36. 殲滅
■ 8.36.1
3667TTS、即ち第3667戦術攻撃機隊に所属する六機の高島重工業MA-1ミサイル攻撃機桜護から各機十二発ずつリリースされた合計七十二発のミサイル、通称桜花ミサイルは、母機を離れた後高度3000m、速度M3.0を維持したまま特に編隊の様な形態を組むこともなく、幅1km、長さ10kmほどの集団を形成して、ハミ降下点を発し北方を目指して侵攻するファラゾア戦闘機群に向けて急速に接近していった。
桜花の集団は、Zone4-02東端、即ちファラゾア戦闘機群の東端から約100km弱の距離に到達したところで、七十二機のうち二十六機が集団から別れ急角度で上昇を始めて高度100kmに到達し、ファラゾア戦闘機群の上空から覆い被さる様な高度で、進行方向を変えることなくそのまま西へと突き進んだ。
当然ファラゾア側は、接近するミサイル群のこの行動に気付き、北上する二万機の戦闘機群のごく一部を振り分けて、特に高度100kmのミサイル群に対処した。
対処した、とは言え、ミサイルに接近・追跡してしつこく撃破しようとする様な行動では無く、高度5000m前後を北に向かって進撃し続ける二万機の集団の中から、進行方向は変えず機体の向きだけを変えて目標に向けてレーザー砲を撃ち続ける程度の対処でしかなかった。
いかな長距離狙撃能力を持ったファラゾア機と云えど、その程度のおざなりな対応と、約100kmという距離、さらには長年ファラゾア戦闘機械と戦い続けてきた戦闘機パイロット達が行うランダム機動のデータを機体管制AIに学習させた事で繰り出される桜花ミサイルのランダム機動によって、侵攻部隊からの迎撃は極めて限定的な効果しかなく、というよりも実質的にまるで当たることはなく、二十六機の桜花ミサイルは100kmの高空を敵部隊に向けて突進し続けた。
一方、高度3000mを飛行する四十六機の桜花ミサイルは、こちらもランダム機動を行いつつ真っ直ぐにZone4-01に存在するファラゾア戦闘機群に向けて突っ込んでいった。
ファラゾアの侵攻部隊は勿論こちらの集団に対しても迎撃行動を行っていたが、高空を接近してくる桜花に対する対処と同じく、進行方向を変えることなくただ機体の向きを変えて遠距離からレーザー砲を撃ち込むだけという攻撃に終始していた。
ただ、遙か高空を移動している集団がファラゾア侵攻部隊に対して常に100kmかそれ以上の距離を確保できるのに対して、高度3000mを飛行する桜花ミサイル群はファラゾア侵攻部隊に対してほぼ同高度で急速に距離を縮めていくため、ファラゾア側もこちらの集団に対して脅威度を高く判断したらしく、ミサイル群が接近するに従い迎撃行動を取るファラゾア戦闘機の数も増加していった。
そして終には高度3000mの桜花ミサイル群はファラゾア侵攻部隊に到達する。
しかしながら桜花ミサイル群は、一発の弾頭も起爆させることなく、そして一切減速することもなく、ファラゾア部隊の内部深くに向けてM3.0の高速を維持したままひしめく敵戦闘機の間を縫って突っ込んでいった。
まるでそこに敵機が居ないかのように、周囲を飛行する大量のファラゾア戦闘機械の存在を全く無視し、ただランダム機動を繰り返しながら侵攻部隊の奥深くに切り込んできた四十六機のミサイルによって、流石にファラゾア侵攻部隊の内部に混乱が生じる。
桜花ミサイルの脅威を無視するよう指示されているのか、すぐ脇を高速で飛び去る桜花ミサイルに一切反応せず北に向けて進軍を続ける機体、ランダム機動を続けながら侵攻部隊内部に深く食い込んだ桜花ミサイルに対処しようと、次々に接近してきてはそのまま駆け抜けていく周囲の桜花ミサイルに対して、進行方向は維持しつつも機首の向きを目まぐるしく頻繁に変更して攻撃を加え続ける機体、部隊のど真ん中を突っ切るなどと云う舐めきった行動を取った地球人類のミサイルを追撃しようとし、しかし指示系統から北進する行動規制をされているのか、不自然に向きを変えて再び北を目指して飛び始める機体。
ランダム機動を行っているとは言え、敵の集団の中に飛び込んで疾走する桜花ミサイル群にもそれなりの被害は発生していた。
Zone4-01にてファラゾア侵攻部隊に食らいつくまでに三機、ファラゾア侵攻部隊の中に潜り込み、敵を大混乱に陥れつつ敵の集団の中を駆け抜ける飛行で50kmを踏破する約一分間の間に四機がすでに撃墜されていた。
いずれの被撃墜機もその殆どが、ランダム機動するミサイルの航路と、それを迎撃するファラゾア戦闘機のレーザー砲の射線が偶然重なったことによって発生した撃破であったが、数千機もの敵機に囲まれた空間の中を高速で駆け抜けるという極めて非常識な行動をとっている以上、撃墜されるものが発生することは確率的に避けられるものではなかった。
起爆することなく敵部隊の中を疾走し続けるという異常行動を取っていた桜花ミサイル残三十九機はさらに異常な行動を取る。
敵部隊の進行方向に対してそれを横切るような向きで敵部隊の中腹に突入し食い込んだミサイル群であったが、敵部隊の中を50kmほど進んだところで全てのミサイルが突然進行方向を変え、南に向かって飛行し始める。
即ち、北に向かって飛行するファラゾアの群れの中を、その流れに逆らって南に向かって飛行し始めた。
このロストホライズンを形成しているファラゾア戦闘機械の総数が約二万機、現在桜花ミサイルの群れが飛ぶZone4-01、ざっくりと100km四方の空域を飛行する敵の数は一千機程度であることから、戦闘空域内の敵戦闘機の密度はそれほど高いものではない。
さらに言うならファラゾア戦闘機の殆どは数十機ごとに固まって小集団を作っているため、戦闘空間全体に敵機がひしめき合っている、というような状態では無い。
しかしM4.0前後で北に向かう敵の群れの中をM3.0で逆走して南に向かうというのは、空いているとは言え高速道路の逆レーンを飛ばしている様なものであり、桜花ミサイルは常に敵からの迎撃により撃墜される可能性と共に、敵機との衝突の危険性をさらに上乗せすることとなった。
M3.0、おおよそ1km/secの速度で飛行し続ける桜花ミサイル達は、敵集団のど真ん中を疾走するという異常行動を取り始めた後僅か二分ほどでZone4の内縁、即ちZone3との境界に到達する。
この位置はすでに通称「ファラゾア防空圏」と呼ばれる、敵基地まで約350km程度の、敵降下点駐留部隊が激しく反応して大量の迎撃部隊を上げてくるボーダラインを完全に踏み越えていた。
それがトリガーであったのであろう、それまで桜花ミサイルがすぐ脇を通過しようとも進行方向だけは変えること無く北に向かい、機首だけを回して迎撃行動を取っていたファラゾア戦闘機が、明らかに桜花を追跡する行動を取るようになった。
しかしそれでも、さらに被撃墜数が増え残り三十一機となった桜花ミサイルの群れは、ランダム機動だけは継続しているものの、まるで敵などどこにも居ないかのような動きで真っ直ぐ南を目指して飛び続けた。
動きがあったのは大気圏内だけのことでは無かった。
地上100km、すでに宇宙空間と言って良い超高空を飛行する別動の桜花ミサイル二十六機のうち六機が、機首を大きく下げ群れを離れて急速に降下し始めた。
六機はそれぞれ10kmほどの間隔を保ったまま、増速しながら急降下する。
その先には、今回のロストホライズンで最も敵密度の濃い部分、いわばロストホライズンの中心部とでも呼ぶべきものが存在した。
高度15000mに達したとき、最も北に位置した桜花ミサイルが、Zone4-38、北に向かうロストホライズンの敵の流れのど真ん中で起爆し、大気圏上層部に核融合によって生み出された巨大な火球を生成した。
原子の炎で形作られた火球は桜花の降下速度を引き継ぎ、熱と光と衝撃をまき散らしながら高度を下げた後、高度10000mから熱による上昇に転じた。
残る五機の桜花も立て続けに起爆し、Zone4-38中央部に六つの人工的な太陽が現れ、周囲を飛行するファラゾア機を吹き飛ばし、或いは熱で融かして破壊する。
六発の桜花ミサイルは、北に向かう敵の流れの中心部でも特に敵機の密度の濃い部分を選ぶように突入して起爆したため、一瞬のうちに六発合計で千機以上の敵を屠るという戦果を上げた。
熱と光をまき散らす核融合爆発を背景に、高度3000mを突き進む三十一発の桜花ミサイルは未だ進路を変えず、ファラゾアの降下地点中心を目掛けて突き進む。
周囲を飛行する全てのファラゾア戦闘機はすでに明らかに桜花を全力で迎撃しようとする行動を取っており、ランダム機動で一秒ごとに目まぐるしく位置を変える桜花に翻弄されつつ、その高い機動性を生かしてミサイルの集団を追い、横に回り込み、時には前方に飛び出しながら、休むこと無くレーザー砲での攻撃を浴びせ掛ける。
桜花がZone3内縁、即ちZone3とZone2の境界であるハミ降下点中心部から300kmのラインを越えようとする頃には、三十一機のミサイルを千機近いファラゾア戦闘機が追う形となっていた。
高度100kmを飛行する桜花二十機にも、ハミ降下点を発した迎撃機多数が迫っていた。
ロストホライズンの最後尾、或いはロストホライズンに加わらずハミ降下点周囲に残留する予定であったと思われるファラゾア戦闘機約五百機が、断熱圧縮による機体破壊が進むことをものともせず、M10近い速度で急上昇する。
勿論すでにランダム機動を行っている桜花二十機は、まるで接近してくるファラゾア戦闘機など眼中に無いかの様に、高度100kmをハミ降下点中心部に向けて突き進む。
その高度100kmを飛翔する二十機が突然消えた。
否。
消えたと錯覚するほどの強烈な加速を開始し、急激にさらに高度を上げる。
二十機の桜花はすでに宇宙空間に分類される100kmの高高度の希薄な大気を切り裂いて、1000Gという持てる最大の加速を叩き出し、地球大気圏を突き破り、錐のように尖った機首を上に向けて空のさらに上を目指して高度を上げる。
その先には、高度300kmに停泊するファラゾア艦隊。
全開加速を行った桜花二十機は、高度差200km、直線距離にして360kmという距離をわずか6秒で駆け上がり、悠々と地上の戦いを見下ろすが如く軌道上に止まる敵艦隊を包み込むように襲いかかった。
同時に、大気圏内高度3000mを飛行し、今まさにタクラマカン砂漠南端、崑崙山脈に到達しようとしていた桜花残機二十九機も、その全てが一瞬で姿を消す。
大気が濃密である高度を飛行していたため、最初から全開加速とはいかなかったものの、高度10000mでM6.0(2km/sec)を越えた後はこちらの桜花もまた加速性能上限の1000Gにて加速を開始した。
二十九機の桜花はまるで打ち上げられた矢のように大気圏上層部を一気に駆け上がり、加速開始から約10秒ほどで目標のファラゾア艦隊に肉薄した。
互いに2kmほどの間隔を取って方形に並んだ空母四隻を、5kmほど離れてその方形の両脇を挟み護るようにして二隻の戦艦が軌道上に停泊しており、さらにその周りを囲むようにして六隻の護衛艦、即ち全長500mほどの駆逐艦が停泊している。
大気圏上層部を発した桜花二十機がまず最初に、そして間髪を入れずわずか0.5秒ほどの差で高度3000mから大気圏を突破してきた二十九機が、それぞれ約60km/sec、約80km/secの高速でそれらのファラゾア艦隊に襲いかかった。
目標を追尾するためにGDDを持つ桜花は、そのGDD情報を元に常に僚機、即ち共に飛行し同じ目標集団を狙う他の桜花の位置を全て常に把握している。
大気圏を抜け空気抵抗というやっかいな障害が小さくなったところで桜花は機体外にレーザー通信機を露出させて、互いに目標情報を共有する。
母機である桜護からリリースされる直前にあらかじめ入力されている目標の撃破優先順位を元に、各目標に向かうべき機数を算出して各機を割り振りそして共有する。
この時戦艦にはそれぞれ十機の、空母には三機の、護衛艦には三機或いは二機の桜花が割り振られ、互いに目標情報を共有した桜花四十九発は、歴史上地球人類が製造したあらゆるミサイルが到達した速度を遙かに上回る超高速で、各々に割り振られた撃破目標に向けて殺到した。
半月ほど前に発生した、勇敢な軌道監視艇によるファラゾア戦艦への攻撃および撃沈により、ファラゾア艦が重力系のシールドを身に纏っていることは判明していた。
僅か半月の間であったが、現場からのフィードバック情報を素早く反映したこれら四十九機の桜花は、敵艦の全てが重力シールドを持つ事を前提にして角度を微調整しながら目標に突入した。
その結果、桜花の命中率は大きく改善されることとなり、戦艦Aに五発、戦艦Bには七発、空母についてはそれぞれAに二発、Bに一発、Cに一発、Dに三発の命中弾を生じた。
大気圏のすぐ外側、高度300kmで幾つもの核融合プラズマ球が眩しく咲き乱れ、その光が収まった後に原形を止めその場に残っていたのは、三隻の駆逐艦と、艦隊から500km程離れたところに停泊していた燃料輸送艦のみであった。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
地球人類はとうとう敵艦隊を撃破する武器を手に入れました。
・・・地球周辺限定ですが。
大気圏とその上層部という、卵の殻のように薄っぺらい狭いエリアでの戦闘である為これほど効果的な戦果を叩き出していますが、例えば惑星間空間などでは、ミサイルなどと云うトロい兵器はこれまた使い物になりません。
100万kmもの彼方から迎撃する、或いは超高速で突入してくるミサイルを闘牛のようにヒョイと避ける、などで簡単に無力化されますので。