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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第二章 絶望と希望
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7. 永久凍土


■ 2.7.1

 

 

 目標としているファラゾアの地上施設HM-11(英語表記:NM-11)まであと10kmを切り、彼等は常に緊張した状態で、ほんの少しでも身を隠せる灌木や湿地帯の僅かな起伏を使いながら前進していた。

 当然その分進行速度は遅くなり、残り10kmをこなすためには丸一日以上の時間がかかりそうだった。

 つまり、敵施設まで10kmを切った上で、身を隠すものが殆ど無い状態で夜を明かすか、或いは夜の間もずっと移動し続けるかという選択肢しか存在しない訳だった。

 

 明かり一つないこの原野で、一切の電子機器を使わず、当然電灯の様な明かりも一切使うわけにも行かず、その様な状態で夜間の行軍は不可能だった。

 敵が地上にどの様な仕掛けをしているか全く分かっていないのだ。

 思いも寄らない形のトラップやセンサーが設置してあり、暗闇の中でそれらに引っかかるかも知れない。逆に昼間であれば、変わった形の何かに気付けて、回避することが出来るかも知れない。

 次の無いこの侵入作戦で、僅かでも作戦失敗の可能性が下がるやり方があるなら、そちらを選択するのは当たり前のことだ。

 秋も深まり冷え込むこの時期、冷え切った夜の湿地帯を移動する自分達を赤外線イメージで見れば、暗闇の中で真っ白に光って見えることだろう。目立つことこの上ない。

 敵の地上施設のすぐ脇で、殆ど遮蔽物も無い状態でテントの中に入ってじっと動かず息を潜めて夜を明かすというのは、想像するだけで随分神経がすり減る状況だが、多分それが自分達の生存、引いては作戦の成功に最も有利な選択だろうとレヴォーヴィチは考えていた。

 

 その金属光沢をもった白い構造物は湿地帯の低い樹木層の上にそびえ、他に背の高い物体が何もない平原の中で圧倒的な存在感を放っていた。

 目測で高さ300m、幅800m、奥行き500mほどのその地上施設は、遠くから見ればまるでこの広大な平原の中に設置された大企業の新鋭工場か、或いは先進的な研究施設の建物かのようにも見える。

 だが巨大なコンテナの様なその箱は、実際のところ突如地球を侵略してきた異星人が遙か高空大気圏外からこの場所に投げ落としたものであり、そしてその機能や危険性についてはなにひとつ分かっていないのだった。

 

 その異星人の手になる未知の構造体について調査し、あわよくば携行している小型核爆弾で爆破、さらにあわよくば爆破する前に内部に侵入し、この巨大構造物の機能或いは用途などを推察できる情報を持ち帰ること。

 それが今回彼等に課せられた任務だった。

 非常に困難な任務である事は分かりきっていた。どころか、生きて帰る事が出来るかさえ分からない様な任務だった。

 だが、自分達は陸軍の中でも困難な任務をこなし続けてきた部隊であるという矜持、そして強大な敵との戦いの場から疎外されただのお荷物に成り下がっている現状に我慢ならないプライド、それが彼等を突き動かしていた。

 

 部隊の誰もが死の危険がある事を理解しつつ、誰も自分が死ぬなどと考えてはいなかった。

 部隊の全員が、この任務に成功し、そして重要な情報を持って帰る事を確信している。

 彼等はただの兵士達では無かった。

 第68独立親衛特殊任務連隊という部隊に所属する、選ばれ、そして厳しい訓練を乗り越え、幾つもの困難な任務をこなしてきた特別な兵士なのだという矜持と自信と、そしてそれだけの実績を併せ持つ兵士なのだ。

 そのプライドに賭けて、彼等は自分達が生還する事を微塵も疑っていなければ、この生還さえ疑わしい任務を果たし、下された命令を完遂することに自信を持っていた。

 

 三十九人の兵士達はめいめいに、持てる技術の全てを使って身を隠すものに乏しい永久凍土の湿地帯を進んでいった。

 延々と続くスポンジの様な湿地帯の地面では無く、所々に存在する固い地面が露出して小さな丘となっている場所を選び、レヴォーヴィチは部隊に停止を命じた。

 昨日同様、カメラを持つ兵士とともに丘の上に這い上がる。

 距離が昨日の半分以下となったファラゾアの地上施設は、まだ10km近く離れているというのに異様な威圧感を持ってそびえ立っている様に見える。

 一方、継ぎ目らしい継ぎ目が殆ど見当たらず、排気口やアンテナと云った突起物も無いその巨大な物体は、昨日の半分以下の距離からの写真撮影をもってしても満足な情報を手に入れる事が出来なかった。

 

「サーヴァ、施設周辺の地上に動きは見られるか?」

 

 レヴォーヴィチは、カメラを構えるネストロヴィチの反対側で、彼と同じ様に地面に貼り付いて双眼鏡を構える兵士に問うた。

 

「いえ。動くものはありません。」

 

 ファラゾアの地上施設なのだから、当然その周辺にはファラゾア人がいるものだと思っていた。

 占領地で身をさらす危険を冒さない、或いは技術的に激しく後進である地球人には想像も出来ない理由でファラゾア人は表に顔を出さないとしても、ファラゾア人が動かす車やロボットの様な、地上を移動する何かが存在するはずだと思っていた。

 しかしその様なものは何も見当たらなかった。

 その白く巨大な建造物は、まるで風景画の中に描かれたオブジェであるかの様に、何の動きも無く、音も発さずただそこに、広大な湿地帯のど真ん中に存在するのみだった。

 

「ネストロヴィチ、何か変わったものを見つけたか?」

 

「何も。つんつるてんですわ。」

 

「扉やハッチの様なものは無いか?」

 

「ありませんなあ。」

 

「見当たりません。」

 

 双眼鏡で見ようとも、カメラのファインダー越しに見ようとも結局何も特徴的なものを見つけることは出来ず、三人は滑る様にして小丘を下った。

 高い科学技術をもって建造されているので、継ぎ目や扉と云ったものが存在しない、或いはあったとしても全く目立たないのだろうとレヴォーヴィチは想像した。

 しかしそれは、敵建造物内部に侵入して何か有用な情報を持ち帰る、という最大戦果の達成が相当難しいという事に他ならない。

 つるつるの建物表面を撫でていても何も情報は得られない。

 何か情報を得るためには内部に侵入しなければならないが、その進入経路が見当たらないのだ。

 

 いずれにしても、この位置からではこれ以上の情報を得ることは出来ないだろう、と思ったレヴォーヴィチはしばらく観察を続けた後、部下達と一緒に丘を這い降りた。

 昨日と同じ様に兵士を一人呼び、プラスチックバッグに入ったフィルムを渡すとその兵士を送り出す。

 写真には昨日と大して代わり映えしないものしか写っていないが、自分達がどこまで接近することに成功したか、をコマロフスカヤ中佐に知らせなければならない。

 無線も使えず、あらゆる電子機器を使用できない今、兵士を定期的に送り出して人の手によって情報を届ける以外に通信手段が無いのだ。

 兵士の後ろ姿が消えた後もしばらくその方角を見ていた後にそのまま視線を上げると、太陽はもう既に大きく西に傾き、空はすでに赤く染まり始めていた。

 気ははやるが、これだけ敵の地上施設に接近したならば、夜間の移動は控えた方が良い。

 とすると、時間が少し無駄になってしまうが多少なりとも遮蔽物になる丘があるこの場所で野営をした方が良いだろうか。

 レヴォーヴィチはもう一度辺りの状況を見回し確認した。

 

 その時、数百m離れた所で爆発が起こった。

 今しがたフィルムを持たせた兵を送り出した方角だった。

 爆発音を聞いて全員に緊張が走る。

 ファラゾアのミサイルの爆発力は知っている。戦術核並みの威力があるはずだ。

 しかし今起こった爆発は、地球産の地雷程度でしかない。

 何が起こった?

 レヴォーヴィチの頭がフル回転する。

 連中は対人兵器を持っているのか?

 いずれにしても状況はかなり拙い。

 これだけ敵施設に近い場所だ。

 警戒ラインを踏み越えたか?

 

 雷鳴の様に空気が鳴った。

 同時に衝撃を受け、地面に叩き付けられる。

 胸が痛む。肋骨が折れたか。

 何が起こったか確認しようと顔を上げたレヴォーヴィチの前に、不思議な物体が浮いていた。

 

 それは白いボールとしか表現しようが無かった。

 1.5mほどの大きさのその球は、彼等から見てファラゾア地上施設の反対側30mほどのところに音も無く静かに宙に浮いていた。

 同じ白い球が、それぞれ20mほどの間隔を取って五個、地上数mの空中に静止していた。

 先ほどの爆発を確認した時にはそんなものはいなかった。

 爆音と衝撃波を受けた瞬間、どこからかやってきたに違いなかった。

 

 静止していた白い球五個が、浮遊している高度を変えずに地表近くを動き回り始めた。

 

「がっっっ!!」

 

 近くから叫び声が上がる。

 声のした右の方を見ると、兵士が一人のけぞり倒れるところだった。

 その身体は、背中のパックパックごと胸の辺りで断ち切られ、寒冷地用の戦闘服が燃え上がっている。

 支えを失った上半身が地面に落ち、バランスを失った下半身が倒れる。

 普通なら辺りを赤く染めるはずの血飛沫が、殆ど出ていなかった。

 

「小隊、反撃! レーザーだ! 気をつけろ!」

 

 レヴォーヴィチの怒鳴り声をかき消すかの様に、あちこちで爆発が起こる。

 強烈なレーザー光が地面を融かし、瞬時に爆発的な蒸発を発生させている。

 あるいは、スポンジの様な湿地帯の地面に多量に含まれている水が水蒸気爆発を起こしている。

 

 白い球には三軸の方向、六箇所に直径10cmほどの赤い点が存在した。

 それがレーザーの射出孔だろうと思った。

 

 今回彼等は携行火器として普段通常任務で用いているAK74-Mではなく、shAK-12を携帯していた。

 敵がファラゾアの戦闘機械であれば、携行小火器などでどうこうできるものとは思わなかった。

 当たり前だ。

 未知の金属で構成され、音速の10倍もの速度で宇宙と大気圏を自由に行き来しながら、20mmや30mmの機関砲を備えた地球の戦闘機と殴り合いをして優勢に戦っている敵なのだ。

 がしかしそれでも、ほんの僅かでも優位な銃を選ぼうとした結果、今回の作戦で彼等は5.54mm口径弾を使用するAK74-Mを置き、12.7mm弾を20連装で装填可能なshAK-12を選んだのだった。

 

 レヴォーヴィチは半ば無意識に、地上近くを飛び回り彼の部下達に向けて死を撒き散らしている白い球体にshAK-12の銃口を向けた。

 引き金を引く。

 軽機関銃とは比べものにならない重い反動が右肩を後ろに持っていこうとする。

 携行火器では破格の弾頭サイズである、鋼鉄で覆われた直径12.7mmの紡錘形の徹甲(AP)弾が白い球体の表面に当たり、そして火花を散らして虚しく弾かれた。

 そのまま引き金を引き続けてセミオートで連射する。

 大きな反動で狙いは精確とは言えないが、それでもレヴォーヴィチが撃った徹甲弾の殆どがファラゾア機に着弾する。

 的は大きく、そして距離も近いのだ。

 しかし虚しくも、ファラゾア機に着弾した全ての弾は軽い音を立てて弾かれてしまった。

 

「クソッタレ!」

 

 彼が敵を銃撃している間も、五個の球体は地表近くを滑る様に飛び回り、回転し、六方向あるレーザーの射出孔から破壊を撒き散らし続けている。

 回転する球体から、周囲を薙ぎ払う様に次々と撃ち出されるレーザーは、周囲の空間を1m刻みに切り取り、地面を燃え上がらせ爆発させる。

 あちこちで部下の悲鳴が上がり、一人、また一人と身体を切り刻まれては地面に倒れ伏す。

 

 誰かが投げた手榴弾が、コンと軽い音を立ててファラゾア機に当たり、次の瞬間爆発した。

 耳を聾する爆発音と衝撃波が消えた後には、白い金属光沢のボディに傷一つ付けること無く手榴弾の煙を巻いて地表を掃射し続けるファラゾア機がいた。

 

 ファラゾアの主武器であるレーザーを拡散させ減衰させる目的で持たされた煙幕弾を誰かが投げた。

 大量の白い煙が沸き立ったが、その煙は高速で動き回るファラゾア機が巻き起こす風に吹き飛ばされて拡散され、全く何の役にも立っていなかった。

 

 また一人、眼の前で部下の身体が両断され、燃え上がった。

 のけぞり千切れた兵士の上半身が眼の前に落ちる。

 その顔に覚えがあった。

 先月の非番の日、酒を買いに行ったショッピングセンターで出会ったのを記憶している。

 まるで子供の様な背丈の可愛らしい妻と一緒に、生まれたばかりの赤ん坊を乗せたベビーカーを押して二人で幸せそうな顔で微笑み歩いていた。

 今は血走った目を大きく見開き、口から血の泡を吹いて、眼の前の地面に横たわりもう二度と動くことも無い。

 戦闘服と人肉が灼ける匂いが鼻を突いた。

 

 視線を上げると、ほんの数mのところに一機の白い球が浮いていた。

 その球が、眼の前でスピンするのがスローモーションの様に感じられた。

 あの赤い穴がこっちに回ってきて通り過ぎれば、俺もこの兵士と同じ運命を辿る。

 僅か数分の一秒。

 逃げられるはずも無かった。

 それでもただ何もせずに死ぬ気は無かった。

 shAK-12を握る右手を持ち上げる。

 球が回る。

 赤い穴が、まるで眼の様にこちらを向く。

 その眼を狙ってトリガーを引く。

 胸元を何かが通り過ぎた気がした。

 12.7mm弾の発射の反動が、彼の上半身を後ろに吹き飛ばす。

 世界が回る。

 侵略され殺されていく人類の運命など関係なく、遙かな昔から繰り返された夕暮れの茜色に染まった空が見えた。

 

 レヴォーヴィチが半身をレーザーで焼き切られながら放った徹甲弾は、僅か5mの距離を飛んでファラゾア機に着弾した。

 鋼鉄で覆われたその徹甲弾は偶然にも、レヴォーヴィチをスライスするために回転してこちらを向いた赤いレーザー射出孔に突入した。

 こればかりは強度の弱い光学部品を叩き割り、弾丸は白い球体の中に飛び込んだ。

 回転する白い球の中で、複雑な経路で跳ね回った弾丸は、一本の動力ケーブルを断ち切った。

 パワー供給が止まったリアクタが瞬時に反応を止め、そしてジェネレータが動作を止める。

 推力を失ったその白い球体は、独楽の様に回転しながら地上に落ち、回転する勢いで湿地帯の上を数十mほど転がっていった。

 転がった先で球は灌木の幹にぶち当たって止まり、そして二度と動作することは無かった。

 

 右胸から左肩に掛けて逆袈裟斬りに切断されたレヴォーヴィチは、未だその右手にshAK-12を握ったまま、地面に落ちた上半身を反らせてそのファラゾア機が停止するのを見ていた。

 

(ざまあみろ。やってやったぜ、畜生め。)

 

 肺が切断され呼気が通らず声を発することが出来ない唇が、音の無い悪態を吐いた後、ニイと口角を吊り上げた。

 まぶたがゆっくりと降りて来て、その目から光が失われていく。

 既に朦朧としている思考の中で、レヴォーヴィチは自分の意識が暗闇に沈んでいくのを感じた。

 


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 そして誰も居なくなった。


 核物質はどうした?

 永久凍土で氷付けですわ。マンモスと仲良く一緒に。

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