41. 苏干湖(スーガン湖)
■ 8.41.1
ウルムチ基地は、一月ほど前に発生し、南方にそびえる天山山脈の向こう側に存在したハミ、トルファン両基地を飲み込んだロストホライズン以来の活況を呈していた。
現在この基地に駐留する戦闘機二百四十五機、十八部隊のうち約2/3にあたる百八十機を伴い、開発されたばかりの軌道往還用重力プラットフォーム四十機と、その管制を行う輸送機三機がほぼ同時に基地を発とうとしているのだ。
当然それだけの数の機体が同時に離陸できるはずなど無く、作戦部隊の真打ちである重力プラットフォームと輸送機を護衛する戦闘機部隊は、早い者で出発の一時間も前から離陸して上空で編隊を組み、基地上空を大きな円を描いて旋回待機していた。
そうやって次々と作戦に参加する機体が離陸して上空に上がり、戦闘機隊が全て離陸を終えた後に輸送機隊がその大柄な機体をエプロンから上空に向けて持ち上げ飛び立っていった。
全ての機体を基地上空に待たせた状態で、今回の作戦の真の主役が飛び立つ順番が回ってきた。
エプロン端で待機していたそれらは、まるでガラクタの山が積み上げられているようにしか見えなかった。
六方向に貨物接続用の腕を突き出した構造の重力プラットフォーム(GP)は、本来は貨物を接合するためのジョイントロックを使用して互いを接続し合い、四十機全てが結合した巨大なひと塊となっていた。
明灰色の構造体が多数組み合わさって出来たその構造体は、身方によっては建設現場に組み上げられた鉄パイプの足場のお化けの様にも見えたが、口さがない兵士達はそれのことを一目見るなり「ガラクタ(ジャンク)」あるいはその構造から「ゴミの檻(ジャンキー・ジェイル;「ヤク中の留置場」の意もあり)」と呼び、例に漏れずその様な呼び方こそ多くの兵士達に喜んで受け入れられたために、ウルムチ基地においてはそのGP構造体の呼び名は非公式ながら、「ジャンキー・ジェイル」でほぼ統一されていた。
二百機近い戦闘機が上空をゆっくりと旋回する中、基地上空500mで静止した輸送機のカーゴルームに設置されたコントロールステーションから指示が飛び、「ジャンキー・ジェイル」はその奇妙な構造体をゆっくりと空中に浮かび上がらせた。
四十機ものGPを一つずつ空中に並べて、ぞろぞろと目的地まで大名行列を行わなくとも良いように、多数のGPを移動させることを想定して元々GPに与えられていた機能である。
空中に浮き上がったジャンキー・ジェイルはそのまま輸送機と同じ高さにまで高度を上げると、輸送機が前方に加速し始めると同時に、その形状からは想像も出来ないほどスムースに、輸送機と同調して加速した。
三機の輸送機とジャンキー・ジェイルからなる奇妙な編隊は三部隊四十五機の戦闘機に周囲を護衛されながら、前進しつつ高度を上げていき、高度20000mに達したところで水平飛行に移った。
高度を上げれば当然その分目立ち易くなってしまうのだが、宇宙空間に貨物を運搬する事を目的として設計されたGPの集合体であるジャンキー・ジェイルの形状は余りに空気抵抗が大きすぎ、高度3000mでは400km/hで飛行するのが限界であった。
東方の酒泉基地から出撃した囮部隊が敵の目を引きつけているうちに、タクラマカン砂漠に横たわるファラゾア艦の残骸を可能な限り素早くコッソリと敵の目前からかすめ取っていくためには、できる限り高速で目標に近付き、できる限り素早い作業で目標を確保した後に、あらん限りの速度で一目散に現場からトンズラする必要があった。
そのためジャンキー・ジェイルとそれを率いる輸送機隊は、空気抵抗が小さくなる高度20000mを900km/hの速度で飛行し、少しでも短時間で目標に到達することを選んだのだった。
「こちらジャンキー・リーダー(「ヤク中のリーダー」の意もあり)、チャオリエ05、聞こえるか。所定の高度に達した。目標付近の状況はどうなってる?」
ジャンキー・ジェイルを率いる三機の輸送機の内、デルタ編隊を組む先頭の輸送機がジャンキー・リーダーの部隊名を名乗り、タクラマカン砂漠北部空域を管制するAWACSであるチャオリエに状況を問い合わせた。
「ジャンキー・リーダー、こちらチャオリエ05。目標付近空域、Zone4-33クリア。隣接エリア全てクリア。客は東側からの陽動部隊に予定通り食らいついた。現在Zone4-07で陽動部隊と交戦中。今の内だ。とっとと行ってお宝を掻っ攫ってこい。」
「ジャンキー・リーダー、諒解。針路18、現在高度を維持し、所定の速度まで増速する。目標到達予定は30分後。サポートよろしく頼む。」
「任せておけ。グッドラック、ジャンキーズ。」
三機の輸送機に先導され、三部隊四十五機の戦闘機に護られた奇っ怪な構造をした物体は、大気圏内で発生する雲が到達できない高度20000mのクリアな空を、眼下に白く雪化粧を纏い始めた天山山脈を望みつつ、その先に広がる砂の海に向けてゆっくりと進んでいく。
その頃達也達3666TFSは、予想された第二陣の敵戦闘機部隊と遭遇し、交戦を前にして敵部隊に接近していた。
達也達A1小隊が抜けた十二機の3666TFS本体は、相変わらず敵に気付いていない振りをしてGPUを併用しつつ、崑崙山脈の峰々を掠めるように高度6000mをゆっくりと、時折障害となる6000m以上の高さがある山頂を右へ左へとかわしながら囮として飛んでいる。
一方の達也達A1小隊は、モータージェットの上限速度に近い750km/hの速度で、3666TFS本体から南に約30kmほど離れた峡谷を、相変わらず谷底に張り付くようにして隠れ飛んでいる。
「敵部隊、距離80、高度120、針路06、速度M4.5。50秒後にフェニックスと交差する。A1は15秒後に高度を80まで上げてこれを迎撃する。上昇と同時にGPUオン。その後は各個迎撃行動に移れ。」
切り立った崖に挟まれたV字谷の底近く、対地高度100m以下を維持しながらせわしなく左右に旋回して障害物を避けながらも、達也は精確に敵位置情報を読み取り指示を出す。
先ほどまでに比べて速度が上がっているので、失速警告が常に鳴り続けているような状態からは脱してはいるものの、元々空力性に難点のある機体形状の鋭電では、機体をバンクさせて旋回してもまるで横滑りするかのように曲がりにくく大回りになってしまう。
二次元可動のジェットノズルと、計六枚ものカナードと尾翼、そして主にはパイロットの技量でそのやっかいな特性を抑え込み、モータージェット推進のみに依る空力飛行でこのタイトに曲がりくねった峡谷を駆け抜けていくのは、流石の腕前と言って良かった。
そしてそれは達也だけに限ったことでは無く、そのすぐ後ろを殆ど距離を開けずに追従する武藤と、前を行く二機に頻繁に視界を遮られながらも危なげなく谷底を駆け抜けるマリニーにおいても同じ事が言える。
「高度80まで上昇する。5秒前、3、2、1、0。GPUオン。」
達也は機体を水平に保ったまま、GPUのみに依る上昇で一気に2000m以上もの高度を駆け上がる。
両脇に壁のようにそそり立っていた急峻な谷間の岩肌が、一瞬の内に足下に飛び去り、山並みの上に出て視界が大きく開けた。
上昇する途中でラダーと操縦桿を微妙に操作して機首を振り、囮の3666TFS本体を目指して前方を斜めに横切ろうとしているファラゾアの戦闘機部隊をガンサイト内に収める。
ガンレティクルが赤い敵マーカに重なり明るく光る。
達也はトリガーを引くと同時にGPUスロットルを倒して、敵部隊に向けて一気に突進する。
すぐ後ろで達也と全く々行動を取った武藤とマリニーも、同様に次々とレーザー砲で敵を撃ちながらGPUで急加速する。
「A1、エンゲージ。」
達也は交戦を宣言するが、これは囮役のレイラ達3666TFS本体に向けたものだ。
この空域を管制するAWACSであるチュウウー05は、Zone6かZone7付近を旋回しているはずだった。
いかな雲の少ない乾燥地域とは言えども、高度10000m以下では大気中を漂う塵などで通信用レーザーが拡散され、300kmも彼方のAWACSの元まで通信が届くかどうか疑わしい。
電波であればそれくらいの距離も届くのだろうが、これほどまでファラゾア降下点に接近してしまうとファラゾアが発しているジャミングで妨害され、やはり届くかどうか疑わしくなる。
いずれにしてもAWACSは、精度はともかくGDDを使ってこちらの状況を観察しているはずだ。
万が一にも自分達が全滅するようなことがあれば、状況を見て適当な処置を行うだろうと達也はAWACSとの通信を諦めた。
「フェニックス、タリホー。エンゲージ。」
レイラが達也達の動きに対応する。
囮であることをやめ、積極的に敵部隊への攻撃行動に移る。
山並みすれすれの高さでゆったりと流していた十二機が、敵部隊に向かって急角度で上昇しながら増速する。
ファラゾア戦闘機部隊約百機は、目標であるレイラ達3666TFS本体を包囲しようとするかのように大きく広がり、音速の六倍もの相対速度で急速に距離を縮めていく。
達也達はその包囲網の東端側に食らいつき、敵を削り取るように着実に撃墜数を伸ばしていく。
包囲網の真ん中辺りで次々と煙を噴いて墜落していく敵機があるのは、レイラ達が集中的に中央を狙っているからだろう。
「フェニックス、こちらチュウウー05。第二次の交戦を確認した。予定通りだ。酒泉基地からの戦闘機隊は交戦空域に向けて急行中。」
GPUを駆使し、進行方向と機体の向きが全く一致しない機動で、機首方向であるレーザー砲の射線だけは常に確実に敵を捉えるようにして曲芸的な動きを行っている最中に、AWACSからの通信がレシーバに飛び込んできた。
どうやらチュウウーは、達也達が敵の懐に深く入り込むのに応じて、AWACS子機が敵に撃墜される危険を冒しながらも子機を前進させているようだった。
「欲を言えば、もう少し西に前進したところでドンパチやってくれるとバッチリ予定通りなんだが。」
交戦中にもかかわらず、AWACSがワガママを言ってくる。
西の方角を見ると、崑崙山脈の山並みの向こうに予想交戦地点であるスーガン湖らしき銀色の水面が光っているのが見えた。
敵に圧力を掛けながらあそこまで引っ張っていくのはそれほど難しい話では無いな、と達也は視線を目の前の敵に戻す。
「バカ言うな。戦闘中は無理だ。ここにいる奴等を片付けたら前進する。」
レイラが毒づいているのがレシーバ越しに聞こえる。
「オーケイ、それで良い。お前らなら五分もありゃ片付くだろ。そのあとでよろしくな。」
戦闘中とは思えない間延びした口調でチュウウー05のオペレータが言う。
百機程度の敵部隊で、トップエース部隊である3666TFSがどうかなるなどとは微塵も思っていない余裕が声に表れているのだろう。
実際、3666TFSは自分達に全く損害をだす事も無く次から次へと敵を撃墜していっており、戦闘が始まってまだ数分しか経っていないというにも関わらず、すでに敵部隊の機数は2/3ほどにまで減っていた。
元々遊撃隊の役割を担っていた達也達A1小隊は、三機がほぼ好き勝手に先頭空間を飛び回り、次々に敵に狙いを付けては撃破していく。
レイラ達L小隊は基本に忠実にデルタ編隊を組み、もたついて孤立した敵機や、自分達以外の目標を追い掛ける敵の集団に狙いを付けて食らいつく。
沙美達のA2小隊は、高い技量を持ち永く共に戦ってきたチームの特性を生かし、息の合った動きでときに密集したデルタ編隊を組み、ときに散開しながら、敵の密度の高いところを見つけては突撃していく。
レイモンドの率いるB1小隊は達也達のA1小隊の動きに似て、個人技を中心にバラバラに動いているように見えて、さりげなくお互いを上手くカバーしあっている。
B2小隊は常に密集したデルタ編隊を組んで高い技量を見せつけながら、セオリー通り前方に火力を集中しつつ必要に応じて左右の敵を撃破し、まるで永遠に飛び続ける矢が次々と獲物に突き刺さるかのように、敵を撃破していく。
「フェニックス、良い知らせだ。棒棒どもがお宝に辿り着いた。今から荷造りを始める。もう少しだけ頑張ってくれ。」
敵の数が当初の1/3程に減り、そろそろ敵の戦闘機隊は逃げ出す頃かと思い始めたところで、チュウウーから再び通信が入った。
GPが目標に辿り着いて、すぐに作業に入ったと言うことは、目標近辺に敵が居なかったと云うことだろうと達也は理解した。
こちらで身体を張って陽動を行っている甲斐があるというものだった。
「それは良かった。チュウウー05、こっちは悪い知らせだ。敵のお替わりだ。距離150、方位24。機数不明。千は居るな。接敵まで60秒。」
部隊内の他の戦闘機に比べて高性能なGDDを搭載している鋭電は、急速に接近してくる敵が発する重力波を捉え、達也達パイロットの被るHMDのスクリーンにマーカを投影してその存在を知らせている。
今の通信でチュウウーに知らせると同時に、3666TFSの他のメンバーにも伝わっただろう。
「随分大盛りのお替わりだ。こっちでも確認した。まだ腹一杯になるには早ぇぞ。上手く敵をスーガン湖上空まで引っ張っていってくれ。いいか、絶対北に抜けさせるなよ。今敵にやられたら、目も当てられねえ。酒泉からの部隊はあと五分で到着する。」
「フェニックス02、諒解。レイラ、聞こえたか?」
「聞こえたわ。あんた達とやってるとこんなんばっかり。もう慣れたわ。」
「早くこっちに来い。楽になるぜえ?」
「やかましい。どこのミイラよ。」
「レイラ、30km西に移動だ。スーガン湖上空へ。」
眼の前にいた敵機群を殆ど撃墜したため余裕が出てきたのか、レイラとレイモンドがじゃれ始めるのを制して、部隊全体を当初の第二次交戦予定空域であるスーガン湖上空に移動させる。
「来たぞ。次の客だ。全機攻撃開始。」
青色に染まる水面が陽光を反射して銀色に輝くスーガン湖に到達するとほぼ時を同じくして、視野を埋め尽くさんばかりの白銀色の敵機の群れが現れた。
自分達の百倍にも迫る数の敵を前にして、HMDスクリーンの下で不敵な笑みを浮かべる皆の耳に、レシーバを通してレイラからの指示が響いた。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
遅くなって済みません。
実は昨夜、寝ている間に出てくるというコビトさんに会ってしまいました。
正確には「会って」いないのですが、コビトさんが訪れたという明確な物的証拠を掴みました。
昨夜、週末で疲れていたのか、執筆中にそのまま少しうたた寝してしまいました。
いつもの工業団地の近くの公園の駐車場では無く、最近お気に入りの、隣の市の運動公園の駐車場です。
トイレはちょっと遠いのですが、駐車場の眼の前が池になっていて、歩道の灯りが水面に反射して綺麗なのです。
ハッと気付いて「イカンイカン、寝ちまったぜ。続き書かないと。」と、手元のパッドを見ると、開いたエディタ画面一杯に全角スペースの正方形が、まるでタイルのように。w
寝落ちしている間にコビトさんが出てきてスペースキーを押して遊んでいたのですね、分かります。
コビトさんの微笑ましい悪戯をDELキーで、本文に到達するまで消していきます。
本文に到達するまで、消していきます。
消していきます・・・本文に到達する、まで・・・
・・・本文・・・無い。
もう4500文字は越えていたのに!!!
やはりコビトさんはいるのです!
・・・投稿遅れた言い訳でした。