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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第八章 Base Deffence (基地防衛)
189/405

18. Broken Wing


■ 8.18.1

 

 

 赤茶色の柔らかな砂丘の連なりがどこまでも続き、まるで波立つ赤い海の時間を止めたかのように遙か彼方に丸い波涛の先端が霞んで消える。

 その波涛の連なりの先にごつごつとした岩山の嶺々が横に広がり、砂塵に霞むその山並みは海の向こうに陸地が横たわっているかのようにも見える。

 

 山稜の連なりを越えて、GDD探知を示す紫色のターゲットマーカが次々と現れ、視野の中をゆっくりと頭上に向けて移動してくる。

 ゆっくりとした動きに見えるが、その実遠く離れた場所を移動する敵機の速度は音速の数倍にも達することは、コンソールモニタに表示された戦術マップ上のマーカ脇に示された速度表示でも確認でき、また経験的にもよく知っていた。

 

 達也達フェニックス小隊とドラゴン小隊の六機は、砂丘の頂上をかすめるようにして高度300mでAGG(Artificial Gravity Generator)を切って飛行していた。

 高度300mは低空に潜伏して敵部隊を待ち伏せするためであり、その為には遠くから探知されてしまう重力推進を切る必要があった為だ。

 同様に、熱いジェット排気を吐き出すフュエルジェットも使用していなかったが、高度300mの濃密な空気はモータージェット推進でも不安を感じないだけの十分な推進力を機体に与えていた。

 

「敵部隊先頭まで100km。50秒後にGPU推進で突き上げる。各機敵の狙撃を警戒。」

 

 自分達は隠遁しているつもりで高度300mの砂丘頂上スレスレを飛んでいるが、明るい赤茶色の砂漠の中を飛ぶ暗灰色の機体は上空から見て目立つだろうと達也は思った。

 低層雲などの遮蔽物が望めないこの砂漠で、どれだけ身を隠せているか怪しいものだと分かっている。

 だから、敵との距離が100kmを切った今、ファラゾア戦闘機械からの長距離狙撃を警戒しなければならない。

 敵に向けてレーザーの一発も撃たないまま狙撃されて撃墜されたのでは馬鹿馬鹿しすぎる。

 達也の機体スーパーワイヴァーンにだけは、ファラゾア戦闘機械と同様の長射程を誇る300mmレーザーが搭載されているが、発射インターバルが10秒という使い勝手の悪い大口径砲だった。

 

 やはり、300mmは「使えない」。

 それが達也の正直な感想だった。

 いくらファラゾアと同じ射程距離を持つと言っても、こちらはたった一門、向こうは二千機から居るのだ。

 とても正面切っての殴り合いが出来るような戦力差ではなかった。

 それならば、敵に近付いていって弾切れの心配なくいくらでも乱射できる200mmの方が良い。

 200mmにも2秒以内という連射制限があり、最大約1秒ほどのクーリングタイムが存在はするのだが、慣れてしまえば上手く使いこなせる程のものであり、10秒もかかるチャージングタイムとは比べものにもならなかった。

 

 40秒経過したところで、すぐ脇の砂丘から砂煙が上がった。

 敵の攻撃だった。

 敵の先頭まで水平距離でまだ40km近くあった。

 ファラゾアの侵攻部隊は今回の第二波でもまた、東西200kmほどに大きく広がりハミ基地を目指して北上する動きを見せている。

 

「各機、回避行動を取れ。フュエルジェット、GPU使用制限解除。高度は上げるな。砂をかぶるなよ。」

 

 達也はそう言うと、スロットル上にあるGPUスロットルを左手親指で動かし、機体姿勢をそのままに右方向に100mほど移動した。

 GPUのみを使って前後左右にランダムに加速し、いわゆるランダム機動で敵の射線を外す。

 

 GPUが戦闘機に搭載されるようになって最大の恩恵は、垂直離着陸能力などではなく、この瞬間的な並行移動の能力だった。

 GPUのみでランダム機動を行うことで、機体の傾斜(バンク)旋回(ターン)を小刻みに行う必要がなくなり、ランダム機動が非常にやりやすくなった。

 新兵を含めた一般兵士の生存率が大きく向上したと聞いていた。

 

「全機、突き上げるぞ。5秒前、3、2、1、(ナウ)電波使用(ラジオ)制限解除(イネーブル)。目標任意。攻撃開始。奴等をぶ(Kill'em )っ殺せ( all)。」

 

 操縦桿を引き機首を上げ、スロットルをマキシマムに叩き込み、GPUスロットルを前に倒す。

 同時に数え切れないほどの敵マーカがガンサイトに入ってくる。

 敵マーカの輝度が一段上がって明るくなり、レーザーの照準が合ったことを知らせる。

 トリガーを引き、敵を切り刻む。

 達也達六機はまるで砂漠を蹴って空に駆け上るかのように急上昇しつつ、次々と敵を撃破する。

 地表を這うように飛んでいた六機は、僅か10秒足らずの時間で高度5000mを越え、ファラゾア戦闘機械群の中に突っ込むとそのままの勢いで上空に突き抜けた。

 手当たり次第に敵を撃ち落としながら彼らが突き抜けた後には、まるで大穴のような敵機の空白地帯が生まれる。

 

 そして達也達が敵の集団に突入するのを待っていたかのように―――事実タイミングを合わせていたのだが―――ハミ基地の南方で防衛線を形成していたテレーザ、ジャッキー達によって再編成されたロック小隊を含む残りの再編成部隊四小隊十二機と、彼らに続く先の一度目の攻撃を軽微な損害で生き残った地球人類側の戦闘機隊総数百五十三機が、雪崩を打ったように戦線に一斉に突入した。

 

 テレーザ達、再編成部隊の十二機四小隊は、達也達の真似をするかのように高速で真っ直ぐ敵の集団に向けて突っ込み、同様に周囲の敵を次々と撃墜しながら水平方向に敵の群れの中を鮮やかに駆け抜け、戦線の南側に抜けた。

 技量でこそトップエース集団である達也達666th TFWの二小隊には及ばないものの、その代わりに二倍の機数でもってその差を埋めるかのように、四つのデルタ編隊は互いに援護し合いながら無傷で敵の集団を突破した。

 トップエースの教え子あるいは愛弟子としての面目躍如と云ったところであり、その意味では各基地の飛行隊本部が画策した教育方針が見事に結実したものと言えた。

 

 達也達666th TFWの二小隊が敵中を上方へ突破し、その後再び降下してきて東側に広がる敵機群に喰らい付いたのを見て、テレーザ達四小隊は、南方に突き抜けた後に反転し、西に広がる敵機群に向かって突っ込んだ。

 各個人の技量の差は明らかだったが、自分達は彼等の倍の数で戦っている。

 同時に戦線に突入した百五十機もの味方機と上手く連携を取りながら戦えば、同じでなくとも似たような戦い方は出来る筈だ、と思っていた。

 同格でなくとも、彼等を小隊長としてこの半年、その戦い方を最も近い場所から常に観察し、そして彼等が自ら好んで突っ込んで行く圧倒的に不利な状況を共に乗り越えてきたのだ。

 自分達の戦闘技術が昔に較べて目に見えて向上した実感もあった。

 トップエース達の戦い方の片鱗でも身に着けることが出来たという自負もあった。

 

 ロック小隊を率いるテレーザは、ランダム機動を続けながら同時に適当な敵の集団を見繕って進路を合わせる。

 敵の集団を見つけたら、背中を見せたら逆にヤバい。

 これまで達也の後ろを飛んで学んできたことだった。

 テレーザは操縦桿を右に倒すとスロットルを開け、同時にGPUスロットルを押し込む。

 一瞬後ろを振り返り、ジャッキーともう一機が付いてきていることを確かめると、軽く笑みを浮かべてさらにGPUスロットルを押し込んだ。

 

 

■ 8.18.2

 

 

 それは僅か一瞬の隙だった。

 右前方から突っ込んで来るクイッカーが自分を狙っていることは知っていた。

 その射線を外すためにGPUスロットルに左の親指を掛けて、左前方に数十m瞬間的に移動して敵の攻撃を躱す積もりだった。

 同じタイミングで、ガンサイト中央近くに捉えている真正面の敵に照準が合った。

 回避を優先するべきかとも思ったが、まだ行ける、と思った。

 ジャッキーは右手操縦桿に添えた人差し指を曲げて、トリガーボタンを引く。

 スーパーワイヴァーンが備える口径120mm/150MW単装レーザー砲でクイッカーを確実に撃破するために約0.8秒。

 左手のGPUスロットルを動かそうと思った瞬間、ストロボライトを向けられたように眼の前が真っ白に激しく光り、光に視野が埋め尽くされた。

 思わず眼を閉じ、反射的に操縦桿を押して機首を下げる。

 すぐに眼を開けると、いまだ視野全体に赤い残像が残る中、眼の前から頭上に掛けてキャノピが白濁して歪んでいるのが見えた。

 ヤバかった。

 右斜め前のクイッカーからのレーザーを食らってしまったらしい。

 自分の身体から僅か数十cmのところを敵のレーザーが薙いでいった事に戦慄し、恐怖を感じた。

 あと50cm下だったら・・・

 そこで気付く。

 ヤバい。

 キャノピを撃たれたことに気を取られ、手元がおろそかになった。

 もう数秒も真っ直ぐ飛んでしまっている。

 この敵の群れのど真ん中で。

 慌てて操縦桿を引いた。

 爆発音と衝撃が機体を突き抜け、機首が右に持って行かれた。

 衝撃と、機首を持って行かれた勢いで頭が左のキャノピに叩き付けられた。

 衝撃に再び一瞬視野が白くなり、鼻の奥につんと鈍い痛みを感じた。

 意識が遠くなりかけた頭で、耳元のレシーバで警告の電子音が盛大に鳴っているのを聞いた。

 コンソールに赤いサインが大量に表示され点滅している。

 HMDにも幾つもの警告が表示されている。

 頭が朦朧とする中、そのサインを眼で追う。

 

 WING RGT: DMG, C-AIR INT: DMG, TPFR MGZ: DMG, JET ENG RGT: DMG, ELV RGT: DMG, KND RR: DMG・・・

 

 大量のサインを視線が追うが、動いていない頭にその意味が入ってこない。

 ただ、機体が安定を失って錐揉み落下を始めた感覚に、もうこの機体の寿命が長くないことを知る。

 引きっぱなしの操縦桿に機体は反応していなかった。

 それだけは身体に染みついていた動作で、スロットルと操縦桿から両手を放し、脚の間にある黄色と黒の縞模様に塗られたイジェクションハンドルに手をやった。

 緩慢な動きでジャッキーはイジェクションハンドルを引いた。

 彼女は視点が定まらず半ば茫然自失の状態であったが、イジェクションハンドルは正常に動作して、イジェクションシーケンスを開始した。

 イジェクションシートからヘッドプロテクタが飛び出し、同時にヘッドプロテクションネットを展開する。

 イジェクションシートのロケットモータに点火する段になって、彼女は自分の朧な視界に映る白濁したキャノピを見た。

 やばいじゃん。キャノピ飛んでないじゃん。

 次の瞬間、ジャッキーの意識は途絶えた。

 

 

■ 8.18.3

 

 

 地獄のような数十分だった。

 誰もが大なり小なり何かしらの損傷を受け不調を抱えた機体を欺しながら飛んでいた。

 いつもに比べて舵の効きが悪い、回転数の上がりが遅い、或いはそもそも片側のエンジンがすでに死んでいる。

 ふと気付くと、後ろを飛んでいた筈の部下が居らず、少し離れた所に居た筈の中隊長機が消えていた。

 敵に追い回されている味方を援護しようと向きを変えれば、まだこちらが一発も撃たない間に味方機は撃墜され煙を噴きながら落下していき、少しでも気を抜けば敵の砲火を浴びて、機体の一部分が眩く光り蒸発して消滅していた。

 

 手酷くやられてそれでも煙を引きながら、上下左右に無理矢理戦闘機動を行い飛ぶ味方機を見て、ああもうアイツ長くないな、と思い後方を確認すれば、自分の機体も同じ様に黒い煙を長々と後ろに引いている。

 ガンサイトの中の敵を一掃し、まるで洗濯でもしたかのようにぐっしょりと汗で濡れてぬるつくグローブで操縦桿を引けば、機首が向いた先にはまた先ほどよりも多くの敵マーカがガンサイトに表示される。

 敵機に後ろを取られた警告音に怯え、せっかく照準の合った敵を諦めGPUスロットルを動かし急ターンで回避すれば、僅か数秒後には再び敵が後方に付いた警告音を聞く羽目になる。

 敵の集団に後ろを取られ、ヘルメットの中で髪の毛が逆立つ恐怖にパニックになりかける心を無理矢理押さえつけて、右へ左へと回避行動を取ると、敵のさらに後ろから味方の小隊が敵に襲いかかる。

 敵の注意が自分から外れ、汗とも冷や汗とも区別できない滴が脇の下を滝のように流れ落ちていくのを感じながら、散々追い回してくれた敵を味方の援護と共に返り討ちにしてくれようと反転すれば、そこにはもうすでに友軍は居らず、味方機が空中に残した黒い煙を突き抜けてくる数十機もの敵と正面から向き合う羽目になる。

 

 相当な数の戦闘機が墜とされ、残った者も酷く傷つき消耗して、ズタズタに切り裂かれた機体を抱えてまるで足を引きずり這い回る動死体の様な有様で黒煙を引く機体で北に向かう。

 

 それでも彼らは生き延びた。

 多くの戦闘機が墜とされ、生き延びた者も惨憺たる状態ではあれども、それでも少なくない数の機体がこの酷い戦いを生き延びた。

 

 東側の敵の集団を信じられない勢いで喰らい尽くし、まるで消しゴムで落書きを消すかのように敵の集団を消し去ったトップエースの選抜集団。

 彼ら自身大きな被害を出しながらも、それでも西半分の敵集団に甚大な損害を与えた臨時編成の集団。

 戦いは彼らだけでなく、傷つきくたびれた機体に鞭打って、十倍以上の数を持って押し寄せてくる敵との戦線に真正面から突っ込み、自分達が出撃してきた基地をすぐ後ろに控えて後の無い戦いに身を投じ、そしてそれを支えきった一般兵士達と、後方基地から応援に入った兵士達。

 

 二千機を投入してきたハミ降下点からのファラゾアの二回目の攻撃は、相変わらず人外の活躍をする666th TFWの面々と、部下として彼らに鍛えられた十二名の各基地のエースパイロット達を中心に、傷つき疲れ果てた機体と身体を引きずって死に物狂いで戦ったハミ基地、トルファン基地および後方のカラマイ、アルタイ両基地からの兵士達によって約千二百機を撃墜したところで、まるで押し寄せた波が砂浜の上を引いていくかのように一斉に撤退していった。

 

 しかし何とか敵を撃退したものの、地球人類側は看過できない大きな損害を被っていた。

 人類以外とも、死神とも呼ばれる666th TFWの六機に欠員は発生しなかったものの、さしもの彼らもその乗機にはかなりの損傷が目立ち、もう一戦行えと言われるならば流石に生存が危ういところまで消耗しきっていた。

 666th TFWの六人を小隊長としていた、ハミ基地、トルファン基地の選りすぐりから構成された四小隊十二機は、666th TFWの六人に負けずとも劣らない活躍を見せたものの、その1/3にあたる四機が失われて、帰投する編隊の中に空白を目立たせていた。

 ファラゾアの侵攻目標となっていたハミ基地、そして最前線に並び立つトルファン基地と、急遽増援として組み込まれた後方カラマイ基地、アルタイ基地からの補充を合わせた百五十三機の一般兵士達の内生き残ったのは九十八機であり、先の一度目の攻勢を傷だらけでどうにか生き延びることが出来たハミ基地、トルファン基地の兵士達を中心に約1/3である五十五機の戦闘機が、この二度目の戦いの中で失われていた。

 

 ある者は黒い煙を後方に曳き、ある者はゆらゆらと安定しない機体を無理矢理水平に保ち、また別の機体は飛行しているのが奇跡と言えるほどに原型を失うような損傷を抱え、しかしそれでも戦いを生き抜いた兵士達は傷つき限界まで疲れ果てた身体を引きずるようにして、北に向けて、自分達の所属する基地(ホーム)に向けて陽炎昇り立つタクラマカン砂漠の上を飛行していた。

 

「こちらチャオリエ01。空域の全機に告ぐ。ハミ降下点周辺に再び重力反応が大量に発生。敵侵攻部隊第三波と推定される。推定敵機数三千。Zone5への推定到達時刻は約500秒後。現在の構成のまま迎撃する。TPFRタンカーはZone6-02に二機。各隊速やかにリフュエリングを行いZone5にて迎撃せよ。繰り返す。ハミ降下点周辺に再び重力反応が発生した。敵侵攻部隊第三波と見込む・・・」

 

 灼熱の砂漠の空に三度(みたび)無情な戦いの予告が宣言された。


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 フラグ立てたのは武藤だ!! (前話参照)

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― 新着の感想 ―
[一言] ファラゾアも頑張りどころなのかな? 宇宙もなんかありそうってなってたし
[一言] あまりの容赦無さに2話連続感想。 さて、参謀本部はどう判断するのでしょうね。 一機当千の、あるいは、彼らに率いられる数百で数千、将来的に数万を喰らうような666thのパイロットを潰してでもイ…
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