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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第八章 Base Deffence (基地防衛)
187/405

16. 終わらない戦い


■ 8.16.1

 

 

 達也達がハミ基地目掛けて雪崩のように侵攻してくる敵集団と接触したのは、ハミ基地の防空圏である50kmラインを僅かに越えた、ハミ基地から58km地点、ハミ基地を飛び立って僅か80秒後のことであった。

 まるでハミ基地周辺を全て焼き尽くしてやると宣言するかのように幅20kmほどの横長の帯状に広がった敵機群は、達也達が戦線に到着するまでの間に四十五機に増えたハミ基地とトルファン基地所属の戦闘機によって前進を阻まれていたが、数の上で絶対的に劣勢な地球人類側戦闘機群にファラゾア戦闘機械群を完全に抑えるだけの力は無く、戦線は僅かずつ北上しており、あと十分もしないうちに敵集団の先頭がハミ基地の防空ラインを越えるであろうことは誰の目にも明らかだった。

 

「ど真ん中を突き抜ける。やられるなよ。」

 

 テレーザとジャッキーを従えてデルタ編隊を組んで毎秒1000mほどの速度で戦線に向けて突っ込んだ達也は、部下二人を絶望の淵に叩き込むような台詞を吐くと、減速することも無く濃密な敵集団の中に一直線に突撃していった。

 白いファラゾア機が大量に集合した雲のように見えていた敵の集団が、視野の中で急速に大きくなって視野一杯を埋め尽くし、そしてそのままの速度で集団の中に突っ込む。

 一瞬で周り全てが敵に包まれる。

 集団に突入する前からレーザーを乱射し、ガンサイトに入った敵を次々と撃破していた三機は、周りを敵に囲まれたことでそれぞれ別の方向に向きながら立て続けに敵を破壊していく。

 正面の敵は達也。左から左後方に掛けてはテレーザ、右はジャッキー。

 真後ろの敵は、三人のうち手が空いたものが担当する。

 機体の向きは三機ともてんでに勝手な方向に向いているが、進行方向はぴたりと一致しており、デルタ編隊が崩れることは無い。

 黒く鋭い鏃のように敵集団のど真ん中に突き刺さった編隊は、周りの敵を手当たり次第に攻撃し撃墜しながら、僅か10秒も経たないうちに敵集団の反対側へと突き抜けた。

 最初の一回の交錯で、戦線に接近、突入し敵の群れを突き抜けるまでの間に三機が撃墜した敵の数は三十三機。

 千機を超える敵機の集団の中でそれは決して多い数では無かったが、たった三機だけの編隊が真正面から無減速で集団の真ん中に突っ込み、異常な数の時間当たり撃墜数を叩き出して悠々と後方へ突き抜けるという、地球人類側から見れば極めて勇猛果敢かつ大胆不敵な、ファラゾア側にしてみれば意表を突かれかつ舐めきったその行動は、嫌が応にもファラゾア機集団の多くの機体から注目を集めるものであった。

 

「随分たくさん釣れたな。」

 

 敵集団の後方に突き抜け、まるで示し合わせていたかのようにブレイクした三機であったが、それぞれの機体を五十機ずつほどの敵機が追跡していた。

 達也は後ろを振り返りながら、HMDに表示される自分と部下二人をそれぞれ追跡している三つの敵マーカの集団を見て、半ば嘲るように不敵に笑った。

 

 数年前、ジェットエンジンと主翼から発生する揚力だけで飛んでいた頃であれば、五十機もの敵に後方に付かれてしまった場合には、大半のパイロットは自分の人生がもうすぐ終わろうとしているものと諦めるほか無かった。

 その状態を自力で打ち破って確実に生き延びることが出来たのは、達也達666th TFWのメンバーのような一部のトップエースのみであった。

 

 しかし今は状況が変わった。

 機体の方向転換や戦闘機動の多くの部分は今でも、主翼やカナード翼と云った機体各所に取り付けられている翼に頼るところが大きいが、敵のレーザーの射線を躱すランダム機動や、戦闘機の命と言って良い加速力、そしてそもそも空中に機体を保持する力の大部分はすでに重力推進に置き換わっている。

 達也達が駆る機体、スーパーワイヴァーンに於いては操縦席下に取り付けられている一対のカナード翼と、自由自在に動き回転する四枚の尾翼により空力飛行機とは思えないような挙動を機体にさせて、たとえ空気の流れが主翼などの機体表面から完全に剥がれた失速状態に陥ったとしても機体は安定した飛行を続け、さらにはGPUを用いることで機体の前後左右或いは上下であっても、完全に失速した状況下で自由に加速し動き回ることが出来た。

 

 GPUを最大限に活用して戦闘機動を行った場合、その挙動はもはや空力飛行機ではなく重力推進をもつ宇宙船のそれと言って良く、特に達也と達也に鍛えられた部下二人はまさにその様なGPU推進を活用して縦横無尽に機動する様な戦闘技術に秀でており、彼らの機体は相手にしているファラゾア機とほぼ同じ運動性能を持つレベルに達していた。

 

 科学技術というファラゾアと地球人類の間に存在する天と地ほどにも開きのある隔絶において、戦闘機械の性能は人類の生存の可能性を大きく左右する極めて重要な要素である。

 機動能力だけでなく、索敵能力、攻撃能力など、戦闘機械に求められる様々なありとあらゆる能力で敵との間に存在する余りに大きすぎる差をありありと見せつけられ、最前線で命をかけて戦う兵士達だけでなく、その兵士達が戦いに際して命を預ける戦闘機などの戦闘機械を開発している技術者たちも、その隔たりの余りの大きさに呆然とし、希望を失ってしまったものだった。

 

 しかし今、トップエース達が操る最新鋭機というごく限定された条件下であるうえ、戦闘機械に求められる数多の能力のごく僅か一部という限られた部分だけであっても、地球人類の戦闘機械の能力の一部がファラゾア機のそれに追いつけるほどにまで近付いた。

 その極めて限定的な条件を満足させるパイロットである達也と、戦闘技術を達也から叩き込まれ教え込まれたことでそれに準ずるレベルにある部下二人が操る戦闘機は、ファラゾアよりも速い反応速度を持つ地球人類という優位性を存分に生かし、いつも通りに多対一の圧倒的な戦力差のもと彼らを追跡するファラゾア機に逆に襲いかかった。

 

 ブレイクした動きのまま空力で緩いカーブを描いて旋回し、追跡する大量のファラゾア機から逃げるような挙動をしていた機体が、進行方向をそのままに突然反転する。

 安全であるはずの地球人類機後方を追尾していたファラゾア機を、正面から撃ち込まれたレーザーが次々と灼く。

 正面方向からレーザーを被弾した場合に、入射角度を浅くして僅かでもレーザーを反射して生存の可能性を高めるよう考慮されたクイッカーの正面形状ではあるが、大出力のレーザーはその高エネルギーの光に乗せた熱量で外装板表面を融点以上に急激に加熱し、表面を泡立たせ或いは蒸発させて荒れた状態にすることでレーザーの反射率を低下させて、効率よくさらに熱を伝えやすい状態に変える。

 レーザー光の熱による侵食は外装板を喰い破って内部にまで達し、外装板よりも熱せられ易い、或いは熱に弱い内部の構造を破壊しながらさらに内部へと突き進む。

 レーザー光の熱で融かされて直接破壊される、或いは熱されて瞬時に蒸発した金属の爆発的膨張の爆圧に破壊されて、レーザーによる破壊は機体内部でさらに広がり、反応炉や重力推進器、制御用ユニットなどの重要部分周辺を破壊する。

 飛行、或いはパワーを生み出すために必要な部分に直接関係する部品やモジュールを破壊され、動作できなくされた機体は、飛行能力を失うか或いは機能そのものを停止して、力なく放物線を描いて地表に向けて落下していく。

 

 まるで示し合わせたかのようにいわゆるクルビット機動をそれぞれ行って後方に付いた敵機を次から次へと撃破した達也達三機は、機体の向きをそのままに進行方向、つまり機体後方に向けてさらに加速しながら小刻みに進路を変え、追撃するファラゾア機との距離を一定に保ちながら敵のレーザーの射線を躱しつつ撃墜数を上げていく。

 再びクルビット機動を行って進行方向と機体の向きを合わせた後、三機はまるで曲技飛行を行っているかのように一点に向かって飛行し、三機すれ違いながら達也がテレーザを追跡していた敵機群に向けて、そしてテレーザはジャッキーの、ジャッキーは達也を追撃していた敵に対してそれぞれほぼ正面から突っ込み、両機を追跡していた敵を血祭りにあげた。

 

 敵本体のど真ん中を反対側に突き抜けた時点で、達也達三機にはそれぞれ五十機程度ずつの敵が釣られて追跡していたが、この時点でその数はすでに当初の半分に近い三十機ずつほどになっていた。

 僅か一分強の格闘戦の間に、一対多の絶対的不利な状況下に於いてそれぞれが二十機もの敵を撃墜したという戦果はもちろん異常なものであるが、ここで特筆すべきはお互い前もって打ち合わせることもなく、しかし三人全員がほぼ同じ機動を行って追撃する敵機に対処したこと、その結果まるで曲技飛行のような機動によって敵の取り替えを行って非常に効率的に撃墜数を伸ばしたこと、そしてなによりもトップエースである達也と、達也に指導される立場であったテレーザとジャッキーの撃墜数に殆ど差がなかったことであろう。

 

 達也と残る二人の戦闘機動が、示し合わせたわけでも無いにも関わらず同じものであったことについては、二人が達也をリーダーとして編隊を組み、共に戦ってきたこれまでの半年以上の時間の間に、達也のやり方や考え方を学んできた結果であると言える。

 それよりも特筆すべきは、二人が達也と較べて遜色のない撃墜数をマークしたことだった。

 

 達也の癖と好みは、それなりの時間行動を共にしていれば覚えられるだろう。

 しかし敵に狙いを付け、標的にレーザー光を確実に当て、どの程度レーザーが当たれば敵に致命的な損害を与えられるかを判断してレーザーの照射を止め、瞬時に次の目標に照準を合わ直して再びレーザーを射る、その動作を、感覚的に敵の攻撃を避けながら、短時間且つ精確に間違えること無く繰り返す為には長い経験が必要となる。

 

 GDDを中心とした索敵システム、光学センサーとその画像を処理して標的を認識して最適なものを選び出す照準システム、そしてその情報を元に200mmレーザー砲のガンバレルを操作し精確に光軸を敵に合わせる駆動系。

 一般的にそれらの機能をまとめて一言で「照準システム」と呼ぶ。

 この照準システムがあるお陰で、例え新兵でもヴェテラン並みの精確な狙いで敵機を撃墜する事が出来、他方ヴェテランは自分で狙うよりも遙か彼方の標的に易々と狙いを付け打ち落とすことが出来る。

 テレーザとジャッキーが達也とほぼ同数の撃墜スコアを叩き出すことが出来たのは、この照準システムのお陰である。

 

 まだ千機以上残っている敵の集団は、北側の地球側戦闘機主力と、南側に抜けた達也達3852A2小隊の三機に挟まれる形となった。

 南に抜けたのは達也達僅か三機であり、戦力と呼べるほどのものでは無いのではあるが、その敵中突破が余りに目立ったために多くのファラゾア機がこのたった三機を気にする動きを取っていた。

 

 ほぼ東西方向に広がった、まだ千機ほどが残っているファラゾアの集団の中央部分が、後方に抜けた三機を気にして北上しなくなった。

 それに釣られるようにして、集団の両翼も北上を止める。

 この時点でファラゾア機群の北端は、ハミ基地から50kmの防空ラインを僅かに越えていた。

 戦線の中央部分に密集して、どうにかして敵の侵攻を食い止めようと戦っていた地球側戦闘機の行動を阻害しないよう、ハミ基地の防空兵器はそれまで控えめに攻撃を行っていた。

 だが、敵の集団の進行速度が鈍り、ほぼ止まってしまったことを確認し、ハミ基地防空司令室は周囲の味方機に対して戦線両翼の敵に対処するよう指示し、戦線中央部に向けて全く容赦のない対空攻撃を開始した。

 

 十二門の300mmLTA(300mm単装レーザー砲)と二門の300mmGLT(300mmガトリングレーザー)による攻撃は、航空機搭載のレーザー砲に較べて圧倒的な殲滅力を発揮した。

 攻撃開始後僅か数分で、もっとも敵密度の高かった戦線中央部の敵五百機強を撃墜し、敵機群のど真ん中に大穴を開けた。

 その間、迎撃に当たっている戦闘機達も無為に飛んでいたわけでは無く、防空司令室から指示された戦線両翼において、両翼に集中させられたことで味方密度が上がり、逆に中央部に較べると敵密度が低いという優位性を生かして、撃墜数を大きく伸ばしていた。

 

 敵機数が五百機を割った辺りでファラゾア機群は撤退し、いつもと同じ様に高空に向けて戦線離脱した後、空気の薄い高空で南方に向けて一瞬でM6.0もの高速に加速して消えていった。

 

 今日も勝った。

 どうにか敵を押し返した。

 

 地球側の戦闘機隊の間にその様な緩い空気が一瞬流れた時。

 

「空域の全戦闘機に告ぐ。こちら空間管制チャオリエ01。敵ハミ降下点に重力推進反応多数。これは撤退した部隊ではない。新たな敵第二波が来襲する模様。推定二千機。損害軽微である機体は各担当の管制機指示により速やかにリフュエリングを行え。損傷大の機体は各基地への帰還を認める。その旨担当管制機に申告せよ。

「繰り返す。こちら空間管制チャオリエ01。空域の全機に告ぐ。敵ハミ降下点近傍に・・・」

 

 この状態でもう一度戦うのか。

 

 長時間続いた死に物狂いの戦いに疲労困憊した自分の心と身体と、そして敵の攻撃によって矢衾の様にささくれ立って傷付き、あちこちの部品が変形損傷脱落した自分の機体を見て、今戦いを終えたばかりの兵士達の心は、一瞬の喜びの後に真っ黒く絶望に塗りつぶされた。


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 済みません。一回飛ばしました。申し訳ないです。

 忙しいときに限って、普段来ないような仕事が狙い撃ちしたようにやってきますよね。しかも特急納期とかで。

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