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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第八章 Base Deffence (基地防衛)
196/405

25. 中央アジア方面に関する戦略戦術的情報


■ 8.25.1

 

 

 「戦闘機から発射する射程100km程度、飛行速度M5.0程度の足の短いのろまな化学ロケット推進の反応弾ミサイルなど、ネタが敵に知れたらただ撃墜されるだけの標的機と大して変わらん。君らも実感として感じているだろう? ここ一年くらいでの大規模構成時に戦線に向けて撃ち込む反応弾ミサイルの目標到達率の異常な低さは。要するにパターン化してしまって敵にバレバレな訳だ。効果の無いものを無駄に撃つのは馬鹿馬鹿しい限りだし、それが理由で君らトップエースを失うのはもっと馬鹿らしい話だ。」

 

 パチェソヴァー准将は皮肉な笑いを浮かべて、達也達がこれまで指示されてきたいわゆる「始末屋(EXECUTOR)」任務を酷評した。

 確かに、高レベルの放射線被曝の危険がつきまとい、撃墜される危険を冒して敵の大部隊に肉薄せねばならず、極めて危険性の高い任務である割には例え成功したとしても撃破できる敵機数は良くて数千、下手をすれば千機以下と、リスクの割にはリターンの少ない危険任務であったことは間違いが無かった。

 ある日突然ストラスブールに呼びつけられ、地球上に棲息する人類としてどうしても忌避感の拭いきれない反応弾ミサイルを用いた始末屋任務を言い渡され、それでも最初の内は上手く嵌まって毎回数千機もの敵を撃破できていたが、最近はミサイルが敵に接近すると敵戦闘機の集中攻撃を受けて撃ち墜とされてしまい、単純にミサイルを撃ち出しただけでは点火予定地点に到達するミサイルはごく僅かだった。

 特にプライドややり甲斐といったものを感じて始末屋任務に当たっていたわけではなかったが、それを指示した上層部側に属する人間に真っ向から否定されるというのも、どうにも複雑な気分だった。

 

「新型のミサイルが全て代役になる、ということか。」

 

「その通りだ。重力推進のミサイルでね。頭も良い。真っ直ぐ飛んでいくだけのこれまでのミサイルとはひと味違う。そう簡単には撃墜されんよ。」

 

「成る程。ミサイルの型式は? 高島重工の系列会社が開発したと聞いたが。」

 

「高島航空重力工業(Takashima AeroGravity Industry Co., Ltd.:TAGI) FHAAOM001c『オーカ(桜花)』。日本語で『Sakura Blossom』という名前らしいが、合ってるか?」

 

 この場に日本人が三人もいる事を理解した上での准将の問いかけだった。

 達也はその問いに無言で頷いた。武藤と沙美も同じ反応を返した。

 

「ただの中距離反応弾ミサイルに随分大げさな名前を付けたモンだな。」

 

 武藤が皮肉な笑いを浮かべて言った。

 

「ただの中距離ミサイルじゃないさ。まだ試験が完了していないが、そのうち君らもあのミサイルの真の姿を眼にするだろう。」

 

「真の姿? どんな?」

 

 すかさずジェインの声が尋ねた。

 達也達の側から次々と質問が飛ぶ。事によると自分の生存に関わる話だ。皆、新兵器の情報には貪欲に喰らい付く。

 

「済まないがこれ以上ここでは言えない。参謀本部と情報部は、本気でファラゾアのスパイの混入、或いは超技術による盗聴を警戒している。」

 

「盗聴? スパイ? ファラゾア人は居ないのじゃなかったか? 666th TFW(第666戦術戦闘航空団)団長からそう聞いたぞ。」

 

 数年前ストラスブールで行われた会合で、団長を名乗ったサングラスの男からその様に聞かされた記憶があった。

 そしてつい先ほど、ハミ基地の格納庫で武藤を前に口を突いて出た軽口を思い出しながら、それが冗談として笑い飛ばしきれないという准将の言に、薄ら寒い思いをしながら達也は尋ねた。

 

「地球上にファラゾア人は歩いていないさ。この件についても、これ以上ここでは言えない。スパイだけじゃ無いぞ。相手はSF小説から飛び出してきたような、宇宙の遙か彼方からやってきたエイリアンだ。地球中にナノロボットを散布していたり、数十万km彼方から空気の振動を読み取れたりしても不思議じゃ無い。色々検討していくと余りに想像を絶する話が多過ぎて、そっち方面に疎いストラスブールの上層部じゃ、技術戦略を検討するためにSF作家を複数雇ってるって話だ。」

 

「SF作家、ねえ?」

 

 武藤がバカにしたような皮肉な嗤いを浮かべる。

 その表情には「クソの役にも立たない妄想を垂れ流すしか能の無い奴等が、何の役に立つのか」という疑念と嘲笑が読み取れる。

 

「さて、と。話が逸れた。3666TFSの主任務だが、酒泉ジュウチェン基地に駐留し、ハミ降下点から北方に展開する敵部隊に東側、横方向から攻撃を加えて北方侵攻を抑える事が目的だ。これまで通りRARが日常通常任務となるが、敵を発見した場合には積極的に攻撃する。また敵大規模攻勢の際は、敵の侵攻方向如何に関わらず東方から大きく打撃を与えて、敵の北進速度を鈍らせることを期待されている。」

 

 パチェソヴァー准将は、雑談めいてきた話を打ち切り、達也達新編成の3666TFSの主任務について、手元の書類を確認しながら話し始めた。

 が、達也はその説明された内容に違和感を覚える。

 

「ちょっと待って? 以前の説明では、ハミ降下点の勢力が東進することを極力防ぐと聞いていたけど? それはもう良いの? 東側からちょっかい出せば、敵はこっち向くわよ?」

 

 達也が口を開く前に沙美が准将に問うた。

 

 沙美が言っているのは、達也と武藤がハミ基地に配属された際に説明された、この地域での国連空軍の戦略目的の内容だった。

 トルファン基地に配属された沙美達四人も、同様の説明を受けたのだろう。

 

 即ち、東から北東の方向に中華連邦の人口密集地、および工業地帯を多く抱えるハミ降下点については、とにかく敵の東進を抑える事が最大の戦略・戦術級目標である、との説明だった。

 ハミ降下点から伸びる敵勢力圏が東に広がった場合、中華連邦の人口密集地と工業力の高い多くの都市を圧迫することとなる。

 その結果、住民の離脱と工業力の急激な低下が発生する事は容易に想像できる。

 中華連邦政府は、往年の共産党人民政府の様な住民の移動制限を行っていない。

 敵の侵攻によって危険を感じた住人は、火災を起こす船からネズミが逃げ出すように、速やかに危険地域から移動し、気付いた時には都市はもぬけの殻で、工業地帯は完全に沈黙していた、などという事態になりかねなかった。

 中華人民共和国が倒れ、国連に極めて協力的な中華連邦の政策によって、東アジア方面の戦線を強力に支える巨大な生産力が手に入ったのだ。

 これをみすみす危険にさらすようなことは出来なかった。

 

「ちょっと前まではな。方針が変わった。正確に言うと、トルファン、ハミ両基地が落とされたことで、計画が一歩進んだ・・・進んでしまった、が正しいか。」

 

「計画? 進んだ? どういう事?」

 

 沙美が眉間に皺を寄せてさらに追求する。

 沙美としては、自分達が戦っていた基地が陥落することが「計画されていた」と言われたことが気に入らないのだった。

 しかし実質的にファラゾアの侵攻を完全に食い止めることが不可能である現在、次々と陥落する基地や都市が失われた時のことを見据えて、前もって対応する計画を立てておくことは当然であると言えた。

 

「知っての通り、天山山脈周辺の基地は、ひとつにはハミ降下点の勢力圏を北に伸ばさないための防衛線という意味を持つ。そしてもう一つは、常に北方から圧力を掛けることで敵の眼を北に向けさせ、東の人口密集地に伸びていこうとすることを防ぐためのものだ。」

 

 准将はそこで一度言葉を切った。

 向かい合って座っている六人全員が、今言った情報を理解したことを彼等の表情から確認し、話を続けた。

 

「今回、天山山脈周辺で最大規模を誇っていたハミ基地とトルファン基地が落ちた。つまり、ハミ降下点北側の最大の防壁が崩れ落ちたことになる。ハミ降下点北側で、我々人類にとって重要なポイントは二つ。

「一つはウラル回廊と呼ばれている、カザフスタン北方、ナリヤンマル降下点勢力圏と、アクタウ降下点勢力圏の間に存在する空白領域だ。人類が制空圏を確保しているわけでも無いが、かといってファラゾアの勢力圏に呑まれたわけでも無い領域で、少々危険は伴うがヨーロッパと東アジアの間に開いたただ一つの飛行可能ルートだ。

「ハミ降下点勢力圏が北に延び、アクタウ降下点勢力圏と溶け合う(マージ)と、アクタウ降下点勢力圏の北方への圧力が増し、このウラル回廊の安全性が大きく低下するものとみられている。

「同時に、アクタウ降下点勢力圏とハミ降下点勢力圏のマージは、これもまたカシミール回廊と呼ばれる、中央アジア経由インド亜大陸への補給線を塞ぐことになる。これらの複合的な理由が一つ目。

 

 パチェソヴァー准将はふたたび言葉を切った。

 六人とも、中央アジア域の大まかな地図は頭に入っている。

 准将が言った戦略情報は、ざっくりとではあるが理解できていた。

 その六人の表情を確認して、准将は続ける。

 

「もう一つの理由は、ノヴォシビルスクにあるスホーイ傘下の航空機製造工場の存在だ。この工場は、スホーイ開発機、MONEC開発機の生産拠点であり、主に中央アジアからバイカル湖方面への航空機供給拠点となっている。

「当該航空機工場は、アクタウ降下点から北東方向へのファラゾア勢力圏の延長針路上にある為、早期に代替工場の建造が行われており、イルクーツク近郊に新たに建造された代替工場は既に稼働し生産を開始している。

「代替工場が稼働を開始したが、それはこのノヴォシビルスクの生産拠点を失って良いという意味では無い。知っての通り、我々人類は常に戦闘機とパイロットの欠乏状態にある。古い工場であろうが、敵の侵攻方向にあろうが、可能な限り生産を続け、戦闘機を供給し続けてくれることが望ましい。」

 

 ふたたびパチェソヴァー准将は言葉を切って、今話したばかりの重要情報が六人の頭の中に浸透し、理解されて吸収されるのを待った。

 向かい合う六人のパイロット達の表情を見る限り、理解に問題は無さそうだった。

 

「ここで話が元に戻る。ハミ基地、トルファン基地が健在であった間は、ハミ降下点勢力圏の北方への延長拡大の危険性が比較的低く、ハミ降下点勢力圏の東方への延長拡大を阻止することに、より重きを置かれていた。

「しかしハミ基地、トルファン基地が落ちた今、北方への延長拡大がより現実味を帯びて危険度の高い案件となった。そこで、ハミ降下点北方方面よりも幾分余裕があるこちら側、東方の各基地から敵の侵攻方向と戦線の側背を突くことで、北方への進行速度を大きく鈍らせる事を目的とする。」

 

 パチェソヴァー准将はまるで「どうだ分かったか」とでも言わんばかりに笑みを浮かべ、六人のパイロットが今の戦略的(ストラテジック)な話を上手く理解出来たかどうかを顔に浮かべた笑みの後ろ側から窺っていた。

 

「それはつまり、次に酒泉、張掖、武威の各基地が陥落した場合、再度危険度が逆転して、今度はロシア側から攻撃を加えるという事? 或いはインド側?」

 

 ナーシャが感情のこもらない声で質問を発した。

 

「その通りだ。及第点をあげよう。」

 

 パチェソヴァー准将は笑みを深めると、ナーシャに向けて頷いた。

 

「それじゃジリ貧じゃないの。北に一歩進まれたら東から、東に一歩進まれたら今度は北から、ってわけ?」

 

 ジェインが棘のある口調で質問とも、非難とも取れない発言をした。

 それに対して准将は、大袈裟なほどに表情を変えて驚いて見せ、言った。

 

「まさにその通りだ。何を今更言っているのだ、という話だな。今、我々人類にはファラゾアの侵攻を押し留めるだけの力は無い。一方向に突出されて深く大きく致命的な傷口を作られるよりも、傷をあちこち分散させて、少しでもマシに動ける状態を保ち続けることが目的だ・・・全体的に見て、人類は相変わらず負け続けている。ストラスブールの666th TFW(事務所)で教わらなかったのか?」

 

 教わっていた。まさにこの面子で。

 このままでは、人類はあと二十年以内に滅亡する、という事まで教わっていた。

 あれから数年経った。

 人類の残り少ない未来は、その分また縮まったのだろうか、と達也は思った。

 

 この男は終始僅かに軽薄そうな、冷めた態度と笑みを顔の表情に貼り付けさせているが、日々状況が悪化して人類の滅亡に向けて戦況が転がり落ち続けていく中で、致命的な被害を分散させ、緩慢な死を迎える為の作戦立案を毎日行い続けるという気が滅入る作業を継続しているのだ、という事に達也は気付いた。

 それはどれ程の重圧なのだろうか。

 

「さて、次だ。引き続き3666TFSの戦略的戦術的任務内容と、今回の受領機種の配分に絡んで、君らの中の役割の明確化、と言ったところだな。続けて良いか?」

 

 だがそれは所詮他人事。お互いに割り振られた役割の分担に過ぎない、と、ふたたび薄らと笑った顔を表面的に貼り付け、話題を転換したパチェソヴァー准将を達也は見た。

 俺達は前線で命を削って戦っている。

 この男は作戦司令室で神経を削って戦っている。

 だがこの男の仕事を代わってやりたいとも思わなかったし、実際代わってやることも出来ない。

 要するに、自分に関係の無いことだった。

 

 結論に達し、達也は自分に関係のあること、即ち准将の説明に意識を戻した。


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 説明回が続きすぎるとウンザリする方も居られるかと思います。

 次から前線に戻ります。

 説明完結してませんが。

 まあ、それについては追々ストーリーの中で。


 ・・・スホーイの工場をイルクーツクに集約してしまったんだけど、リスク分散という意味で集約しない方が良かったかなあ・・・と思う今日この頃。

 集約すると生産性は上がるんですけどね。

 要するに、一か八かの賭け、という事です。w

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