43. 銀槍
■ 8.43.1
ファラゾアの戦艦は唐突に現れた。
実際にはL4ポイントに駐留していた艦隊の一部が高加速で地球周回軌道上に移動してきたのだという事実が、全球を監視している対深宇宙重力波監視網(Gravitational wave Displacement Detector Network to Deep Space : GDDDS)データとの突き合わせを行うことにより事後に明らかとなったのだが、少なくともその時戦場とその周辺空域に向けられていたあらゆるセンサーにはその様に検知された。
そのファラゾア艦隊は構成からしていつもと異なっていた。
ファラゾア艦隊がしばしば姿を現すロストホライズンにおいては、艦隊の構成は空母数隻を中核に据え、その護衛と思しき戦艦が一・二隻、それらの艦隊全体を護衛するものと思われる300から500m級の護衛艦が十隻弱ほど、というのが一般的なファラゾア艦隊の構成であった。
しかしこの時タクラマカン砂漠上空に現れた艦隊には、空母はおらず、また小型の護衛艦も随行していなかった。
そもそもがその三隻の戦艦は、ロストホライズン時のように地表に対して艦底を向けた水平姿勢を取っておらず、地表に対して艦首を向け、まるで地球の大気圏に突き立つような姿勢で軌道上に現れたのだ。
ある程度予想はされていたとは言え、やはりその出現に驚かされた地球人類側のAWACS或いは各基地の防空組織が、タクラマカン砂漠上空、とりわけハミZone4-33に落下した敵戦艦の残骸を回収する作戦に参加している全ての航空機に対して警報を発している最中に、その三隻の戦艦はそれぞれの艦体に備えられた大量の砲門を開き、砂漠に横たわった彼等の僚艦の残骸とそれに群がる地球人類の航空機群に向けて一斉に砲撃を開始した。
それはまるで、空から数十もの銀色に光る糸が垂れて来たかの様にも見えた。
大口径大出力のレーザー砲から放たれたレーザー光は地球大気に突き刺さり、それを貫通して一瞬でユーラシア大陸中央部に横たわる砂漠の表面に達した。
本来視認できるものではないレーザー砲光であるが、その光路上に存在する大気中の塵や埃といった物がレーザー光に灼かれて鋭く発光することで光路を間接的に視認することが可能となり、キラキラと輝く銀色の光の筋が空から降ってきたように見える。
見かけの美しさとはうらはらに、大口径の艦砲射撃の破壊力は凄まじいの一言に尽きた。
宇宙空間から降ってきて一瞬で砂漠の表面に着弾したレーザー光は、その持てる熱エネルギーを砂漠の表面に叩き付け、光が当たった部分を一瞬で数万度から数十万度に熱する。
融点を遙かに超え沸点にまで達した砂漠の表面の砂粒は、一瞬で融かされさらに爆発的に蒸発する。
爆発物などどこにも無い砂の山が、遙か宇宙空間から与えられた熱だけで爆発する。
空から垂れ下がった数十もの銀の糸が地上を舐め、爆発を起こし、砂を巻き上げ、そこにさらに熱を加え続けてさらに爆発を巻き起こす。
銀色の糸はまるで地表を掃き清める箒のように東から西に向けて4km/sの速度で移動し、地表に存在したありとあらゆるものを灼き尽くし煮立たせ爆発させた。
勿論、その艦砲射撃は砂漠を煮立たせることを目的として行われたわけではない。
タクラマカン砂漠の上空で、まさに今ファラゾア戦艦の墜落した残骸を回収する作業を行っていた重力プラットフォームと、それをコントロールしている輸送機、その作業の周辺空域で敵襲を警戒していた多数の戦闘機、南方のハミ降下点から出撃してきた千機程の敵機を迎え撃とうと迎撃行動に移っていた戦闘機群。
遙か300kmの上空から見れば、まるで小さな羽虫の群れが蠢いているかのようにも見えるそれらの多数の航空機が攻撃の対象であった。
敵艦の出現と、艦砲射撃の危険性を警告され、頭上を見上げたパイロットは濃紺の空の中遙か高空に浮かび白い点のように見える敵艦の姿を認めた。
次の瞬間、パイロットの視野は真っ白い強烈な光に包まれ、そしてパイロットはその乗機と共に一瞬で蒸発し爆散した。
爆発の砂塵を吹き上げながら、地上を舐めるように移動してくる数十もの光条に気付いたパイロットは、操縦桿を倒し旋回して退避行動を取ろうとしたが、地表部分で4km/sもの速度で移動してくるその光の束に一瞬で追い付かれて飲み込まれ、そして消滅した。
歯を食いしばり恐怖に全身の毛を逆立てながらも、巧みな操縦で数十ものレーザー光の隙間を命からがらすり抜けたパイロットの機体は、すぐその後を追い掛けるようにやってきた次の数十本ものレーザー光に飲み込まれて消えていった。
宇宙空間から照射され地上を掃き清めるように撫でる銀の光の筋は、同じところを何度も往復し、その空域に存在した航空機を次々と飲み込み灼き尽くし、砂丘を吹き飛ばし、地表を煮立たせて爆発させる。
安全地帯を求めて逃げ惑う戦闘機達は、自機の速度よりも遙かに速く移動するレーザー光に追い付かれ、切り刻まれて爆散し次々と消えていった。
無数の光条は砂丘に囲まれて地上に横たわっていた戦艦の残骸を切り刻み、融かし爆破し破壊して地上から吹き飛ばした。
残骸に取り付き、移送するための作業中であった重力プラットフォームの多くがそれに巻き込まれて消滅する。
上空で重力プラットフォームを操っていた輸送機が、掠めて通過した銀光に機体の後ろ半分を切り取られ、錐揉み状態で墜落するところを次のレーザー光が薙ぎ払い、輸送機は地上に到達することも無くこの世から姿を消した。
ファラゾア戦艦三隻、合計二百門を越える大口径のレーザー砲による艦砲射撃の連続は、タクラマカン砂漠の地形を変え、そこにあった戦艦の残骸を破壊し尽くし、その空域を飛行していた航空機の多くをこの世から掃き捨てるように消滅させた。
「ギンソー、こちらチャオリエ01。目標アルファ直上の敵艦隊を叩け。射撃位置は任意。Zone4-33は敵艦隊の艦砲射撃で酷いことになっている。Zone4には近付くな。」
突如出現した敵艦隊の艦砲射撃によって出撃した全ての航空部隊が大地ごと切り刻まれ、砂漠に横たわる残骸の周辺空域が阿鼻叫喚の嵐と化し始めた頃、珍しく怒りの感情を滲ませた管制機オペレータの声が戦場の空に響いた。
「こちらギンソー01、諒解。前進し、こちらの判断で射撃する。」
ウルムチ基地から僅かに南下し、天山山脈のすぐ北側に待機していた六機の桜護が、翼を大きく翻して旋回した。
四発の翼下ジェットエンジンからリヒートの青い炎を吹き出し、大型機とは思えない動きで加速していく。
護衛の戦闘機隊も無く、二つの緩いデルタ編隊を組んだ黒い攻撃機隊はエンジンパワーにものを言わせて急激に上昇し、白く雪で彩られた天山山脈の峻峰を飛び越え、さらに高空に向かって上昇していく。
六機の桜護は針路を南に取り、高度15000mでリヒートモードでの最高速M2.3に達する。
等間隔に並んだ白い飛行機雲が、雲の無い砂漠の空に刻まれていく。
殆ど黒と言って良いダークグレーに塗られた大型の攻撃機の内部では、前方約200km、上空300kmに存在する三隻の大型艦の位置が特定され、その位置情報が射撃管制システムを通して搭載された各十二発ずつのミサイルに流し込まれていく。
「Zone05外縁に到達。01から06、各機桜花六発、発射用意。」
AWACSからの情報で、Zone4に接近するべきでは無いと判断した飛行隊長は、それよりも100km手前であるZone5の外縁ラインで部隊にミサイルの発射準備を指示した。
「全機、翼下ミサイル、発射。」
特異な形状のダブルデルタ翼の下、翼下エンジンの間にあるパイロンから、白く塗装された大型のミサイルが各機四発ずつ、ごく短い間隔で投下される。
母機を離れたミサイルは数秒間ゆっくりと落下した後に、重力推進器を作動させて落下をやめ、同時に前方に向かって加速し始め、母機を追い越して滑るように前に出て行く。
その姿は「銀槍」という彼等の部隊名を象徴するかの如く、高空の強い日差しを受けて白銀色に光り、どこまでも真っ直ぐに突き進む。
「全機、格納器内ミサイル各二発、発射。」
先に翼下パイロンのミサイルを投下したと同時に、胴体下部のウェポンベイハッチが開かれており、大きく開いたハッチから左右それぞれ一発ずつの桜花が投下されていく。
母機である桜護のウエポンベイを通して放出された桜花ミサイルは、先のミサイルリリースと同様に数秒間落下し、重力推進を起動しては前方に向けて増速し、横に二つ並んだ攻撃機隊のデルタ編隊を追い越して前に出る。
六機の攻撃機から次々と放出されるミサイルが、煙の尾を曳くでも無く、互いに間隔を開けて南に向けて進んでいく。
不意に銀光が閃いた。
本体内格納ミサイルを投下したばかりであった2番機と4番機、5番機がいきなり火を噴いて爆散、大量の煙と共に空中で分解しながら後方に下がりながら落ちていく。
「艦砲射撃だ! クソッタレ! 三機やられた! 全機GPUオン、反転離脱する!」
3669TTSリーダの悲鳴のような声が、AWACSチャオリエの元に届く。
「ギンソー、状況を知らせろ。オーカは撃ったのか?」
「桜花三十六発発射済みだ。発射直後に艦砲射撃を食らった。2,4,5番機ダウン。反転離脱中。クソ、3番機もやられた!」
「落ち着け。高度を下げて、GPU使用、ランダム機動を行え。」
「諒解、高度20まで下げる。全機、ランダム機動。」
生き残った二機の桜護が、急旋回で反転した後に機首を大きく下に向けてパワーダイブを始め、大型の機体とは思えない動きで上下左右にランダム機動を開始した。
一方、南に向けて高度15000mを進む桜花の群れは、3669TTSの三番機が撃墜されたとちょうど同じタイミングでその機首を上に向け、宇宙空間に向けて急上昇を開始した。
軌道上のファラゾア戦艦三隻の艦砲射撃は、この重力推進を用いた「目立つ」ミサイルの群れも目標としており、三十六発打ち出された桜花ミサイルの内、十一発が既に撃墜されていた。
残る二十五発の桜花が300km上空の敵艦に向けて加速する。
前回、酒泉基地から出撃した3667TTSが使用したものに対して若干の改良が加えられたこの二十五発は、高度15000mからいきなりGPU最大出力の1500Gで加速を始めた。
加速を開始して僅か一秒後には約15km/sの速度に達したミサイル群は、まだかなりの濃度の大気が存在する高度30000mの空を、断熱圧縮により発生した炎の尾を引きながら宇宙に向かってさらに加速して大気圏を駆け上がる。
一瞬で1000℃を越えたミサイル先端のチップ部分であるが、高熱伝導性合金の外殻を伝わせてその熱量を本体後方に逃がして、先端チップを冷却する構造を有している。
チップ部分自体の耐熱性も向上しており、高度100kmを越えて大気密度が低下したことで、チップ先端部の温度が下がり始める直前に記録した表面温度の最高値は2850℃にも達したが、ファラゾア機の素材を参考にして新たに開発された超高耐熱性の合金とセラミックで形成されたコンポジット構造を持つ先端チップは、前述の高熱伝導性冷却構造と組み合わさることで、二層目まで融けただけでその構造を維持し、ミサイル本体を熱から守りきった。
僅か2.5秒で地球大気圏を脱した二十五発の桜花は、ランダム機動を行いながら高度300kmに停泊するファラゾア戦艦に向かってまっしぐらに突撃する。
高度15000mで機首を上に向けて加速を開始してから4.5秒後、さらに二発減じて二十三発となった桜花は、三隻のファラゾア戦艦を艦首方向から包囲する様にしてそれぞれの目標に向かって殺到した。
一隻目の戦艦は、艦首部分に一発、艦中央部に二発、艦尾に二発の計五発の直撃弾を受けた。
取り分け艦尾に着弾した二発の内の一発は、完全に戦艦の艦体内部に潜り込んで爆発したため、さしものファラゾア戦艦の艦体強度と云えどもこれに耐えることは出来ず、艦尾が内部から弾け吹き飛ばされた形となり大破した。
多くの反応炉や推進器を格納する部分に致命的な損傷を受け、艦はほぼ一瞬で機能停止した。
二隻目は、中央部に三発、艦尾に一発の直撃弾を受けた。
立て続けに発生した中央部への被弾は艦体の殆どの部分を抉り取る形となり、続いて艦尾に着弾した一発の爆発の衝撃で、艦体中央部から真っ二つに折れて切断された。
三隻目の戦艦は艦首に一発、中央部に一発、艦尾に一発の直撃を発生した。
いずれも艦の機能を大きく損なう損害を与えたが、しかし艦の機能停止には至らず、かろうじて航行可能であった当該艦は地球軌道上から速やかに撤退した。
「チャオリエ03より空域内の全機、全ステーション。タクラマカン砂漠、目標アルファ上空に現れた敵艦隊を撃破。撃沈二、大破一。大破した戦艦は軌道上から撤退した。繰り返す。タクラマカン砂漠、目標アルファ上空の敵艦隊を撃破・・・」
互いに聞こえることは無いものの、戦場の空に各所から上がった歓声が響き渡った。
・・・が。
「緊急、緊急、緊急。こちらチュウウー01。酒泉基地上空に敵艦隊出現。戦艦二隻。高度300km。周辺の全航空機、全ステーションは艦砲射撃に備えよ。繰り返す。酒泉基地上空に敵艦隊が出現した・・・」
「緊急、緊急、緊急。チャオリエ04より空域内の全機、全ステーション。ウルムチ基地上空に敵艦隊が出現した。戦艦三。高度350km。艦砲射撃を警戒せよ。繰り返す。ウルムチ基地上空に敵艦隊出現・・・」
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
大丈夫だ。まだ五分しか過ぎていない。