な空間と立体構造体が占める格納庫エリアに較べ、居住エリアは昔何かで見たことのある所謂軍用艦の内部と云った雰囲気を呈している。
もっとも最大幅80m近いこの潜水空母では、従来の潜水艦の様に中心に一本の主通路があってその両脇に様々なスペースが所狭しと連続する様な構造では無く、進行方向に対して横向きの通路や階段などが存在しており、そういう意味では軍艦と云うよりも客船に近いのかも知れないが。
達也はそのような通路を抜けて食堂に足を踏み入れた。
大型とは言え潜水艦である為にスペースが限られているこの艦では、一般食堂と士官食堂を分ける様なことはしていない。
食堂では達也よりも先に戻っていたレイラ達L小隊の三人が既に食事にありついていた。
「お疲れさん。ここ、いいか?」
達也は配膳コーナーでトレイに乗せられたカレーライスを受け取ると、三人が食事をする脇に立った。
「もちろん。」
咀嚼していたカレーを呑み込んだレイラが応えた。
レイラの向かいに座るポリーナとセリアの二人が一瞬顔を上げて達也を見て、すぐに視線を下に戻して食事に没頭する。
どうやらカレーライスは、二人を虜にするほど美味いらしい。
達也はレイラの隣の椅子を引き出し、座った。
カレーライスにスプーンを突っ込み、二・三度口に運んでから気が付いた。
今日は金曜日だったのか。洋上で一月以上も生活していると、曜日感覚が完全に欠落してしまう。
日本海軍の金曜カレーの伝統はこの時代でもまだ残っており、そしてその期待された効果も存分に発揮しているようだった。
「日本海軍って、なんでこんなに食事が美味しいのかしらね。」
そう言ってレイラは皿の上に転がる煮込まれて柔らかくなった牛肉の塊を突き崩して掬い、また一口頬張る。
この潜水空母「飛鷹」を含めて、多くの日本海軍の軍艦が地球連邦海軍(UNTN)に乗組員ごと出向しており、連邦海軍所属の艦として作戦行動を行っていた。
所属は連邦海軍ではあるが運用するのは日本海軍であり、金曜日の昼食に必ずカレーライスが供される事やそのカレーライスの味付けに至るまで、運用する日本海軍の伝統があちこちに色濃く散見される。
この年、2050年02月25日、ファラゾアからの侵略に対する地球防衛において、戦略的にも戦術的にも中心的な役割を担ってきた国際連合(UN:United Nation)は、地球連邦(UNT:United Nations of Terra)へとその名を変えていた。
ここ十五年も国連運営の中心となってきたヨーロッパ連合(Euro Union )とその構成国をはじめとして、自国の領土の東半分と、旧連邦国の半数以上をファラゾア勢力圏に切り取られ、実質的にEUとの共同歩調を取らねば自国内の最重要脅威ファラゾア降下点であるナリヤンマルでの防衛戦を維持することが厳しくなったロシア、「最初の十日間」の初日に完膚なきまでにファラゾアに叩きのめされ、国力が回復しつつあるとは言えやはり国連からの援助と協力を必要としている米国、もとより国連に協力的であった日本や台湾、オーストラリア、そして唯一国連に対して非協力的な姿勢を崩さなかった共産党中国(PROC)がこの地上から消滅し、国家の成立の為のあらゆる事を国連に依存した連邦中国(CN)が成立した後に、ファラゾアという外敵に対抗するために国連を中心として地球的規模での統一化を妨げようとする動きが存在しよう筈も無かった。
とは言え各国ともその国力の限界を振り絞るような戦時下であるため、急激な統一化によってあらゆる分野における事務的或いは実務的な作業が急増することは憚られたため、まずは国連を連邦政府へと昇格した上でその名を地球連邦へと変え、手始めとして喫緊の課題である地球防衛関連の分野から徐々に統一を進めていくこととなった。
また、その統一された形態そのものも、実務作業だけでなく、各国の心理的抵抗を緩和するため、二段階での遷移を予定していた。
2050年に国際連合(UN)は地球連邦(UNT)へと改編され、その後五年を目途に地球連邦(Terra Federation)へと再度改編される予定である。
本来であれば経済や統治と並んで最も各国が抵抗するであろう軍事分野での統一は、各国単独ではとても太刀打ちできないファラゾアという強大な外敵による侵略下で、これまですでに国連軍に対する協力態勢がある程度構築されていたという事実もあって、比較的抵抗なく受け入れられていった。
国土もろとも荒廃した米国、事実上国連の傀儡国家となった中国、四つものファラゾア降下点で実質的支配地域を囲まれ分断されたロシア、という大国の弱体化或いは国連に対する依存性の増加という、本来なら最大の障害になるであろう大国の抵抗が殆ど存在しなかった事も大きな理由の一つである。
地球連邦の正式名称を決定する時に、「地球」という天体の名称をどうするかで激しい議論が交わされた。
所謂デファクトスタンダードにて既に標準語あるいは第一公用語となる事が決定していた英語での表記「the Earth」或いは「Earth」とするべきか、或いは「Terra」「Gaia」と云った従来副次的に用いられてきた古代の名称をわざわざ使用するのか、という問題であった。
結論から言うと、地球という天体の名は「Terra」、そこに生まれ住む地球人の名は「Terran」に統一されることとなった。
最大の理由としては、今後地球上で第一公用語或いは共通語として用いられるであろう英語において、「earth」という単語はそのまま大地、土という別の意味を持つが、「Terra」は元来ラテン語の単語であり、英語の文中で用いられても他の意味を持たず、文書上でも音声においても重複による誤解を与えることが無い、という至極論理的なものであった。
そして語源を同じくして、太陽は「Sol」、月を「Luna」と、それぞれの固有名詞を確定した。
その他の太陽系の天体については、多くが同じローマ神話に基づいた固有名詞が既に振られており、これらについては現在の名称を継続して使用することとなった。
「『地球人』って言う時どうすんだ。『アーシアン(Earthian)』? カッコ悪ぃ。『テラン』の方が短くて言い易いだろ。」
※「Earthian」という言葉は「大地の人」「土の人」という雰囲気を纏う。
と、議場の中でポツリと呟かれた言葉に、その周囲の参加者達が思わず頷いてしまったから、という逸話がまことしやかに伝えられているがこの真偽は不明である。
国連が地球連邦に改編されると同時に真っ先に整備されたのが、当然の事ながら、国連軍改め地球連邦軍(United Nations of Terra Forces: UNTF)の組織である。
地球連邦軍は連邦陸軍(UNTM: arMy)、連邦海軍(UNTN: Navy)、連邦空軍(UNTA: Air force)、連邦宙軍(UNTS: Space force)の四軍から構成される。
本部は、国連軍本部をそのまま引き継いでストラスブールに置かれ、その名を地球連邦軍参謀本部(United Nations of Terra Forces Central Administration Headquaters: UNTF-CAH)へと名称を変えた。
各国軍は連邦軍(UNTF)に取り込まれるのでは無く、各国軍としてそのまま残された。
これは、各国の軍事力をいきなり取り上げて連邦軍に組み込む事を各国政府が受け入れることはあり得ないと判断されたためである。
その代わり代替措置として、各国軍は連邦軍からの要請を受けて兵力を連邦軍に「出向」させることが出来る様になり、また作戦時には作戦開始前に予め交わされた約定に基づき連邦軍は各国軍に「要請」を発することが出来る様になった。
従来、各国軍に対する指揮権を一切持たず、各国軍に作戦行動を「依頼」することは出来ても「指示」することは出来なかった国連軍であった。
この類の依頼は受理され実行されることもあったが、自国の利益に適わないと拒否されることもしばしばであった。
連邦軍は各国軍に作戦行動を「要請」することが出来るようになった。
「依頼(request)」と「要請(demand)」ではその意味するところが異なり、連邦軍から行動を要請された各国軍、或いは各国政府は、その要請を拒否することも可能であるが特別な理由が無い限り基本的には要請に応えなければならず、正当な理由無く拒否した場合には何らかの罰則事項が適用されるものと定められた。
勿論各国政府は色々な屁理屈をこねて要請を拒否する道を探るのであろうが、それにしても拒否に対して何らペナルティーの課せられなかった国連軍時代に比べると格段の進歩であると言えた。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
新章始まりました。
そしていきなり出ました潜水空母。
さらに国連は、前々から囁かれていた地球連邦政府へと大進化。
・・・人類史上の超一大イベントである地球統一を、金曜カレーを食いながらの雑談レベルでやってしまった・・・w