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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第八章 Base Deffence (基地防衛)
210/405

39. She is a hot


■ 8.39.1

 

 

 その日は朝から3666TFSの飛行隊格納庫の中は賑わっていた。

 タクラマカン砂漠周辺の九基地全てからほぼ全力出撃する大作戦の決行の日ともなれば、飛行隊格納庫の中だけで無く、基地全てがどこか熱に浮かされたような雰囲気が漂い、しかし足音を立てて身近に迫ってくる死を恐れながらも、それを己の技術で撥ね除けようとする強い意志を持って入念に準備するパイロット達と、そして戦いに赴く戦士達を望む限り完璧に近い整備で送り出そうとする整備兵達の熱い思いと、自らの采配が成功を手繰り寄せるか全てを台無しにするかの鍵を握っていることを自覚する地上勤務兵達と、直接的では無くとも戦いに赴く兵士達をサポートして彼等のコンディションをベストの状態に保とうとするその他の地上勤務員達、それら同じ基地に所属する全ての者達の意思が基地全体を包み、陽光に照らされ急激に上昇を続ける気温を凌ぐ熱気を放っているようにも思えた。

 

 0700時、3666TFSの十五機全ての機体は出撃準備を終え、まるで獲物に襲いかかるために今まさに枝から飛び立たんとする猛禽の様に、ゴーサインが出るのを待ち構えている。

 キャノピこそまだ閉じられてはいないものの、全ての機体は出撃前チェックを完了して核融合炉(リアクタ)を起動済みであり、コクピットからはラダーが取り外され、基地内ネットワークと繋がるコミュニケーションケーブルが各機体に接続されているのみであった。

 

「タツヤ知ってるか? 今日の晩飯はいつもの羊肉のカワプとナンだってよ。ちったあ労ってくれてもバチはあたらねえと思わねえか?」

 

 一斉出撃前の張り詰めた緊張感が支配する格納庫の中で、なんとも緩みきった話題をB中隊長のレイモンドが提供する。

 

「昨日の晩飯の焦げかけたサムサと冷め切ったスイカシよりはマシそうだ。」

 

 これもまた、場の空気を全く読まずにA中隊長である達也が応える。

 会話は基地内ネットワークを通じて編隊内十五機全てに聞こえているのみならず、同様に基地内ネットワークに有線接続している整備兵達や、担当する管制官にも聞こえているであろう。

 ことによると、大作戦の先陣を切って出撃する3666TFSの会話をモニタしようとして、基地司令部にもその音声は届いているかも知れなかった。

 

「違えよ。俺が言いたいのは、大作戦を成功させて帰ってきた兵士に、もうちょっと労いの心が見えるメニューでも良いんじゃねえか、って事だヨ。ラムチョップとか、なんならビーフステーキとかよ。」

 

 回教徒の多いこの地方では、主に羊肉を多く食すが、牛肉や鶏肉も一般的に食卓に並ぶ。

 

「ちょっと、アンタ達。出撃前の緊張ブッ壊すような会話やめてくれる? 基地内ネットワーク繋がってんのよ。誰が聞いてるか分かんないでしょうが。司令とかに聞かれてたらどうすんのよ。」

 

 3666TFSの飛行隊長であるレイラがなんとも緩みきった二人の会話に割り込むが、この発言内容であれば基地司令部の誰かが聞いていた時点ですでにアウトであろう。

 

「過度の緊張をほぐすにはちょうど良いと思うが?」

 

 と、達也が抑揚の無い声で返答する。

 

「いや、そうなんだけど、そうじゃなくてね!」

 

「司令と言や、あのクールな眼差し、シビレるよな。玄人好みのなかなかいい女だぜ? あんないい女がこの基地のトップだなんて、生きて帰ってこようって励みになるってもんだ。」

 

 レイモンドが話題をさらにとんでもない方向に持って行き、そんな平常運転のレイモンドの発言に飛行隊の中から笑い声が漏れる。

 

「アンタいい加減にしてよね。全体ブリーフィングで暴言吐くとか、心臓止まるかと思ったわ。バカじゃないの。」

 

 普段のRAR(武装巡回偵察)に比べて生還率が遙かに低く見積もられている作戦前にこの発言は、レイラも大概肝が据わっていると言うべきか、或いは徐々に染まってきたと言うべきか。

 

「ホンネだぜ? 向こうもホンネだろうけどな。いい女の期待にゃ応えんとな。」

 

「3666TFS、出撃(ready )用意( to go)。」

 

 賑やかな部隊内のやりとりに、基地管制からの指示が割り込む。

 

「3666TFS、準備完(standing )( by)。」

 

 一瞬で真面目な声に戻ったレイラがそれに応えた。

 0700時。

 作戦開始まであと十五分。そろそろ離陸を開始すべき時間だった。

 

「3666TFS。知っての通りお前達がこの作戦の要と言って良い。存分に暴れて、そして必ず作戦を成功させろ。帰ってきたら私の奢りでビーフステーキを食わせてやる。」

 

 そこにさらに割り込む、厳しく感情を抑制した女の声。

 

「げ。司令。」

 

「流石、いい女は言うことが違うぜ。」

 

「3666TFS、出撃。無駄口叩いてないでとっとと行きやがれ。」

 

 呆れたような口調で基地管制が出撃を指示した。

 

「諒解。フェニックス、出撃。」

 

「ビーフが俺を待ってるぜ。」

 

「うるさい、黙れレイ。」

 

 相変わらず軽口を叩くレイを黙らせ、レイラはスロットルを握る左手に力を込めた。

 

「フェニックス01、出る。全機続け。基地上空1500mで集合。」

 

「コピー。」

 

 レイラの雷火がゆっくりと前に進み始め、格納庫内誘導路を通って格納庫を出る。

 レイラのすぐ後にL小隊のアポリナーリヤ・ローセヴァ少尉、ツェツィーリア・グヴォズダリョヴァ少尉の雷火が、間髪を入れずに動き始める。

 四番目がA中隊長の達也の順番だった。

 隣のセリア(ツェツィーリア)の機体が格納庫内の誘導路に出たところで達也も機体を動かし始めた。

 すぐ前を行くセリアの機体のモータージェット噴射流をモロに食らうが、低速走行時の後方気流を正面から受けたところで、こちらも地上にいる達也の機体の動きに顕著な悪影響を及ぼすほどの力は無い。

 

 セリアの機体に続いて格納庫の外に出た達也は、彼女がGPUを始動して空中に浮き上がるのを横目で見ながら、スロットルとGPUスロットルを同時に開けた。

 セリアの機体がエプロンからほぼ垂直に上昇したのに対して、達也の機体は前方に加速しながら上昇する。

 武藤とマリニー以下A中隊の全員が達也に習い斜め上昇を行い、当然レイモンド率いるB中隊も同じようにして離陸した。

 

 「GPUにて高度50mまで上昇した後に、前方への加速を開始する」とした、重力推進の導入に対応して改訂された滑走規定に反した行為だが、達也のやり方の方が全体の出撃時間を短縮することが出来る。

 基地管制も3666TFSの大半の機体が行った離陸法が規定違反である事に気付いてはいたが、口を差し挟むようなことはしなかった。

 多少の無茶をやっても事故るような奴等ではないことは分かっていた。

 そもそも何か言ったところで聞くような奴等じゃないことは、もっとよく分かっていた。

 いつぞやのように、格納庫の裏口から出撃していかないだけまだマシだった。

 

「レイラ、こっちは揃ったぞ。」

 

「こっちも揃った。OKだ。」

 

 一番最初に離陸したレイラが高度1500mに達し、L小隊のセリアとポリーナ(アポリナーリヤ)と合流して、基地上空を数回周回するとすでに彼女の後ろには十四機の部下達による編隊が形成されていた。

 レイラがコンソールに表示されている時計を見ると、0710GMT+6と表示されている。

 彼女が離陸して、ものの十分も経たないうちに飛行隊十五機全てが離陸を終え、基地上空高度1500mで編隊を組み終えたことになる。

 A中隊とB中隊のそれぞれ六機ずつがどのような離陸をしてきたのか知りたいとは思えなかった。

 

「CHW(酒泉)コントロール、こちらフェニックス。準備完了。RAR開始する。コースTK-28。針路25、高度50、速度50。」

 

「フェニックス、こちらCHWコントロール。現在時刻を確認した。オペレーション『ホワイト・タイガー』スタート、ナウ。グッドラック、フェニックス。」

 

「サンクス、CHW。レディース(クソ)・アンド・(ガキ)バスターズ(ども)。針路25。高度50。遅れるな。」

 

 酒泉航空基地の地上管制との交信を終えるとレイラは操縦桿を右に倒し、機体を右にバンクさせて旋回しながら上昇を開始した。

 後ろに続く十四機が、各小隊毎に一糸乱れぬ編隊飛行でその後に続く。

 

 そして作戦が開始され十五分ほど経ち、すでに酒泉の街は後方に消えた。

 3666TFSは、標高6000m級の峻嶺連なる崑崙山脈を高度5000mを維持して峰々の間を縫うように飛行している。

 すでにRARコースに入っている十五機は、十分ほど前からGPUを停止し、モータージェットでの飛行に切り替えている。

 高島重工業製の鋭電に乗る達也達、A1小隊の三機は、失速寸前の低速低推力と戦いながらも見事に編隊を維持していた。

 

 重力推進が開発され、そして戦闘機に搭載されるようになってから後、格闘戦中にファラゾア戦闘機械と同様の運動性を得るため、人類側の設計する戦闘機は従来のジェット推進から重力推進へと徐々にその比重を移してきた。

 戦闘機の設計だけで無く達也達前線のパイロット達の戦闘機動も、重力推進導入当初に行っていた様な重力推進を補助的に使用して機動力を向上させる飛び方から、重力推進を中心的に使用し要所要所でフュエルジェット、或いはリヒートを使用して複雑な起動を行うための補助推進とする様な飛び方に変わってきていた。

 ファラゾアと互角以上に渡り合う技術を持つエースパイロット達ほどこの傾向が強く、例えば最近の達也の戦闘機動などは武藤や他の666th TFWメンバーが呆れるほどに空力を無視し重力推進に大きく頼る、従来の戦闘機では絶対に不可能である異常な戦闘機動となっていた。

 

 その様な戦闘機の進化の系譜と、前線パイロット達の戦い方を正しく反映したと言うべきか、高島重工業が’二代目の重力推進搭載戦闘機として投入した鋭電は、前型の雷火に比べてより重力推進を多用した戦闘機動を意識した設計となっており、雷火に比べて細身に作られた胴体や、明らかに他の戦闘機に比べて短く翼面積も少ない前進翼など、各所に重力推進戦闘機動中の空力特性を有利にする為の工夫が見て取れる。

 

 しかしながらその様な機体形状は当然のことながら、敵探知を逃れる為に行うGPUをカットしてモータージェットのみで飛行する空力低速飛行を非常に不得手としており、高度5000mの薄い空気の中で僅か500km/hという低速で緩急織り交ぜた旋回を頻繁に繰り返しながら峰々を避け峡谷に沿ってタイトに飛ぶこのRARコースを僚機の雷火が易々とこなしているのに対して、達也達三人が駆る鋭電は常に失速アラートを鳴り響かせ失速寸前の異常挙動を繰り返しながらも、二次元的に可動であるジェットノズル、自在に動く四枚の尾翼と二枚のカナード翼による抜群のポストストール制御、そしてなによりも搭乗するパイロットの卓越した技量により、墜落を免れるどころか、デルタ編隊を保ったまま平然と山間の隘路とも言うべき困難なコースを駆け抜けていく。

 

 先頭のレイラと、それに続くL小隊がバレルロールの要領で大きく動き、同時に尾根を越えて隣の谷に移る。

 A中隊、B中隊の順に残る十二機がそれを追う。

 達也の機体は、バレルロールの間中ストールコーションがHMDの視野のど真ん中に表示されて耳元で電子音が鳴り続け、実際ロールの頂点辺りで不気味な異常振動が機体を襲う。

 尾根を越えて機体の上下が正常に戻り、僅かに増速してL小隊に追い付いたところで失速の振動は消え、機体の挙動も安定する。

 

「痺れるな、この機体。この速度でちょっと無理な運動すると、すぐに失速しやがる。」

 

 武藤がぼやく。

 

「重力推進での格闘戦に特化した、尖り過ぎた性能だからな。仕方ない。その分、戦闘中の機動のキレは良い。」

 

「こっちから見ていても分かる。旋回中のベイパーがグチャグチャに乱れている。スピードを上げてやりたいが、済まんな。この速度が指定だ。速度を上げると、他の部隊とのタイミングがずれる可能性がある。」

 

 武藤のぼやきに達也が返したところで、レイラが割り込んで来た。

 666th TFWのメンバーでは無いとは云え、さすがは飛行隊長と言ったところか。

 飛行中の部隊のあちこちに目が行き届いているらしい。

 

「理解している。腕でカバーすれば良いだけの話だ。気にするな。」

 

 TK-28のRARコースを3666TFWが500km/hでZone4まで侵入する事を基本として組み立てられた作戦だった。

 飛行安定性を得るために増速すれば、予想より早い時間に接敵する可能性が高かった。

 もちろん、早々と敵に発見される訳にはいかないので、GPUを使用して機体を安定させるなど論外だった。

 どうしても失速を免れない時は、フュエルジェットを点火して一時的に増速しながら上昇し、ハイヨーヨーの要領で速度を調整しながら再び編隊に戻るという手もある。

 

 その時、達也のHMDヘルメットの中で電子警告音が鳴る。

 その音は同時に、武藤とマリニーの機体でも鳴っていた。

 HMD中央よりも少し南寄りに、GDDによる重力波探知を示す紫色の円が表示された。

 高島重工業製の最新鋭機である鋭電は、極めて高い電波ステルス性を持つファラゾア戦闘機械に対する最も有効な探知装置であるGDDについても、最新の感度の良いものを搭載している。

 

「敵をGDDで探知。方位24。遠距離のため規模、高度、距離共に不明。」

 

 達也が探知情報を読み上げ、部隊内で情報を共有する。

 さらに達也はコンソールのコミュニケーションウインドウに目を走らせ、自機のレーザー通信機が後方上空15000mを遊弋しているチュウウー05のダムセルフライを位置特定しており、通信可能な状態である事を確認した。

 

 その間にも3666TFSの十五機は、曲がりくねった峡谷を駆け抜け、峻峰を繋ぐ尾根の鞍部を掠めるようにして飛び越え、敵の勢力圏深くに向けて突き進む。

 超音速衝撃波を発生する速度では無いとは云え、500km/hで狭い谷間を駆け抜ける十五機の戦闘機が巻き起こす風で、すぐ近くを掠めて飛んだ尾根や山肌から土煙が巻き起こる。

 

 達也の耳元で再び電子警告音が鳴る。

 前方に探知されていたファラゾア機の発する重力波強度が上がり、詳細を特定可能となった。

 敵の重力波強度が急に上がったという事は、敵が加速したという事であり、要するにそういう事だった。

 

「重力波強度上昇。敵数十八、方位24、距離190、高度125、速度M2.5、針路08、ヘッドオン・・・発見された、な。多分。」

 

 達也の報告は呟くような声だったが、全員がそれを聞いた。

 

「こっちのレンジにはまだ入ってこない。達也、フェニックスは速度をモーターで60に増速する。ヘッドオン維持。チュウウーに状況を報告しろ。」

 

 レイラが乗る雷火ではまだ前方の敵機は探知できないようだった。

 

「諒解。チュウウー。こちらフェニックス02。聞こえるか(ヒア・ミー)?」

 

 達也はコンソールのコミュニケーションウインドウにあるチュウウー05の名前を押すと、そのまま話し続けた。

 

「フェニックス02、こちらチュウウー05。聞こえるぞ(ヒア・ユー)

 

「前方に敵を探知した。方位24、距離190、高度125、速度M2.5、針路08、ヘッドオン。180秒後に交差。」

 

「フェニックス02、こちらでも確認(コンファームド)した。」

 

「フェニックスは針路こ(キープ・)のまま(ヘディング)、モーターで60に増速する。接敵後、(エンゲージ・)予定通り(フォロー・トゥ)交戦する(・コンタクト)。」

 

「チュウウー諒解。グッドラック、フェニックス。」

 

「サンクス。」

 

「全機、速度60モーター。距離80でGPUオン。距離50で稜線の上に出る。」

 

「コピー。」

 

 達也とチュウウー05の交信が終わると、間髪を入れずにレイラが増速を指示する。

 レイラとL小隊が増速し、それに続く様に達也もスロットルを開けた。

 速度が目に見えて上がり、山肌が急速に接近して来る反面、機体の挙動が安定した。

 レイラに続きまたひとつ尾根を乗り越える。

 失速危険速度を脱した鋭電は、心なしか生き生きとした動きで背面になりながら尾根を掠めるように飛び越えた。


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 なんとか今回は間に合った。


 そう言えば、前話で基地司令を示す代名詞に「彼女」を使っていませんでした。

 男であると誤解を与えていたかも知れません。

 名前から女司令官であると分かって戴けたのでは、と思うのですが・・・ロシア系の名前に詳しくない人にはゴメンナサイ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 段々ファラゾア機に近づくけど、低速で安定させるために小さめの可変翼を付けるとかもありなのかな。
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