45. INDOMITABLE (不屈)
■ 8.45.1
帰投した達也達が見たのは、無残な酒泉基地の姿だった。
滑走路は幅10mほどの何本もの着弾跡に寸断され、殆ど使い物にならないだろう。
それはエプロンも似た様なもので、白く広かったコンクリート製のエプロンは、まるでどこかの芸術家がキャンバスに前衛芸術の下描きでも描いたかのように、無数の被弾痕が縦横無尽に交差しズタズタにされていた。
エプロン脇に立てられていた大型の飛行隊格納庫群もその殆どが爆風で吹き飛ばされ、高熱で熔け落ちており、まともな姿を残しているものはごく僅かしかなかった。
管制塔を含む本部棟や兵士宿舎など、コンクリート製であった建造物も同様に艦砲射撃の被害を免れてはおらず、軽微なものでも全てのガラスは割れて消え失せ、あちこちに爆風や飛来物が原因と思われる損傷や大穴が目立つ。
被害が大きかった建物はといえば、そもそもすでに建造物の形を取っておらず、ものによっては完全に崩壊し半ば熔けた瓦礫の山でしかなかった。
達也達3666TFSが、ハミ降下点を発してタクラマカン砂漠に落下した敵艦残骸に向けて北上する約千機ほどのファラゾア戦闘機群に向けて上空から逆落としをかけようとしたその瞬間、100kmほど北の目標アルファ、即ち敵艦の残骸上空に三隻の戦艦が現れ、味方の戦闘機隊に向けて艦砲射撃を開始した。
これまで何度も軌道上の敵戦艦からの艦砲射撃の凄まじさを経験してきた達也は、絶対に北上しないように飛行隊長であるレイラに進言した。
シベリア戦線での経験から、敵の艦砲射撃の恐ろしさを知らないわけではないレイラはすぐにその提案を受け入れ、かといって何もしないで遊んでいるというわけにも行かず、部隊ごとタクラマカン砂漠方面に動かされた当初の目的である、ハミ降下点から北上していた約千機の敵を相手に選んで蹴散らした。
ファラゾア艦隊も、流石に味方機ごと敵を殲滅する考えは無いらしく、次々と艦砲射撃が打ち込まれ、空域内の友軍機がほぼ一掃されてしまったファラゾア戦艦残骸周辺の空域に対して、達也達3666TFSと一部のウルムチ基地から出撃した戦闘機隊が交戦していたZone3とZone4の境界エリアは一発の砲撃も受けることが無かった。
やがて残骸上空の敵艦隊は撃破され、その後ウルムチ基地が別のファラゾア艦隊に依って徹底的に焼き払われているのとタイミングを同じくして、3666TFSも目標としていた敵部隊をほぼ殲滅し終えた。
一機の脱落も出さなかった3666TFSの十五機と、ウルムチ基地から出撃してきた戦闘機隊二部隊の生存十八機、合計三十三機が崑崙山脈北方の戦いから生還することとなった。
この時点ではまだウルムチ基地は軌道上のファラゾア戦艦からの艦砲射撃による攻撃を受け続けている状態であった。
しかし、今回の作戦目標であったタクラマカン砂漠に墜落した敵戦艦の残骸は破壊され、それを回収する為の重力プラットフォーム部隊も全滅し、また航空部隊で対処できる敵がタクラマカン砂漠周辺空域に存在しなくなったため、作戦は失敗と判断され、航空部隊は全て帰還の指示を受けた。
達也達3666TFSは酒泉基地への帰投を指示され、一方ウルムチ基地から出撃してきた戦闘機隊は、一時的避難として張掖基地への着陸を指示された。
酒泉基地を攻撃した敵戦艦二隻は3667TTSの活躍により早期に撃沈されたが、敵艦出現から撃沈までの僅か数分の間ではあったものの酒泉基地は艦砲射撃による攻撃を受け、多くの航空機を受け入れることが出来ない状態となっていたのだった。
そしてその酒泉基地への帰還を命じられた3666TFSは、前述の惨状を眼にすることとなった。
「CHW(酒泉)コントロール、こちら3666TFS。生きてるか? 帰ってきたんだが、家が無くなっている。どこに降りれば良い? 張掖に回った方が良いか?」
ズタズタの滑走路と、切り刻まれたエプロン、熔け落ち破壊された格納庫を目の当たりにして、半ば呆れ声でレイラが問い合わせた。
上空から見た限りでは、基地はとても機能していると思えない程に破壊され尽くしているのだが、酒泉基地に帰投しろと指示が出るのであれば、どこかに降りるところがあるのだろうとレイラは思った。
ただ、戦場の混乱による誤情報というのは良くある話であり、実は降りることなど出来ないのかも知れないと、少し気を回した。
「3666TFS、こちらCHWコントロール。お互い生きてて何よりだ。張掖には行かなくて良い。ここに降りてくれ。見りゃ分かると思うが、滑走路とエプロンには降りるな。現在大掃除中だ。作業の邪魔をするな。誘導路もダメだ。車輌が全部出払っていて、施設部の駐車場が空いている。そっちに降りてくれ。大型車輌の駐車場だから、全機降りられる筈だ。」
「駐車場に降りるのは構わんが、整備は大丈夫か?」
「どうにかするだろうさ。飛行隊本部が生き残っている。そっちに掛け合ってくれ。」
「諒解。アドバイス感謝する。施設部の駐車場だな。酷い話だ。」
「済まねえな。建物にぶつけるなよ。」
破壊された惨状を眺めながら空港の上を一度フライパスする。
大きく旋回し、あり得ない方角から空港にアプローチしながら高度を下げる。
常識的に航空機が着陸する場所ではないので、誘導灯もビーコンも何も無い。地上のマーキングさえ無い。
しかしそれで着陸を失敗するような彼等では無かった。
高度を100m程度まで下げ、減速しながら指示された駐車場の上空に近付く。
達也達が着陸を指示されたのは空港内の各種作業車を止めておく駐車場であったが、本来車が通行するための道路や、建物と建物の間のただの通路にさえも、沢山の傷付いた戦闘機が着陸して羽を休めているのが見えた。
施設部の駐車場という色々と便利な良い場所を空けておいてもらえたのは、ひとえにトップエース部隊として3666TFSが特別扱いされているからであろう。
まずはレイラが駐車場の端にゆっくりと着陸し、L小隊の二機がそれに続く。
達也はレイラの後ろに着陸し、その横に武藤、マリニー、沙美、ジェイン、ナーシャと、横一列になってA中隊が次々と着陸する。
達也の後ろにレイモンドの機体が降りてきて、B中隊の各機がそれに続く。
着陸し、墜落する危険が完全に無くなり大きな溜息を吐いた後、達也はキャノピーを上げ、ヘルメットを取った。
ハーネスのバックルを次々と外し、日差しは強くとも乾燥した風がコクピット内に吹き込むに任せて、戦闘中に汗だくになり酷く蒸れて不快なものになっているスーツとコクピットをのんびりと乾かしていると、人や機材など様々なものを満載したトラックが四台、慌てた勢いで駐車場に飛び込んできた。
トラックから降りた整備兵はラダーを持っており、慌てた様子で達也の機体の下に駆けつけ、すでにキャノピが開けてあるコクピット脇にラダーを立てかけた。
「お疲れさん。生き残ったな。」
ラダーを登ってきた整備兵が、口許を歪めて笑う。
整備兵が伸ばしてきた右手の拳に、達也が左手の拳をぶつける。
「アンタもな。酷いことになったもんだ。」
「ああ、全くだ。だが、大丈夫だ。施設部が、余った整備兵まで駆り出して全力で直してる。三日もあれば着陸できるようになるとさ。格納庫はしばらくかかりそうだが。」
上空から見た基地の惨状を思い出しながら達也は頷いた。
上空から見た限りでは、廃棄して新しい基地を造った方が早そうな程に、あらゆるところに大小様々な損傷が見えた。
それでも三日もあれば最低限の機能を回復する所まで修理が進むという。
達也の中では、やられてばかりというイメージの強い人類だったが、案外になかなかしぶといものだと、整備兵からの情報に感心した。
■ 8.45.2
22 May 2048, Technical Meeting at Takashima Heavy Industry, Oura, Japan
A.D.2048年05月22日、日本、邑楽、高島重工業、技術会議
達也は武藤とマリニー、即ち旧3666TFSのA1小隊を伴って、日本を訪れていた。
出来て間もないという高島重工業の航空技術研究所は、関東平野北部に造られた自社滑走路のすぐ脇に建てられており、一見すると遙か彼方で行われている血みどろの戦いなどフィクション小説か或いは夢の中の出来事であったのではないかと思ってしまうほどに、長閑な田園風景の中に横たわっていた。
空港の周りは麦秋近く色付き始めた小麦畑と、間近に田植えを待つ耕された稲田に囲まれており、時折聞こえる雲雀のさえずりと、遠くで農作業を行っている地元の農民の姿は、このような風景を見慣れていない達也でさえどこか懐かしいような、優しげな感情を抱かせる。
その様な平和な風景の中に突然そびえ立つ十階建ての白亜のビルの中では、昨日から高島重工業とその関連会社の技術者が集まり、航空機開発を中心とした技術討論会が開催されていた。
達也達は、高島重工業製の戦闘機を長く前線で何機も乗り継いだトップエースとして、その技術会議に現場の生の情報を適宜インプットする事を期待されて特に指名されて招かれていた。
自分達が設計した戦闘機が現場である最前線でどのようであったか、技術者たちは情報に非常に貪欲であり、この一日半の間に何度も発言を求められ、前線兵士でなければ知り得ない情報を膨大に且つ詳細に次々と提供していた。
そして今は、会議場全体の討議検討内容が重力推進式軌道迎撃ミサイル、即ち桜花ミサイルに関する事柄に移ったため、情報提供元が達也達三人から、特命技術士官として国連空軍に出向していた高島重工の社員に変わっていた。
頻繁に質問を受け、一度立ち上がったら次々と果てしない数の質問を投げ掛けられ続ける役割からやっと開放され、水を飲みながら一息ついているところだった。
「改良型のRO56Cでさえ命中率は五割を切ってるんだろう? とにかく最終突入機動時の重力波探知精度と機体制御精度をもう一桁は上げる必要があるんじゃないのか。」
「センサー精度は十分で、機体制御は繊細に行われているというデータがあっただろう。それよりも機体管制システムと航法システム、敵未来位置を予測する慣性航法モジュールの機能向上の方が重要だ。」
「いやそうじゃないだろう。いくらシステムの制御を上げても限界がある。事は一万分の一秒レベルでの話だ。プロセッサ周辺のハードウエアを取り替えなければ、どのみち速度は上がらないぞ。」
二百人かそれ以上は収容できそうな階段型の会議室のあちこちから、前の発言の終了も待たずに、次から次へと技術者たちが発言を続け、議論はなかなか終わりそうにはない。
良い休憩時間になった、と達也は溜息を吐きながら、招待客として座らされている演壇脇の位置から、いつまで経っても白熱した議論の温度が下がらない会議室全般を見回していた。
「なあ、なあ。アレってさ、当たらなかったどうなるんだ?」
自分達の座る席のすぐ近くで、中年の男の技術者が低い声で隣の席に座る男に尋ねる声が聞こえた。
その口ぶりから察するに、どうやら声を発した男は、桜花ミサイルの開発関連部門以外の部署からの参加者のようだった。
「そのまま宇宙の彼方にサヨナラだ。数十km/sかそれ以上の速度が出てるからな。下手すりゃ太陽系の外まで飛んでいく。」
それに対して隣の席に座る男は、桜花ミサイルに関わる部門からの参加なのであろう。
「勿体なくねえか? 5秒でそこまで加速したんなら、5秒で減速できるだろ。手の届くところに止めておければ、再利用できるんじゃ?」
「出来る・・・な。当たらなけりゃ、ブレーキ掛けさせて適当な軌道に乗せりゃ良いだけだし。」
「だろ? 軌道上のOSVから操作しても良いし、なんなら自立自動制御にして、敵が近寄ってきたら起動するようにしても良いだろ。一種の機雷みたいにして使えるぜ?」
「それイケるな。どうせそのうち奴等も対策とって軌道を上げるに決まってる。地上からじゃ時間がかかるようになる。もともとその辺に居る奴なら、少々軌道が高くてもものの数秒で突っ込めるな。」
「山ほど置いておきゃ、敵さん地球に近づけなくなるぜ。」
「バカおまえ、地球周辺の空間埋めるのにどれだけ要ると思ってんだ。そいつはいくら何でも無理だ。」
「にしても、だ。軌道上のあちこちにばら撒くのは有効だろ。」
「ああ、それは確かに間違いない。そもそも廃品の有効利用だしな。シーケンスをチョイといじるだけだ。」
最初に話を始めた男が、不意に口をつぐんで思案顔になる。
ややあって、再び口を開いた。
「なあ、アレ、軌道上からフル加速で地表に突っ込ませたら、敵基地攻撃できねえか?」
「そりゃ無理だろ。いくら何でも、敵基地にゃ迎撃兵器があるだろ。」
「そんなの関係ねえ位の速度で突っ込ませるんさ。1000km/sとか。出せるよな? ランダム機動したっていい。」
「出せるが、無理だ。そんな速度で突っ込んだら、大気圏に突入した瞬間にバラバラにぶっ壊れる。隕石と同じだ。高速で大気圏に突っ込んだ時の衝撃はバカに出来ねえぞ。」
「先端を砲弾みたいにゴツい構造にしたらどうだ? 要するに、昔の大砲の徹甲弾と同じだ。案外行けねえか? 大気圏に突っ込んだ後は加速する必要もねえだろ。爆発もしなくたって良い。100km/s位の速度で突っ込んだら、ミサイルの弾体質量だけで相当なエネルギーになるぜ? なんなら、地上攻撃用の別仕様の作ってもいいだろ。」
「・・・行ける、かも知れん。戻ったら一度計算してみるか。」
「これ実現できたら、ファラゾア降下点の攻略が出来るな。なかなか渋い決戦兵器になるぜ?」
「桜花で地球に接近する敵艦隊を迎撃、その新型で地上に定着した敵基地を破壊・・・か。上手く行けば、地球周辺から敵を一掃できるぞ・・・まあ、上手く行けば、だが。」
「新型ミサイルに名前が要るな。桜花ときたら、やっぱり橘花だろ。」
「アホ。あれはナンチャッテMe262のジェット機だ。本社の展示室に写真があるだろが。ちゃんと見とけ。」
「んー、じゃ菊の花で『菊花』。敵基地にブチ込む墓標の花、ってトコで。」
「分かった分かった。プロジェクト採用されたら、そうしてやるよ。」
演壇で行われている、3667TTSに出向していた技術者による桜花ミサイルの実戦使用報告をそっちのけに、二人は新しいミサイルの構想の話題で盛り上がっていた。
トーンを落とした声ではあるが、楽しげに話し込む二人を眺めて、流石技術者、新兵器を開発する話になると生き生きしているな、と達也は視線を演壇に戻した。
桜花と並び、地球上の戦局を大きく変える事になる新兵器の発案の瞬間に立ち会っていたのだという事を、その時の達也が知る由も無かった。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
橘花は、「花」シリーズなので特攻機だという話もあり、いやそうじゃ無かった、という話もあり、とりあえず避けてみました。読みは同じ「きっか」です。
高島重工業について設定とか色々バレてしまいそうな回でした。w
(とっくにバレてると思う)
という訳で話題を変えて。
「なんなら」という言葉が、本文中に何度か出てきますが。
最近この言葉を誤用している人が案外多く(なろうの有名作家さんにも)、行き当たると、意味の通らない言葉が文中にいきなり混ざり込む事になり、ムチャクチャ気になります。
コミカライズの中で見かけると「コミックになるまで誰も修正せんかったんかい」と思ってしまいます。
一般的な意味は「もしよければ」であって、「少なくとも」「さらに」という意味で使用されるのが誤用です。
・・・まあ、私自身日本語がカンペキかと言われればそんな筈も無く、言葉は時代と共に変わるもの、と言えばそれまでなのですけどね。
ジジイになってる証拠?