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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第八章 Base Deffence (基地防衛)
194/405

23. ハミ基地放棄


■ 8.23.1

 

 

 空に浮かぶ大きく欠けた月から柔らかく澄んだ月明かりが青い闇空の中を降り注ぎ、幻想的に白く浮かび上がる砂丘の連なりの上に横たわる闇の中を、月光さえも飲み込む様な漆黒に塗られた三機の輸送機が音もなく進む。

 Su-117 Белка-летяга(ベルカリチヤーガ)。

 最大20トンほどの貨物を胴体内カーゴルームに格納し、小回りの利く中距離輸送機および多目的機が必要とされ開発された機体である。

 AGG(人工重力発生器)が開発される以前に実戦投入された機体である為、核融合炉を搭載してはいるものの、推進器としてはジェットエンジンを四基持つだけである。

 しかしながら主翼の付け根と機体尾部両脇に取り付けられたジェットエンジンは、エンジン本体ごと縦方向に自由に回転することが出来るため、GPU(重力推進器)を利用せずとも垂直離着陸を可能としており、また離着陸する地形を選ばない。

 

 その三機のベルカリチヤーガが帯びた任務の内容を考えれば、GPU推進を備えた大容量かつ高速で飛行できる最新型の中型輸送機Tu-522 куропатка(クロパートカ)ではなく、旧式であり鈍足ではあってもジェットエンジンのみで推進するこの機体の方が適任であると言える。

 

 夜の帳が降り、それ程遅くない時間に武威市北部郊外にある中華連邦武威航空基地を闇に紛れる様にして飛び立った三機のSu-117は、国道312号線、所謂河西街道に沿って西に進み、部隊内識別灯を含めた一切の灯火類、そしてレーザー通信のレーザー光までを含めた一切の電磁波類を停止し、特殊任務のために増設された航空用暗視カメラと機外赤外線カメラの画像だけを頼りに、少し弓なりに欠けた白い上弦の月の光の元、暗闇に溶け込んだまま約二時間ほどで河西回廊東端へと到達した。

 

 敦煌の市街地が接近して来ると編隊は高度を下げ、敦煌空港の数km手前で闇の中省道314号に着陸した。

 三機のベルカリチヤーガはそれぞれ一台ずつ黒塗りの高機動車をカーゴエリアから排出し、後部ハッチを閉めると再び夜の空へと飛び立っていった。

 この空域は既にハミ降下点に対する所謂戦術マップエリアに入っており、Zone5-06先端付近になる。

 夜間とはいえ余り目立つ行動は、ハミ降下点に駐留するファラゾア戦闘機械からの迎撃を受ける可能性がある。

 三機は一度高く飛び上がり、周囲の状況を確認した後ふたたび高度を下げて高機動車の後方でバックアップ態勢に入った。

 

 高機動車三台は、ヘッドライトさえ点ける事無く闇の中省道314号を西進する。

 一時間ほど砂に埋もれかけた道路を走った高機動車は、バックアップとして後方に控えた輸送機から一度だけ送信された情報を元に、暗闇の中、遊牧民が立てたと思しき(パオ)の小さな集落に接近し、停車した。

 

 停車した高機動車のドアが開き、中から黒い戦闘服に身を包んだ兵士が、各車から八人ずつ、計二十四人走り出てきて(パオ)四つのみの集落に散る。

 戦闘員は皆黒い目出し帽の上から暗視ゴーグルを着けており、一切言葉を発することさえ無く四つの集団に分かれて、四つの包に同時に突入した。

 僅かな物音と、殆ど聞き取れないほどのくぐもった悲鳴が何度か響き、やがて何の音もしなくなる。

 程なくして、包に突入していった兵士達がそれぞれ遺体収容袋の様な黒い袋を担いで包の中から出てきた。

 

「全てか?」

 

「完了です。」

 

 この場で初めて交わされた会話は極めて短く僅か一言であった。

 完了と報告を受けた指揮官と思しき男は、ポケットから小型のLEDライトを取り出すと、西の空に向けて三度点滅させた。

 程なく西の空から掠れる様に高いモータージェットの音が近づいて来て、三機の輸送機の内二機が、集落から数百mほど離れた党河沿いの道路に着陸した。

 高機動車二台が砂利を踏みしめる音だけを立てて静かに発進し、着陸した輸送機に向かう。

 

 輸送機の内一機はそのまま集落のすぐ脇に、盛大に砂塵を巻き上げながら着陸した。

 最後に残った一台の高機動車が、テントの脇に設置された「自家発電機」と呼ばれていた機械をロープで引きながら輸送機に向かう。

 発電機は、輸送機の到着を待つ間に兵士達によって橇付きのパレットの上に載せられ、高機動車の後部にロープで結わえ付けられていた。

 輸送機の機体内に入った高機動車は、ウインチを使って発電機が載ったパレットを機内に引き込む。

 やがて発電機も機内に完全に隠れると、輸送機は後部ハッチを閉じ、もう音を抑えて隠遁する必要も無いとばかりにフュエルジェットに点火して甲高いジェットエンジン音と共に闇夜の空に舞い上がる。

 同時に既に高機動車の収納を終え、飛び上がるばかりの状態で待機していた道路上の二機も飛び上がった。

 

 三機は地平線にかかり今にもその向こう側に沈み込みそうな月を背に、広めに間隔を取った三機編隊を組んで河西回廊を真っ直ぐに東へと向かい、暗闇の中へと消えた。

 

 

■ 8.23.2

 

 

 国連空軍ハミ航空基地には、前日と同じ様にその日も忙しい朝が明けた。

 五日ほど前に発生した、ファラゾアのハミ降下点からの大攻勢によって、擁する九個の戦術戦闘機隊、戦闘機数最大百三十五機(五日前時点で百三十一機)のうち三十四機が失われた。

 基地に帰り着いた残る九十七機についても、整備修理無しには飛行不可能と判断された中破機が四十三機、軽整備により戦闘に投入可能である小破と判断された機体が五十四機、完全な状態を保っており、通常の整備により継続的に戦闘に投入可能とされた機体数はゼロであった。

 即ち、戦いの中で28%の戦力を喪失し、32%が戦闘不能状態であり、40%が「障害はあれど出撃可能」という状態であった。

 

 とにかく早期に戦力を回復するため、小破と判断された40%に対して最優先で修理と整備が行われ、戦いから五日経った今朝の時点では、四十九機(36%)が戦力として復帰するところまで回復していた。

 また中破四十三機に対する修理整備も既に手を着けられ始めており、比較的損傷の軽い機体を優先した上で交代制による夜を徹した作業の結果、十二機が作戦可能な状態となっていた。

 現有最大戦力、戦闘機六十一機。

 これがハミ基地の現状であった。

 

 達也はここ数日来習慣となった、陽が昇りしばらく経った時間に目を覚ました。

 早く起きたところで、乗って出る機体が無かった。

 ゆっくりと着替え、キャンティーンで朝食を摂るとそのまま格納庫へと向かった。

 整備兵に声を掛けるが、彼らは今達也の機体の修理の手を止めていた。

 部品のストックが尽き、これ以上作業を進められないところまで来ていた。

 今日か明日の輸送便でやってくる部品を待って修理を再開する予定だった。

 しかしそれでも修理が完了するかどうかは分からなかった。

 余りに多くの機体が損傷し、損傷した全ての機体が多量の交換部品と資材を必要としているのだ。

 要求したものが次の便で届くなど、どこにも保証は無かった。

 こんな時には今やテレーザと自分のたった二人しか使用者がこの基地にいない、スーパーワイヴァーンという特殊な機体に乗っていることがもどかしく感じる。

 雷火かモッキングバードであれば、潤沢な部品供給があり、とっくに修理完了していたかも知れなかった。

 

 隣を見れば、テレーザの機体も達也のものと同じように修理途中で作業が止まっていた。

 その向こうのスポットは空いている。

 ジャッキーの機体は失われてしまった。

 本人は運良く遊牧民に助けられ、基地まで送り届けてもらったという話だったが、手足を骨折して療養中だった。

 彼女が生きて帰って来られた事に関しては不幸中の幸い、一安心と言ったところだった。

 

「よう。今日も待ちぼうけか?」

 

 あちこち整備用パネルが開けられ、部品も取り外され、無残としか言い様が無い姿をさらしている愛機を見上げていると、武藤が近付いてきた。

 武藤の機体はジャッキーのスポットの向こう側、50mも離れていない所に駐まっている。

 

「ああ。部品がまだ来ない。こんな時は、皆と違う機体に乗っているのが恨めしい。」

 

「そのおかげで皆が助かったんだ。偶にはゆっくり休めよ。」

 

 そう言って武藤が笑いながら達也の肩を叩く。

 武藤は先の戦いで達也が行った、LDMSを用いた敵の誘導、あるいは殿(しんがり)役とも呼べる行動のことを言っていた。

 確かにあの行動は、LDMSが使えることが前提であり、LDMSはスーパーワイヴァーンにしか搭載されていない。

 

「気が気じゃ無い。いつまた奴等が攻めてくるか分からない。今来られたら、飛ぶことさえ出来ない。」

 

「しばらくは敵さんも戦力不足、って噂だぜ?」

 

 先の戦いでハミ降下点に駐留するファラゾア戦闘機群は、延べ六千機での出撃を行い、最終的に半数以上が撃墜されていた。

 現在ハミ降下点に残存する敵戦闘機は二千機程度と推定されており、流石にその数で敵が大攻勢に出てくるとは考えられなかった。

 

「その通りだ。ならば今がチャンスだ。降下点まで突っ込んでいって、地上構造物を直接叩ける。こんなチャンスは滅多に無い。だが、飛べない。予備機さえあれば。」

 

 そう言いつつ、達也自身も理解している。

 物質的にも、工業力的にも、ふんだんに予備機を準備できるほど人類側に余裕があるわけでは無いのだ。

 後が苦しくなることは承知の上で、今を生き延びるため、一機でも多くの戦闘機を戦線に投入するため、パイロットの都合が付きさえすればその様な予備機さえも戦場に投入するしかない。

 

 今回のスーパーワイヴァーンがまさにその一例で、本来達也と武藤に一機ずつ渡され、残る一機は予備機となるはずであったものが、ちょうど達也達3852A2小隊の三人がすぐに機体を受け取り戦場に向かうことが出来る状態であった為、予定を変更して三機全てが実戦に投入された。

 

「仕方がねえさ。お互い本気で殴り合って、向こうの戦力が減った分、こっちも戦力が減ってんだ。安心しろよ。あちらさんはすぐに補充してくるだろ。もっとヤバイ事になるからよ。」

 

 武藤が皮肉な笑いを浮かべて言った。

 

「その前に修理が終わってりゃいいが。」

 

 そう言って達也は溜息を吐きながら、再び愛機を見上げた。

 

「・・・お前。フラグって知ってるか?」

 

 武藤がさらに皮肉な笑みを深めて言った。

 勿論達也もその程度のことは知っている。世捨て人では無いのだ。

 どころか、子供の頃は両親に将来を危ぶまれるほどにゲーマーだったのだ。

 

 その時、空気を震わせる大音響が基地全体を包んだ。

 

 近くに居れば耳がおかしくなるであろう程の大音量で、腹に響くサイレンの音が繰り返し響き渡る。

 各飛行隊の詰所で鳴る警報では無く、基地全体で鳴る警報は、敵の大規模攻勢を意味している。

 そして先ほど武藤が言ったとおりに、ハミ降下点には二・三千機程度の敵機しかいないであろう事を考えると、この状況での大規模攻勢とは軌道降下を含んだロストホライズンでしかあり得なかった。

 

 ほら見たことか、という表情で武藤がジト眼で達也を見る。

 まるでこの状況となったのが達也のせいであると言わんばかりに。

 

「俺のせいか!?」

 

「まず間違いなくそうだな。」

 

「そうか。それはヤバいな。敵艦がこっちの基地の中で聞き耳を立てていると、飛行隊本部に報告しておくか。」

 

 達也はそう言いながら、達也は格納庫の中にある飛行隊詰所に向かって歩き始めた。

 武藤もその後に続く。

 二人だけで無く、格納庫の中に居る全員が、飛行隊詰所に向かって歩いていた。

 

 詰所の中は沢山のパイロットと整備兵で混み合っていた。

 皆、壁に据え付けられたモニタを食い入る様に見ている。

 モニタは幾つも画面を定期的に切り替えながら、現在のハミ基地が置かれた状況を刻々と更新して映し出す。

 

 敵艦隊、戦艦一、空母四、護衛艦四。高度320km、ハミ降下点直上。

 推定降下戦闘機数二万。

 戦闘機の軌道降下は現在進行中。降下部隊先端が大気圏に到達。

 推定攻撃目標は、ハミ基地、或いはトルファン基地。

 ハミ基地の場合、推定基地到達時間は1200秒。

 

「全員、注目!」

 

 詰所の反対側のドアが勢いよく開き、第3852戦術戦闘機隊長であるレイラ・ジェブロフスカヤ少佐が、肩下まである金髪を揺らしながら大股で詰所の中に入ってきた。

 

「本基地は放棄する。飛行可能な機体は北方に退避した後、ウルムチ基地から出撃する航空隊と合流する。私が先導する。付いて来い。飛行不能な機体のパイロットおよび担当整備兵は、3882輸送隊(ALS)が脱出を担当する。すぐに3882ALS格納庫前に集合。エリック、お前が最上位だ。退避組の先導をしろ。行動開始!」

 

 少佐の号令と共に全員が動き始めた。

 ある者は、自分の愛機に向かって。そしてその機体を送り出すために。

 またある者は、指定された輸送隊の格納庫に向かって。

 

 皆が一度に行動し始めたため、大渋滞を起こしている詰所出入り口の混雑を避け、少し室内に留まったまま達也は壁のモニタを見た。

 モニタには「ABANDON THE BASE / EVACUATION」と大きな赤文字が表示され、点滅していた。

 

「タツヤ、ムトー。」

 

 後ろから声を掛けられた。

 振り向くと、ジェブロフスカヤ少佐が近付いてくるところだった。

 

「3882ALSは武威(ウーウィー)基地に向けて脱出する。武威基地で新しい機体を受け取って、再編成されることになるだろう。それ程長くない間だったが、世話になった。元気でやれよ。」

 

 そう言って彼女は僅かに笑みを浮かべた。

 

「また生きて会いましょう、少佐。ご武運を(グッドラック)。」

 

 達也と武藤が並んで敬礼する。

 

「ああ。互いに生き延びるぞ。グッドラック。」

 

 少佐がそれに返礼する。

 達也と武藤は腕を降ろすと踵を返し、混雑が解消した詰所出口から格納庫内に出た。

 

 蜂の巣をつついた様な騒ぎの格納庫を抜けエプロンに出ると、緊急発進する戦闘機が次々と宙に浮き上がり、ジェットエンジンの音を響かせて頭上を飛び抜けていく。

 北に向けて飛び去っていく戦闘機隊を一瞬見送った二人は、3882ALS格納庫に向けてエプロンを走り始めた。


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 しまった!

 レイラ出てくるのもしかして今回初めてだったか!?

 唐突感が否めないぞ。

 ・・・お詫びとして今後も出番を作ってやろう。


 緊急事態に、新兵でも無いのに戦わず輸送機に乗って逃げる主人公って、結構新しい。w


 混乱する方が居られるかも知れませんので、ちょっとだけ解説。

 ジャッキーは、前日の夜遅くに特別チャーター便(笑)で既に旅立ってます。

 勿論達也やテレーザはそんな事知らされていません。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 今までも感じていましたが,いくつかの場面において登場人物の生死が曖昧になっていてすごくモヤモヤしてしまいます. 作者さんの好みだとは理解していますがもう少しはっきりと書いてあると読解力…
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