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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第八章 Base Deffence (基地防衛)
200/405

29. TOUCHABLE


■ 8.29.1

 

 

 OSV-8ハノーファーが放った八発の重力推進式反応弾、すなわち大気の無い宇宙空間で使用する事を想定して翼を取り払われた八発の桜花D型は、カリマンタン島上空300kmに停泊したファラゾア戦艦から約150km程度離れた位置で一斉に内蔵核融合炉に点火し、重力推進器をその最大出力である1000Gにて動作させて、ファラゾア戦艦に向けて殺到した。

 ミサイルは150kmの距離を4秒弱で飛翔し、ハインリヒ達が意図したとおりに上方から戦艦を囲むようにして一斉に肉薄したのだ。

 

 ミサイルに内蔵された反応炉点火による放射赤外線量が増大した時点でミサイル群はファラゾア艦隊に探知されるのだが、反応炉点火から重力推進器を最大出力にするまでの僅か2秒では、反応炉から発生した熱の伝導はミサイルの外殻に届かなかった。

 その辺りを漂うデブリに過ぎない、とファラゾア艦から認識されていたミサイルからの赤外線放射が増大した時には、すでにミサイルは1000Gで加速を始めた後だった。

 即ち、ファラゾア艦がミサイルの存在に気付いたのは赤外線放射増大に依るものでは無く、ごく至近距離に突然重力波発生源が幾つも生まれたことを探知したためであった。

 

 ミサイルとファラゾア戦艦との距離は、ハインリヒが当初予想したものよりも遙かに遠かったため、結局ミサイルの加速開始から着弾までには4秒という長い時間が必要だった。

 いかな反応速度の遅い「鈍間な」ファラゾアと言えども、通常4秒もあれば事態に対処可能なのであるが、この点については地球上でのファラゾア戦闘機械との戦いの中で地球人類のパイロット達が生み出した戦技のひとつであるランダム機動技術(テクニック)が桜花の機体管制システムの中に設計段階から組み込まれており、その能力を期待通り十全に発揮したことで、八隻のファラゾア艦隊の内いわゆる戦闘艦である戦艦一隻と護衛艦四隻、とりわけ戦艦と空母を敵の攻撃から守る役割を担っていた護衛艦四隻を軽い混乱状態に陥れた。

 八発のミサイルは4秒の飛翔時間を悠々と飛びきり、ほぼ同時に目標であったファラゾア戦艦に肉薄殺到したのであった。

 

 八発の桜花D型のうち、一番最初に爆発したのは五番の番号を付けられたものだった。

 ランダム機動で敵戦艦に向けて突入した五番桜花は、戦艦上面に備えられた大小四十三門のレーザー砲のうち、主に対艦砲撃戦に用いられる口径3000mmを越えるレーザー砲の直撃を受け、蒸散した。

 これは、ファラゾア戦艦がランダム機動を行いながら急接近するミサイル群を迎撃した結果ではあるのだが、狙って命中したものではなく、たまたま運悪く五番桜花がランダム機動にて移動した先をちょうど同じタイミングで3000mmレーザーが横薙ぎに通過し、完全にまぐれ当たりで命中したものだった。

 まぐれ当たりであろうが狙い通りであろうが、大口径レーザーの照射を至近距離でまともに受けた五番桜花は、その膨大な熱量を浴びせかけられて一瞬で蒸発爆散した。

 勿論反応弾頭が起爆されることなど無く、その小さな爆発はファラゾア戦艦に一切の損害を与えることは無かった。

 

 一番、二番、六番、八番の番号を与えられた桜花D型は、ファラゾア戦艦のごく至近距離にまで肉薄することに成功したが、結局その目標を捉えて起爆されることは無かった。

 

 戦艦だけで無く、恒星系間宇宙を航行し戦闘を行うことを前提として設計建造されたファラゾア艦は、数種のシールドを装備している。

 地球周辺に大量に存在するデブリか、或いは星系内空間をふらふらと廻る岩塊程度しか脅威の存在しない太陽系内にて(即ち、宇宙空間における地球人類の戦闘機械は脅威ではない)、エネルギー消費を抑えるためにファラゾア艦は殆どのシールドを停止しており、唯一対デブリシールドである重力シールドのみを展開していた。

 重力シールドとは艦体を繭状に包む局所的重力傾斜の殻のようなものであり、主に最高で光速の20%もの速度に達する通常空間での航行中に、特に太陽系内空間では頻繁に衝突が発生するデブリから艦体を守るためのものである。 そして地球上空で停泊中であった各ファラゾア艦は、現状では航行中の様に高速で衝突するデブリは存在しないものとして、この重力シールドについても相当にパワーを落として展開していた。

 

 前述の四発の桜花はこの対デブリシールドに弾かれて大きく進行方向を逸らされ、目標の敵艦を見失って虚空へ向けて飛び去るか、あるいは目の前に横たわる地球の大気圏に向けて突っ込んでいくか、いずれかの運命を辿り目標としていた戦艦の艦体にまで到達することが出来なかった。

 

 三番、四番、七番の番号を与えられた桜花D型も同様に重力シールドに弾かれた。

 しかしながら戦艦の艦体に対して前方から接近した三番と四番、そしてほぼ真後ろから接近した七番については、同様に重力シールドで弾かれつつも目標を見失うこと無く、半ば偶然の結果ではあったが、針路を修正した上で最終的に目標に到達した。

 

 三番と七番の桜花については、重力シールドに弾かれた分だけほんの僅かに激発のタイミングをずらされてしまい、弾頭が爆発して核融合反応のプラズマを発生した後に目標の艦体に着弾した。

 

 一億度を超える超高温のプラズマは、急速に成長しつつ、ミサイル本体がファラゾア戦艦に突入してきた勢いそのままに戦艦の艦体に叩き付けられた。

 その爆発の高熱と衝撃は、さしものファラゾア戦艦の船殻ですらへし曲げ、融かし、蒸発させ吹き飛ばしながら、戦艦の艦体を外側から破壊した。

 とは言え宇宙空間に於ける高い放射線強度や、恒星近傍の高温のプラズマにある程度耐えることをも想定して設計製造された恒星間宇宙航行艦、その中でもとりわけ敵艦隊と正面きって殴り合いをする事を想定され設計された戦艦の外殻装甲強度は高く、爆発後急速に成長しつつ40km/sもの高速で叩き付けられた二億度にも達する核融合プラズマでさえ、ファラゾア戦艦の艦体に与えた被害は限定的であった。

 

 艦首から約500mほどの位置に少し角度が付きながら着弾した、三番桜花によって発生した核融合プラズマは、艦体表面に存在したレーザー砲塔を五門破壊し、さらに周辺の艦体外殻表面に設置されていた多数の各種センサー類を破壊あるいは蒸発させた。

 艦体外殻そのものも損傷を受けたが、外殻が破断されるほどのものでは無く、プラズマによって表面を削り取られ、高熱と爆圧によって大きく歪められながらも、その装甲はプラズマの艦内への侵入を完全に阻止した。

 

 艦尾から400mほどの位置に着弾した七番桜花によるプラズマによる敵戦艦への被害も似たようなものであった。

 七番桜花が着弾した位置は、多くの反応炉や重力推進器が格納されているいわゆるヴァイタル・パートに当たる部分ではあったが、重要区画であるだけ外殻装甲もその分だけ分厚く、三門のレーザー砲塔と多数の周辺センサーを破壊蒸発させた他は、船体外殻表面をプラズマにて削り取り、そして熱と爆圧によって外殻を僅かに歪めた程度の被害を敵艦に与えたのみであった。

 

 ファラゾア戦艦に対して多少の損害を与えたものの、艦体そのものへの破壊は限定的であった三番と七番の桜花に対して、ほぼ理想的なタイミングで反応弾の撃発が起こった四番桜花の本体先端に取り付けられた帽体(フェアリング)のさらに先端部分、大気圏内であれば音速の十倍以上にも達する速度で大気を切り裂き、かつその速度で連続的に発生する断熱圧縮の高熱にもしばらくの間耐えて反応弾本体を熱から守り、さらに撃発時にはミサイル本体が目標に突入する高速に加えて核融合爆発によって与えられた速度を上乗せし、宇宙船とは言えどある程度の装甲を持つと想定されるファラゾア艦の外殻を貫くための役割を与えられた高耐熱性高硬度帽体先端(チップ)部分が、想定されたその役割を完全に全うした。

 

 帽体先端部分は核融合爆発の高熱で蒸発しつつも、まだ充分にその形状を保った状態で、47km/secの相対速度でファラゾア戦艦の艦体ほぼ中央部の外殻に、87度の角度で叩き付けられた。

 人類史上に存在した、あらゆる砲弾或いはミサイル弾体に較べて文字通り桁違いの高速でいわゆるファラゾア合金製の戦艦外殻に叩き付けられた帽体先端部分は、自身の構造自体を崩壊させつつ、厚さ約10cmの戦艦外殻をその進行方向および横方向にも侵食して直径30cmほどの貫通孔を発生させた。

 

 ミサイルの本体、或いは炸薬とも言える反応弾本体は、ファラゾア戦艦の外殻に着弾する一瞬前に爆発を開始してミサイルの帽体を敵艦体に叩き付けた後、ミサイルが艦体に接近した速度と、核融合爆発開始直後の高熱高圧を伴って、帽体先端部分が開けた貫通孔に叩き付けられた。

 核融合爆発によって発生した高温高圧のプラズマは、その熱と圧力で貫通孔を融かし破壊しながら一気に押し広げ、さらに高温高圧に成長しながらファラゾア戦艦の艦内に突入した。

 

 ファラゾア戦艦の艦内に突入したプラズマはさらに成長を続けて膨れあがり、二億度にも達する高温のプラズマを辺り一面に撒き散らし、外殻に較べれば遙かに強度に劣る艦内構造を熱と爆圧で破壊しながら、ミサイル突入の速度をもって艦内を突き進む。

 固体の実体を持たないプラズマの速度は艦内に存在する様々な機器や構造物に邪魔され比較的短時間で減殺されたが、核融合爆発による超高圧はさらに上昇を続け、幅400m近くあるファラゾア戦艦の内部を融かし破壊して喰らい付くした後に、強固な船殻を内側から食い破り弾き飛ばし高温で融かしながら、船殻の外へと噴出した。

 

 艦体中央部にて船殻と内部構造を大きく破壊された3000m級の戦艦は、艦首近くと艦尾部分に同時に着弾していたもう二発の直撃弾からの応力を受け、四番桜花によって食い散らされた船体中央部で「く」の字にへし折れ、そしてそのまま二つの部分に千切れるように分離した。

 二つに分かれた艦体の内の艦首部分は、推力を持たないために、艦体が千切れた時の動きそのままにゆっくりと回転しながら地球の引力にひかれて落下していく。

 もう片方の艦尾部分は、動力源である反応炉と推進装置である重力推進器が格納されているため、僅かな間推力を保っていた。

 艦に致命的な損傷を与えられた時に、反応炉が暴走して大爆発を起こさないように設置されている安全機構が働いたため、反応炉は速やかに停止したものの、僅かな時間ではあっても地球の引力に抗う推力を維持していたことから、分かれた艦首部分とは異なる軌道を描いて艦尾側もやはり地上に向けて落下していった。

 

 艦体が真っ二つに折れ、パワー供給が無くなった時点で艦首部分は機能停止しており、また安全機構が働いた時点で艦尾側もほぼ機能を停止していた。

 少なくとも両部分とも、ごく至近にある惑星の引力に抗い艦体を持ち上げるだけの推力を発生する事が出来なくなっていた。

 二つに分かれた巨大な艦体は地球の引力にひかれて徐々に加速し、煙る大気の海の中にゆっくりと沈んでいく。

 この時点でファラゾア戦艦の轟沈が完全に確定した。

 

 それは地球人類による、敵性の太陽系外知性体が操る戦闘用艦艇を初めて撃破した瞬間であり、全長20m以下の戦闘機に類されるものを除いた常に宇宙空間に存在する大型のファラゾア艦、光の速度を超えて恒星間宇宙を渡る能力があり、またとりわけ敵艦隊の主要戦力であると見なされている全長3000mを越えるファラゾア戦艦を初めて撃沈した瞬間でもあった。

 十数年前、自分達に迫り来る危機にまるで気付くこと無く生を謳歌していた地球人類が、突如襲いかかってきた未知の敵の物量と巨大さに戦慄し恐れながら見上げた遙か天の彼方の宇宙空間に佇む、想像を絶する技術力と物量で造られた巨大な宇宙船を目にして、遠過ぎ、巨大過ぎ、技術が隔絶し過ぎて手が届かないと絶望して呆然と膝を突いて以来、それでも諦めることなく立ち上がって文字通り死に物狂いに足掻き藻掻き続けた人類の手が、初めて明確に仇敵に届いた瞬間であった。

 例えそれが偶然にも、武装を新型の重力推進式ミサイルに換装したばかりの小型宇宙船が、たまたま無防備に地球周回軌道上に姿をさらしていた戦艦の、これもまた偶然にもすぐ脇を通過するという幾重にも重なった幸運の産物であったとしても、それは間違いなく今まで誰もが渇望しつつも誰も成し遂げられなかった悲願を一つ達成した、地球人類初の快挙であった。

 

 二つに千切れ推力を失った巨大戦艦は、物理の法則に従いゆっくりと地球に向かって落ちていった。

 高度約300kmの宇宙空間で制御不能となり、為す術も無く地上に向けて落下した二つの巨大な残骸は、当然の如く最終的に地球の惑星表面に叩き付けられた。

 

 艦首部分は、三番桜花によって与えられたベクトルに地球の重力加速度を合成して落下していった。

 長さ1500m近くにも達するその巨大な金属塊は、落下している間にカリマンタン島上空から外れ、ジャワ海中央部バウェアン島北約200kmの海上に、ミサイル命中の後約210秒後に速度450m/sで着水した。

 その激しい着水は発生時高さ50mを越える巨大な津波を引き起こし、島の多い入り組んだ地形のジャワ海沿岸部、そして遠くはフローレス海の沿岸部にまで被害を及ぼした。

 ファラゾアのカピト降下点が存在するカリマンタン島の南部沿岸地域に居住する人類は殆ど居なかったが、降下点から1000km以上離れたジャワ海の反対側大スンダ列島にはいまだまとまった数の人類が居住しており、それら沿岸部の居住者はこの突然の津波にのみ込まれることとなった。

 

 艦尾部分はカリマンタン島南端、バンジェルマシン北東約50kmの田園地帯にミサイルが命中して230秒の後、430m/sの速度で落下した。

 高速で地上に叩き付けられた長さ1200mにもなる巨大質量は、柔らかな農園地帯の土を抉り取り大量に吹き飛ばし、直径2000mに達する巨大なクレーターを大地に刻みつけた。

 幸いなことに、艦尾部分が地上に到着する頃には内蔵された反応炉内の熱核融合反応も完全に停止しており、地上に再び小型の太陽を発生させるようなことにはならなかった。

 

 目も眩むような閃光がほとばしり、敵艦隊の姿をモニタしていた全ての船外光学カメラのモニタが真っ白にハレーションを起こす中、OSV-8ハノーファーのコクピットでは、三名の乗員がそれぞれ固唾を呑んで自分達の命をかけた攻撃の成果が顕わになるのを、モニタに食い入るように見つめ待っていた。

 10秒後、カメラの受光部を焼き尽くすような閃光が去り、くの字に折れ曲がってまさに今真っ二つに千切れんとするファラゾアの巨大戦艦の姿を確認すると、三人はコクピット内の騒音の制限も忘れ、拳を突き上げあらん限りの声を上げて喜びを顕わにした。

 喜色満面の三人は互いの拳を打ち付け合い、腹の底から喜びの声を上げた。

 

 その喜びの空間を、まるで頭から冷水を浴びせ掛けるように敵接近を告げる鋭い電子警告音が切り裂いた。

 

「敵護衛艦四隻散開。一隻こちらに向かってきます。距離230km。」

 

 喜びの歓声から一転、ジェラルドの強張った声が一瞬で静けさを取り戻したコクピットに響いた。

 

 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 僅か数秒の事態に丸々一話。なんて贅沢。ふふ。


 あ、石を投げないで。

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[気になる点] 背景設定がマブラブオルタに似ているような…
[一言] 成果上がっても黙ってろよと思ったけど無理だよなぁ…
[良い点] 最高 夜空含めても一番テンションが上がった話かもしれない [気になる点] どうせ死ぬ なんか登場人物死にすぎて、この作品には、死にそう…だけど生きてて欲しいな、ワンチャン生き延びてくれ……
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