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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第八章 Base Deffence (基地防衛)
191/405

20. 河西回廊の戦い


■ 8.20.1

 

 

「フジ、AWACSからの指示が来た。現在ハミ降下点からの第三波が友軍と交戦中。試製桜花全弾発射。目標はパターンA。マップデータ送る。準備できたら言ってくれ。進路を合わせる。」

 

 機体が指示された待機ポイントに到達し、その間試作品のチェックを何度も行い、流石にやることが無くなって手持ち無沙汰にミサイルのローディングラックを眺めていた富士だったが、副操縦士のスーザンの声がレシーバから聞こえてきて我に返った。

 

「諒解。パターンA。」

 

 富士はコンソールを操作して四機のミサイルにデータと指示を入力する。

 

 重力推進で飛行するミサイルを開発するに当たって、反応炉(リアクタ)と人工重力発生(AGG)装置、重力推進(GPU)器をいかに小さな機体の中に詰め込むかが最大の課題だった。

 結局今の地球の技術力では十分なコンパクト化が出来ず、当初計画されていたものよりもふた回りほど大きな機体となってしまい、戦闘機の翼下パイロンに懸下して運用することが出来ない大きさとなってしまった。

 逆にその分、弾頭と誘導装置部分に十分なスペースを割けることとなり、予定していたよりも眼が良く頭も良いミサイルになってしまったことは、怪我の功名とでも言うべき成果だった。

 

「ブライアン、入力完了。いつでも行ける。」

 

 画面に「DATA LOADING.....COMPLETE」の表示を確認して、富士はレシーバ越しにコクピットクルーにミサイルの準備が完了したことを知らせた。

 

「オーケイ。針路29、高度30、速度50。試製桜花発射用意。」

 

 機体がバンクして進路を変えつつ高度を急激に上げる。

 大型の機体にしては強引な進路変更と上昇が出来るのは、全てGPU推進による恩恵だった。

 

「発射高度に到達。針路OK。リリースベイ開放。確認。試製桜花全弾発射。」

 

 試製桜花を左右二発ずつ格納しているローディングラック下方のリリースベイが開き、富士が居るカーゴルームの気圧が一気に下がって、冷たい外気が機内に入ってきた。

 

「諒解。試製桜花一番、発射(リリース)。」

 

 画面でリリースベイが開放されていることを確認し、富士は画面上に表示されている概形図の#1と書かれたミサイル上に表示されている「RELEASE」ボタンを押した。

 機体左舷のローディングラックからガチャリと大きな機械音がして、下段に格納されていた一番の機体が機外に投下された。

 同時にラック上段の三番の機体が下段位置に移送される。

 

 機外に放出された試製桜花の機体は、重力に引かれて数十mふらふらと不安定に落下していったが、重力推進が自動的に動作開始すると機体の安定を得て、前方に向けてゆっくりと加速していく。

 

「二番、発射。」

 

 同じ機械音が右舷のローダから響く。

 同様に二番の機体が機外に放出され、数十m落下した後に落下を止め、一番と同じ様にゆっくりと前進し始めた。

 

 富士は続けて三番、四番と試作品のミサイルを投下した。

 

 四発の特徴的な形状をした大型のミサイルは、母機である富士たちの乗るSu-159から約80mほど落下したところでGPUを起動し、西方に向けて水平飛行を開始した。

 ミサイルはそのまま水平に加速して増速し、母機から1000mほど離れた所で機首を上に向け、GPUを全開にして加速を開始した。

 大気圏低層の濃密な大気の中で一瞬にして音速の六倍もの速度に到達した四発のミサイルは、そのままほぼ垂直に近い角度で真っ直ぐ高度50kmに達するまで空を駆け上っていった。

 高度50kmに到達した後水平飛行に入り、目標近くで再び高度を下げるようプログラムされている。

 

「試製桜花、全弾発射完了。到着は100秒後。」

 

 自分の持ち場からでは、急加速して上昇していくミサイルを見ることが出来ない富士が、レシーバマイクに向かって落ち着いた声でミサイル発射の完了を報告する。

 

「諒解。全弾発射完了。チュゥウー、こちらトゥシン05。試製桜花全弾発射完了。目標到達は100秒後。空域の戦闘機隊の待避を要請。」

 

 スーザンが富士の報告を繰り返し、現在彼らが滞空している先農壇西辺りを管轄下に置くAWACSであるチュゥウーに発射を連絡する。

 ミサイルの発射情報を受け取ったチュゥウーは、AWACS同士のデータのやりとりの中で、ミサイルが目標としているハミ基地南方100kmのエリアを管轄するAWACSに情報を提供し、そのAWACSから付近の戦闘機隊に退避の指示が出るはずだ。

 

 こればかりはカーゴエリアに設置された制御用端末の画面からでも確認できる、GDDモニタウインドウに映る四つの試作ミサイルを示すマーカを注視しながら、試験の成功と共に現地で戦っている戦闘機が無事に上手く退避してくれることを富士は祈っていた。

 

 

■ 8.20.2

 

 

「緊急、緊急、緊急。チャオリエ04より、空域の全機へ。90秒後にエグゼキューション(EXECUSION)。コードE。エコー。タイムナインティ。空域の全機は戦線を離脱し退避せよ。繰り返す。85秒後にエグゼキューション。コードE。エコー。タイムエイティファイヴ。空域の全機は速やかに戦線を離脱し退避せよ。」

 

 流石に機体のあちこちに大きな破損が目立つ様になり徐々に動きが鈍くなってきたことを実感する機体を、ありがたいことに未だに元気よく動作し続けているGPUによって強引に旋回させ、正面から突っ込んできた敵の一団の攻撃を避けつつ、先ほどからしつこく追従してくる右舷の集団を奇跡的に両方とも生き残っているレーザー二門の連続照射で薙ぎ払う様に攻撃したところで、達也のレシーバに聞き慣れたAWACSオペレータの声で緊急通信が届いた。

 

「なんだって? 90秒? ふざけるな。そんな短時間で離脱できるわけないだろうが。殺す気か?」

 

 チャオリエからの通信に武藤が文句を言っているのが聞こえる。

 

 自身激しく戦闘機動を行いながら武藤の声を聞いていた達也は、内心武藤に同意した。

 連中としてもそう言う他に無いのは分かっているが、それにしても戦況をつぶさに観察しているAWACSからの要求とは思えない無茶だった。

 

 一回目の防衛戦の時に較べて半分以下にまで減った戦力で、一回目の時の三倍の敵を支えようとしているのだ。

 達也達を含めて全ての戦闘中の機体は戦線の中に深くはまり込んでいて、すぐに逃げようと思ったとしても、敵の追撃を考えるとなかなかそういう訳には行かなかった。

 

「フェニックス02、済まない。酒泉のチュゥウーからの通達だ。止められない。とにかく何とかして逃げろ。」

 

 そういうものだろうな、と、眼では敵を追いつつ達也はため息を一つ付き諦める。

 俺達を逃がす時間を取れば、当然それだけ敵も動く。

 下手に敵が(ばら)けると、断腸の思いで放った反応弾の効果をむざむざ落とすことに繋がりかねない。

 達也はもう一つ溜息を吐くと、武藤とAWACSの会話に割って入った。

 

「とにかく逃げろ。追撃はこっちでなんとか食い止める。」

 

「はあ? バカかお前。自分はどうやって逃げるんだよ?」

 

「必殺技がある。問題無い。テレーザ、行けるか?」

 

 三回目の戦闘に突入するとき、後方のロック小隊からジャッキーの名前が消えているのは確認していた。

 テレーザ達ロック小隊は、達也達から30kmほど離れた空域で戦闘中だった。

 

「ゴメン。コクピットの後ろに大穴空いててスースーする。気密が保てない。」

 

 仕方が無いか、と諦める。

 何度目かの溜息を吐いて、達也は戦線を支えている全機を対象に通信回線を開いた。

 

「空域の全機。こちらフェニックス01・・・いや、X01。全機直ちに離脱せよ。あと70秒だ。ケツはこっちで持つ。多少の取りこぼしは勘弁しろよ。」

 

 そう言って他の機からの応答も確認せず、達也は機首を反転する。

 偶々ではあったが、達也達フェニックス小隊はちょうど戦線の東側で戦っていた。

 皆を逃がす為に敵の目を引くのにちょうど良い。

 

 レーザーを乱射しながら戦線の中央に向けて加速する。

 武藤は達也の行動を理解しその後に続いた。

 

「ゴメン、損傷が大きすぎる。無理。先に離脱する。」

 

「諒解。問題無い。」

 

 マリニーは離脱した。

 武藤は付いてくる気の様だった。

 

 針路はGPU推進を利用して一定に保っているが、進行方向周囲の敵を次々に撃ち墜とすため、機体は進行方向とはまるで異なった方向に向き、常に変わる。

 満身創痍の機体がへし折れない様、速度をM2.0程度に抑え、離脱しようとしている味方機と敵の間を、わざと敵の目の前を横切る様にして縫って進む。

 敵を撃破するのも然る事ながら、敵と味方の間に無理矢理強引に割り込んで戦線を引っ掻き回して逃げ回り、敵の注意を引いてそれまで戦っていた相手から目を逸らせ、味方機が戦線を離脱する一瞬の隙を作るのが目的だった。

 僅かな間でも敵の注意が達也と武藤の方を向けば充分だった。

 今生き残って前線で戦っている兵士達は、その隙を見逃す様な連中ではない。

 敵が見せた僅かな隙を突いて、機体を反転させ、あらん限りの速度で北に向けて一目散に逃げ出す。

 

 残り40秒。

 まだ行ける。

 

 達也は敵と味方の間を切り裂く様に針路を繋げながらさらに西に向かって進む。

 西から達也に向かって真っ直ぐ突っ込んでくる味方が二機。

 

 ドラゴン小隊、沙美とナーシャ。

 達也と武藤と全く同じ様な動きで、敵と味方の間に機体を割り込ませて敵の注意をかっ攫い、その隙に味方を逃がす。

 それを効果的に二機で行う。

 戦線の東西から似た様な極限の機動で絡み合いつつ接近する二組四機は、見方によっては超高度な曲技飛行のコンビネーションを敵前で行っているかの様にも見えないことはない。

 己の命を掛け金にした危険な曲技飛行だが。

 

 とは言え、連中の機体には緊急脱出の機能が付いていないはずだが。

 沙美とナーシャの行動を見て達也はHMDバイザーの下で訝しげに目を眇め、そして理解した。

 成る程。いいだろう。まとめて引き受けてやる。

 

 達也は針路を調整して、沙美とナーシャの機体と交錯する様に変えた。

 後ろを付いてくる武藤もその意図を理解した様だった。

 大きく旋回し、敵の注意を集めながらも達也のすぐ後ろに移動してくる。

 

 残り30秒。

 沙美とナーシャ、達也と武藤の四機が数km離れて向かい合う。

 最後の味方機が戦線を離れ、超音速衝撃波と表面温度の上昇による機体の破壊に構わず、M6.0近い速度まで一気に加速して北に離脱するのが見えた。

 

 大きく旋回しながら、沙美とナーシャの二機と向かい合う。

 交戦開始から僅かに減ったとはいえ、他に味方の無い三千機もの敵の群れの中で、対向する四機の軌跡が交錯する。

 次の瞬間、達也の機体は南に、他三機は北に一瞬で進行方向を変えた。

 北に向かう三機は、高度4000mという低空にも関わらずGPUを併用した最大加速を行い、一気にM6.0に達する。

 残り20秒。

 単機南に転針した達也は、コンソール下のLDMSレバーを引いた。

 LDMSレバーを引いたからと云って、すぐにその場を離脱できるわけでは無い。

 コンソールに「LAST DITCHING MANEUVER w/ GPU」「ROUTE SEEKING...」の表示。

 作動試験を行った時に較べて時間がかかっている気がするのは、焦る心のせいか、或いは本当に脱出経路が見つからないのか。

 残り15秒。

 まさか動作不良を起こしているのでは、あと僅かな時間で核融合の炎と生存不可能な放射線が荒れ狂うこの場所で、と不安が一瞬よぎった次の瞬間。

 コクピット外の風景が溶けた。

 視野を炎が包む。

 轟々と鳴る風音の中、超音速の強烈な風圧で機体が軋み、どこかが破壊された音が響く。

 それでもまだ生きていた。

 炎の向こう側で、青く霞んで丸みを帯びていく地平線。

 コンソールに赤い警告サインがさらに増える。

 HMD表示の視野の隅で幾つもの警告表示が赤く点滅(フラッシュ)する。

 やがて風音が止み、視認することさえ難しかった高度計の流れがゆっくりになって、そして100kmで止まる。

 達也はすぐにGPUスロットルを操作し、高度100kmを維持したまま北に向かう。

 数秒の余裕しか無かった筈だ。

 100km近く離れているとはいえ、巨大な爆発の上空に居るべきでは無い。

 

 機首を進行方向に向けることも叶わず、機首を上に向けて垂直に直立したままの姿勢で北に向かい始めた達也の機体の遙か下方。

 青く霞む丸い地平線の彼方まで続く赤茶けた山並と礫砂漠に覆われた広大なユーラシア大陸のど真ん中。

 波立つ白い海の様にも見えるタクラマカン砂漠の東の端、古代から交通の要衝として何度も戦いの舞台となった河西回廊の入口に、一秒の間を置かず四つの白熱した火球が、到底直視できない眩い煌めきと共に生まれ、膨れあがった。


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 すみません遅くなりました。コロナワクチンで熱出してぶっ倒れてました。

 ま、軽いインフルエンザに罹った程度なので、大した事は無いのですが。

 でもとりあえず体中痛くて怠くて何もやる気しない。


 閑話休題。


 タイトルがなんか春秋時代か戦国時代の中国西域の様な事になってますが。w

 ま、主観的に夷狄と戦っているのは変わらないので、これでひとつ。


 書き忘れるとこでした。

 LDMSの表記について。ツッコまれる前に。

 国連軍に登録されている正式名は英語表記ですが、実際の機体で使用時に表示されるのは米語です。

 システム開発したのが大下のチームであるため、米語表示です。(あとシステム言語は大概米語ですしね)

 対して、国連軍は対ファラゾア戦の中心となったヨーロッパ諸国の一つである英国の母国語を使用する事が多いため。

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