17. 波状攻撃
■ 8.17.1
「チョンインA2、こちらチャオリエ04。Zone6-02にタンカー、リーリー03が待機中。至急リフュエリングを行え。」
傷つき疲れ果てた迎撃隊の皆を絶望のどん底に叩き込んだチャオリエ01の情報提供が終わると、すぐに馴染みのAWACS担当者から達也に指示が出た。
「損害状況を報告。」
自分の機体の外観を確認しながら、達也は部下二人の状態を尋ねた。
外観を確認し終わって、再び視線をコンソールに戻す。
コンソールの右端には、機体の概形と共に損傷している部分がその損傷度合いによって黄色或いは赤色で表示されるダメージモニタが表示されている。
ダメージモニタ下の「LIST」と書かれたボタンをタッチすると、コンソール中央にウインドウが開き、ダメージモニタで表示されている損害箇所の詳細リストが確認できる。
右翼エルロン軽微、右翼Bパイロン信号エラー、右下尾翼軽微、左上尾翼端光学センサー脱落、右インテイクキャンバー軽微、左着陸脚カバー軽微、リアクタ放熱口左軽微、エンジンフード左軽微、等々。
損傷リストにざっと一通り目を通して今のところ致命的な損傷は発生していないことを確認し、見える範囲ではあるが実際に機体の状態を目視して目立った破壊がないことを確認したのだ。
「チョンイン12、損害軽微。戦闘続行可能。ジェット燃料残45%。」
「チョンイン13、右レーザー損傷。他損害軽微。戦闘続行可能。ジェット燃料残50%。」
「ジャッキー、レーザーが片方使えないのか? 大丈夫か?」
ファラゾアと戦える唯一の武器であるレーザー砲の片方が損傷して使えないというのが気になったので、達也はジャッキーに状況を再確認する。
「右のガンバレルを焼き切られた。使用不能。左と300mmはまだ使える。まだ行ける。大丈夫。」
攻撃力が半分に落ちるというのは、本人が言うほどには大丈夫とは思えなかった。
敵に向かって突っ込んでいくとき、攻撃力が半分と言うことは、撃破できる敵が半分になるということであり、敵が沢山残るならばそれだけ敵から攻撃を受けやすくなる。
いかに大パワーとは云えど、300mmレーザーはコンデンサへのチャージ時間を取られるため、レーザーを乱射するドッグファイトでは使い物にならない。
300mmと200mmを瞬時に切り替えられないことも、300mmの使い勝手を悪くしている。300mmは実質的に使えない。
本来ならジャッキーは帰還させるべきだが、第二波の攻勢を前に一機でも多くの手が欲しいというのも事実だった。
「分かった。絶対離れるなよ。喰われるぞ。」
「諒解。」
常に編隊を組んで戦っていれば、攻撃力の減少はジャッキー機担体での1/2ではなく、編隊全体の5/6となる。
20%弱程度の攻撃力低下なら何とかカバーできるだろうと、達也は判断した。
「チャオリエ04、チョンイン13がレーザーを片方やられているが、損害は軽微。戦闘続行可能。Zone6-02に向かい、リーリー03からリフュエリングを受ける。」
「チョンインA2、リフュエリング後リーリー03近傍にて待機。別命を待て。」
「チョンインA2、コピー。
「行くぞ。目標Zone6-02、リーリー03。」
迅速に対処せねばならない筈の深刻な事態の中で出された待機指示に多少の違和感を覚えた達也であったが、AWACS或いはその向こう控えている防空司令室もしくは司令本部の方で何か考えていることがあるのだろうと、納得する。
達也は二人に加速することを告げると、敵がいなくなった空間を切り裂くように、指定されたタンカーのマーカに向けてAGGスロットルを倒した。
目標としているタンカー、リーリー03の位置はAWACSであるチャオリエ04からのレーザーデータ通信で送られてきていた。
達也達三機は迷うこともなくタンカーにたどり着き、手慣れた操作で順番にTPFRの補給を受けた。
補給の後、AWACSからの指示通り、リーリー03から1000mほど距離を取ってその斜め後方に待機していると、続々と味方機が燃料補給にやってきた。
ハミ基地から出撃した高島の雷火だけでなく、トルファン基地から出撃してきたらしいMONECのモッキングバードの姿も多数認められた。
小隊ごとにTPFRの補給を終え、タンカーの元を離れていく編隊もあれば、達也達のようにタンカー近傍で待機指示を受けているらしい小隊もあった。
ふと気付くとすぐ脇に武藤が指揮するチョンインB2小隊が翼を並べていた。
激しい戦いであったにも関わらず、小隊三機が全て生き残っているのは流石武藤が率いる隊だと感心する。
眺めていると隊長機のコクピットに収まる武藤のHMDバイザーがこちらを向いていることに気付き、達也がハンドサインを送ると武藤もそれに応えて挨拶を交わした。
「こちらチャオリエ02。リーリー03近傍で待機中の各機に告ぐ。臨時編成変更を行う。チョンイン04、チョンイン05、ダンティングイ05、リーリー03に対して7時500mに移動せよ。この三機にてフェニックス小隊とする。チョンイン12、チョンイン13、チョンイン14はリーリー03に対して4時500mに移動せよ。この三機にてロック小隊とする。ダンティングイ02、ダンティングイ03、ダンティングイ04はリーリー03に対して7時1000mに移動せよ。この三機にてドラゴン小隊とする。ダンティングイ06、ダンティングイ07、チョンイン15はリーリー03に対して4時1000mに移動せよ。この三機でペガサス小隊とする。ダンティングイ08・・・」
入れ替わり立ち替わりにまだ戦闘続行可能である機体が近付いてきては補給を行い、補給を終えては遠ざかっていく中で、前触れもなくこの空域を管制しているAWACSから通信が入り、編成の変更を告げられた。
機体番号だけを羅列されて一瞬混乱しかけた達也であったが、臨時編成の各小隊に付けられたコールサインを聞いてAWACSが何を指示しているのか理解した。
要するに、先日の大規模攻勢の時に行った臨時編成を再現しようとしているのだった。
確かにそれは有効な手で、この疲れ果て傷ついた地球人類側の戦力をもって新たな二千機もの敵の攻勢に対抗するには、多分最善の手なのだろうと納得できた。
しかし達也には気がかりなことが一つあった。
「ジャッキー。大丈夫か? 今ならまだ引き返せる。」
片舷のレーザー砲が使用不能になっている彼女のことが気になった。
編成を変えられると、守ってやることも出来ない。
武藤の部下と組んで三機小隊を作るようだが、武藤の部下を信用しないわけではないが、しかしそれでも彼女が自分の手元を離れる事に達也は不安を覚えた。
「大丈夫よ。脚がやられたわけじゃない。今は一機でも多く人手が欲しいところでしょ。ダレンなら信頼できる。」
ジャッキーが明るい声で応えた。
ダレンとは、武藤の部下、チョンイン14である中国人のパイロットの事だ。
ジャッキー同様、もともと人民空軍で戦闘機パイロットをしていた経歴を持つと聞いていた。
「・・・分かった。無理はするな。テレーザもだ。」
「諒解。」
「オーケイ。」
二人の応答を聞いて、達也は操縦桿を引き数十m上昇してAWACSに指定された位置に移動した。
テレーザとジャッキーの機体も左に回転して高度を落としながら旋回していった。
移動した先ではすでに武藤の雷火と、マリニーのモッキングバードが達也を待っていた。
達也は高度を下げて、小隊長機の位置に収まった。
「仮編成だが、またよろしくな、リーダー。」
デルタ編隊の頂点に機体を落ち着けた達也に、僅かに揶揄するような響きを持って、武藤が笑いながら言った。
振り返ると、武藤の機体に重なるマーカはすでにPHOENIX02と表示されていた。
AWACS側でコールサインを割り振り、その結果がレーザーデータ通信で各機に配信されている。
昔、AWACS機がほぼ後方で飛んでいるだけのお荷物で、戦闘機隊に碌な情報を伝えることも出来なかったただの応援団に過ぎなかった頃に較べて、隔世の感がある。
「ああ。また酷い戦いになるだろうが、生き延びるぞ。」
辺りを見回せば、臨時編成の配置換えで、沢山の戦闘機が指定された位置に向けてゴチャゴチャと移動している。
六小隊十八機もの機体が同時にあちこちに向かって移動しているのだ。
タンカーリーリー03の後方はちょっとしたカオス状態になっていた。
「リーリー03周辺で待機中の各機に告ぐ。Zone5-02まで進出して、推定される戦線中央で敵を迎え撃つ。ハミ降下点周辺の敵重力推進反応は依然増加中。各小隊速やかにZone5-02に移動せよ。」
「空域の全機。こちらチャオリエ01。ハミ基地の戦闘機隊と、トルファン基地戦闘機隊の一部でエリア03以東に対応する。トルファン基地およびウルムチ基地からの増援にてエリア01以西に対応する。いつもバックアップに入っていたウルムチの戦闘機隊は今回前線を担当し、バックアップをカラマイ、アルタイ両基地からの増援にて担当する。(なんだって? 動いた? クソ、予想より10分も早いじゃないか)
「戦線中央に特殊部隊が居る。部隊名はフェニックスとドラゴンだ。全機優先してサポートしてくれ。
「改めて全機に告ぐ。ハミ降下点周辺の敵駐留部隊が動き始めた。全機所定の空域に急行せよ。繰り返す。ハミ降下点の敵が動いた。全機所定の空域に急行せよ。」
チャオリエ01が状況を説明する通信の途中に、同じ室内に居ると思われる別の兵士との会話が挟まれた。
チャオリエ01担当のオペレータはマイクを手で押さえて話していたようだったが、マイクはその会話の声をしっかりと拾って通信に載せた。
達也は左右を見回して、左後ろに武藤の雷火、右後ろにマリニーのモッキングバードが追従していることを確認した。
マリニーの機体の向こうに、モッキングバードだけで構成されたデルタ編隊が見える。
沙美達のドラゴン小隊であると、HMD表示が重ねて投影されている。
「武藤、マリニー、行けるか?」
「問題無い。」
「準備完了。
達也の問いにすぐさま応答が返ってくる。
「沙美、そっちは?」
「問題無い。行けるわよ。」
「チャオリエ04、こちらフェニックス01。フェニックスとドラゴンはZone5-02まで前進する。」
沙美からの応答を聞いて、達也はAWACSに前進を告げた。
「フェニックス、ドラゴン、よろしく頼む。敵数二千。降下点上空に集結中。Zone5到達は三百秒後を予想。」
「フェニックス諒解。所定の位置にて敵を待つ。以上。」
チャオリエ01の通信の途中で聞こえてきたように、今回のこの二千機からなる第二波の出撃は、降下点の周りに駐留する敵戦闘機械が集結して地球人類側の基地に向けて侵出してくる通常の攻勢に較べて随分短い時間で動き始め、編成された。
つい先ほど撤退したばかりの第一波が与えたダメージに対して、地球人類側が対応しきれないうちに畳み掛けるように第二波を出撃させようとした意志がそこに見えた。
「一日のウチに連チャンで攻勢があるって、初めてじゃないか?」
タンカーの元を離れ、戦線構築予想空域近くの指示された位置に向かう僅か数分の間に、武藤がぼやきのような独り言のような通信を小隊内の通信で達也に寄越してきた。
達也の知る限り武藤の言うとおりであり、RAR途中で偶発的に敵の小規模部隊との交戦が発生する事態が一日の内に複数発生した事例は過去に存在したが、今回のように数千機単位での明確な侵攻が一日の内に複数回発生した事は達也の記憶になかった。
ロストホライズンだけに限らず、今日のようなものも含めてある程度の規模を伴った侵攻は、一度行われると次回再度行われるまでに少なくとも数日、長ければ月単位でのインターバルがあったのがこれまでの過去のファラゾアの行動だった。
「敵さんも色々考えてるんだろうさ。」
達也にとってファラゾアとは、排除すべき敵でしかなく、ファラゾアがどのような考えに基づいて戦略的に行動しているかなど興味もなかった。
見かけたら殺す。壊す。
自分の命が尽きる時まで。
それ以上知りたいとも思わなかったし、知る必要性も感じなかった。
「全く嫌らしいテを考えてくれやがったモンだぜ。結構本気でキツいぞこれ。三回目やられたら、多分耐えられないな。無理だ。」
武藤がどことなく他人事のような冷めた口調で言った。
ロストホライズンのように一度に万を超す数十倍もの物量をぶつけられる事も致命的な一撃であったが、例えロストホライズンの1/10程度の規模しかなかろうとも、今日行われた二段構えの攻勢は地球人類側陣営に非常に大きな負担を強いていた。
約千二百機による一回目の攻撃が終わった時点で、地球人類側の戦闘機部隊はその約1/3が撃墜されたか戦闘継続不能、或いは少なくともすぐに基地に帰って修理と整備を受けるべき損害を受けていた。
大きな損傷を受けた機体は無理に戦線に居させたところですぐに戦闘不能に陥るか或いは悪ければ撃墜されてしまうことが眼に見えていたので、どの飛行隊の隊長もそれらの戦闘継続が難しい機体を基地に返す選択をしていた。
戦闘は今日で終わるわけではない。明日以降もずっと続くのだ。
今日無理をさせて、明日以降戦うための戦力を失ってしまうわけには行かなかった。
それはつまり、本日二回目の攻勢に対して、地球人類側は一回目の2/3の戦力しか投入できないと云うことであり、しかもその2/3しか居ない軍勢は一回目の戦いを終えて少なからず疲れ果て、傷ついた者達であった。
一度目の千二百機の攻勢を退けるためにそれだけの被害を出し、疲労を蓄積した残りの兵士達が、二度目の二千機からなる攻勢に耐えられるとは到底思えなかった。
前線基地の防空ネットワークを通じて最前線のAWACS情報をほぼリアルタイムで受け取っていた、蘭州にある国連軍降下点対策司令部は、敵の第二次攻勢が行われる兆しを知らせるAWACSからのGDD情報を受け取って即座に後方のウルムチ、カラマイ、アルタイ各基地からの増援を決定していた。
しかし後方基地に控える戦力も無尽蔵に存在するわけではない。
むしろ、敵戦力に対して絶対的に数が足りない戦闘機で戦線を維持するため、最前線基地に多くの戦闘機が配備されており、後方基地に駐留する戦闘機数は「控え」というには余りに心許ない戦力でしかなかった。
最前線で戦況をつぶさに見守っているAWACオペレータも、その情報を受け遙か彼方で降下点周辺戦域全体を俯瞰的に眺めている司令部の司令参謀達も、後方基地からの増援という応急措置で耐えられるのはこの二度目の攻勢一回のみであり、もし三度目が発生すれば戦線を支えることは不可能だろうという予測を立てていた。
それは嘉手納に置かれた東アジア方面司令部や、蘭州の降下点対策司令部による采配や戦力補充の不備などではなく、撃墜されパイロットと共に日々失われていく機体や、機体が失われないまでも損傷を修理整備するために毎日大量に必要とされる部品の需要と、遠く日本や台湾から供給される部品や機体、或いは未だ完全な供給体制が整い切れていない中華連邦国内から供給されるそれらの物資の、パイロットという人的リソースを含めた消費と供給のバランスによって現時点ではこれ以上の態勢を整えることが出来ないという、現在も変わらずギリギリの遣り繰りを強いられている地球人類側の軍事力の限界によるものであった。
そしてもう後がないことを感じているのは司令部に近い距離に居る者達だけではなかった。
自分の命というチップを手に、最前線というステージで息つく間もなく次々と巡り来る余り分の宜しくない死の賭けに強制参加させられているパイロット達もまた、本日三度目の攻勢が発生する事に対する強い不安を実感として肌で感じ取っていた。
「待機ポイントまで距離20。GPUカット。モータージェット。高度03まで降下して待ち受ける。フェニックス、ドラゴン、続け。」
達也は自分の後ろに続く五機に指示を出し、機体を右回転させると背面姿勢で柔らかに波打つ砂丘が連なる砂漠に向けて降下していった。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
最近ちょっと余裕ブッこいて戦っていた地球人にピーンチ。
ちなみにタクラマカン砂漠北方の基地群が突破されるとどうなる。
最悪ハミ降下点の制空圏がカザフスタンのアクタウ降下点勢力圏と繋がる。
すると、印度が半ば孤立化する。
すると、チベット方面南方、西アジア方面への圧力が下がり、ルードバール降下点、ハミ降下点からの侵攻で印度が全滅する可能性がある。
達也がバクリウ基地に居た頃、一部F16V2が印度から供給されていたように、南アジア方面への物資供給の一部が滞る。
マレー半島とインドシナ半島(特にマレー半島)の圧力が下がり、カリマンタン島(カピ降下点)の勢力圏が北上する。
・・・と、中央アジアでの戦況が果ては東南アジアの戦況にまで影響を及ぼします。(ファジー理論w)
ドミノ倒しで人類全滅、とならないだけまだマシ?
いや、間接的な影響はあると思うけどね。