38. OPERATION 'WHITE TIGER'
■ 8.38.1
17 October 2047, Jiuquan UNAF AirBase, Jiuquan, Gansu, China Union
A.D.2047年10月17日、国連空軍酒泉航空基地、酒泉、甘肅省、中華連邦
「全員傾注。今回の作戦概要を説明する。」
酒泉基地の司令官であるオクサーナ・イグナートヴァ少将が、国連空軍の青い制服を隙無く着て部分的に照明が落とされたキャンティーンの端に立ち、広い部屋一杯に詰め込まれた数百名の部下を睥睨した。
彼女の声に全員の注意が集まると同時に、薄暗い壁にプロジェクター画像が投影された。
英語で、Operation 'WHITE TIGER'と、白い文字が浮かび上がる。
「本作戦の唯一の目的は、タクラマカン砂漠、先のロストホライズン時に撃沈されZone4-33に墜落したファラゾア戦艦の艦体の回収である。」
プロジェクタ画面が切り替わり、黄色味がかった白い砂の山がうねるように続く砂漠の中に、あちこちが煤け破壊された巨大なオブジェが横たわる画像が投影された。
多分RAR時に撮影されたものであろうその画像には、撮影日時や機位情報、その巨大構造体をターゲットとして認識した照準システムによって付与されたTDブロック、光学シーカーによって測定された情報などが画面一杯あちこちに表示されていた。
「諸君らもRARの途中で眼にしたことが有るかも知れない。幅約300m、長さ約500mほどの巨大な艦の残骸が、砂漠のど真ん中に落ちている。本作戦を通じて、この目標を『アルファ』と呼称する。ターゲットアルファは、高度300kmから一直線にこのタクラマカン砂漠に向けて墜落した。」
柔らかな曲線を描く砂丘に囲まれ、その波打つ稜線に隠れるかのように横たわるファラゾアホワイトの残骸に映像がズームする。
ズームされると、元は滑らかに整えられていたであろうその白銀の外殻も、あちこちが歪み破れ、煤で汚れ、破砕孔からは暗い色の内部の構造が覗いており、辺り一面に様々な大きさの破片がまき散らされていることが確認できた。
「目標アルファの回収には、『重力プラットフォーム』(Gravity Platform : GP)を用いる。このGPは本来、様々な物資や機材を地球周回軌道に送り込む為に用いられるものである。今回は四十機のGPを使用してこの馬鹿でかいアルファをそっと持ち上げ、武威市東方の荒野まで約1500kmの旅をさせる。」
プロジェクタ画像が再び切り替わり、それぞれ九十度の角度で取り付けられた六本の腕を持った、「未知なる宇宙」或いは「体内の神秘」といったタイトルの科学番組にでも出てきそうな、奇妙な形の物体が映し出された。
微妙に生理的嫌悪を呼び起こすその形状は、ウネウネと動き永遠に増殖し続ける触手を無数に生やすか、或いは中央部の歪な球体部分に、接近するとこちらをギョロリと睨み付ける巨大な目玉を描くとよく似合いそうだと、達也は僅かに顔を顰めながら思った。
しかしこの気色の悪い機械が、今回の主役の「重力プラットフォーム」なのだろうと達也は理解した。
多分今回の俺達の仕事は、この気味の悪い機械多数が目標に取り付き、どうやってかそれを持ち上げて、人類の勢力圏の奥深くまで安全に持ち帰ることが出来るようにエスコートをする事なのだろう。
寄生虫を保護しろと言われた、或いはホラー映画に出てくる正体不明の無定型生物を大事にしろと言われたかのような、気色の悪さと嫌悪感を達也は感じた。
「このGPは、一基で半径約100mの球状の空間の重力を操作することが出来る。本来であればその空間内に多数の軌道貨物コンテナを抱えて、宇宙空間に向けて飛んでいくのがこの機械の仕事だ。今回はコンテナの代わりにこのアルファを持ち上げる。」
少将がそこで言葉を切ると、嫌がらせのようにGPの画像をぐるぐると回していたプロジェクタ映像が切り替わった。
「最大幅300m、全長約500mの目標アルファであるが、計算された所定の位置に四十基のGPを配置し、その全てを連動させながら持ち上げることで、歪み半ば破壊されたアルファの構造に掛ける負担を最小にして持ち上げることが出来るようになる、と計算されている。」
わざとこういう前時代的な表示方法を選んでいるのか、少将の説明に伴って黒い空間に白いワイアフレームで目標アルファの概形が描かれ、そこに青色で表示されたGPがアルファを囲むように配置された。
青色のGPの間にネットワークを形成するように青い線が引かれ、白いワイアフレームのアルファを完全に取り囲んだ。
GPによる青いネットワークで包まれた白いアルファが、仮想空間の中で持ち上げられた様な動きをする。勿論、アルファの白いワイアフレームに歪みなど無い。
「デカブツの輸送方法は理解できたか? それでは我々の仕事の内容の説明に移る。」
わざと乱暴な口調で全員に呼びかけた少将の言葉に応じて、プロジェクタ画像がこの地域の平面図に置き換わった。
「作戦当日は、通常のRARローテーションを回す。敵にこちらが何か特別なことを企んでいるということを勘付かれないためだ。0715時、本来のローテーションであれば本酒泉基地から3666TFSの最初の組である、3666L小隊が出撃する時間だ。この時間が作戦開始ゼロ時となる。
「0715時、3666L小隊では無く、3666TFSの十五機全てが出撃する。コースはTK-28。Zone4内縁まで食い込む、当基地が担当するRARコースの中では最も敵との遭遇の可能性が高いコースだ。正確には、ほぼ確実に毎回敵と遭遇するコースだ。」
少将の説明に従って、画面に3666TFSを示す十字の付いた青い三角形が表示された。
青い三角形は十字が付いてない側の頂点を進行方向として黄色く表示されたRARコースTK-28に沿って進み、崑崙山脈上で待ち伏せていたファラゾアを示す赤い三角形とぶつかった。
「3666TFSは、RAR中に敵と遭遇したところで交戦し、速やかにこれを殲滅する。3666TFSはさらにRARを継続し、RARコースが敵降下点に最接近する、ポイントMまでRARコースに沿って飛行する。通常ポイントMまでに交戦があった場合、ファラゾアはポイントMに達するまでの間に、今度はより多数で構成された部隊を再び差し向けてくる。3666TFSは、これも殲滅する。」
赤色の三角形を撃破し消滅させた3666TFSの青い三角は、黄色い予定ルートに沿って崑崙山脈上をさらに進み、敦煌南方を過ぎて敵降下点までの距離が400kmほどになったところで再び、今度は四つの赤い三角形とぶつかった。
赤い三角形は今度は消える事無く、青い三角形をその場に押し留める。
「これまでの敵の行動パターンから、二度目の接敵では、ファラゾア側は途切れることなく増援を投入してくる事が分かっている。3666TFSは二度目の接敵ポイントに足を止めて、とにかく出てくる敵を全て叩け。そして目立て。」
少将の視線がこちらを向いている事に達也は気付いた。
達也の周りには、3666TFSの面子が何人も座っている。
達也は少将の最後の台詞、「目立て」に思わず苦笑いを漏らす。要するに、目立って囮になれ、という事か。
「3666TFSが一回目の交戦を行った事をトリガーとして、あらかじめウルムチ基地に移動を終えている重力プラットフォーム四十基が基地を出発、ウルムチ基地の戦闘機隊を護衛として高度50000mをM5.0で目標アルファに接近、その後速やかにアルファに取り付く。GPの設置作業時間は二十分を見込んでいる。」
少しズームアウトした地図の北方、ウルムチ基地に青色の四角が現れ、三方を青い三角で囲まれ護衛されたその四角は、タクラマカン砂漠北端に近い場所に黄色の二重丸で示された目標アルファに急速に接近し、重なった。
「この間、北から接近するGPとその護衛を含めた部隊から敵の注意を逸らすため、東方から大部隊で敵防衛ラインに接近し、迎撃に上がってきた敵機と交戦する。
「予想交戦地点は、Zone4-07内縁、蘇千湖上空。ここから敵降下地点に向けて侵攻圧力をかける。」
酒泉と張掖基地上空にそれぞれ五つずつ発生した青い十字付きの三角が急速に前進し、崑崙山脈上空で敵の赤いマーカと交戦中の3666TFSに合流する。
「Zone4-07交戦エリアの敵が北方の目標アルファに向けて移動しようとする場合には、さらに侵攻圧力をかけて敵を釘付けにしろ。ファラゾア防衛圏であるZone3を踏み越えることを許可する。」
少将の強い口調に、集まった兵士達の間から溜息とも呻き声ともつかない声が上がる。
ファラゾア防衛圏を越えるという事、つまりそれは蜂の巣に近寄って行って蜂が辺りをブンブンと飛び回っているその巣を棒で突き回すという事に他ならない。
勝手に占領し勝手に宣言した防衛圏であっても、連中が引いたボーダーラインを踏み越えるという事は、自分達の陣地が直接攻撃を受ける危険があるとファラゾアに認識させ、そして降下点周辺に駐留する戦闘機を戦闘空域に大量に投入してくる事に繋がるだろう。
確かにそれは、ハミ基地とその周辺の敵勢力の目を東側に釘付けにさせることについては非常に有効だろう。
だが達也は忘れていない。
当時まだ「ファラゾア防衛圏」という敵の防衛ラインの設定がはっきりとしていなかった頃であっても、マレー半島から、或いは南シナ海を越えたベトナムから、パラワン島を越えてフィリピンからカリマンタン島に向けて侵攻しようとした攻撃隊が、カリマンタン島上空に到達する前にどれだけ手荒い大歓迎を受けて、何度も繰り返し行われた敵拠点攻撃に参加した戦闘機、或いは攻撃機のほぼ全てがMIAとなり二度とその姿を見ることが無かった事を。
あれから人類側の兵器も技術的に大きく進歩した。
以前よりはマシな戦い方が出来るだろう。
だがパラワン島に侵攻した二部隊三十機、島の北側を通っていたはずの部隊も併せれば四部隊六十機が、ほぼ一瞬で壊滅したあの時の光景は今も達也の脳裏に焼き付いていて色褪せることはない。
「それでも敵が目標アルファの存在する北側への進出を止めない場合、3666TFSを中心としてZone4-07周辺戦闘空域の戦力の一部を割いて、北へ向かう敵機を追撃し、これを殲滅する。」
タクラマカン砂漠東方、河西回廊南端辺りで敵の赤いマーカと角突き合わせていた味方部隊の内四つの青い三角形が、ハミ降下点から北に向かう赤い三角形に追い縋り、消滅させた。
「本作戦の東側陽動部隊には、酒泉基地、張掖基地に所属する戦闘機隊出撃可能数の八割を投入する。東側からの侵攻が本気であると敵に認識させるためだ。その間両基地は、武威、蘭州、西寧からのバックアップ部隊が周辺に展開する事で直援を兼ねる。
「また、敵戦艦の残骸を回収するというこの歴史的大イベントに対して、敵が艦隊を投入して横槍を入れてくる事態が想定される。酒泉から3667TTS、ウルムチから3669TTSの各攻撃隊がフル装備で出撃して基地上空10000mで待機する。
「各戦闘空域の管制は、東側はいつも通り3022ACSチュウーが、北側もいつも通り3021ACSチャオリエが担当する。作戦全体の進行はチャオリエがコントロールする。」
少将の説明が進むに応じて、酒泉、張掖基地よりさらに東方の武威、蘭州、西寧基地に青色のマーカが多数表示され、西に向かって動いて河西回廊に展開した。
酒泉基地、天山山脈北のウルムチ基地に青い菱形のマーカが現れ、そのまま停止する。
河西回廊からタクラマカン砂漠東部にかけて青色のハッチングが行われて、3022ACSと表示された。タクラマカン砂漠は3021ACSのハッチングがカバーする。
「色々と細かいことも言ったが、酒泉基地からの攻撃隊の任務は単純明快だ。敵を殴りつけてこちらを向かせる。余所見出来ない様に何度も殴りつける。それでも余所見をして他に手を伸ばすようであれば、その手を叩いて潰し、もう一度殴りつけてこちらを向かせる。
「どうだ。難しい話じゃないだろう?」
そう言って少将は再びキャンティーンに集まる数百人の兵士達を見回した。
「なーんか、俺らの仕事、多過ぎねえ?」
達也のすぐ隣で、足を組み、背もたれに身体を預けて頭の後ろで両手を組んで話を聞いていたレイモンドがぼそりと呟いた。
敵に殴り込みをかけるのも3666TFS、溢れた敵を追いかけるのも3666TFS。
最初から最後までずっと、最も激しい戦闘にさらされ続けるのが自分達だという事を達也も理解していた。
敵の目を引くために死地に突撃しろという、いかにも生存率の低そうな作戦説明に静まりかえっていたキャンティーンの中で、レイモンドの声は案外によく通った。
巨大な青竜刀で辺りを薙ぎ払うような、少将の鋭い視線がこちらを向いた。
達也は、少将と眼が合ったような気がした。
レイモンドと自分を中心に、少将の視線によって急激に気温が低下した様に思った。
「その為に最新の機材と優先的なサポートを貴様らは与えられている。それに見合った仕事をしろ。」
絶対零度の冷たさと鋭さを備えた少将の声は、凍り付いた場の空気をさらに冷やし、そしてスッパリと切り裂いた。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
更新遅くなりました。申し訳ありません。
相変わらず、体調不良を引きずってます。
たかだか37度程度の熱でも、思考能力が低下するというのを今回初めて経験しました。
多少の熱なら大丈夫だろと、続きを書いてみたりしたのですが、後から読み返すと支離滅裂のハチャメチャな文章になっていたり。
とっとと治って欲しいものです。




