35. Delivering present for Pharazore (プレゼント配送)
■ 8.35.1
「A1前に出ろ。5km程度で良い。L小隊は右前、A2は左前、B1は右後ろで、B2はその反対側だ。敵侵攻部隊との距離150でランダム機動を開始する。それまで周囲警戒を厳にせよ。」
レイラからの指示で3666TFSは小隊ごとの固まりに散り、達也達A1小隊は指示に従って3667TTSの前方5kmまで滑るように先行する。
「チュウウー、こちらフェニックス01。敵部隊の分布状況は?」
「フェニックス、こちらチュウウー05。敵侵攻部隊はハミ降下点を発し、現在先端がZone6に到達。東西方向の分布はZone5にて、エリア32から01。旧トルファン基地方面に進行中。目標はウルムチ基地方面と推測。現在Zone6エリア32から01にてウルムチ及びアルタイ基地からのSCと交戦中。」
「オーケイ。チュウウー、サンクス。」
レイラは通信をAWACSから部隊内および3667TTSに切り替えた。
「聞いての通りだ。敵の眼は完全に北に向いている。敵部隊の脇腹を殴り飛ばすチャンスだ。以後、進路の決定はエンソーに任せて、フェニックスはエスコートに徹する。以上。」
レイラが通信を切り、ややあってレシーバから男の声が聞こえた。
「あー、聞こえるか。エンソー飛行隊長ロジオノヴィチ・フレブニコフ少佐だ。予定ではZone4-08に進出する事になっているが、可能な限り敵部隊に肉薄する。出来ればZone4-04辺りまで突っ込みたいところだ。面倒かけるが、よろしく頼む。」
達也はロジオノヴィチからの通信を聞いて、頭の中で周辺の地図を展開する。
Zone4-04と云えば、敦煌の東300km辺りのタクラマカン砂漠東端、河西回廊西端辺りの空域になるだろう。
特に注意すべき何かが存在する場所ではない。
ヘッジホッグといえども、砂に塗れて砂漠の中で待ち伏せする事は出来ない様で、タクラマカン砂漠でヘッジホッグを見かけることはない。
戦闘機より脚の遅いであろう大型のミサイル攻撃機であっても、下に気を遣う必要は無さそうだと思った。
フュエルジェットによる亜音速での飛行によって、3667TTSと護衛の3666TFSで編成された急ごしらえの攻撃部隊は、20分ほどで当初の目標であるZone4-08に到達した。
敵が存在するエリア01までおおよそ500km。
これだけ距離があっては、いかな高性能の鋭電のGDDとは言え、所詮は戦闘機に搭載してあるGDDでは敵の存在を探知できない。
「目標空域到達。だが、まだ近付く。可能であれば、エリア04まで。」
ロジオノヴィチの声がレシーバを通して聞こえた。
直接顔を合わせたときの始終嗤い顔を絶やさず、どこか飄々とした物言いの陰はどこにも無く、硬く緊張した声だった。
「チュウウー。Zone4の敵の分布もエリア32から01で間違いないか?」
「エンソー、Zone4はエリア31から01だ。お前達が居る側は01で同じだ。心配するな。」
「諒解。感謝。」
攻撃隊は敵の懐に向けてさらに突き進む。
AGGとGPUをカットしジェット推進のみで接近するこの攻撃隊は、Zone6でGPUを使って激しく戦っているであろう戦闘機の部隊に比べれば、比較的目立たず敵から探知されにくい。
とは言うものの、100km以上の彼方からレーザー砲で狙撃を行ってくるファラゾアの探知能力を甘く見ることは出来ない。
正確な敵の探知能力の上限はまだはっきり分かっておらず、さらに言うならばロストホライズンの最中である今は、300km頭上に敵主力である敵艦隊が存在しているのだ。
すでに敵に探知はされていて、ただ単にまだ距離が有り少数の部隊であるので脅威度が低いものと判断され対処されていないだけ、と考えておくのが正しいだろう。
見るからに重鈍な大型攻撃機部隊のエスコートで本来の戦闘機の速度と機動性を大きく制限された状態である今、敵の急襲に遭えば一気に距離を詰められてしまう上に、攻撃機部隊を放り出して逃げるわけには行かず、その身を盾にして護衛対象である彼らを守らねばならないのだ。
普段の出撃での敵部隊への接近とはまた違う緊張が達也達3666TFSの全員を支配する。
そしてそれは3666TFSだけでなく、殆どのクルーが敵と味方が入り交じり本気で殺し合う最前線に接近するのが初めてである3667TTSに於いても、いやむしろより一層、死が足音を忍ばせて近寄ってくる恐怖と、その死をもたらす敵に向かって自分達の方から接近していく緊張が六機全ての機内に蔓延しており、ミサイルのオペレータを中心に今にも泣き出しそうな表情の兵士達が、敵影を一秒でも早く発見しようと自分の目の前に設置されたCOSDARのモニタを食い入るように見つめていた。
「ケイスケ、おめえ肩に力入りすぎだ。こんな手前から緊張しまくってたって敵なんざ居ねえぞ。二・三回深呼吸しろ。肩の力を抜け。」
3667TTS飛行隊長でもある1番機機長のロジオノヴィチが、同じ1番機のコクピットに詰めるミサイルオペレータの平尾圭介少尉を振り返り、声を掛けた。
「はい機長。しかし我々はすでに本来の射出想定空域に到達しており、戦闘空域であるからにはいつ敵機に襲われないとも限らず・・・」
圭介は自分の膝を両手で思い切り握りしめ、COSDAR画面から目を離すことなくロジオノヴィチに応える。
「かーっ! 固え、固えよお前。クソ真面目過ぎらぁ。日本人てのはみんなこんななんかね。まったく。敵はエリア01だ、つってAWACSが言ってんだろが。まだ500kmも先の話だし、そもそも護衛が先行してんだ。何かありゃ奴等がすぐに対応する。おめえはヤベエ事にならねえ様にだけ適当に見張っときゃ良いんだよ。」
操縦桿を握るロジオノヴィチが呆れた様に喚く。
言われた圭介は逆に、今から死地に向かい命のやりとりがあるやも知れないこの状況で、「適当にやれ」などロシア人て奴はいい加減過ぎると心の中で毒づくが、口には出しはしない。
ずっと日本国内で新型ミサイルの開発に携わっていた自分は、今回初めて最前線に出て、そしてこれが初めての出撃なのだ。
それに対して、以前はノーラ降下点に対抗する極東戦線で敵の攻撃を掻い潜りながら輸送機を駆っていたというロジオノヴィチは、そんな自分に比べれば百戦錬磨とも言うべき兵士なのだと云うことはよく分かっていた。
むしろその様な経験豊富な機長が言うところが、実際の対応としては正しいのだろう、と内心理解はしていた。
だがそれを理解するのと、初めての出撃に恐怖し緊張する心の問題は全く別だった。
恐ろしくて死の恐怖に押し潰されそうで、しかしこの自分の自由には出来ない攻撃機のコクピットという閉ざされた空間から逃げ出すことなど出来ず、何かを必死でやっていなければ今にも泣き喚き出しそうだった。
そしてそれは圭介に限ったことではなく、ロジオノヴィチの横で寡黙にHMD表示とCOSDARモニタを睨み付けている副操縦士の山岡幹久中尉についても同じであり、そして他の五機に搭乗して同様に初陣に向かっている計八人のクルーについても殆ど同じ様なものであった。
圭介と同様にミサイル開発部隊から転向して来た者、日本空軍の輸送機部隊から転属してきた者、新兵としての訓練課程を終えこれが初めての部隊配属である者。
経緯はどうあれ、皆初めての戦いに向かう恐怖に震え緊張し固くなっていた。
「フェニックス。エンソウはカウント10でリヒートを使用し、最終アプローチの為の加速を行う。」
エリア05に到達したところで、ロジオノヴィチが攻撃行動の開始を宣言する。
「こちらフェニックス01。諒解した。追従する。こっちは気にせず好きにやれ。足はこっちの方が速い。」
「諒解。んじゃ、遠慮なくやらしてもらうぜ。針路27にて速度M2.0まで加速する。全機遅れるな。10秒前、9、8・・・」
ロジオノヴィチの声で行われるカウントダウンに、嫌が応にも緊張がさらに高まる。
「3、2、1、ゼロ。リヒートON。」
ロジオノヴィチの声と共に、ダブルデルタ翼下に設置された四発のジェットエンジンがリヒートの赤い炎を後方に向けて吹き出す。
GPUは用いていないものの、持てる最大の加速を開始した大型攻撃機「桜護」は、その大きな図体からは想像も出来ない加速力を見せて亜音速からM2.0まで一気に加速し、残る五機が間髪を入れずそれに続く。
六機の桜護が戦闘機並の加速でまだ肉眼では認識できない敵の大集団に向けて突進を開始すると、それを囲むように飛んでいた3666TFSの戦闘機達も、一瞬の遅れをも見せることなく完全に追従してリヒートのみで加速していく。
当然のことながら、交信の一部始終を聞いていた達也は、COSDARウインドウを表示しているコンソール上でさえはっきりと分かるほどの高速で接近してくる3667TTSの六機を見て、自身もスロットルをリヒートモードに叩き込みながら全てを理解した。
攻撃機とは思えない、不格好にさえ思える高翼型のダブルデルタ翼は、重いミサイルを多数抱えたまま低速から高速までの全ての速度域で飛行安定性を得るためのものなのだろう。
輸送機と見まごうばかりに翼下に取り付けられた四発ものジェットエンジンは、GPUを用いることなくそのでかい図体を超音速にまで加速し、被発見率を低く保ったまま高速で敵に接近し、射撃位置を確保するためのもの。
超音速で敵に接近し、確実に敵に到達する距離でミサイルを放出し、そして自分達は無事生還するため、高速性能と高い運動性を両立するためにあの戦闘機のように鋭く伸びた機首が必要だったのだろう。
達也達3666A1小隊の三機を先頭に、十五機の戦闘機に護られた六機の大型攻撃機は音速の二倍もの速度で砂漠から立ち上る熱気を切り裂き、まるで足音を忍ばせるかのように重力推進を一切用いることなく、高度3000mを維持して肉眼ではまだ視認さえ出来ない遙か彼方を北に向けて怒濤の如く侵攻している敵の大部隊に向けて真っ直ぐ突き進む。
やがて達也の乗る鋭電のGDDでも前方の敵機群が発する重力波を捉えることが出来るようになる。
遙か彼方に大量の重力反応が、南から北へとまるで大河が流れるかのように前方に横たわっている。
「エンソウよりフェニックス。Zone4-03に入ったところでエンソウはミサイルをリリースする。前方射界を広く開けてくれ。」
「フェニックス、諒解。タツヤ、エリア03に入ったところで右にブレイク。」
「02、コピー。」
3667TTSの六機が徐々に陣形を変え始め、二つのデルタ編隊が横並びになった小さなコンバットボックスを形成する。
達也を除いた3666TFSの十二機が、その後方斜め上方に移動して見守るように護衛を続ける。
「Zone04-03ボーダライン、到達30秒前。全機ウェポンベイ開放。ミサイル桜花、アーマメントモードレッドを確認。」
他に誰も喋る者がいない中、ロジオノヴィチの声がレシーバを通してヘルメットの中に木霊する。
「Zone04-03到達。翼下桜花投下。」
片側に二つずつあるジェットエンジンの間と、内側のエンジンと胴体の間に挟まれるように設けられた、翼下パイロンに取り付けられた桜花四発が一斉に落下する。
母機を離れ数秒間落下したミサイルは、推進器であるGPUを起動させると、一瞬のうちに母機を抜き去り、前方に存在する敵に向けて滑るように加速していく。
「翼下桜花投下確認。続いてウェポンベイより桜花、全弾投下。」
黒灰色の大型の機体の底部左右に設けられたウェポンベイはすでに開放されており、白く塗装された大型のミサイルがそれぞれ4秒間隔で、左右合わせれば2秒間隔で次々と投下されていく。
横並びの二つのデルタ編隊からなる小振りなコンバットボックスを形成した六機の桜護から次々と投下されていく白色のミサイルは、母機を離れて安定翼を展開しながら数秒間落下すると、母機の約50mほど下方で落下の速度を緩め、同時に前方に向けて急速に加速して、すでに敵に向けて突進を開始し遙か彼方を先行する同型ミサイルの後を追うようにして、次々と砂漠の熱気渦巻く空の彼方へと消えていく。
「桜花、全弾投下終了。全機ウェポンベイクローズ。エンソウ全機反転。オペレータは引き続き自機が発射した桜花を追跡せよ。」
翼下パイロンに取り付けられていた四発、左右のウェポンベイにそれぞれ四発ずつ内蔵されていた計八発、一機当たり合計十二発の桜花ミサイルを一分弱というごく短時間で全て放出し終えた桜護は、コンバットボックスの形状を乱しながらも急速に針路を反転する。
「フェニックス、こちらエンソウリーダ-。おかげでファラゾアへのプレゼントの配達は無事終了した。後はプレゼントの箱が無事に開くのを待つだけだ。エンソウはこれより帰投する。エスコート感謝する。貴隊の武勲を祈る。」
「フェニックスリーダー諒解。そっちも気をつけて帰れ。」
「エンソウ全機、トンズラするぞ。GPUオン。針路08、高度30、速度M3.0。」
3667TTSが桜花を発射し始める前に射界右側に大きく移動した達也達3666A2小隊の三機は、編隊長機を先頭に急速に編隊を再度形成していく3666TFS本体に向けて接近しながら、その向こう側で大きく機体をバンクさせ反転して遠ざかっていく大型の攻撃機六機を視界に納めつつ、十五機からなる編隊の所定の位置に戻っていった。
その遙か前方を、七十二発もの重力推進式ミサイルが徐々に増速しながら二万機からなる敵の集団に向けて、まるで餌となる小魚の大群を見つけて接近する肉食魚の群れのように、集団の脇腹を喰い破らんとばかりに急速に接近していく。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
遅くなりました。申し訳ありません。