44. BASE DEFENSE
■ 8.44.1
再び空から無数の銀光が降り注ぐ。
銀色の光は大地を切り刻み、そこにあったあらゆる物を破壊し、あらゆる生物の命を奪う。
しかし先ほどまでとはその場所が異なり、そこはタクラマカン砂漠北に横たわる天山山脈の北辺で山脈に寄りかかるように存在する大都市。
その大都市ウルムチの北側、市街地にほど近い場所にウルムチ航空基地が存在する。
その航空基地は、ファラゾア来襲前には民間航空が多く発着する国際空港であった。
ファラゾアとの戦いが始まった後にはほぼあらゆる民間航空会社が旅客機の運航を全て取りやめ、使われなくなった烏魯木斉国際空港は廃墟となる運命を歩み始めていたのだが、共産党独裁政権による中華人民共和国が崩壊し、その後に成立した中華連邦が中央アジア域での大型航空基地を欲していた国連軍に共同管理を持ちかけたことで、国連軍と一部中国軍が共用で使用する空軍基地として生まれ変わったのだった。
そのウルムチ基地に天から銀色の光が降り注ぐ。
神や天使といった想像上の存在の実在を頑なに信じる者がその光景を見たならば、それはまるで天国からそれらの存在が降臨する前触れのようにも見えたかも知れない。
だが実際は、その光は神の国から射すものではなく、そしてその光が射した場所にもたらすのも神の恵みなどでは無かった。
銀色の光が触れた大地は瞬時に煮え立ち、大地そのものが蒸発して爆発を巻き起こす。
ウルムチ基地の滑走路が、駐機場が、格納庫が、ありとあらゆる施設設備が、宇宙空間から降り注ぐ大口径のレーザー光により切り刻まれ、破壊される。
退避する間もなく攻撃を受けた基地の地上勤務兵達が、その爆発に巻き込まれ、煮え立った金属に飲み込まれ、或いはレーザー光を直接受けてこの世から消えていく。
エプロンに置かれた機体が吹き飛ばされ、格納庫と共に燃え上がる。
建造物は破壊され、融け落ち、高くそびえた空港のシンボルたる管制棟も既に半ばからへし折れて見る影もない。
勿論彼等は、手を拱いて破滅を受け入れた訳では無い。
空港敷地内、或いは市街地を問わず配置された300mm単装レーザー砲(300mm LASER Turret Arm)二十三基、そして空港敷地内に六基配備された300mm三連装回転式レーザー砲(300mm Gatling LASER Turret)を中心に、持てる光学兵器のありったけを使用して、突如頭上に出現した敵艦を迎え撃った。
しかし上空300kmの宇宙空間に浮く全長3000mの戦艦を迎撃するための武装としては、それでは余りに貧弱すぎた。
中間圏までをも含めると100km弱の厚みのある地球大気の底から打ち上げるレーザー光は、主に高度50km以下の部分に存在する濃密な大気に吸収拡散され、ファラゾア艦に到達する頃には本来の半分以下の強度となっていた。
勿論その強度であってもファラゾア戦艦の外殻を熱して破壊するだけの力を一応は有してはいるのだが、僅か口径300mmしか無いレーザー砲の、しかも強度が弱くなったレーザー光が巨大な戦艦に与えるダメージは極めて限定的であり、口径2000mmもの大型レーザー砲を百門近くも備えた敵戦艦と宇宙空間で正面切って殴り合いをする事を想定して建造された戦艦にとって、その様な被害はかすり傷程度のものでしかなかった。
逆に地上に設置されたそれら防空用レーザー砲は、撃つ毎にファラゾア戦艦にその位置を特定され、戦艦が搭載する大口径砲の一秒にも満たないごく短時間の照射を次々と受けて瞬く間に全滅したのだった。
宇宙空間の敵戦艦に対抗し得るもう一つの兵器として、ウルムチ基地内には3669TTSの桜護に搭載するための桜花ミサイルの在庫も多数存在したのだが、同ミサイルの地上発射機構がまだ装備化されていない為、桜花は弾薬庫内に積み上げられたまま、その力を秘めつつも敵艦に向けて撃ち出されること無く他の基地施設と同じ運命を辿った。
「クソ野郎が! 舐めくさりやがって!」
自分達の出撃基地であるウルムチ基地が敵艦三隻による艦砲射撃を受けて壊滅の危機にあるという報を受け取り、彼等自身も敵艦からの艦砲射撃を警戒して逃げ惑っていた3669TTSはその翼を翻した。
元々六機の桜護で構成されていた3669TTSであったが、敵戦艦の迎撃を受けて今や1番機、6番機のわずか二機しか残っていない。
しかし彼等はまだ一機当たり六発、計十二発の桜花をその胴体内に保持していた。
戦艦三隻を相手取るには充分な数ではないことは分かっている。
しかし味方が次々と墜とされ、挙げ句の果てには自分達の基地までもが攻撃を受けて殲滅されようとしている今、敵を攻撃する能力のある兵器を腹に抱えたままただ逃げ回るだけなど、あり得なかった。
「野村、やるぞ。好き放題暴れられて、黙ってられるか。クソが。」
「合点。先導頼んます。」
3669TTS飛行隊長が6番機に日本語で通信し、その6番機からはやはり日本語で威勢の良い返信が返ってきた。
ちなみに3669TTSも日本国内で編成されており、3667TTS同様、搭乗しているクルーの殆どは日本人である。
「どうせこっちの位置はバレてんだ。諸元入力後、GPU加速で高度150まで一気に上がって全弾発射する。」
「06、コピー。」
ローダーに固定され、桜護胴体内に格納された各機六発の桜花ミサイルに、ウルムチ基地上空に存在する敵艦隊に関するデータが、ミサイル管制システムを通じて流し込まれる。
「諸元入力完了。いつでも行けます。」
「諒解。チャオリエ、こちら銀槍リーダー。ひとの留守に家に火ィ点けやがった奴に一発お灸を据えてくる。高度150まで上昇後、全十二発発射する。」
「ギンソー、無理するな。ミサイルの数が十分でない。リスクが大きすぎる。」
「うるせえ。これが黙っていられるか。俺達ぁな、左の頬を殴られたら、右の頬を殴り返すんだヨ。野村、付いて来い。GPU全開。高度150まで上昇。」
「諒解。加速GPU、高度150。」
「止めろギンソー! 死ぬぞ!」
「上等。」
高度を2000mに押さえて北に向かって飛行していた二機の桜護が、タクラマカン砂漠の北端に差し掛かったところで急上昇する。
急角度で機首を上げ、北方に見える天山山脈のさらに遙か上、濃紺の空に浮かんだ三つの白い点に見える敵艦に向かって進路を合わせ、重力推進でなければ不可能な加速で一気に高度を上げた。
高度15000mに達した二機は、GPU推進をカットし、ジェットエンジンのリヒートモードによる推進に切り替えた。
胴体内ローダーに格納されたミサイルを、地球引力を利用して機体外に放出するという一般的な方法を取っているため、推進器の特性上ミサイルリリースの間だけはGPUによる推進をカットしなければならない。
さもなければミサイルはいつまで経っても機体から離れず、次にロードされたミサイルと衝突してしまうことになる。
二機の攻撃機は、胴体下部左右のウェポンベイを開け、GPUをカットして、青い炎を後ろに吹き出す両翼下四基のジェットエンジンによる推進力に身を委ねた。
最大の問題は、ミサイルリリースの間、機体姿勢を安定保持しなければならないことだった。
「桜花、両舷全弾発s・・・」
銀光が煌めき、リーダー機が正面から袈裟斬りのように機体を斜めに切断され、爆散した。
一瞬後6番機も同様に、機体を左右に真っ二つに割られて、爆発し、機体を構成していたものを辺りに撒き散らす。
現在の航空機は、ジェット燃料としてそれ自体では難燃性のTPFRを使用しているため、撃墜時に燃料に引火爆発することは余りない。
天山山脈の南、乾燥し晴れ渡った青い空に二つの小さな炎が生まれ、すぐに消えた。
AWACSオペレータが、通信ウインドウに表示されていた「GINSO」の部隊名がグレイアウトした事に気付いた以外、他にその炎を見上げている者は誰も居なかった。
酒泉基地西方約300km、敦煌南方約50kmの空域にはかの「炎槍」隊、即ち3667TTSが高度10000mを遊弋していた。
銀槍隊と同じく、タクラマカン砂漠に墜落した目標アルファ上空に敵艦隊が出現した場合に、敵艦隊に向けて直接的な打撃を与えて目標アルファ周辺で作業している部隊の安全を確保する事が目的でこの位置に配置されていた。
実際の所は、想定通り敵艦隊が目標アルファ上空に出現したにも関わらず敵艦隊の行動が予想以上に拙速であったため、3667TTSが何か行動を起こそうとする前に目標アルファとその周辺の航空機は敵の艦砲射撃によってズタズタに切り刻まれ、敵艦にやりたい放題にやられ死んでいく味方兵士達の惨状を600kmも彼方から指を咥えて眺めていることしか出来なかった。
これは完全に方面司令部の読み違えであり、すでに慣れ親しんだものとなっているファラゾア戦闘機械の「鈍間さ」を基に敵艦隊の動きを予想して、出現した敵艦隊はのんびりと行動するものと高をくくっていた為、実際に現れた敵艦隊の行動が予想外にスピーディーであった事に対して、全く何も対応出来ない様な位置に3667TTSは配置されてしまったのだった。
もっともその「失敗」が、彼等3667TTSをタクラマカン砂漠を煮え立たせた艦砲射撃の嵐から遠ざけ、結果的に彼等を生存させることになったのは皮肉な事実ではある。
結果論はどうあれ、多数の友軍機がまるでゴミのように掃き寄せられ焼却されていく様を、手も足も出せずにただ眺めているだけしか出来なかった彼等3667TTSのクルー達は、怒りと欲求不満の絶頂の状態にあった。
そこに酒泉基地上空への敵艦出現の知らせを受け取った。
「全機反転。高度維持、リヒート全速で酒泉基地に向かう。酒泉基地から距離150kmで全機翼下四発一斉発射。その後GPUオン、ランダム機動で高度20まで下げて北に退避する。桜花諸元入力開始。」
3667TTS飛行隊長であるロジオノヴィチ・フレブニコフ少佐は、その知らせを聞いてすぐさま反転攻撃を決意した。
遊兵の様な状態でこんな所に配置されたおかげで、誰もが死に物狂いで戦っている中で部隊ごと蚊帳の外に置かれたような気分で居た。
手を出そうにも遠すぎて手が届かなかった。
それが目の前に、自分達で無ければ手が届かない敵が現れた。
しかもまるで、留守を狙って基地を掠め取ろうとするかのようなタイミングで。
怒りの温度がさらに上昇し、腸が煮えくり返るような思いを感じた。
AWACSから迎撃の指示はまだ無いが、他に迎撃できる部隊は居ない。
すぐにその指示は出るだろう。
いや、出なくとも構わない。
基地を攻撃しようとする敵がいて、その敵を墜とす力を自分達だけが持っている。
その力をここで振るわずしてどこで使うというのか。
反転した六機の桜護は、二つのデルタ編隊を大きく横に広げ、互いに500m以上の間隔を確保した。
足が遅く重鈍な中型輸送機が、遠距離からの敵の狙撃で一網打尽にされないための、ロジオノヴィチがシベリア戦線に居た頃の知恵だった。
輸送機とは異なり、戦闘機同等の大推力ジェットエンジンを四発搭載し、超音速速度域に優れた空力特性を有する形状を持つ桜護は、高度15000mの空で一気に加速し、M2.0に達してなお加速を続ける
「こちらチュウウー02、エンソー、酒泉基地直上の敵艦隊を迎撃せよ。酒泉基地が攻撃を受けている。速やかに敵艦隊を迎撃せよ。」
AWACSからの指示を受けとったが、ロジオノヴィチは返信しなかった。
AWACS子機のダムセルフライに向けて自機から発信される長距離用の高出力通信レーザーが、ごく僅かでも大気中で散乱し、敵にそれを探知されたくないからだ。
可能性としては微々たるものだった。
だがそのほんの僅かな差が生死を分ける事があるということを、ロジオノヴィチは知っていた。
僅かな差があるならば、その僅かでも生き残る為に有利な方を選ぶのは当然だった。
「翼下四発、諸元入力完了。パターンE。放出直後に急上昇して敵に向かいます。」
ミサイルオペレータの平尾圭介少尉が、桜花ミサイルへのデータ入力完了を報告した。
僚機からもほぼ同時に諸元入力完了の知らせが次々と届く。
「オーケイ。AWACSからお墨付きももらった。全機、カウント20で翼下四発一斉リリース。20、19、18・・・」
500mほどの間隔でほぼ横一列に並んだ六機の黒い大型攻撃機が、リヒートの炎を引き白い飛行機雲の航跡を砂漠の空に残しながら直進する。
最終射撃体勢に入り、姿勢を安定させるために直進しなければならない今が最も危険な瞬間だった。
ロジオノヴィチは、ルーキーだらけの部隊に無用な緊張を与えないようその危険性を口には出さないものの、しかし自身はざわつき焦る心を意思の力でねじ伏せ、操縦桿を握る手のぬるりとした汗の感触を感じる。
「3、2、1、ゼロ、全翼下ミサイルリリース。全機GPUオン、針路00、高度20、ランダム機動(RDM: Random Diching Maneuver)開始。」
六機の桜護からそれぞれ四発ずつ、計二十四発の白い大型ミサイルが一斉に投下され、数秒間ふらふらと落下した後、ほぼ同時に前方に向けて加速して母機を一気に置き去りにした。
その母機である六機は、リリースしたミサイルの行き先を確認することも無く一斉に左にロールして旋回し、航空機とは思えない物理法則を無視した激しいジグザグ飛行を行いながら、背面急降下する。
ほぼ真東に向けて撃ち出された二十四発の桜花ミサイルは、母機が九十度進路を変更して背面急降下で急速に遠ざかっていく中、突然機首を上に向け、二十四発全てが一瞬でかき消すようにその場から居なくなった。
白い大型ミサイルの群れは、つい先ほどまで居た場所の遙か数十km上空をイオン化した大気の炎を引きながら、まるで流れ星がその運命に逆らい天に昇っていくかの如く、大気圏の外を目指して上昇を続ける。
桜花ミサイルは成層圏を抜け、中間圏も一瞬で突き抜けて、そして星の瞬く暗い空へと駆け上がって行った。
僅か数秒の後、ユーラシア大陸中央部の大気圏最上層部、高度300kmの空に原子の炎による火球が、まるで咲き乱れる花の如く一斉に光り輝いた。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
ギンソーと云えばカステラ。
もとい。
烏魯木斉空港は、実のところ市街地に隣接して存在しています。
カンポ・グランデの時同様、ほぼキッチリ空港のみ破壊します。
流石にレーザーの破壊力がデカいので、綺麗に空港の敷地だけ、という訳には行かないでしょうが。
ちなみにウルムチ市自体はユーラシア大陸のほぼ真ん中にあるとの事で、中国共産党政府曰く「ユーラシアの中心」とのこと。
「ユーラシアの中心」石碑もあるとか。
なんでも自分が世界の中心である事が好きな様です。
それをウイグル人が言うと素直に微笑ましく感じるのに、共産党政府が言うとイラッとするのはなぜだろう。