33. 高島重工業 MA-1(M3T3)桜護
■ 8.33.1
3667TTSという、達也達3666TFSと一番違いの部隊番号を付けられた特殊攻撃機隊は、酒泉基地に配属され到着した当初こそ色々な憶測を呼び兵士達の間で様々な噂が交わされたものだったが、日が経つに連れて徐々に話題性を失い、皆の興味を少しずつ失っていった。
それは、3667TTSは戦闘機隊ではないために日々のRARに組み込まれることも無く、また目立ったファラゾアの大攻勢があるわけでもない比較的平穏な日常の中で、着任以来時々訓練と称して基地から飛び立つ以外特筆すべき活躍も活動も
無く過ごしている彼ら飛行隊の在り方に依るところもあった。
戦闘中の激しい機動に耐える為にはそれなりの体力を要求されるパイロットという職業柄、体力維持のため時々暇を見つけては行っているジョギングの途中で、ある日達也は3667TTSが根城にしている格納庫の裏手を通りかかった。
彼等が酒泉基地にやってきてから何回かその格納庫の前を通っている達也だったが、これまでそこが3667TTSの格納庫であると気付いていなかった。
どうやら来てしばらくは物珍しさに野次馬が集まってくるため、部隊名も表示せず格納庫の扉を閉めっぱなしにしていたので気付けなかったようだった。
皆の興味が離れていって今では見物人の数も減ってきたので、締め切っていた扉類を開放するようにしたところで、通りがかった達也が格納庫の中身に気付いたのだった。
達也達が出迎えた大柄な機体は、達也達3666TFSが使用している戦闘機用の格納庫よりも一回り大きく屋根の高い中型輸送機用の格納庫の中で、六機綺麗に並べられて翼を休めていた。
地上に降りて生身の身体で近くから直接眺めるその機体は思った以上に大きく、シャープな凄みのある戦闘機の姿とはまた違った威圧感を放っている。
格納庫の入口から少し遠目に眺めていた達也だったが、その暗灰色の機体に吸い寄せられるようにして格納庫の中に足を踏み入れた。
機体に近付き、撫でるようにそのセミグロスダークグレイに塗られたボディに沿って歩く。
工場からロールアウトしてまださほど長い時間が経っていないと思われる機体は、外装の接合にも甘いところなど無く、汚れや摩耗なども一切見られなかった。
芸術作品のように組み上げられた機体表面を眺め、機種の方に向かって達也はゆっくりと歩みを進める。
多分内蔵する兵器類を搬入するためと思われる、輸送機のような後部ハッチは思ったほど大きくない。
内蔵型の兵器を露出、或いは放出するためと思われる機体底部脇に設けられたウェポンベイの様な扉は、長さが10m近くもあり、空中で見ていた時よりも案外に大きかった。
高翼式であっても逆ガルウィング形状を持つダブルデルタ翼は、空中で眺めていた時には機体に対して小さく思えたものだが、近付いてみると思いの外大きく、その下に入るとかなりの圧迫感を持っている。
翼に半ば埋め込まれたような特異な形状を持つ翼下エンジンは、ノズルが二次元的に可動である形状をしており、ダブルデルタ翼と併せて、大きさの割には案外運動性能が高いのであろう事を予想させる。
攻撃機、あるいは機体の大きさから印象の強い輸送機としては形状が尖りすぎ長すぎる機首は、相当な高速飛行を想定してのものだろう。
機体に沿って歩いていると、達也は操縦席下に描かれたマークに気付いた。
斜めに配置された槍が、炎に包まれている図案。
それを眺めていてはたと気付き、達也は納得する。
「炎槍」。
部隊名の「ENSO」とは、日本語で炎槍ということだったのか、と。
高島重工業の設計であり、日本で編成された特殊攻撃機の部隊。
その部隊番号が、朱雀あるいはフェニックスのコールサインを持つ3666TFSのすぐ次である3667TTS。
炎繋がりで、炎槍という日本語名を付けたのだろうか。
・・・では、「槍」は?
多分、この特殊攻撃機が持つ兵装に関わっているのだろうと想像する。
「なんか用か?」
機首近くに立ち、コクピットを見上げる達也に脇から声を掛けるものが居た。
大柄の機体であるにも関わらず、戦闘機並の高さに下がる機首先端を回り込んで、短く刈り込んだ金髪に鋭い目付きが印象的なガッシリとした体躯の男が歩いてきた。
「ああ、済まない。何か邪魔になったのなら、悪い。」
「邪魔じゃあねえが、最近は少なくなってきたが、冷やかしか物珍しさかで邪魔しやがるアホウがわんさか沸いてたもんでな。見たところアンタはそうじゃなさそうだ。なんか用か?」
「いや、用というわけじゃ無い。炎槍という部隊名は日本語だったんだな。」
「ん? アンタ日本人か。どこの隊だ?」
「フェニックス。アンタ達がここに来たとき、迎えに出た隊だ。」
「おお、あん時の。世話んなったな。あの威勢の良い隊長は元気か? ロジオノヴィチ・フレブニコフ少佐だ。飛行隊長だ。」
そう言って、飛行隊長というよりも現場監督とでも呼びたくなる雰囲気の男は右手を差し出してきた。
先日のふてぶてしく横柄な態度と随分印象が違うと、達也は僅かに戸惑いながらその右手を握る。
「タツヤ・ミズサワ中尉だ。隊長は日本人かと思っていたよ。」
「ああ、無理もねえ。何もかんも日本で出来た飛行隊だからな。実際、隊員の殆どは日本人だ。特にマークスマン(射手)は全員日本人だぜ。」
「あんたは?」
「デカいロシアも東と西に分断されちまってな。今じゃシベリアは半独立国で、モスクワよりも近い日本の方がよっぽど首都みたいな状態だ。実際最近は国連軍に入隊した後、カデナやイワクニに回されるロシア人が山ほどいる。」
在日米軍が国内事情により一斉に引き上げた後、日本国内に点在する米軍基地はそのまま国連軍が借り上げて使用していた。
特に東シナ海と太平洋の境界に浮かび、多数の米軍基地が存在した沖縄は、現在大量輸送の主流である輸送潜水艦による海中輸送にとっても都合が良く、極東地域に駐留する国連軍の実質的中心地となっていた。
余りに広大な面積の米軍基地が存在したため国連空軍だけではその全ての基地を受け継ぐことが出来ず、国連宇宙軍もそこに入居して、東部アジア地域の国連宇宙軍の中心でもある。
地政学的な条件からファラゾア来襲前も極めて重要な軍事拠点であった沖縄であるが、共産中国による拡大と侵略の危険性が完全に消えた現在であっても、東アジア地域或いは北部太平洋地域での重要な軍事拠点、或いは太平洋を横断し極東地域の多くの港を結ぶ主要輸送航路のハブ港としても、その軍事的な重要性は全く色褪せることが無かった。
「成る程な。そう言えば、この機体の名前を聞いてなかった。なんて名前なんだ?」
「サクラモーリ。なんだったかな。『Sakura Guardian』という意味だと聞いたが、合ってるか?」
「ああ、『桜護』だな。うん、まあ、そんなような意味だ。」
シンガポールで生まれ育った達也は、日本語としてのその言葉の意味を勿論理解してはいたが、日本人としてその言葉が持つ機微については今ひとつ理解できていないことを自覚していた為、苦笑いしながら曖昧な語尾での返答となってしまった。
「部隊名のエンソウは、『Flame Spear(炎の槍)』という意味だ。部隊エンブレムもそうなってるな。『槍』ってのは、例の重力推進式の新型ミサイルのことか?」
機体愛称が桜護であると聞き、先ほど疑問に思っていた槍の意味についてなんとなく見当が付いた達也は、ロジオノヴィチに尋ねてみた。
「おうさ。オーカミサイルはこのサクラモーリと一緒に運用して初めて真価を発揮する。見てろよ? マジビビるぜ?」
「ほう。そんなに凄いのか? ロストホライズンで使うんだろう?」
「んふっふー。これ以上は教えてやらねえよ。楽しみが減っちまうからな。実際に使うトコ見てビビってくれ。」
ロジオノヴィチは機嫌良さそうに破顔し、右手の親指を立てた。釣られて思わず達也も笑う。
先日のロストホライズンで使われた新型の重力推進式ミサイルの事を言っているのだろうという事は理解できた。
ミサイルの母機が替わることでミサイルの運用が劇的に変わるという所に達也は興味を引かれたのだが、どうやらロジオノヴィチはこれ以上の情報を開示する気は無いようだった。
近々眼にする事もあるだろう、と達也も追求を止める。
先日のロストホライズンは、人類側はハミ基地、トルファン基地の陥落という手痛い損失を受けたのだが、ファラゾア側にしてみれば二万機もの追加戦闘機を投入しておきながらも、地球侵攻の目的である資材、即ち地球人類の身体を殆ど手に入れられていないという空振りの結果に終わっている。
ハミ基地北方の哈密の街や、トルファン基地近傍のトルファンの街は、とうの昔に殆ど全ての住人が脱出し終わっており、勢い勇んで突入したファラゾア達はもぬけの殻となった市街地を目にしたことだろう。
即ち、大山鳴動して目的のブツを殆ど手に入れられなかったファラゾアは、近いうちに再びハミ降下点を起点としたロストホライズンを実行するだろうというのが、達也達666th TFWパイロット達の間での大方の推測であり、どうやら上の方も似たような結論に到達している様だった。
それが、現在3666TFSがここ酒泉基地に駐留している理由だと理解していた。
「新型ミサイルが日本製だというのは少々驚いた。日本はミサイル開発はそれほど得意ではないというイメージがあった。」
「ああ、それで間違っちゃいねえよ。ただ日本にはNIG(National Institute of Gravity:国立重力研究所)があって、タカシマの本部はNIGのすぐ近くだ。こと重力推進に関しちゃ、日本が最先端だ。それにAGGとGPUをミサイルに乗せるための小型化なんて、日本人が一番得意な分野だろ?」
たしかNIGと高島重工の本部は100km近く離れていたはずだが、と思いつつ、ロシア人にとっては100kmなど隣の家程度の感覚なのだろうと、日本よりも小さな島国で育った達也は納得する。
「成る程ね。いつの間にか日本も優秀な軍事大国になったもんだ。」
「ま、推進器は日本がピカイチだが、制御系に関してはシベリアと中国が相当噛んでると聞いたがね。」
実際、ミサイルの制御系そのものの開発に関しては今でもロシアや、実はアメリカに一日の長が有った。
ファラゾアとの戦いが始まった後、使い物にならない従来型の空対空あるいは空対地ミサイルについては各国とも開発をほぼ全て停止しており、ファラゾア戦開始前のミサイル開発技術の優劣や序列は変わらず今もそのままであった。
中国は独特な物作り文化により、軽薄短小且つ初期投資極小にして期待される収益を極大化できるソフトウェア開発がファラゾア戦前から民間レベルにおいても非常に盛んであった。
それがファラゾア来襲後のコペンハーゲン合意によりファラゾア戦闘機械に搭載されている中央演算回路技術の解析を担当することとなった大きな理由の一つでもあり、また国連および加盟各国に対して非常に協力的な中華連邦となった現在、地球人類製の戦闘機械に搭載するシステム類の開発を主に担当する事が多い理由である。
「オーケイ。戦場ではアンタ達の近くに居て、大スペクタクルショーを見逃さないようにするよ。色々教えてくれて感謝する。悪いな、邪魔して。」
「気にすんな。俺達ゃほぼ丸腰だからな。頼りにしてるぜ。ちゃんと守ってくれたら、ご褒美に特等席で最高に面白えショーを見せてやっからよ。」
「ああ、期待している。じゃあな。」
上機嫌に笑いながら腕組みして達也を見送るロジオノヴィチに軽く手を振り、達也は格納庫を後にした。
格納庫から外に踏み出すときにもう一度振り返る。
綺麗に整列した少々奇妙な形状を持つ暗灰色の大型攻撃機は、桜護という大層な名前に相応しいようにも見え、またその黒い機体はまるでこれから満開の桜を咲かせようと生命力を一杯に溜め込んだ桜の木の様にも見えた。
■ 8.33.2
21 Sep 2047, Jiuquan UNAF AirBase, Jiuquan, Gansu, China Union
A.D.2047年09月21日、中華連邦甘肅省酒泉市、国連空軍酒泉航空基地
朝起きて顔を洗い、営舎の個室内に設えてあるクローゼットからツナギのパイロットスーツを取り出して着替え、キャンティーンに向かい朝食を摂る。
朝食を摂った後はキャンティーン内に設けてある掲示板をチェックして、自分達に関わる何か新しい情報が無いか確認する。
その足でそのまま3666TFS格納庫に向かい、詰め所脇のロッカールームで装備品を身に付けてから詰め所のドアを開ける。
詰め所にはすでに数人のパイロット達が座り談笑しており、その脇を通って反対側のドアから再び詰め所の外に出て、通路脇に作られた狭い階段を二階に上がる。
一番奥の右手にある、「Flight Captain(飛行隊長)」と札が打ち付けてあるドアをノックする。
朝早い時間であるにも関わらずレイラはすでにオフィスに詰めており、中から入室を促す返事が聞こえるのを確認した後に、飛行隊長室のドアを開ける。
本日の予定について何か新しい指示は無いか確認した後、飛行隊長室を辞して再び一階に降り、パイロット詰め所に戻る。
椅子に座って話をしているA2小隊長である沙美に本日の任務に変更が無いことを伝えると、達也もその辺りの適当な椅子に腰掛けて、詰め所の壁に設置されているモニタに表示される情報を確認する。
現在の時刻は0723時。
今日のRAR任務は、1130時に3666L小隊出撃から始まる。
達也達A1小隊の出撃はL小隊の十五分後、1145時に設定されていた。
基地防空司令室から送信されているモニタ情報は、数十秒ごとに切り替わるが、数分もあれば一巡りして、あとはすでに見た情報を繰り返し表示するだけになる。
勿論その情報は刻々と更新されているのだが、基地全体の飛行隊のRAR出撃スケジュールや、大概常に晴れ続けている基地周辺地域の天候予測、防空司令室が把握している索敵情報など、表示が一巡りしたところでそれほど劇的に変化があるわけでも無く、十分も見続けていれば見飽きた情報だらけになってしまって、あとはすることが無くなるというのが常だった。
詰所の隅に行き、ファイルや本などが乱雑にまばらに突っ込んである書架に近付く。
通常どこの基地でも、どの飛行隊でも、このパイロット詰所の隅に置いてある書架には、過去の交戦記録の写しなどの、一般兵士が目にして良い記録文書が保管してある。
勿論保管状況はまちまちで、綺麗に几帳面に整理されてある場合もあれば、紙の山が書架の棚に積んであるだけの場合もある。
情報ソースとしての重要性は低いのだが、多くの資料に眼を通していく内に、基地周辺の地形、その天候パターン、敵の行動パターンなど、色々なものが見えてくる。
それらをまとめ上げた統計データも当然存在し、通常基地司令部、或いは防空司令室辺りの管轄で管理され、秘匿すべき情報を取り除いた上で、戦術情報或いは教育資料と云った様な名目で一般兵士にも公開されている。
それらの統計情報を手に入れる方が、情報収集という意味では効率が良い。
だが、パイロット詰所に積んであるこの生データや整理されていない報告書に眼を通すのが、達也は嫌いでは無かった。
それは勿論、暇つぶしという意味も含んでいる。
整理されていない情報、まとまっていないデータ、計算されていない数値。
それらの素材のような情報を一つ一つ確認する作業は時間がかかり、良い暇つぶしでもある。
しかし、報告書書式の欄外に殴り書きされたひと言、書式の備考欄にコメントされたが、集計時に重要性が低いものとして切り捨てられた情報、或いは集計時に読みやすく打ち直された、元文章からのみ伝わってくるパイロットの心の動きなど。
加工前のデータからしか拾い上げることの出来ない情報がそこには載っていた。
それら切り捨てられた「些細な」情報は、読んでいるだけで面白く、また時には思いもよらない重要な意味を持って雄弁に語りかけてくることさえあった。
そして何よりも、パイロット達がバカな話に花を咲かせ、そして時には緊迫した空気の流れることもあるこの詰所の中は、新兵の頃からもう十年も常に最前線に身を置いて来た達也にとって、慣れ親しんだ居心地の良い空間でもあった。
ガヤガヤと聞こえる話し声のノイズが実はそれほど嫌いでもなかったし、聞くとも無しにその内容を耳にするのも悪くなかった。
それは、友人というものを余り作らない達也にとって、一つの重要な情報収集手段でもあった。
そしてまた、常に最前線に接している部隊の詰め所に居ると云うことは、何かあったときに真っ先に情報が飛び込んでくる場所でもあり、最新の戦況に対応するための指令が降りてくる場所でもあるこの部屋で、それらの情報をいち早く知ることが出来る優位性を持っていた。
その様なときには部屋中の空気が一瞬で緊迫したものに切り替わるため、何か重大な問題が発生したのだと、ここに居ればリアルタイムで知ることが出来る。
そしてなによりも、その様な緊急の際にすぐさま反応してごく短時間で愛機に駆け付ける事が出来る、という安心感がある。
最前線や基地の中で何かが起こっていることを最速で知ることが出来るという意味に於いても、案外色々な暇つぶし方法が転がっているという意味に於いても、格納庫の中に設置されている航空隊のパイロット詰所は、達也にとって長い時間を過ごすだけの充分な理由のある場所であった。
そしてそれは今日も同じだった。
雑談の声が聞こえる弛緩した空気の中、書架の棚に乱雑に積み上げられた報告書の束の幾つめかを手に取り最初のページを開いたところで、けたたましいベルの音が詰め所の中で鳴り始め、そしてもはや聞き慣れたサイレン音が辺り一帯に響き渡るのが聞こえた。
ロストホライズンの発生だった。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
ちょっと長めになってしまいました。
説明分を継ぎ足し継ぎ足ししていたら、いつの間にか。
一応、5500字±500字で収めるように目標を置いているのですが、どうしても一話に突っ込みたい、どうしてもここで切っておきたい、などの戦術的目標を実行すると、たまに7000字オーバーとか、4500字ショートとかの回が出来てしまう事があります。
ご容赦下さい。
桜護、攻撃機の名前としては微妙なとこですが。
どちらかというとMA-1という機体種別記号の方にニヤリとされてしまうかも知れません。
ちなみに、可燃物は余り載っていないので、マッチ棒のように燃えることはありません。w