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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第八章 Base Deffence (基地防衛)
218/405

47. PROJECT 'ANTARES'


 

■ 8.47.1

 

 

 Same day, UN Military Headquaters, Strasbourg, France

 同日、フランス、ストラスブール、国連軍本部

 

 

 国連軍参謀総長のオフィスにはいつもの五人と、今日はさらにもう一人の男が集まっていた。

 国連軍参謀総長フェリシアン・デルヴァンクール、国連軍参謀本部長ロードリック・ムーアヘッド、国連軍参謀本部作戦部長エドゥアルト・クルピチュカ、国連軍情報部長フォルクマー・デーゼナー、国連安全保障理事会情報分析センター対ファラゾア情報局長ヘンドリック・ケッセルリンク、そしてヘンドリックに連れられてやってきた対ファラゾア情報局技術顧問トゥオマス・コルテスマキの六名である。

 

「君がかの技術顧問か。随分助けられているとかねがねヘンドリックから聞かされていた。お会いできて光栄だ。」

 

 と、にこやかな握手をもってフェリシアンに迎え入れられたトゥオマスは、「私について何を言っていたのかね?」という表情をありありと浮かべてヘンドリックを一目見た後に、おもむろにフェリシアンの右手を握り、柔らかな革張りのソファに腰を下ろした。

 トゥオマス達がこの部屋の扉を開けたときには中ではすでに四人の男達が会合の最中であったらしく、トゥオマスの抗議に全く耳を貸さずに問答無用で強引に彼を連れ出したヘンドリックの態度は、もともと今日のこの会合に参加する予定があったために少し急いでいたのだろうかと、多少なりとも彼の失礼な態度について納得し、眉間に寄せていた皺の数を僅かに減らしたトゥオマスであった。

 

 その後ヘンドリックによって、つい先ほどまで「倉庫」のオフィスで議論していた内容と共に皆に紹介され、潜水空母、或いは潜水機動艦隊について国連軍のトップの前で持論を展開した。

 SF作家、或いは宇宙物理学、または量子力学の専門家という立場と発想からの奇想天外かつ、しかし正鵠を射た内容の指摘と改善案の数々は彼等の関心を大いに集め、つい先ほどこのオフィスを初めて訪れたばかりである筈のトゥオマスであったが、その発想はすでに彼等の信頼を勝ち得て、「倉庫」の技術顧問という立場に止まらず、国連軍の技術顧問であるかのような扱いとなっていた。

 

「成る程。艦体にバルジを追加して武器格納スペースにする案は了承した。潜水艦からバルジが排除されたのは随分昔のことになるが、再びバルジを与える事になるとはな。非常に興味深い。検討に値する・・・というよりも、是非採用したい提案だ。装備部に伝えておこう。むしろ君に直接装備部を訪れてもらって、担当者を含めたワークショップでも開催してもらった方が良いような気がしてきたよ。ヘンドリック、それは可能かな?」

 

 ロードリックが頷き同意を示すのを横目で確認しながら、フェリシアンが上機嫌にトゥオマスに言った。

 それに応えてヘンドリックがここぞとばかりに提案を差し挟む。

 

「それは可能です。ただ、私としてはそれに加えて彼を『アンタレス』に参画させることを提案したい。」

 

 先ほど「倉庫」を出立する前にヘンドリックから聞かされた「アンタレス」という計画名が再び出てきたことで、トゥオマスは軽く眉を顰めてヘンドリックを横目で見た。

 結局、「アンタレス」という名のプロジェクトが何であるか、トゥオマスはまだ教えられていなかった。

 何も知らされないまま、自分を蚊帳の外に置いて勝手に話が進んでいく不快感を感じていた。

 

「先ほどから私も考えていた。双方の思惑が一致したようだ。今まさにその柔軟な発想と多岐に渡る知識を現実に示してもらった。彼なら大歓迎だ、というよりもこちらから参画をお願いしたい。トゥオマス、良いね?」

 

「良いも何も。その蠍座の赤い星の名前が付いたプロジェクトについて、私はまだ何も知らされていないのですがね。」

 

 多分に嫌味を混ぜ込みながら、トゥオマスはフェリシアンの眼を見ながら、いかにも不満そうに言った。

 

「何だヘンドリック、彼にアンタレスの内容をまだ話していないのか。いつも見事に先回りする君らしくないな。」

 

「内容が内容ですので。承諾戴かない内から他に漏らす訳にもいかんでしょう。」

 

「成る程。『倉庫』の長らしい適切な判断だ。宜しい。私から概略を説明しよう。

「先ほどまで話題となっていた潜水機動艦隊によって、我々人類は能動的(アクティブ)に移動しながら、大量の航空戦力を柔軟且つ即応的に任意の場所に投入できる手段を再び得る事となる。そして一方、多数の戦闘機を地球上のどこへでも降下させることが出来、かつ圧倒的な破壊力で宇宙空間から直接地上目標を攻撃できるファラゾア艦隊を迎撃可能な手段をすでに手に入れている事は知っているね? 我々はやっと、手の届かない空の高みから一方的に殴られてばかりだった状況を引っくり返し、限定的ではあれども、連中の横っ面をはたき返す手段を手に入れたのだ。これはあの侵略者共をこの地球から叩き出す為の第一歩だ。まだまだ道は険しく、やっと一歩を踏み出しただけで、ゴールは遙か彼方だがね。しかしそれでも、地球奪還に向けた確かな一歩であることだけは、間違いない。」

 

 フェリシアンは内容が確実にトゥオマスの頭に浸透していることを確認するかのように、そこで一旦言葉を切って、ロードリックが頷くのを確認するために脇に向けた視線を再びトゥオマスと合わせた。

 話の先を促すようにトゥオマスが軽く頷くと、僅かに口角を上げ、フェリシアンは先を続ける。

 

「その先はどうする? という話だよ。ファラゾアを地球から叩き出して終わり? それで良い筈は無い。地球の周りを飛び回っている、さらには我らが太陽系を我が物顔で好きにしている異星人共を、太陽系の外に蹴り出し、ご帰宅願った上で、二度とこの太陽系の敷居を跨げないようにすることが最終的な目標であることは、云うまでもないことだと思う。」

 

 トゥオマスは深く頷いた。

 当然のことだ。そして地球防衛を一手に担っている国連軍上層部は、当然それを視野に入れて長期的戦略を立てていなければならない。

 例えそれが気が遠くなるほどに永い時間を必要とするものであったとしても。

 我々人類は、刈り取られ脳味噌を採取される為に生まれてきた、奴等の家畜では無い。

 自分達の生き方を自分達で決め、自分達の未来は自分達で選ぶ。

 

「それは非常に長い道程になるだろう。だが我々人類の生存のため、必ず成し遂げねばならない。

「始めの一歩は、月を含めた地球周辺宙域の確保となるだろう。それは良い。荒っぽい言い方をすれば、空気が有るか無いかだけの差で、現在の戦いの延長戦とも言える。戦闘機は地上の基地を発着して、地球周辺宙域の敵を掃討して、宙域の制宙圏を確保すれば良いのだ。」

 

 フェリシアンは再び言葉を切った。

 この時点でトゥオマスには、「アンタレス」という名が付けられたプロジェクトの内容が分かってしまった。

 地球周辺宙域の制宙圏を確保した次のステップは?

 そして、蠍座の赤い星の名を付けられたその意味も。

 赤い星。火星(マルス)。ファラゾアが地球侵略の橋頭堡とし、戦闘機械の製造工場を建造した星。

 そして、アンタレス(火星に対峙するもの)

 

「その顔は、もう理解したようだね。

「その通り。次のステップは、火星軌道に駐留する敵の艦隊を殲滅すること。そしてファラゾア共が火星に建造した戦闘機製造工場を破壊すること、だ。」

 

 その通りだ。

 問題は、それを成し遂げる手段、そのための機材、兵器。そしてそれを建造するための技術。その為のプロジェクト。

 ・・・なるほど。

 異星人共をこの恒星系から叩き出し殲滅するための長い道程の、中盤の要、そしてその後の全てを左右し決定づけるほどのメインイベント。

 その意味するところと、そのための手段を想像し、トゥオマスは全身に鳥肌が立つのを自覚した。

 

「火星は遠い。最も近い時でも7000万km、遠いときには4億kmにもなる。

「火星宙域で敵艦隊と砲撃戦を行う、或いは有力な戦闘機部隊を火星宙域に投入し、太陽系深宇宙域で継続的に戦闘を行うための、我々の宇宙(スペース)艦隊(フリート)が必要だ。流石に地球から平均数億km、500G加速で往復12時間の宇宙の旅を、出撃の度に全戦闘機に毎回飛べとは言えん。疲れ果てたパイロットと傷付いた戦闘機による戦闘以外での損耗が、考えたくもない数字になりそうだ。」

 

 だが、まだ足りない。

 

 トゥオマスは、フェリシアンから聞かされたファラゾア撃退のためのロードマップに身を打ち振るわせながらも、しかし戦いの意思を宿した鋭い視線をフェリシアンに向け続けていた。

 

「侵略者どもが火星を橋頭堡としている事は承知しています。火星以遠の惑星についての奪還計画は?」

 

 それは、トゥオマスが個人で考え続けていたことだった。

 敵は消耗した戦闘機の補充を火星で行っている。

 百隻を超える艦隊の安全な停泊地としても、火星を利用している。

 

 では、燃料と食料はどこでどうやって補給しているのか?

 有史以来、戦いに明け暮れた地球人類の歴史が証明している。

 兵站として、なくてはならない五つの要素。

 消耗した兵士の補充、損耗した兵器の補充、弾薬の補充、食料の確保、燃料の補給。

 

 ファラゾアの軍であれば、兵士イコール兵器と考えて良い。

 それを補充しているのが、今この場で話題となっている火星だろう。

 

 ミサイルなどの消耗する弾薬も、火星の工場で製造しているのだろう。

 もう一つの連中の主武装であるレーザー砲に関しては、兵器のリアクタが動作している限り弾薬補給の問題から完全に解放されている。

 

 食料は?

 実際の「兵士」が搭乗している訳では無いとは云え、生体脳を使用する限りは、生体脳を生かして動かすための養分が必要となる。

 連中が物質転換技術を持っているのであれば、火星の岩石からでもグルコースを合成することが出来るだろう。

 しかし、脳を取り去った後の廃棄物である、捕獲した地球人類の身体(ボディー)という炭素をふんだんに含んだ都合の良い原料があるのだ。

 高コストであろう物質転換よりも、地球人類の身体を分解した方がコスト的に有利なはずだ。

 であれば、「食料」の調達先はこの地球上の降下点に設置された地上施設、或いは火星の工場という事になる。

 

 最後の一つ、燃料については、これまでの敵戦闘機械の分解解析の結果、軽水素(H)を一次反応燃料とした熱核融合炉が用いられていることが明らかとなっている。

 燃料の形態としては、液化軽水素(H2 liq)であったり軽水(H2O)であったりする様だが。

 いずれにしても、軽水素を太陽系内のどこかで調達する必要があり、その最有力候補は、火星のすぐ外側、太陽系最大のガス惑星である木星であると考えられている。

 実際に近年色々な方面で成果を上げている対深宇宙重力波監視網(GDDDS)によって、木星周辺におけるファラゾア艦隊の活動が幾度となく確認されている。

 

 であるならば、火星から敵を駆逐した後の次の目標は必然的に木星となる。

 兵站の重要要素の最後の一つ、燃料の供給を絶ちに行く。

 

 木星から追い払われた敵は、当然次の燃料補給先を求めるであろうが、木星以遠の惑星は全てアンモニア或いはメタンを多量に含んだ大気を持つガス惑星である為、ファラゾアは追い払われる度にすぐ外側の惑星に取り付く事が考えられる。

 ただし、いずれもガス惑星であり、固い地表に固定された基地を攻撃するのではなく、惑星大気から燃料補給を行っている敵艦隊を追い払い制宙権を確保するという意味において、距離の差こそあれ、木星以遠の惑星での戦い方はいずれも似通ったものになるだろうとトゥオマスは考えていた。

 

「目標は決まっている。奴等の燃料供給を絶つため、次の目標は木星となるだろう。だが、具体的な攻め方についてはまだはっきりとは決まっていない。」

 

 フェリシアンのその言葉に、トゥオマスは僅かに失望の念を抱く。

 長期的計画を立てるならば、例え概略であるとしても、最終的到達地点であるファラゾアを太陽系から追い出す所までの道筋を考えるべきだ。

 どうやらそれが顔に出ていたらしい。

 フェリシアンは、我が意を得たりとばかりに笑みを浮かべて言葉を継いだ。

 

「その先はまさに現在策定中だ。木星の奪還はアンタレス計画に含まれていない。アンタレスの延長上で、新たなプロジェクトを立ち上げる必要があるだろう。火星とは少し違った攻め方と構成になるだろう。勿論、君もそこに参加して欲しい。その先についても、だ。既に大枠の決まっているアンタレスよりも、君の意見を反映しやすいぞ?」

 

 フェリシアンはそう言ったが、実のところ自分の意見が通りやすいかどうかなど、トゥオマスにとってそれほど重要なことでは無かった。

 ファラゾアを追い払うために地球人類が初めて建造する本格的な宇宙船、そしてその宇宙船からなる宇宙艦隊の編成。

 そのプロジェクトの一員となり関わることが出来るようになっただけで、トゥオマスにとって十分すぎる程の喜びであった。

 それはまさに、子供の頃から夢みていたもの。

 

 自分がその乗組員となることは無理だろう。

 だが、自分が開発に携わった宇宙艦隊が、侵略者と戦うために宇宙という名の大海原を進んでいく。

 今でもその様な夢を見ているからこその、それをせめて自ら紡ぎ出す物語の中で描き出すための、SF作家という職業だった。

 

 いまだその姿さえ形にはなっていない船が、無数の星が煌めく漆黒の宇宙を征く姿を想像しながら、トゥオマスはフェリシアンの言葉に力強く頷いた。

 

 

 

 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。

 

 新年あけましておめでとうございます。

 年末年始、少し間を開けてしまいましたが、本日からまた更新開始致します。

 今年もよろしくお願い致します。

 

 やっとこのお話も、分野「宇宙」、タグ「スペースオペラ」に対してサギと言われない様な話題が出てきました。w

 宇宙船が実際に形になるまでには、まだまだ時間がかかると思いますが、方向性はちょろりと見えたかと思われます。

 このお話の一番最初に書きましたが、地球人類が宇宙へとこぎ出す話です。

 

 それでもいまだに地球は徐々にファラゾアに侵食され続けており、まだかなり先の話ではありますが。

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