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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第二章 絶望と希望
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5. 誇り高き戦士


■ 2.5.1

 

 

 軍用のくすんだ深緑に塗られた十台の大型トラックが、それぞれ100mほどずつの間隔を開けて、森の中の一本道を走り続ける。

 高速道路ではないが、速度は120km/h近く出ている。対向車は皆無だ。倒木や、アスファルトに空いた大穴などに気をつけさえすれば、この速度で走っていても特に問題は無い。

 それどころか、トラックの運転手を含め、乗っている誰もがもっと速度を上げて、さっさと任務地に到着したいと考えてさえいた。

 

 針葉樹林に所々白樺などの広葉樹林が混ざる森林の中を延々と走り続けたトラックが僅かにスピードを落とすのを感じた。

 レヴォーヴィチ・セレブリャコフ大尉は、組んでいた手を見ていた視線を上げ、運転席との間に設けられた大きなのぞき窓を見た。

 助手席に座った兵士が短いハンドサインを送ってくる。

 あと20kmでウフタに到着する。予定通り、今日はこの街で移動を終える。

 朝、明るくなるとともにキーロフを出発し、約700km。

 途中避難民達の集団をかき分けながら進む必要があり進行が遅れたときには今日中での到着がかなり危ぶまれたが、道が空いてから運転手はトラックを飛ばしに飛ばしまくり、何とか予定通り日没前にウフタに到着した様だ。

 

 レヴォーヴィチは尻の痛くなる急ごしらえの椅子から腰を上げ、舗装の傷み始めた路上を爆走するトラックの揺れる車内を、兵士達の間を抜けて荷台後部に向けて歩いた。

 荷台を覆っている幌の入口を開けると、秋も深まり始めた車外の空気が強く吹き込んできた。

 100mほど向こうに、今彼が乗っているのと同じ型のトラックが居る。

 前方を走るトラックの幌の入口が開いたので、運転席と助手席、その間に乗っている三人の兵士がこちらに注目しているのが見えた。

 レヴォーヴィチは、先ほど助手席の兵士から受け取ったハンドサインと同じものを、後方のトラックに向けて送ると、助手席の兵士が諒解した旨のサインを示した。

 道路脇の標識を見て、ウフタまであと20kmという事は当然彼等も知っているだろう。

 知らせなければならないのは、当初の予定通りここで一泊するという判断の方だった。

 無線を完全に封鎖している今、トラック間のコミュニケーションはこういった原始的方法に頼るしか無かった。

 

 幌の入口を閉め、人が座ることを考えて作られてはいないのではないかと疑いたくなる椅子に再び腰を下ろし、しばらくするとトラックが減速を始めた。

 トラックはウフタ市内を抜け、市街地の外れにあるウフタ空港に到着した。

 既に使われることのなくなった空港は動くものさえ認められず、トラックの車列は何の障害も無く軍通用門を抜けて空港の敷地内に進入する。

 彼が乗るトラックに付いてきているのは、二台のトラックのみであり、あとの三台のトラックと五台の大型トレーラーは全て、空港ビル前の民間機用のエプロンに停車した。

 森の中を抜けて軍用機用エプロンに到着すると、駐機スポットのマークを完全に無視して、エプロンのど真ん中に黒塗りのAn-72が一機止まっており、数名の兵士がその周りで銃を構えて警備を行っていた。

 

 レヴォーヴィチは停車したトラックから降り、ゆっくりと歩いてAn-72に近寄っていく。

 既に辺りは薄暗いが、彼の階級章を視認した兵士達が敬礼する。

 

「間に合って良かったよ。装備の調達が遅れてね。出発が三時間も遅れたんだ。」

 

 そう言いながら一人の将校服の男がAn-72の開いた後部ハッチの斜路を降りて来た。

 レヴォーヴィチはその男の姿を見てその場で敬礼した。

 ムスチスラーヴォヴィチ・コマロフスカヤ中佐。

 何度も特殊任務に選ばれた事のあるレヴォーヴィチとは、それなりに長い付き合いの上官だった。

 

「輸送機でこんなところまで来ては危険です。」

 

 一般にはウフタの先100km辺りからファラゾアの制空権とされている。

 明確な線引きがあるわけではない。

 実際にウフタ市街の上空で頻繁に多数のファラゾア機が目撃されており、恐怖を感じた住民は殆どが逃げ出してしまった。

 今、ウフタの街は殆どゴーストタウンと化している。

 

「なに、可愛い部下達を危険な任務に送り出すのだ。私もこれくらいせんとな。」

 

 その言葉が口先だけのものだとレヴォーヴィチは知っている。

 必要とあれば部下の数百人など、何の躊躇いも無く一瞬の決断の元に殺してしまうだろう男だ。

 だがその必要が無いとき、細かなところまで目の行き届くコマロフスカヤ中佐の下で働くのは、とてもやりやすかった。

 本当にその言葉通り、部下の事を第一に考えてくれている温厚な上官ではないかと錯覚するほどに、だ。

 

「有難うございます。部下達も喜びます。」

 

 心の中の思いをそのまま口に出すわけにも行かず、レヴォーヴィチは真面目な顔で敬礼して礼を述べた。

 

「早速装備を受け取らせたいと思います。」

 

「ああ、そうしてくれ。受領証は必要ないよ。私が見届けるからね。」

 

「はい。小隊、装備を受け取れ。」

 

 レヴォーヴィチは、中佐と会話している間に彼の後ろに四列横隊を作って並んだ部下達に、An-72からの荷降ろしを指示した。

 三十九人の部下達は横隊を崩し、駆け足でAn-72の斜路に駆け寄っていった。数人が中に入る。

 輸送機の中から出てきた兵士達は、三つの小型の旅行用鞄の様なものを持っていた。

 黒いプラスチックで出来たそのスーツケースは、背中に背負えるほどの大きさで、なぜかアメリカの有名なロックバンドのステッカーが表面に貼ってあった。

 どこからどう見ても、若者が背負っているのを街中でよく見かけるプラスチック製のバックパックにしか見えなかった。

 

「あれが?」

 

「そうだ。最も小型のものだ。素晴らしいだろう? アレを持ってニューヨークの街中や、ホワイトハウスの前をうろついても簡単には疑われない様にしてある。尤も今回は、米国人に疑われない外見よりも、技術陣が散々苦労した小型化の方が役に立っているのだがね。彼等も報われるだろう。」

 

 An-72から少し離れた所で、技術者と思しき男から兵士達が取扱の説明を受けている。

 レヴォーヴィチはそれを横目で見ながら答えた。

 

「ええ。素晴らしいです。」

 

 小型であれば、これから先に待っている長旅の間、兵士に掛ける負担を減らすことが出来る。

 負担が少なければその分行軍速度が上がり、疲労度も下がる。それは生還率に直結する。

 

「小型軽量化されているとは言え、言うまでも無いことだが取扱には十分注意してくれ。一発で10ktキロトンの威力がある。半径2kmは吹き飛ぶ。」

 

 半径数kmが吹き飛ぶ爆弾を粗末に扱うつもりなど毛頭無いが、想定外の事態というのはこの手の作戦に付きものだった。

 まずあり得ないと知ってはいても、敵の攻撃を受けたときなどには爆発の恐怖に怯える事になる。

 もっとも、背中に背負った爆弾が爆発したのであれば、その爆弾が何で出来ていようが、背負っている本人は確実に死ぬという結果には何も変わりは無いのだが。

 

「承知しております。決して粗末に扱うことなど有り得ません。」

 

「ああ大尉、君なら大丈夫だ。分かっているさ。念押ししているだけだよ。」

 

 コマロフスカヤ中佐がにこやかに微笑んで、その笑顔が顔の表情から消えるよりも前にレヴォーヴィチの後ろから声がかかった。

 

「大尉殿。装備の確認、完了しました。」

 

 振り返るとロジオノフ軍曹が敬礼したまま彼を見ていた。

 

「結構。装備を分散してトラックに詰め込み、夕食にする。空港ビルまで戻る。小隊搭乗。」

 

「小隊搭乗。諒解しました。小隊、搭乗!」

 

 敬礼したまま彼の指示を復唱した軍曹は、手を降ろしながら後ろを向き、兵士達に指示を飛ばす。

 軍曹の声を聞いた兵士達は駆け足でここまで乗ってきたそれぞれのトラックに向かう。

 

「中佐はどうなさいますか? ご一緒に夕食でも? 携帯食ですが。」

 

 最前線近くで火を使うわけにはいかなかった。

 敵が何を見てこちらの位置を特定しているのかまだ完全には判明していないのだ。

 火や電熱器、温かい食事と云ったものは赤外線を放射する。特に秋の深まりつつあるこの時期の夜は冷え込む。

 赤外線センサーで見れば、まるで拡声器で自分がここに居ると大声で主張しているようなものだろう。

 

「ご相伴に与ると言いたいところだが、急いで帰らなければならなくてね。折角だが遠慮しておくよ。」

 

「しかしこの時間からの飛行は危険です。」

 

 辺りには徐々に夕闇が迫りつつあった。既に太陽は地平線の向こう側に姿を消しており、茜色の空も急速に色を失いつつある。

 ファラゾアに発見されたとき、反撃する手段の無い輸送機には、夕闇は致命的に不利に働く。

 敵は夜だろうが昼だろうが変わりなくこちらの事が見えているのに対して、極力目立たないようにレーダーも封鎖された輸送機は、例えどれほど原始的であっても乗員の肉眼による確認が、有効な航法および索敵手段の一つなのだ。

 夜の闇は人類側の機体からその索敵手段を一つ奪ってしまう。

 

「まだギリギリ明かりが残っている。迎えも来る予定だ。」

 

「そうですか。迎えが来るならば安心です。お気を付けてお帰り下さい。」

 

 向きを変えて輸送機に戻り始めるコマロフスカヤ中佐の姿を確認し、An-72の周りを固めていた兵士達が駆け足で後部ハッチの中に吸い込まれていく。

 主翼上部に取り付けられたエンジンが回り始め、徐々に甲高い音を発し始める。

 地上に展開していた全ての兵士達が機体内に駆け込み終わるのと同時に機体後部ハッチが閉まり始め、ハッチがまだ閉まり切らない内からAn-72は移動を開始した。

 主翼上部に二機のターボファンエンジンを載せた特徴的な形状の機体がタクシーウェイに進み、滑走路の端に到達した。

 エンジンの回転数を急速に上げ滑走路上で加速したその真っ黒い機体は、夕日の残照が残る西の空に向けて飛び立っていった。

 An-72が飛び立つまで見送ったレヴォーヴィチは、既に全員が搭乗完了しているトラックに乗り込み、他のトラックが待つ民間の空港施設に向かった。

 

 翌日は、よく晴れた日だった。

 この戦争が始まる前は、多くの地球人類にとって晴天は好ましいものと捉えられていた。

 しかしファラゾア襲撃後、晴天とはつまり敵の光学系センサーが遠くまで通る条件であり、且つ敵の主武器であるレーザーも同様に遠くまで届くという、地球人類にとって不利な天候となった。

 軍関係者、特に最前線でファラゾアと直接殴り合いを続ける戦闘機パイロット達は晴天を嫌う様になった。

 

 そしてそれはレヴォーヴィチ率いる彼の小隊にとっても同様だった。

 電子装備を極力排し、想定される敵のセンサーにできるだけ見つかりにくい装備を身につけている彼等であったが、晴天の降り注ぐ陽光と遠くまで見渡せる澄んだ空気は、そこまで気を遣った準備を全てあざ笑うかの様に彼らの被発見率を跳ね上がらせる。

 とは言え、天候が良くないので移動を取りやめるという訳にも行かなかった。

 

 本日の予定は、野営地ウフタを出てウスチ・イジュマまでの約400kmを走破しなければならなかった。

 道路の殆どが未舗装で速度を上げられず、一日の移動距離を稼げないことが予想されている。

 一行は夜が明けて、ヘッドライトを点灯する必要が無くなるだけ明るくなったところですぐに出発した。

 

 ファラゾアの行動で理解に苦しむことの内の一つに、制空圏内において地球人の生活を許している、という点がある。

 実に不可思議かつ理解不能な話であるのだが、例えばファラゾア制空圏内に数十人規模の村や遊牧民の集落がある場合、それらの村や集落はファラゾアから何の干渉を受けること無く、問題無くそのまま従来の日常生活を継続出来ているという事例が多数報告されている。

 その結果、先祖代々行ってきた通り畑を耕し羊を放牧する牧歌的な生活を続ける彼等の頭上を、敵性の侵略者である異星人の戦闘機が飛び交うという実にシュールな光景がそこに出来上がる。

 しかもその様な事例はひとつふたつの特殊なものでは無く、ロシア国内だけでも幾つも知られており、他国のファラゾア降下地点の近くでもやはり同様の現象が確認されていた。

 

 ではファラゾアは地球を占領するだけで人類に対して興味が無いのかというとそうではない。

 米国の機動艦隊はファラゾア降下後すぐに、まだ何の行動も起こしていないうちにファラゾアの襲撃を受けて壊滅した。

 ファラゾア降下時にこの地球の大気圏内を飛行していた民間の旅客機が、問答無用に数千機も撃墜された。

 ファラゾア降下地点の近くで徹底抗戦を続けていた空軍基地が、数千機というファラゾア機の飽和攻撃を受けて消滅もしている。

 ファラゾアの行動を探ろうとジャミングに負けず空を探索し続けるレーダーサイトは、ファラゾアの執拗なまでの反復攻撃を受けることとなる。

 

 だがその事実だけを並べてファラゾアの行動の傾向を見出そうとするならば、空を飛ぶことと、ファラゾアに対して攻撃可能な打撃力を持つこと、この二つがファラゾアの攻撃対象となっているようにも見える。

 即ち、彼らが独自に設定した彼らの縄張りである空を飛行すること、彼らが脅威と見なす打撃力、或いはその打撃力に繋がる索敵行為を行うことがファラゾアからの攻撃を受ける対象となると見ることが出来る。

 それを逆手に取ろうとしたのが、今現在レヴォーヴィチ率いる小隊が実行している任務だった。

 

 生還の可能性が低い作戦である事は承知の上で受命した。

 だがこうでもしなければ、ファラゾアとの闘いの舞台が遙か高空に設定されている以上陸軍には何の出番も無く、ただのスクラップ集めと運び屋を延々と続けるだけの集団と成り下がってしまう。

 そんな事は彼等のプライドが許さなかった。

 予想生還率が低いため珍しく選択権を与えられたレヴォーヴィチがこの作戦を受命するかどうか悩んでいたとき、その彼の背中を後押ししたのは他ならぬ彼の部下達だった。

 

 彼等は言った。

 我らは軍人として生きてきた。その生き方に誇りを持っている。

 ならば、軍人として死にたい、と。

 まるでスラムの住人の様にゴミ拾いをしている最中の、偶発的かつ一方的な攻撃で惨めに死んでいくなど、我らの誇りが許さない、と彼等は言い切った。

 

 その誇り高き戦士達を乗せたトラックが、広葉樹が色付き落葉が始まり、針葉樹が葉の色を濃くする、秋が終わりもうすぐ長い冬を迎える森の中の一本道を走り続ける。

 


いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 陸軍のお話しです。

 空軍ばっか活躍していて、海軍の話はちょっと出たけど、陸軍何してんだ? な疑問にちょこっと答えてみました。

 いわゆるスペツナズと呼ばれる部隊の一つです。

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[気になる点] > レヴォーヴィチはその男の姿を見てその場で敬礼した。 > ムスチスラーヴォヴィチ・コマロフスカヤ中佐。 男性であればコマロフスカヤでなくコマロフスキーです また、~ヴィチというのは…
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