31. 第3666戦術戦闘機隊
■ 8.31.1
01 Sep 2047, Jiuquan UNAF AirBase, Jiuquan, Gansu, China Union
A.D.2047年09月01日、国連空軍酒泉航空基地、酒泉、甘肅省、中華連邦
そこもまた、見渡す限りの岩と砂の世界だった。
千年以上も前、洋の東西が人と荷役動物の脚によって結ばれていた時代、この岩と砂で出来た灼熱の死の世界を渡る為の比較的安全な道として切り開かれた街道である河西回廊の東端近く、数千年も前から砂漠の中のオアシスとして栄えていたであろう、いかにも瑞々しい名前を付けられた街を東西に挟むようにして、二つの航空基地が設置されていた。
酒泉市の東方にある下河清空軍基地は、もともと中華人民共和国の人民空軍の航空基地であったことから、共産党政権を斃し新たに立った連邦政権の元に於いてもその管理は中国空軍に任されており、多くの中国空軍機を擁している。
他方、市街地を西に少し離れた工業団地に隣接するように造られた酒泉航空基地は、もともとはそれ程大きくない民間の地方空港であったところに、前線基地およびタクラマカン・天山方面への中継基地としての役割も与えられ、中華連邦設立後に国連空軍が集中的に資材を投入して巨大化させた航空基地のひとつである。
共産党政権時代には、狭く短い滑走路一本と、民間航空機が五~六機も駐まれば一杯になってしまうような小さなエプロン、それに見合ったごく小ぶりの管制施設しか持たなかった小さな地方空港であったが、中華連邦政府が両手を広げて国連軍の駐留を歓迎し、そしてその国連軍が本腰を入れて拡張を加えた結果、現在は二本の2500m級滑走路と二百機の戦闘機が駐機してもまだ余りあるエプロン、三百機の戦闘機と数十機の輸送機とその他中型機を休ませ整備することが出来るだけの格納庫、それを支える兵士達の営舎やその他施設、そして最先端の基地防衛施設を備えた一大軍事拠点と化していた。
当時ハミ降下点に対する人類側の最前線基地は、タクラマカン砂漠北方のハミ基地、トルファン基地であり、酒泉、張掖と云ったハミ降下点東方の河西回廊に存在する基地に資材を投入することに対して疑問視する声もあったのだが、ハミ基地、トルファン基地が突破され、ハミ降下点のファラゾアの北進を抑える事が重要な戦略目標となった今、北に向かうファラゾア部隊に対して横方向からの攻撃が可能となる位置にあり、且つファラゾアが東進した場合の守りの要となる河西回廊基地群の重要性は飛躍的に増大した。
酒泉航空基地の立地的重要性もさることながら、その重要な拠点に配備された部隊もまた戦略的、戦術的に重要な意味を持つ部隊が配置されていた。
その筆頭となるのが、ここ酒泉基地で新たに編成された第3666戦術戦闘機隊、即ち達也達666th TFWのメンバーで構成された戦闘機隊である。
ハミ基地を放棄し、武威基地で新たな機体を受け取って転属の命令を受けた時、東アジア方面司令部のパチェソヴァー准将を名乗る男から、達也達は酒泉基地に配備される自分達3666TFWの任務を聞かされていた。
曰く、ハミ降下点を出立し北へと攻め上ろうとする敵部隊の側面を突き、手当たり次第に敵を墜とすこと。
敵侵攻部隊の正面では無く側面から攻め立てるならば、周囲を敵に包囲されること無く、最大の効率でファラゾア機を墜とし続けることが出来る。
そういう位置に666th TFWメンバーからなる強力な部隊を置くことで、まずは通常戦力による敵の大量撃墜を、延いては敵の北向き進行速度を鈍らせ、可能であれば侵攻部隊の進行方向を東に捻じ曲げること。
タクラマカン砂漠北方、或いは天山山脈南端に位置していたハミ基地、トルファン基地は、後方にバックアップとなる物資集積拠点や、大都市などの生産拠点を持たなかったため、日々大量に消費されていく大量の物資の補給の大部分を、ゴビ砂漠を越えた東方、中国内陸部からの航空輸送に頼るほか無かった。
それに対して、後方に蘭州、銀川、西安と云った集積拠点および生産拠点を持ち、それらの拠点から鉄道を中心とした太い陸上輸送手段を持つ河西回廊の各基地は、稼働戦力を維持するという意味においても、必要な増援を短時間で投入できるという意味においても、そしてさらに言えば、万が一撤退することになったときでも、僅か数百km東方に移動するだけで別の大型空港に退避することが出来、そこを拠点としてすぐさま戦力を立て直して反撃が可能であるという点においても、多くの面で有利な条件を兼ね揃えていた。
さらに言うならば、先のロストホライズン時において、敵の侵攻を最終的に食い止める決定打となった新型の重力推進式反応弾頭ミサイルはここ酒泉基地から出撃しており、新型ミサイルの試験運用部隊とは言え、虎の子のミサイルがすぐ後ろに控えているという安心感と、実際に窮地に陥ったときには決戦兵器を投入するタイミングを正確に計ることが出来るという意味においても、酒泉、張掖基地は他の基地に比べて優位な条件を持っていると言って良かった。
達也達3666TFSA中隊に編入された六名は、酒泉基地に移動した後、もともと酒泉基地で活動していた他の666th TFWの兵士四名、および3666TFSを編成するに当たって新たに投入された二名を合わせた、3666B中隊の六名と顔を合わせることとなった。
元々酒泉基地で活動していた四名は、数年前にストラスブールに呼びつけられたときに顔を合わせたことがあるメンバーで有り、一方新たに投入された二名は達也にとって初めて顔を合わせる男達であった。
フェニックス、或いは朱雀という部隊名を与えられた3666TFSは、敵の大規模攻勢時の主任務が少々特殊なものではあったが、それ以外は他の普通の戦術飛行隊と同列に扱われることとなり、日常のRARローテーションにも組み込まれて、ある意味これまでと変わりない日々を達也達は過ごしていた。
また、666th TFWメンバーばかりで構成された3666TFSではあったが、飛行隊長と飛行隊長直下のL小隊の構成員だけは一般兵士から選抜されており、達也と武藤がハミ基地に配属されていたときに所属していた3852TFS隊長であったレイラ・ジェブロフスカヤ少佐が3666TFS隊長として着任していた。
「は!? アタシ達三人以外は全員始末屋? なにそれ? 聞いてないわよ。何なのよこのイカレた部隊? アタシに何しろってのよ?」
とは、ハミ基地、トルファン基地放棄時の撤退戦から無事生還し、満身創痍の機体ながらも移動を指示された酒泉基地にどうにか到着した後、彼女達三名を除いてすでに全員が集結し終わっている部隊員全員を前にして、事実を知らされた3666TFS隊長であるレイラ・ジェブロフスカヤ少佐が口にした台詞である。
勿論彼女とその配下の小隊も、ハミ降下点を発した二万機からなるファラゾア戦闘機械による大規模なロストホライズンの中、主に基地地上勤務兵士を中心とした多数の人員を輸送する多数の輸送機と、一週間足らず前に発生した大規模攻勢で受けた傷の癒えない未だ整備修理の完了していない多数の傷付いた戦闘機を庇いながらの大規模撤退戦を生き残るだけの腕前を持っているのではあるが、エース中のエースと言って差し支えない666th TFWのパイロット達に比べればそれなりに遜色を否めず、それを自覚するだけの腕前を持っている彼女がその様な台詞を吐くのも無理からぬ事ではあった。
「やあレイラ。無事生きてここまで到達できたみたいで何よりだ。俺達は皆個人技には秀でているんだが、その分団体行動が苦手でね。そういうまとまりの無い落ちこぼれ共をまとめる事の出来るまともな人間が必要だった、って訳だ。アンタならそう云うの得意だろ。俺は悪くない人選だと思ってるがね。」
と、見事A中隊長の座を獲得してしまった個人技特化代表パイロットのような達也がニヤニヤと笑いながら、彼女に歓迎の言葉を投げかけた。
「アンタもね。アンタがやれば良いじゃない。アンタが一番の腕っこきでしょうが。アタシなんかより遙かに。」
部下二人と共に、歓迎の意を表して引き続き部下となった達也と武藤と右手の拳を打ち合わせながら、レイラは不満顔で達也に言った。
「考えてもみろ。敵の大部隊と対向したとき、他を全て置いてけぼりにして単機で真っ先に突っ込んでいく様なイカレ野郎に飛行隊長が務まると思うか? 俺ならそんな頭のおかしい飛行隊長は絶対に嫌だね。」
と自分のことを評した達也が、相変わらずニヤニヤと笑いながらしれっと言ってのけた。
「ふざけんな。自覚あんならどうにかしな、その性格。アタシがどんだけ苦労したと思ってんのよ。分かったわよ。やるわよ。やりゃ良いんでしょうが。つまりアタシの仕事は、牧羊犬か、或いは幼稚園の遠足の引率の先生、って訳ね。ったく。」
レイラはそう云いながら達也に殴りかかり、その緩慢な拳を達也はスウェイバックで笑いながら避ける。
諦めたレイラが発した、なんとも言い得て妙な例えに、飛行隊詰所の椅子に座る十二名のトップエース達から笑い声が上がった。
「ふむ。部隊名はフェニックスだったが、バスタードに変更するか?」
面白そうにそう言って笑ったのは、もともとこの酒泉基地に配属されていたB中隊長のレイモンド・シェリンガム中尉である。
「アンタがB中隊長? シェリンガム中尉、だったっけ?」
「レイモンド・シェリンガム中尉です、少佐殿。レイでいい。」
鼻梁の通った整った顔立ちを覆う色の薄い金髪を肩下まで長く伸ばし、肩幅と上背のあるガッシリとした体つきの碧眼の男は、階級を名乗った後に嫌味の無い笑いを浮かべた。
「で、アンタがA中隊長ね。」
再び達也の方に向き直ったレイラが、まるで手の付けられない悪戯小僧を見るような眼で達也を見る。
「ご無事で何よりです、少佐殿。」
そう言って敬礼する達也の胸に、レイラは先ほど空振りした拳を当てた。
そのレイラは、達也やレイ、彼女直属のL小隊の二人に着席するように促すと、全員の前に立った。
「全員揃っているようだ。レイラ・ジェブロフスカヤ少佐だ。改めて、よろしく頼む。私とL小隊以外の十二人全員が、いわゆる『始末屋』とのことで、正直部隊運用に戸惑っている・・・が、戦闘になったら多分全員どいつもこいつも人の言うことなど聞かず勝手に突っ込んで行くのだろうと想像している。」
軽い笑いが起こった。
ロクでもない部隊であった。
「死ぬな。それだけだ。諸君らが一人死ぬのは、実質的に部隊が一つ二つ消えるのに等しい。自分が死ぬ事は、人類に対して損害を与える利敵行為だと心得ろ。諸君らが生き延びれば生き延びるだけ敵は大量に消える事になる。人類もハッピー、諸君らも好き放題暴れ続けてハッピー、諸君らが点数を稼げば私の評価も上がり、さっさと昇進してこんな部隊からおさらばでハッピー、と、八方丸く収まる。皆の幸福のために、勝手に死ぬ事は許さん。以上。」
彼女は向かい合わせて座っている十四人を一通り眺めた。
「飛行隊長室に行く。飛行隊内の情報確認の為、中隊長は十五分後に部屋に来い。解散。」
そう言って踵を返した彼女を、一人の声が呼び止める。
「あー、質問があるんだが。女の子がみんなA中隊に偏ってる件について。不公平じゃねえか? いてっ! てめえ!」
レイモンドだった。
まだ椅子に座りバカな質問を発したレイモンドの後頭部を、すぐ後に座っている別の男が蹴り飛ばした。
振り返ったレイラは、早速かこの馬鹿どもと云った風に溜息を吐く。
「ハミ基地、トルファン基地で防衛ラインを形成していた時の彼女たちの運用をそのままA中隊に取り込んだだけだ。それ以上でもそれ以下でもない。ナンパするなら基地の外でしろ。酒泉には花街もあった筈だ。面倒だから、女関係で問題を起こすんじゃ無いぞ。」
そう言ってレイラはレイモンドを軽く睨むと詰所のドアを開けて出て行った。
レイラの言葉に笑いながら両手を上げるレイモンドの後頭部を、もう一度後の男が蹴り飛ばす。
達也はその二人に近付いていった。
「達也だ。確か前にストラスブールで会ったか。」
そう言って差し出した達也の右手を座ったまま握りながら男達は言った。
「レイでいい。何回か顔会わせてるな。」
「ウォルター・バーニッシュ中尉だ。俺もその時会ってる。ウォルターでもビルでも好きに呼んでくれ。」
先ほどから何度かレイモンドを後から蹴っていた男が言った。
「まあ、座れや。部隊内の男女別人口の偏在問題について、中隊長間でちょっと議論しないか?」
そう言って椅子を勧めるレイモンドに、達也は苦笑いしながら座った。
二階にある飛行隊長のオフィスに行くまであと十五分ほどある。
こうして、この後中央アジアに名を轟かせることになる3666TFSは誕生したのだった。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
遅くなりました。申し訳ありません。
ここのところどうにも時間が取れなくて。
とりあえず今回は、3666TFSの顔合わせです。
ハミ基地陥落の際に突然出てきたレイラが再登場です。
作中で本人が行っているとおり、レイラは666th TFWではありません。
どうにもまとまりの付かない個人技チームをまとめるための、まともな感覚を持った上官、といったところですね。
・・・もう、苦労するのが眼に見えている、可哀想な役割です。w