46. 潜水機動艦隊
■ 8.46.1
11 June 2048, Transport fluvial et aerien sur le Rhin, Strasbourg, France
A.D.2048年06月11日、フランス、ストラスブール、ライン河川航空運送
通称「倉庫」、正式名称は国連ファラゾア対策局の局長であるヘンドリック・ケッセルリングのオフィスで、いつもの三人の男達がテーブルを囲んで話をしている。
一人は部屋の主である、ヘンドリック・ケッセルリングその人。
また一人は、長くヘンドリックと共に働く副局長のシルヴァン・ボルテール。
最後の一人は、一年ほど前にこの組織に加わったばかりの技術顧問であり新進気鋭の人気SF作家という別の顔も持つ、トゥオマス・コルテスマキ。
この組織が立ち上がった当時、トップミーティングでもある密談は、局長のヘンドリックと副局長であるシルヴァンの二人の間だけで行われていたものだったが、二人ともが少々苦手とする科学的技術的な問題の解析と、人類の常識では対応しきれないと推察されたファラゾアの技術や兵器などに関する意見を求めるために雇い入れられたトゥオマスがこの密談に参加するようになって早一年が経過する。
当初科学技術やそれに類することのみに関して意見を求められていたトゥオマスであったが、意外なことに軍事や国際関係など他の多くの分野に関しても並々ならぬ知識と的確な意見を述べる事が判明した後は、ファラゾア情報局が取り扱うおおよそ殆どの事柄において、従来ヘンドリックとシルヴァンのみで行われてきた密談に三人目のレギュラーメンバーとして加わる事となった。
そのトゥオマスが喜色満面で先ほどから一人喋り続けている。
「実に素晴らしい。これは浪漫だよ。そうは思わんかね。男なら誰しも一度は子供の頃に、空想の世界の中でこれに類したものを想像して、強大な敵と戦うことを夢みるものだよ。いや、実に素晴らしい。国連軍の上層部のアタマも、思ったほど捨てたもんじゃない。」
素晴らしいを連発するトゥオマスがそれほどまでに興奮した対象は、最近になってようやく形が整ってきた、潜水空母を中心とした潜水機動艦隊構想であった。
重力推進のみを備える小型戦闘機械であるファラゾアの戦闘機は、水中においてはその推進法式の特性によって行動が極めて制限されることが知られている。
これはファラゾア来襲当初から、大型水上艦への殲滅攻撃が執拗に行われたのに対して、海中に潜む潜水艦には殆ど攻撃が行われなかったことから、経験的に知られていたことであった。
地球人類も重力推進を手に入れた後、実際に重力推進を備えた小型機による実験を行うことでその経験則が正しいことが証明され、また理論的にも正しいと確認された。
ファラゾアは海中の船舶には無関心、或いは手を出せないと経験則のみで知られていた頃から、地球人類は海洋輸送を水上から海中に切り替え、大型の潜水艦を輸送艦として用いてきた。
ファラゾアにより完全に断たれてしまった海上輸送を、形を変えながらも復活できたこと自体も地球人類にとって大きな前進となったのであるが、海中の利用はそれだけに止まらなかった。
規模としては往年の正規空母には遠く及ばないまでも、超大型の潜水艦に特殊な機能を加えて航空機を搭載して海中を移動し、任意の洋上で航空機を離発着させて航空戦力を展開しうる潜水空母なる兵器を生み出した。
多くの場合全長300m強のサイズを持つ潜水空母は、二十機から三十機ほどの航空機を搭載することが可能である。
反応炉を動力とした潜水空母は、自分の周りを取り巻く海水からほぼ無限に燃料である水、或いは水素を取り出すことが出来る。
敵をファラゾア戦闘機、或いはファラゾア艦に限定したことで海中での静粛性を要求されることは全く無くなり、そのため反応炉から発生する熱を用いたハイドロジェット(H-Jet)推進を採用した潜水空母は、大型艦であるにもかかわらず50ktという破格の海中速度を手に入れることが出来た。
海上戦力をほぼ無効化され暇を持て余していた海軍と造船業界、或いは海洋兵器メーカーは、潜水艦を母体にしてさらに多くの艦種を次々に生み出し、終には潜水空母を中心として様々な種類の潜水艦によって構成される潜水機動艦隊なるものまでをも生み出すに至った。
潜水機動艦隊は主に航空戦力を擁する複数の潜水空母(Aircraft carrier Submarine)を中心にして、対空兵装を多数備えた潜水駆逐艦(Destroyer Submarine)あるいは、大口径高出力のレーザー砲を備え遠距離対空迎撃性能を持つ潜水巡洋艦(Cruiser Submarine)、海中発射可能な艦載型の重力推進ミサイル多数を搭載した潜水ミサイル艦(Missile carrier Submarine)、GDDを中心とした高度な哨戒能力を備えた潜水哨戒艦(Patrol Submarine)、航空燃料や食料、その他消耗品を格納して艦隊に随伴する潜水輸送艦(Transporter Submarine)など多くの艦種の潜水艦によって構成される。
地上を移動する自動車や、戦闘機などとは異なり、潜水艦を一隻建造するにはそれなりに時間がかかる為、前述の潜水機動艦隊を構成する艦を揃えるには長い時間が必要となる。
しかし海上交通が利用不能となった為に新しい船を建造する事が出来なくなり、完全に仕事にあぶれた世界中の造船業界が久しぶりのまともな仕事にこぞって飛びついたため、多数の艦船が同時に建造されることとなり、当初の予定よりも遙かに短時間で多くの艦を揃える事が出来たのだった。
「で、これらの艦には勿論重力推進が搭載されているのだろうね?」
「は?」
海中では重力推進は極めて非効率的な推進方法であると云うのは、今の世界で僅かにでも軍事に携わる者にとって常識と言って良い事柄であった。
そんな事を突然言い始めたトゥオマスの言に、シルヴァンが混乱した表情で声を上げた。
トゥオマスがそれを知らない筈は無かった。
「トゥオマス、君が知らない筈は無いだろう。重力推進は、海中では効率が悪すぎて使えない。これらの潜水艦は全てH-Jetによる推進器を備えている。海中速度は50ktにも達し・・・」
困惑したヘンドリックがトゥオマスに説いて聞かせるように話し始めた。
「何を言っているのだ君は? 誰が海中の話などをしているというのだね。」
昔大学の講師をしていた経歴を持つトゥオマスが、出来の悪い生徒を叱責するかのような表情でヘンドリックを見る。
何を言っているのだこの男は? 潜水艦なのだから、海中の話をしているに決まっているじゃないか。
眉を顰めたシルヴァンがトゥオマスを見た。
「はぁ。そんな体たらくだから我ら地球人類はいつまで経ってもあのトロ臭くてやる気の無い異星人どもに勝てないのだよ。いいかね? 潜水艦が海の中に居なけりゃならないなんて、誰が決めたのかね?」
いやいやいや、潜水艦だろう。潜水艦は海の中に居るから、潜水艦と云う名前が付いているのだろう。
シルヴァンは心の中で盛大に突っ込みを入れた。
勿論、それを口に出すようなことはしない。
どうせまた、あの人を馬鹿にして見下げた様な目線と態度で対応されるのがオチだ。
「では訊こうか。その潜水空母の作戦能力は? 波高何mまで航空機離発着能力があるのだね?」
「通常波高4mまで航空機離発着が可能だ。最大で7m。7mを越えると航空甲板が波を被り、離発着が不可能な状態になる。そもそも揺れで、まともに離発着作業が出来なくなるだろう。」
「いいかね。北太平洋冬季での沿岸平均波高は約2m、最大値は7mほどになる。沖合ならば、より波は高くなるだろう。つまり、少し海が荒れれば波高4m程の波が普通に存在し、二十分に一回は波高7m近い波が発生するのだ。ちょっと天気が悪かったので作戦行動が出来ません、では、兵器としてどうなのかね。」
ヘンドリックもシルヴァンも、トゥオマスが何を言いたいのか気付いた。
しかしその発想はなかった。
多分、軍上層部の誰もそんな発想はしなかっただろう。
潜水艦に航空母艦機能を持たせるだけで、充分な奇想兵器なのだ。
さらにそれを取り巻く艦隊を造り上げて、水中機動艦隊などと云うトンデモ兵器の集合体を造ってしまった。
ましてや、空を飛ばそうなどと。
「ふん。理解した様だね。潜水空母に重力推進を搭載することで、空母自体を空に浮かせることが出来る。そうすれば、波浪による航空作戦能力低下とは無縁になる。離発着の時は空中で作業すれば、波も揺れも関係なくなる。そしてそれ以外の時には元々波の高さなど関係ない。潜水艦なのだからね。そして敵に襲撃された場合は、本来の性能を発揮してさっさと水中に逃げ込んでしまえば良い。」
余りの奇想天外さに、シルヴァンはその実現の可能性について混乱しながら考えを巡らし、ヘンドリックは開いた口が塞がらなかった。
「理論上、潜水機動艦隊はそのまま宇宙に出ることも出来るが、これはやめた方が良かろうな。宇宙空間での砲撃戦では、敵に一日、いや万年の長がある。にわかで造り上げた宇宙船、どころか本来は水中が本領の潜水艦に、宇宙空間での砲撃戦で敵に勝てるとは到底思えん。」
「潜水艦で宇宙空間、だって?」
余りの話の飛躍にヘンドリックは頭が付いていかない。
潜水艦に空を飛ばし、さらに宇宙に出る?
それはどこの子供向けTV番組のストーリーだ?
「いやいやいや、無理だろ? 潜水艦だぜ? 宇宙空間? 意味が分からねえ。」
「まさか君は、宇宙の真空が、などと言うのではなかろうね?」
思わず反論を口に上らせたという風のシルヴァンを、トゥオマスがまた例の出来の悪い生徒を見る表情で見る。
「いいかね。潜水艦が普段行動しているのは数十気圧から百気圧にもなる水中だよ。その数十気圧の気圧差に耐えられる潜水艦の船殻が、たかが一気圧の気圧差しかない宇宙空間に耐えられないわけがないだろう。もっとも、本格的に宇宙空間を航行させるためには、放射線の問題や、エアロックの問題など、解決しなければならない問題が幾つもあるだろうが。しかし一時的に宇宙空間を航行するには、全く問題無い機能を潜水艦という船は備えているのだよ。」
言われてみれば、その通りだった。
・・・いや、その通りなのか?
ヘンドリックとシルヴァンは、さらに混乱の度合いを深める。
何故か、安っぽいペテン師に騙くらかされている様な不安が付きまとって仕方がない。
「そういう意味では、この度潜水艦を母艦とし、さらに潜水艦で機動艦隊を組んだという軍の発想を私は非常に高く評価している。この潜水艦建造技術と運用経験は、今後ファラゾア戦が地球大気圏内から宇宙空間、延いては深宇宙へと移っていくに従い必ず必要性が出てくる宇宙船、或いは宇宙艦隊の建造の為の礎となるものだよ。だから訊いたのだよ。『その潜水艦には重力推進が載っているのだろうね?』と。
「で? 載っているのだろうね?」
話が振り出しに戻り、幾分疑うような色を表情に混ぜたトゥオマスが再び二人に尋ねた。
勿論、載っている筈がなかった。
その様な機能が持たせられていれば、国連軍上層部と頻繁に会合を持っているヘンドリックに知らされていない筈がないからだ。
普通に考えれば、今や全世界の軍事力を統括し地球防衛の要である国連軍の上層部の決定を、新進気鋭とは言え人気SF作家という理由で任命された一介の相談役でしか無いトゥオマスが「高く評価している」などと評するのは、烏滸がましいにも程があるのだが、勢いに押されたかヘンドリックもシルヴァンもその考えには至らなかった。
むしろ、トゥオマスの持論に完全に圧倒され、少し考えれば思い付いたはずの、重力推進器を搭載する事をなぜ誰も思い付かなかったかと悔しがる思いの方が強かった。
「いや、搭載されていない。普通の潜水艦として建造されている。」
「そんなところだろうね。既に完成した艦は、とりあえず訓練艦としてでも就役させて、大規模改修の時にでも搭載すれば良い。建造途中で今からでも仕様変更可能なものには、全て重力推進器を搭載すべきだよ。そこのところの有用性はもう理解して戴けたことと思うが?」
「ああ、分かっている。すぐにでも国連軍本部に持ち掛けよう。」
「まあ、待ちたまえよ。どうせ話を持っていくのであれば、一度にまとめた方が良い。」
極めて重大な案件を手に、今にも同じストラスブール市内にある国連軍本部に向かって部屋を出て行きそうなヘンドリックに、再びトゥオマスが声をかける。
「まとめて? まだ何かあるのか?」
「ヘンドリック、当然だろう。我々はまだ、たった一つの改善点について議論を終えたに過ぎない。頭の固い軍の装備部が見落としているものや、思いも付かなかったものは、他にもごまんとある筈だ。
「手始めに、万が一ファラゾア戦闘機が水中に突入してきた場合の攻撃法はどうなっているのかね? とりわけ、連中のミサイルが突入してきた場合は? 水中では絶望的に脚の遅いミサイルとは言え、対潜ヘッジホッグのようにばら撒かれて飽和攻撃されると、なかなか厄介な事になりかねん。そしてあの爆発力も厄介だ。飽和攻撃で発生した水中衝撃波だけで、下手をすると機動艦隊が壊滅的な被害を受ける可能性がある。発見次第、できる限り早期かつ遠距離で対処しなければならない筈だよ。」
次々とまくし立てるトゥオマスを前に、ヘンドリックは逆に冷静に戻っていった。
そして一つの提案を行う。
「トゥオマス、君はプロジェクト『アンタレス(Antares)』を知っているか?」
「即ち私が云いたいのは・・・・なんだって? アンタレス? いや、その様な名前のプロジェクトは耳にした覚えがないね。何だね、それは?」
「出かける支度をしてくれ。一緒に国連軍本部に行くぞ。まずは参謀本部で先ほどの潜水機動艦隊に関する話をして貰う。私が説明するよりも、直接話してもらった方が良い。その後、アンタレスへの参加を私から推薦する。急いでくれ。すぐに出るぞ。」
「ちょっと待ってくれ。そのプロジェクトについてもう少し詳しく聞かせてもらえないか?」
「ここでは話せない。とにかく外出する支度だ。私は上で待っている。シルヴァン、後を頼む。」
「おーけー。」
「待ちたまえ。中身も分からない妙なプロジェクトに勝手に登録されて時間を取られるのは甚だ心外なのだがね。ヘンドリック、君は人の言っている事を聞かずに・・・」
「急げよ。」
ヘンドリックは執務机の脇に置いてあった書類で膨らんだ鞄を手に取ると、抗議の声を上げ続けるトゥオマスの肩を叩いてそのまま部屋を出て行った。
まだ大声で、勝手に余計な仕事を押し付けられた事と、時間の大切さについてトゥオマスが抗議を続ける声がそれを追いかける。
既にオフィスフロアの中、エレベータまでの距離の半分ほどを歩いたヘンドリックが足を止めることはなかった。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
年末は今回が最後の更新となります。年明けは、1/7からの更新の予定です。
皆様、良いお年をお迎え下さい。
とうとう具体的に出てきたぜ、トンデモ兵器。
ただの潜水空母かと思えば、宇宙まで行けるってよ。w
日本海軍艦の艦名は403からの続き番にしようかと思ったりしましたが、さすがにやめました。w