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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第八章 Base Deffence (基地防衛)
198/405

27. 命令違反


■ 8.27.1

 

 

 05 September 2047, Earth Orbit, Altitude 500 km, OSV(Orbital Surveillance Vessel)-8 "HANOVER"

 A.D.2047年09月05日、地球周回軌道、高度500km、軌道監視艇OSV-8「ハノーファー」

 

 

 もう慣れ親しんだ落下感と浮遊感と共に目が覚めると、視界は全て白く染まっていた。

 OSVのコクピットの後方で、天井から吊り下げられるように縦に固定されている就寝用寝袋の中、僅かにチラチラとするモニタの明かりを嫌ってジッパーを目一杯一番上まで引き上げて寝たので、完全に閉じた寝袋の中、その内側の生地が見えているのだった。

 寝袋の中でもぞもぞと動き、右手に填めた腕時計を見る。

 軍から支給された頑丈さだけが取り柄の安物の時計は、蓄光剤が塗られ朧に緑色に光る針で2247GMTを指していた。

 当直の開始までまだ一時間以上あるが、もう十時間も寝ていたことになる。

 充分に寝た。疲れも取れた。起きることにする。

 

 ハインリヒは半ば手探りでジッパーの金具を探り当てると、一気に股下辺りまで引き下げた。

 自分の体温で暖められた空気が寝袋の中から逃げていき、代わりにコクピット内のひんやりとした空気が鼻腔を通って肺に入ってくる。

 背にしていた壁を後ろ向きに両手で突くと、ハインリヒはするりと寝袋から抜け出した。

 目の前の天井に取り付けられている移動用の取っ手を握り、再び突き放して身体を捻りながら航海士席に座るジェラルド・ミハルチーク国連宇宙軍少尉の上に漂っていき、その背もたれを掴んで身体を止めた。

 

「おはよう、ジェラルド。何か変わった事はあったか?」

 

 寝起きの挨拶に続く定型句の様なものだった。

 

「特にないっすねえ。L4の艦隊は動かず。深宇宙方面からの追加も無し。地上はいつも通り小競り合いの連続。ああ、何日か前に、この船にも積んである例のミサイルの大気圏内での実用試験に成功したらしいっすよ。大成功つってました。定時連絡で来てたっす。」

 

「そうか。いい話じゃないか。安心して撃てる兵器ほどありがたいものはない。」

 

 そう言ってハインリヒはジェラルドの席の背もたれを押し、コクピット後方に戻った。

 

 今回の出撃から、このハノーファーは従来搭載していた核融合ジェット推進式の反応弾頭ミサイルに替わって、日本のタカシマ重工業のグループ企業が開発したという重力推進式のミサイルを搭載していた。

 核融合ジェット推進では全開噴射でも100Gに満たない加速力しか得られないのに対して、重力推進式のミサイルは最大1000Gでの加速が可能とのことであり、文字通り性能が桁違いだった。

 しかもジェット推進を用いた高加速ではミサイル弾体に高Gが掛かってしまい、激発動作不良の不安が付いて回るのに対して、重力推進式では弾体には殆どGが掛からないため、不発弾となる可能性を大きく下げることが出来る。

 

 そのミサイルは半ば試作品とのことであったが、今回の任務に着く前に地上で散々シミュレーショントレーニングを繰り返し、ハインリヒ達三人全員がミサイルの使い方自体は熟知している。

 唯一不安だった点が、その新型ミサイルそのものに戦場での使用実績が全く無い点だったのだが、これでその不安も大きく取り除かれることとなった。

 もっとも今回使用されたのは大気圏内であって、宇宙空間で使用する場合はまた色々と条件が異なる事になる訳ではあるが、一度も使ったことが無いのと、条件は違えど動作が確認された、ではその信頼度には雲泥の差がある。

 

 勿論、この船の任務の特性から、その様な武装を使用する様な事態に陥らないことがベストだ。

 人類はやっとまともな宇宙船らしいものを建造できるようになったが、しかし今でも船の性能はファラゾア艦のそれに大きく及ばない。

 宇宙空間での戦闘となった場合、OSVはまず生きて帰る事は出来ないだろうと見積もられていた。

 数年前に実施され、今や人類の宇宙開発史最大の愚行とまで云われるようになったオペレーション「MOONBREAK」での惨敗の記憶は国連軍上層部の意識に深く強く刻み込まれており、特に人類にとって未知の戦場である宇宙空間での戦闘に於いて敵の戦力を見誤り、己の戦力を過大評価することは厳に慎むべきという考えが確実に定着していた。

 

 コクピット後部に移動したハインリヒは、保管庫から朝食のカロリーブロックのパッケージを取り出し、純水のボトルを一本取り上げる。

 カロリーブロックのパッケージを開けると口に放り込んで噛み砕き、水で胃の中に流し込んだ。

 トイレで身体を軽くした後、歯磨きをしてボトルの純水で口を濯ぐ。

 就寝用に履いていた半ズボンを脱いで寝袋の中に放り込むと、Tシャツは着たままツナギの作業服を身に着け、船内用のスニーカーを履く。

 そして再びコクピット前方に向けてゆっくりと漂っていき、天井を両手で押して自席である操縦士席に収まった。

 シートベルトを止め、モニタのパワーを入れた。

 さて、今日も退屈な割には酷く疲れる仕事の始まりだ。

 

 

■ 8.27.2

 

 

 GMT0316hrs, 05 September 2047, Earth Orbit, Altitude 500 km, OSV-8 "HANOVER"

 A.D.2047年09月05日、グリニッジ標準時0316時、地球周回軌道、高度500km、OSV-8「ハノーファー」 

 

 

 COSDAR画面の中央に突然赤色の警告が激しく明滅(フラッシュ)し始めていかにも緊急度の高そうな電子音が鳴ることで眠気を吹き飛ばされ、同時につい先ほどまでは何も無かった筈の場所に突然現れた八つのマーカも同様に明滅している事に気付いたのは、ジェラルドの当直があと一時間もしないうちに終わろうかという時間だった。

 

「ロストホライズンだ。ジェラルド、場所を確認しろ。」

 

 ハインリヒは斜め後ろの航海士席に座るジェラルドの方を振り向くことも無く指示を出し、同時に「EMERGENCY」と書かれた手元の赤いボタンのカバーを躊躇いなく開けて、強く押し込んだ。

 同時に電力消費リミッターを解除し、反応炉燃料が詰まった水タンクをヒートマスとして使用開始する。

 反応炉のインジェクタに燃料を通し、いつでも起動できる状態にする。

 

 ハインリヒが緊急ボタンを押したことで、COSDARが発したのとはまた別種の警告音が大音量でコクピット全体に鳴り響く。

 すぐさま後方でガサゴソと寝袋の立てる衣擦れの音がし、ジッパーを勢いよく引き下げる音が聞こえた。

 

「敵か!?」

 

 寝袋から飛び出たトレイシーは、その勢いで一度天井に手を突いてコクピット前方に向けて軌道修正し、副操縦士席のすぐ手前の天井にもう一度手を突くと、真っ直ぐ器用にストンと副操縦士席に収まった。

 モニタのパワーを入れて、画面が立ち上がっている間にシートベルトを締める。

 

「ジェラルド?」

 

「場所特定。カピト降下点上空と推測。インドネシア、カリマンタン島。」

 

 いつもの気怠げな少し悪ぶった様な口調はどこかに吹き飛び、ジェラルドは極めて明瞭かつ簡潔な返答を返してきた。

 

「どこから来た・・・L4に居た奴等か。」

 

 ファラゾアの小艦隊が現れた位置は、今のハノーファーの位置からだとちょうど地球の反対側になり、直接視認することは出来ない。

 同様にL1とL5以外のラグランジュポイントも直接視認は出来なかったが、深宇宙方面、即ち火星からやってきたにしては突然すぎ、月の向こうのL2から来たとしても同様だった。

 

「敵艦隊詳細は不明。重力波データの積算が必要。L4の艦隊に関しても同様。」

 

 地球という巨大質量の向こう側を探知しているのだ。

 正確な情報を算出するためには時間がかかるのは当たり前であったし、そもそも地平線の向こう側で起こっていることを探知できるだけでもありがたい話だった。

 ハインリヒはトラックボールを操作してモニタ上に表示された全球索敵結果の球体を回し、探知したロストホライズン艦隊以外に動きが無いか確認した。

 

「敵艦隊詳細判明。戦艦一、空母三、護衛艦四。カピト降下点直上推定300km。」

 

 他の作業をしている内にロストホライズン艦隊に関するデータが蓄積され、艦隊の詳細が判明した。

 ロストホライズンを行う為の典型的な艦隊構成だった。

 

「・・・そう言えば、この船は今回その辺通るんじゃなかったか?」

 

 ハインリヒはそう言って、手元のモニタに軌道データを呼び出した。

 

 ハノーファーの周回軌道は、地球にタスキを掛けたように大きく南北に傾いており、南北とも最大で緯度48度付近にまで到達する。

 ハノーファーが地球を一周する間にも地球は自転しており、一周毎にハノーファーの軌道は西に約2500kmずつずれていくことになる。

 

 地球の上に現在の位置と、過去の軌道を実線、未来の軌道を点線で描いた画像が表示された。

 トラックボールを操作してモニタ画像の地球を回転させると、今から約二十分後にハノーファーはカリマンタン島上空を通過する事が分かった。

 手元で簡単に計算した結果、現在特定されている敵艦隊の位置から、水平方向に僅か100km、高度差200kmの位置を通過することが分かった。

 直線距離にして約170km。

 宇宙空間では、ほぼニアミスと言って良い距離だった。

 

 手を止め、ハインリヒは二人の方を向いて言った。

 

「なあ。戦艦に反応弾ありったけぶち込んだら、墜とせると思うか?」

 

 一瞬の沈黙。

 

「はあ? 船長アンタ何言ってんすか!?」

 

「正気かお前ハインリヒ?」

 

 まあ、もっともな反応だとハインリヒは笑う。

 

「今から約二十分後に、この艦はあの戦艦のすぐ脇を通る。僅か170kmだ。そして今回から俺達は1000Gもの強烈な加速をするミサイルを八発も持たされてる。反応弾八発喰らわせりゃ、いくら奴等の戦艦でも、ただじゃ済まないと思わないか?」

 

「全く効かないかも知れないぜ? 3000mの巨体だ。それに奴等の艦はシールドを持ってる。どんなシールドなのか分かってない。」

 

「それに撃った後どうやって逃げるんすか? 戦艦はボコれても、護衛艦が四隻いるっすよ? 見つかりゃ今度はこっちがフクロにされて、確実にやられるっすよ? 『護衛艦』なんてナメた名前で呼んでるっすケド、要は駆逐艦っす。それに対してこっちは漁船みたいなもんっすよ。」

 

「ミサイルのシーケンサープログラムでタイマー掛けて、放り出しておいて俺達は先に逃げる。動き始めりゃミサイルは勝手に敵を見つけて食らいつく。ミサイルが戦艦にぶち当たる頃にゃ、俺達は地平線のこっち側でとっくに大気圏の中だ。」

 

 コクピットに再び沈黙が降りた。

 今回軌道(うえ)に上がってくる前、新型ミサイルの発射シミュレーションはうんざりするほどに散々やらされた。

 コンピュータの仮想空間の中でのシミュレーションでしか無かったが、それ以上の訓練をすることは出来なかった。

 重力推進のミサイルの発射訓練を、まさか周回軌道で行うわけには行かなかった。

 地球の周回軌道上で発射される1000G加速のミサイルなど、闇夜の灯台並みに目立つだろう。

 

 トレイシーとジェラルドの二人は、その時の記憶をたぐってそれぞれの頭の中で成功の可能性を計算する。

 

「どうする? 一世一代の大博打、当たりゃ人類初の大手柄、外れても生き延びる可能性は案外高い。今すぐ行動するなら、結構ワリの良い賭けだと思うぜ? 乗るか?」

 

 たっぷり五秒の沈黙。

 二人がニヤリと笑いながらハインリヒを見た。

 その眼はまるで狩りを楽しむ猛獣のようにも見えた。

 

「ジェラルド、ミサイルのシーケンス組め。目標は戦艦のみ。全弾同じコピーで構わない。1000Gで二秒の距離でエンジン点火、全開。着弾マイナス1ミリ秒で爆発させろ。動き出すまで敵に悟られるなよ。あと、外したら絶対地上で爆発させるな。

「トレイシー、ミサイルの放出タイミング計算しろ。できるだけ散布して、獲物を包囲する様な飽和攻撃にするんだ。」

 

 ハインリヒが矢継ぎ早に指示を出し、二人は自席のコンソールで指示された作業を開始する。

 

「おっしゃあ、眼にもの見せてやるぜえ? 反応弾頭を奴等のケツの穴にブチ込んでやらあ。面白くなってきたぞ、チキショー。」

 

「『兵装は自衛のために搭載してある。交戦は行わないことが望ましい』とか司令言ってたっすよねえ? ククク。」

 

 ジェラルドが厳めしい部隊司令官の口調を真似て笑う。

 

 普段、息を潜めて消費電力量を絞り、声さえ立てない程神経質に気を遣っているコクピットがにわかに活気づいた。

 ハインリヒは、目の前のモニタに表示されている予定軌道を再び眺め、獰猛な笑みを浮かべた。

 普段、敵の脅威に怯え、敵に見つからないよう、気取られないように息を潜めてストレスのかかる非常に窮屈な思いをしている事への反動か、上官からの指示に背いてまでも敵を攻撃できるチャンスを得た二人の盛り上がり様は、その指示を出したハインリヒをして思わず引き攣った笑いを浮かべさせるほどであった。

 

 二人のその意気込みからか、ミサイルにロードする特殊なシーケンスの作成と、そのシーケンスが与えられたミサイルを放出するタイミングを決める軌道計算は程なく完了した。

 

「シーケンス、一番から八番までロード完了っす。いつでも撃てるっすよ。」

 

「リリースタイミング計算完了。約二分後からリリース開始。」

 

 準備は整った。

 後は、敵に発見されて撃墜される危険を冒してまで、そして上官からの指示を無視してまで、実際に攻撃を実行に移すのかどうか自分が決断を下すだけだと、ハインリヒはロストホライズンのためにカリマンタン島上空に停泊するファラゾアの艦隊を示すマーカーを睨み付ける。

 視線を横に向けると、すぐ脇の副操縦士席のトレイシーと、そのすぐ後ろ横向きの航海士席から振り返ってこちらを見ているジェラルドの二人の視線と眼が合った。

 

「・・・やるぞ。ミサイル発射(リリース)準備。」

 

 軽く頷くと、ハインリヒは作戦の決行を宣言した。

 二人は顔全体でニヤリと笑い、それぞれに右手の親指をハインリヒ向けて突き出して、自分達の前の画面に向き直る。

 

「ミサイルリリース、カウントダウン開始。発射管一番、二番、発射速度10にセット。100秒前。」

 

「ミサイルシーケンス、発射10秒前で実行開始っす。」

 

「90秒前・・・80秒前・・・70秒前・・・」

 

 トレイシーのカウントダウンの声だけが、狭いコクピットの中に響く。

 コクピット内の室温が急に上がったような気がした。

 妙に暑い。ハインリヒは額に浮いた汗を右手の袖で拭う。

 

「20秒前・・・10秒前・・・」

 

「ミサイルシーケンス、スタート。」

 

「5秒前、3、2、1、一番、二番、発射。」

 

 トレイシーの声と共にコクピットの後方からゴトリと重く大きな音がして、船体の左右下部に設けられた発射管に装填されたミサイルが、機械的に加速されて10m/sの速度で船外に放出された。

 空気中を飛行しないミサイルには翼のようなものは一切装着されて居らず、まるで魚雷のような円柱状の白色のミサイルが、船外光学カメラ映像の中で遠ざかっていく。

 

「一番、二番、次弾装填。次弾発射は一番25秒後、二番32秒後。」

 

 トレイシーの読み上げに応じて、再びコクピット後方から先ほどのミサイル発射とは異なる連続的な機械音が響いてくる。

 

「一番、二番、再装填完了。一番発射、10秒前。」

 

「一番、二番、シーケンススタ・・・」

 

 その時、コクピット内に敵の接近を知らせるCOSDARの電子警告音が鳴り響いた。


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 上官への口の利き方はなってないわ、上官からの指示に思いっきり背くわ、国連軍ってのは一体どうなってんだ? と言われそうな軍隊です。w


 いえ、厳密には命令違反ではありません。

 「交戦は、行わないことが望ましい」のであり、禁止はされていません。

 千載一遇のチャンスを得て、成果を出しさえすれば、後は何とでも言い訳できます。w

 そんなアナタに贈る(Words of)言葉(Wisdom)

 勝てば官軍。


 ・・・やっぱどうなってんだこの軍隊。

 

カンケーないですが、とあるロックシンガーが「Whisper words of Wisdom」というビートルズの有名なフレーズを「賢い言葉を囁いた」とド直訳して歌っているのを聞いて、大爆笑した記憶があります。

 もちろん、狙ってワザとド直訳です。

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