42. 増援
■ 8.42.1
対地高度50m、速度M1.2で、機首を上にしたまま湖面を滑るように移動していく機体を、超音速衝撃波で吹き飛ばされ盛大に巻き上げられた湖水の水煙が追う。
湖面を滑る様に高速移動していく機体を囲んで、ファラゾア機の撃つレーザーが湖面に着弾して水蒸気爆発を起こし、まるで大口径の砲弾を撃ち込まれたか、或いは水面下で機雷か魚雷が爆発したかのように大きな水柱が上がる。
一瞬ではあるがレーザーは湖面を舐めるように動き、水蒸気爆発の範囲を拡大させ、空中に巻き上げられた水滴を蒸発させて爆風の範囲を広げ、さらに大量の水を空中に巻き上げる。
次々に水面から立ち上る巨大な水柱を器用に避けながら、水柱と水柱の間の僅かな隙間を狙い、達也は敵機にレーザーを叩き込む。
まるで高速で航行する駆逐艦とそれを狙う砲撃のように、衝撃波による水煙の航跡を湖面に鮮やかに残し、爆発による水柱をその周りに次々と刻んでいく達也機の行動は目立つ。
多くの敵機が、チョロチョロと逃げ回りレーザーを掠らせることも出来ず、それでいて隙を見ては反撃してきて味方機を次々と撃ち墜としていくその戦闘機動に注目し、そしてイラつかされたのであろう。とても航空機とは思えない機体姿勢と機動で湖上を駆け回る達也機に、まるで吸い寄せられるように集まっていく。
しかし衝撃波と爆発で水煙の激しく上がる後方からは、視界も不良な上にレーザーも通らないため近寄ることが出来ない。或いは、近寄っても意味が無い。
多くの敵機が達也の機体の上方、あるいは後ろ斜め上方から追従する形になり、そして隙あらば達也機を撃墜しようと機首を向け、そのままの姿勢で飛行する。
6000m近い山並に囲まれた湖上での達也機の目立つ行動は、降下点に向けて真っ直ぐ突入してきた「脅威」に対応するためにハミ降下点周辺から迎撃に上がったファラゾア機約千百機の注意を強く引き、今やスーガン湖上空を超低空で飛び回る達也機を追跡するファラゾア機の数は百機にも達そうとしていた。
その様な絶好の機会をみすみす見逃す様な武藤達ではなかった。
小隊長機が派手に敵を攪乱し、且つ囮を演じてくれているかの様に敵の注意を集めている今を好機にと、武藤とマリニー、そしていつの間にかB1小隊のレイモンド、ウォルター、ディーガン達三機までもがそこに加わり、達也を追う敵機を次々と撃ち墜としていく。
敵の集団のど真ん中で、囮とそれに釣られたファラゾア機を次々に撃ち墜とすという極めて目立つ行動をとっている六機をカバーするかの様に、A2、B2、L小隊の九機が、それぞれ見事なデルタ編隊を組んでその周囲を飛び回り、単機での行動を続ける彼等を数十機かそれ以上の集団で包囲して押し潰そうとするファラゾア機の動きを牽制していた。
ある時は自らを囮の様にして、追う敵の撃墜を他の僚機に任せ、別の時は逆に僚機を囮の様に使い、僚機を狙う敵機の集団の中に突入して大混戦の末に敵の集団を蹴散らし撃墜し、まさに臨機応変縦横無尽と云った活躍で達也は群がる敵を屠っていく。
連携する僚機達もその様な一瞬毎に切り替わる戦い方には慣れたもので、周りの味方機達の動きを読み、囮、攻撃、カバーと状況に応じて瞬時に役割を切り替えながら、絶対的に数の多い敵の攻撃をすり抜けながら、次々と撃墜数を伸ばしていく。
千を越える敵機に囲まれながらも、たった十五機でそれらを翻弄し、のみならず確実に次々と敵を撃破して敵機数を減じていきながらも味方機には被害を出さないという、奇跡と云うべきか非常識と云うべきか言葉の選択に困る様な戦いを続ける中、3666TFSに通信が入る。
通信は電波によるものであった。
指向性が余りない電波による通信は、電波が確実にファラゾアに拾われてしまうこと、また同じ理由から発信源の特定が容易であるため、敵に自分の位置を知らせてしまうことから、ファラゾア来襲後すぐに規制の対象となっていた。
レーザー通信技術がそれなりに発達し各戦闘機にもレーザー通信ユニットが搭載されるようになった今、殆どの場合はレーザー通信が用いられることとなるが、既に敵と交戦状態に入っており自機の位置を隠す必要が無い場合や、非常事態にもかかわらず天候や距離の問題でレーザー通信が届かない場合、敵に何を知られようが相手に確実に情報を届けねばならない場合などに今も電波による通信は用いられている。
ファラゾア降下点に近付くと、ファラゾアが発しているバラージジャミングの一種によって通信やレーダーなどの電波を媒体とする装置は使用不能となるのだが、形振り構わず電波通信を用いなければならない状況というのは殆どの場合において相当な緊急事態である為、各航空基地やAWACS子機のメイフライなどは、ファラゾアのジャミングをパワーで強引に打ち破るタイプの電波通信機を備えていた。
その電波通信を3666TFWが聞いたのは、酒泉基地からの増援七十五機が戦闘空域に到着し、3666TFSの非常識な戦い方に思わず一瞬引いてしまい、しかし気を取り直して未だ八百機近い数の残る敵集団の外縁から恐る恐る手を出して数十機ほどの撃墜を挙げた頃であった。
デジタル信号化処理をされているとは言え、ジャミングがかかった中での電波通信はノイズ混じりで途切れがちの酷い音だった。
「フェニックス、こちらチュウウー05。敵の大部隊が北に抜けた。お前達が相手しているのとは別に、千機ほど北に向けて送り込みやがった。フェニックスは大至急北に向かった敵を追え。方位25、距離500にて会敵。」
多くの戦闘機にはバラージジャミングを突破出来るほどの大出力電波通信機は搭載されていない。AWACSからの指示は、受信するだけの一方通行の通信だった。
「やっぱり行かなきゃならんのか。目標に辿り着く前には追いつけねえだろ。」
レイモンドがぼやく声が聞こえた。
のんびりした口調で話してはいるが、勿論まだ数十倍の数の敵を相手にしての戦闘中である。
「ウルムチは二百近い戦闘機を出している。そう簡単には、目標に辿り着けないだろう。追いつけなくとも、挟撃は出来る。」
こちらも戦闘中のレイラが、余り余裕の無い声でレイモンドのぼやきに応えた。
「シャンシーチー・リーダー、こちらフェニックス。聞いての通り、今から出張しなけりゃならなくなった。すまんが、ここは任せた。後は頼む。」
レイラが、追加で到着した酒泉基地の戦闘機隊の3853TFSリーダーに呼びかけた。
半径数十kmという狭い戦闘空域の中での通信であるので、こちらはレーザー通信だ。
「フェニックス、こちらシャンシーチー、諒解した。お宝を守る大切な役目だ。ここは俺達に任せて行ってくれ。」
「後は頼んだ。グッドラック。」
通信を一旦終えると、レイラはコンソールに表示される戦術マップと、HMD上の敵マーカを見比べながら離脱経路を模索する。
「タツヤ、レイ、方位33、高度90辺りに手薄な部分がある。A1、B1が突破しろ。他の小隊はそれに続け。そのまま高度300まで上昇、M5.0で方位25に急行。」
「02、コピー。」
「03。」
敵を追いかけていた達也の機体と、レイモンドの機体が、それぞれ別の場所で突然針路を変更する。
その周囲に散ってめいめいに敵を狩っていたA1小隊の武藤とマリニー、B1小隊のウォルターとディーガンが、同じ様に突然敵に興味を失ったかのように進路を変えた。
六機全てが殆どバラバラの方向からやってきたにもかかわらず、それぞれ微妙な速度調整を入れ、緩やかな六機の塊となってレイラが指示した空域に突入する。
その後を追う様にして、それぞれがデルタ編隊を組んだA2、B2、L小隊の計九機が、敵の包囲の中に先行する六機が抜いた穴を広げるようにして互いをカバーしながら突破する。
それは激しくも短い僅か一瞬の攻防であったが、敵の囲みを易々と突破した十五機はさらに増速しながら高度を上げていく。
バラバラになった状態で敵を振り切った十五機は、高度を上げながら編隊を整え、30000mに達する頃には文句の付けようのない編隊を組み上げていた。
編隊の形が綺麗に整ったことを確認したレイラの号令で、十五機は一斉にさらに増速してAWACSチュウウー05に指示された地点へ向かって、殆ど宇宙空間と言って良い超高空を2.0km/sにも達しようかという高速で薄い大気を切り裂き突き進む。
「各機、被害と残燃料報告。」
高度30000mで水平飛行に入り落ち着いたところでレイラの指示が飛ぶ。
いずれの機体も損害は軽微、残燃料平均60%程度を保っていた。
達也の機体はと言えば、左翼エルロンの一部が敵レーザーにより融かされた以外には、撃破した敵がまき散らした破片との衝突で何カ所かに大きな凹みが出来ている程度の被害しか無かった。
燃料に関しても、GPUによる機動を多用する達也の戦闘スタイルは固形ジェット燃料(TPFR)の消費が異常に少なく、あれだけの戦闘を行ったにもかかわらず75%ものジェット燃料を残していた。
ジェット燃料消費量の異常な少なさは達也だけで無くA1小隊の二人においても同じ傾向であり、3666TFS部隊内の平均残存燃料量が60%程度であるのに対して、武藤とマリニーは二人ともが70%程度の残存燃料量を報告していた。
一つには、達也と共に似た様な戦い方をすることでジェット噴射よりもGPUによる推進を多用するスタイルとなっていることと、さらにはそもそも使用している機体が空力特性に劣る、いわば宇宙船に小振りな主翼と安定翼或いは繰舵翼である尾翼とカナード翼を取り付けただけのような特殊な構造である為、比較的反応の鈍くなるジェットエンジンと翼を組み合わせた空力飛行による戦闘機動よりも、機体特性的により有利で応答性の良いGPUによる機動が中心とならざるを得なかった、という理由もあった。
いずれにしても3666TFS全体において、短時間で消費されてしまい、常に補給を心配しながら戦わなければならないジェット燃料の残量がいまだ充分にあり、またジェット燃料の消費が全体的に非常に低い傾向にあると云うことはこれから再び始まるであろう激しい戦いに向けて安心材料の一つであることに間違いは無かった。
達也達A1小隊の三名だけでは無く、一般的な戦い方と比較すると3666TFS全員がGPUを多用する方向に進んでいる事を示しており、戦闘継続能力の観点から見てもそれは良い方向への進化であると言えた。
高度30000mでの水平飛行に移って数分。
従来では考えられない速度で目的地に向けて急行する3666TFSの十五機に対して、レイラが戦闘突入の方針を周知していた。
すでに彼等は敵戦艦の残骸、即ち目標アルファが存在するZone4-33に充分接近しており、タクラマカン砂漠北方を管轄とするAWACSチャオリエから戦況データの提供を受けていた。
「敵はエリア33のZone4からZone3にかけて存在している。我々はこの高度速度のままあと100秒飛行し、Zone3とZone4の境界空域に向けて急降下突入して敵の中央に楔を打ち込む事で、敵の北方への進行圧力の低減を狙う。僅か60km北方には目標アルファが存在する。自分達より南に居る敵は絶対に北に抜けさせるな。北に居る敵は、派手に暴れて目立つ事でおびき寄せろ。とにかく敵を北に行かせないことを目的とする。ウルムチ基地からは二百機ほどの戦闘機が出張ってきているが、彼等を当てにするのは最後の最後だ。敵は僅か1mでも南で撃破しろ。」
「諒解。」
「はいよー。」
普通であれば上官の怒鳴り声が響き渡るような、不真面目で気の抜けたレイモンドの応答が聞こえてすぐのことだった。
「緊急、緊急、緊急。空域の全機に告ぐ。敵艦隊が出現した。戦艦三隻。Zone4-33、目標アルファ直上300km。艦砲射撃による攻撃が予想される。重力プラットフォームは作業を中断し北方へ緊急退避せよ。戦闘機隊はGP隊を援護しつつ、艦砲射撃に備えよ。繰り返す。敵艦隊が出現した。戦艦三隻。目標アルファ直上300km。艦砲射撃が予想される・・・」
突然飛び込んできたチャオリエからの通信を聞いて、達也は思わず頭上を見上げた。
既に青味を失って殆ど黒と言って良い、30000mの高度から見上げる暗い色の空に、白銀色に眩しく陽光を反射する三隻の船が浮かんでいた。
いつか見た光景と同じだ、と達也は思った。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
そろそろ従来のスケジュールに戻さないと行けませんねえ。
・・・分かっちゃいるけど戻らない・・・