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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第八章 Base Deffence (基地防衛)
195/405

24. 死神の解任


■ 8.24.1

 

 

 達也と武藤が乗り込んだのは、3882輸送隊(ALS)3番機のAn-384 лебедь(リェービチ:白鳥)であった。

 An-384はそのずんぐりとした巨体に詰め込めるだけ兵士を詰め込むと、後部のカーゴハッチを上げ、どこから見ても重鈍そうにしか見えないその巨体をふわりと空中に浮かせ、エプロン上空高度50mで水平飛行に移った後、離陸20秒後にはM1.5の巡航速度に達し、さらに加速を続けながら上昇して高度3000mで東を目指した。

 

 An-384はアントーノウ社で開発され、ロシアから東アジア方面の国連軍を中心として昨年から実戦投入されている大型の戦略輸送機である。

 全長65m、全幅52mのその巨体は、二基の反応炉を搭載し、二基のGPUを備えている。

 GPU推進を得たこの大型戦略輸送機は、幅広い胴体に輸送機とは思えないスマートなクリップドデルタ翼を持ち、巡航速度M1.5、最高速度M3.0というふざけた速度を叩き出す上に、最大積載重量は1500t(積み込み時に機体構造が歪むため)、貨物満載での垂直離着陸可能という、輸送機設計者の夢と言うべきか、或いは思わず二度見するイカレた性能と言うべきか判断に迷う極めて高い輸送能力を誇る。

 

 GPUのみで推進を行う場合、例えばM3.0で定速度飛行をするためには、M3.0(約1000m/s=約3600km/h)の速度で発生する風の抵抗に抗うだけの推進力、つまり重力加速度が必要となる。

 機体形状に大きく左右されるが、このAn-384程の大型の機体ともなると、風の抵抗を打ち破ってM3.0の速度を維持するためには10G近い重力加速度を常に与え続けねばならないこととなる。(いわゆる終端速度の状態。等速度で降下するエレベータ内が1Gに保たれるのと同じ理屈)

 即ち、機体および機体内のあらゆる全てのもの(乗員、乗客も例外では無い)に飛行中常に進行方向に向けて10Gの加速度がかかり続け、これは例え戦闘機パイロットであったとしてもとても耐えられる環境では無い。

 

 まだ重力推進技術を手に入れたばかりである地球人類は、この問題に対して至って単純な回答を用意した。

 GPUを二基用意して、一基を推進用に用い、もう一基を推進加速度を打ち消すために用いたのだ。

 即ち、一基目のGPUによって機体全体を含む空間を歪めて前方に向けて10Gの重力傾斜のかかった空間(一次空間)を形成する。

 この一次空間の中に、二基目のGPUを用いて「入れ子」の重力傾斜空間(二次空間)を形成し、この二次空間内の重力傾斜をフラット(ゼロ)になる様調整する。

 ここで重要であるのは、二次空間内に与える引力をゼロにするのでは無く、二次空間内の重力傾斜をゼロにするように調整する、という点である。

 これにより二次空間内は常にゼロGを保つことが可能となる。

 これがAn-384がGPUを二基搭載している理由である。

 

 そしてAn-384の翼下に四発あるジェットエンジンは半ば補助的な推進器であり、そのためフュエルジェットモードを持たず、リアクタからのパワー供給で動作するモータージェットモードのみを有する。

 即ちAn-384はすでに行動するための化石燃料を必要としておらず、僅か1立方mの水を反応炉(リアクタ)燃料(フュエル)として補給するだけで、速度M3.0を維持したままで地球を十周以上回る航続距離を持つ、あらゆる意味で理想的な輸送機である。

 重力推進器の導入は、戦闘機の格闘戦性能に革命的な進化を与えていたが、それだけでは無く、物質の重量を無にするという特性を生かして輸送機においてこそ飛躍的な進歩をもたらしていた。

 

 ハミ基地からの退避は、3882ALSが保有するこのAn-384輸送機十二機を全て用いて行われた。

 一二機の巨大な輸送機が次々と空に舞い上がり、機首を東に向けると目を疑うような高加速で増速しながら上昇して東の空に向かって消えていくその光景は、余りに現実離れしていて壮観と言うほか無かった。

 

 輸送機に乗った達也が見渡したところ機内カーゴスペースはまるで昔TVで見た東京の通勤列車の様にすし詰め状態であり、輸送される兵士達は座るだけの十分な場所さえなく、カーゴスペース内に急遽張り巡らされたロープを掴んでバランスを取るという、正気の沙汰とは思えないやり方で中華連邦武威空軍基地まで搬送された。

 もっとも重力推進による飛行は、少々急激な加速や旋回でも積み荷である兵士達にGを与えること無く、無茶苦茶な身体の固定方法を強いられた割には基本的には安全なものであったが、それは普段重力推進に慣れているパイロット達に限った話であり、重力推進による加速の最中に発生する無重力或いは低重力状態に慣れない整備兵などの陸上勤務兵達にとっては、常にずっとどこかに向けて落下している感覚に悩まされ続けるという、とても快適とは言い難い地獄のような時間であった。

 

 従来の地球製輸送機ではあり得ないM3.0という俊足を生かし、ファラゾア機に追い付かれることも無く僅か二十分ほどで武威までの1000km弱の距離を踏破した輸送機隊、或いは脱出兵団は、空軍基地特有の広いエプロンに続々と到着し、その巨体からは想像も出来ない身軽さで次々にふわりと着陸してカーゴハッチを開放し、輸送してきた兵士達数千名を地上へと吐き出した。

 

 国連空軍基地ではない武威空軍基地が、ハミ基地、トルファン基地からの退避先として選ばれたのは、中華連邦国内の航空機製造拠点でライセンス生産されるMONEC、高島あるいはスホーイ各社設計の戦闘機が、ラインアウト後に国連軍に引き渡されるために一旦集積される空港のうち、武威空軍基地がウイグルータクラマカン方面至近且つ最大の空港であったためである。

 パイロット達はこの武威基地で機体を受領し、その場で部隊再編成が行われ、とんぼ返りで西に飛んで酒泉航空基地に向かうよう指示された。

 パイロットではない地上勤務兵のうち、整備兵は武威基地で一旦休憩を取った後に再び輸送機に乗り酒泉、或いは張掖いずれかの基地に向かうこととなっており、その他事務方の地上勤務兵別命あるまで武威基地で待機するように指示された。

 

 達也と武藤は、共に退避してきたそれぞれの小隊の部下であるテレーザとロイを引き連れて、3852A中隊長であるエリック・タン大尉に従い、国連空軍が急遽武威基地内に設置した仮設機体受領受付の列へと並んだ。

 機体受領の列は、達也達ハミ基地から退避してきたパイロット達だけで四十人ほどの長さとなったが、そこにさらにトルファン基地から脱出してきたパイロットが加わり、百名近いパイロットが機体を割り振られることを待つ長蛇の列と化した。

 達也としては、武威基地で新しい機体を受領した後はさっさと空に上がり、周りがなんと言おうとタクラマカン砂漠にトンボ返りして、あわよくば現在進行中かつ被害拡大中であると想定されるロストホライズンを支える戦線の中に飛び込んでやろうなどと、武威基地に到着するまでの間に考えていたのだが、この長蛇の列を見てはそれも諦めざるを得ないようだと溜息を吐いた。

 

 当分待たされて、やっと達也達3852TFSのパイロット達の順番が回ってきた。

 部隊内の機体番号順に従って受け付けると、仮設受付の事務官は言った。機体番号04の達也は、02のエリックに次いで二番目となる。

 エリックの隣の受付が空き、達也の番が回ってきた。

 

「ハミ基地、3852TFS所属、4番機、タツヤ・ミズサワ中尉だ。」

 

 達也は少尉の階級章を付けた受付の女の前にテーブル越しに立ち、名乗った。

 

「はい。3852TFS、04、ミズサワ中尉・・・と。」

 

 少尉はテーブルの上に置いた軍用のごつい端末を操作して、達也とその受領機の情報を引き出しているようだった。

 ファラゾアに世界中のネットワークをズタズタにされ、電子機器と名の付くものが殆ど一切利用出来なかった新兵の頃に比べ、最近ではあちこちで電子機器を見かけるようになってきた。

 AWACSや基地の防空司令部が収集した前線の戦術情報も、軍用ネットワークを通じてほぼ瞬時に方面司令部に届くようになっている。

 試行錯誤の積み重ねにより、ファラゾアからの電磁的攻撃に耐えうるシールド技術が開発され、半ば手探り的にごくゆっくりとではあったがネットワークが再構築されつつあるのだ。

 勿論優先順位的にも、セキュリティの維持し易さという観点からも、復活し始めたのは軍ネットワークのみであり、民間のネットワークは未だ殆ど構築されてはいなかった。

 

「ミズサワ中尉、ですね?」

 

 女はモニタから視線を外すと、達也の顔を見上げて尋ねた。

 

「? ああ、そうだが?」

 

 何か手違いでもあったのだろうかと、達也は訝しげに返答する。

 ありとあらゆるものが混乱する前線近くでは、希に信じられないような理由で致命的な手違いが発生することがあった。

 

「近くに3852TFSのムトー中尉はいらっしゃいませんか?」

 

 女は達也の後ろの列に視線を移し、少し大きめな声で言った。

 

「俺だ。武藤中尉だ。」

 

 すぐ後ろに並んでいた武藤が名乗り出た。

 

「あ、いらっしゃいましたか。済みません、少々お待ちください・・・トルファン基地3875TFSのイルマ中尉、ヤストレムスカ少尉、マクグリン少尉、トンダンプラスート少尉、いらっしゃいますか?」

 

 女はさらに、後ろの列に向けて声を張り上げた。

 それは達也にとって全て聞き覚えのある名前だった。

 それぞれ、沙美、ナーシャ、ジェイン、マリニーのファミリーネームの筈だ。

 呼ばれたのは全員、666th TFWのメンバーだった。

 

「いるわよ。」

 

 列の後ろの方から沙美の声が聞こえ、そして四人が列を外れて歩いてきた。

 どうやら五日前の攻勢の時の殿役は、六人全員が大きな損傷を受けた飛行不能の機体を基地に放棄して武威基地に脱出してきたようだった。

 あの90秒間はまさに、それぞれに傷付いた愛機の最後の力を振り絞った戦いだったと言えるだろう。

 

「恐縮です。皆さんの機体受領と再編成は別途行われます。お手数ですが、こちらへどうぞ。」

 

 そう言って少尉は椅子から立ち上がり、達也達に付いてくるよう促して管制塔のある最も大きな建造物に向けて歩き始めた。

 達也が後ろを振り返ると、軽く肩を竦めた沙美の視線とぶつかった。

 どうやら自分達には別メニューが用意されているようだ、と軽く息を吐いて達也は少尉の後を追い歩き始めた。

 

 ワン少尉と名乗ったその女は、六人を連れて建物の二階に上がり、十人も入れば一杯になりそうな小振りな会議室へと達也達を案内した。

 その部屋で待つように言われた達也達は、めいめいに椅子を引き出して座り、多分誰かがやってくるのだろうと雑談をしながら時間を潰す。

 

 ややあって会議室のドアがノックされ、先ほどのワン少尉を伴って、国連空軍の明るい紺色の制服に准将の階級章を付けた男が入室してきた。

 達也達はとても敬意を払っているとは言えないような緩慢さでバラバラと席を立ち、いかにも形だけといった風に敬礼をして准将を迎えた。

 男はその様な六人の態度を見て表情を変えることも’無く、こちらもかなり崩れた答礼をして、達也達に着席するよう促して自分も六人と向かい合う席を引き出して座った。

 

「東アジア方面司令部作戦本部のパチェソヴァー准将だ。堅苦しいのは面倒だ。楽にしていい。手間を掛けさせて済まんな。」

 

「済まないが、まず状況を教えてくれ。ロストホライズンはどうなった? 状況が最悪になる前にとっとと機体を受けとって、戦線復帰したい。」

 

 達也は立ったまま軽く手を挙げ、今最も気になることを尋ねた。

 

「ん? ハミ降下点からのロストホライズンか? そっちはとりあえず大丈夫だろう。敵はハミ基地を目指して侵攻している。ハミ基地を犠牲にするしか無いが、集まったところを新型ミサイルの反応弾で一気に殲滅する。まあ、予定通りに上手く事が運ばなかったときには行ってもらうから、心配するな。」

 

 准将はまるで他人事のような軽い口調と内容で達也の問いに答えた。

 その態度に達也は僅かな苛つきを覚え、かすかに眉根を寄せる。

 もっともその苛つきの理由は、ハミ基地防衛のためであるとか、死線で戦う友軍兵士達を慮ったりした訳ではなく、ただ単に叩き潰すべき敵がそこに大量に存在するにも関わらず、手を出せず指をくわえて見ているだけであるのが気に入らないという、それもまた「良識的な」者が聞けば眉を顰めるような理由ではあるのだが。

 

「良いから落ち着け。とりあえず座れ。戦うチャンスなどまだ幾らでもある。今は話を聞け。切り替えろ。」

 

 達也の態度に腹を立てるわけでも無く冷静な口調で返ってきた指示に、頭に昇っていた血液が冷却されて下がっていくかのように達也も冷静さを取り戻し、准将の指示に従って着席した。

 

「さて、と。君たち666th TFWに幾つか特に伝えねばならない事がある。まずは一番気になっているだろう、新しい機体についてだ。全員に最新鋭の機体を、と言いたいところなのだが、済まんが数が揃わなかった。君たちのために用意してある機体は、タカシマのエイデンが三機、MONECのモッキングバードが三機だ。ミズサワ中尉、ムトー中尉、トンダンプラスート少尉にエイデンを、イルマ中尉、ヤストレムスカ少尉、マクグリン少尉にモッキングバードを割り振っている。この割り振りについては、後ほど説明する。」

 

 横に座ったワン少尉から書類の束を受け取り、書類の上に視線を落としたまま准将は言った。

 

「ハミ基地、トルファン基地の放棄に伴って、部隊も再編成される。君たちは3666TFSとして、酒泉基地に配属となる。酒泉基地にはすでにシュリンガム中尉、バーニッシュ中尉ら六名の3666TFSが配属されている。そこに組み込まれる。飛行隊長は、このロストホライズンを生き延びて帰還できたら、と言う条件付きで、レイラ・ジェブロフスカヤ少佐だ。ミズサワ中尉、ムトー中尉はよく知っているだろう? 3852TFSの隊長だ。

「この3666TFSは色々とイレギュラーの多い、試験的に構成された特殊な飛行隊になるんだが、ま、これは現地で合流した後に説明があるだろ。」

 

 パチェソヴァー准将は書類から視線を上げ、六人を見回しながら、つまらなそうな、投げ遣りとも取られるような口調で言った。

 どうやらそれがこの准将の普通の喋り方の様だった。

 

「3666TFSは、L1小隊の三機を除いて、全員が666th TFWで構成される。これまで君たちには世界各地の最前線で始末屋としての役割を果たしてもらっていたが、この任を解く。」

 

 准将の口調はあくまで平滑で、その内容にそぐわない、まるで近所のコンビニで水を買って来ると言っている様な気軽さであった。


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 准将の説明回、もうちょっと続きます。

 中盤に差し掛かるところで、技術的にも、戦略戦術的にも転換点を迎えるので、これからこの様な説明回がちょこちょこ発生するかも知れません。


 GPUによる入れ子空間の説明、ちょっとわかりにくいかも知れません。

 ジャイロコンパスを想像して戴き、一次空間がコンパスの「環」部分、二次空間がジャイロ(水平)部分と考えると理解しやすいかも知れません。

 ・・・そんな事無い?


 ちなみに将来的に慣性制御技術を開発するための基礎技術です。

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― 新着の感想 ―
[一言] 重力推進なら機内の全ての物体が同じ重力加速度を受けるから、慣性は働かないのでは…?
[一言] やっと相対出来るようになっても度重なるロストホライズンで前線基地を失い段々後退していく前線。これからは逆にこのチームが斬り込んでいく行く感じかね。毎日千機ずつ落としていけば物量のファラゾアだ…
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