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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第八章 Base Deffence (基地防衛)
186/405

15. スクランブル


■ 8.15.1

 

 

 スクランブルを知らせるけたたましいベルの音と、基地全体に響き渡るいかにも不吉な音色のサイレンの音を聞いたのは、約一時間後に控えたRAR出撃を前に、内線電話で知らされる情報を書き殴った紙片を掲示板にピン留めすることで更新される本日の最新情報の確認と、共に出撃することとなる僚機パイロット二人との出撃前ブリーフィングを行うために、3852TFSに割り当てられた格納庫入り口脇の詰め所のパイプ椅子に座り、詰め所内に設置してあるウォータサーバから注いだ水を満たしたコップの最初の一口を口に含んだときだった。

 

 達也は軽く溜息を一つ吐いて椅子から立ち上がると、コップの中身をサーバ脇に置いてあるバケツに流し、使用済みのものを置くトレイにコップを置いた。

 最近になって各飛行隊の詰め所に設置されるようになったモニタに近付いて、表示されるスクランブル情報を確認する。

 モニタには戦況の様な戦術情報だけでなく、その時高優先度に位置づけられた情報が表示される。

 今は、基地防空司令室から提供されているCOSDARのモニタ画面と、COSDARで探知され脅威と位置づけられた敵部隊に関する防空情報が表示されていた。

 数千二百。ハミ降下点からハミ基地に向けて進行中。方位20、針路02、速度M3.5。RAR出撃中であった二十四機が急行対応中。50km防空圏到達予想は400秒後。

 

 スクランブル警報が出たことで格納庫の中はにわかに騒然とし始め、怒鳴り声や何か重い物を地面に放り投げる音など、様々な音が詰め所の扉を通して聞こえてくる。

 徐々に高くなるジェットエンジン音が複数聞こえてくるのは、まさに今からRARに出撃しようとしていたB1小隊の機体のものだろう。

 出撃前チェックを全て終え、パイロットも搭乗した状態でスクランブルがかかれば、殆どタイムロス無しで上がることが出来る。

 

 基地には当然常にスクランブル要員が待機している。

 通常どの飛行隊もRAR任務を割り当てられるが、スクランブル任務が飛行隊ごとに何日かおきにローテーションで回って来る。

 スクランブル要員を割り当てられた飛行隊のパイロット達は、基本的に一日中常に飛行隊詰め所で待機し、そして彼らの乗る機体も飛行前点検完了の状態でいつでも飛び立つことが出来るようにエプロンに並べられ、基地防空司令室からの指示が飛び次第、一飛行隊十五機のスクランブル機が発令から数分で飛び立っていく流れになっている。

 この点については各戦闘機にGPUが搭載されるようになった事の恩恵であり、延々と誘導路を走った後に滑走路から飛び立つという無駄な行動をしなくても良くなったため、スクランブル指示からSC(スクランブル)機の離陸(テイクオフ)までの時間が従来の半分以下になっていた。

 

 スクランブルには一応二種類あった。

 SC要員として待機している部隊のみが出撃する通常のスクランブルと、SC要員であろうがRARを割り当てられていようが、出撃可能な全機が各自最短時間で出撃する総スクランブル(Entire Scramble:ESC)である。

 いずれのスクランブル形態を取るかは、基地に接近する敵の勢力を確認した基地防空司令室が判断して発令される。

 というのは実は殆ど建前の規定であり、実際のところは、スクランブルを掛けなければならないほどの敵の攻勢が発生する場合には、大概の場合基地が保有する全力をもって基地防衛をせねばならない状態であることが殆どであり、スクランブル要員のみが出撃する通常スクランブルが発令されることは殆ど無いと言って良い。

 そのため現実的には、スクランブル要員は敵の攻勢に対してとにかく即応で飛び出して行って、少しでも時間を稼ぎ敵部隊を漸減することが主任務であり、SC機が飛び出していった後に、押っ取り刀で飛び出していくSC機数よりも遙かに多いRAR待機部隊が主力の迎撃部隊であることが殆どである。

 

 そしてスクランブル要員の役割と同様の「変質」が、今でも毎日変わりなく実施されているRAR(Routine Armed Reconnaissance)にも起こっていた。

 ファラゾア来襲初期には、ステルス性の非常に高いファラゾア機に対して、どうにか敵を探知しようとAWACSや地上のレーダーサイトから強力なレーダー波を照射すれば、それらの電波源は即座に敵から集中攻撃の的となって破壊されていた。

 全方位に能動的(パッシブ)に強力な電磁波を発する地上サイト、或いは空中の機体など、闇夜に明るい電灯を灯してわざわざ敵に自分の位置を教え、さらに敵の情報を収集する重要な拠点或いは機体がここにいますよ、と大声で宣言しているようなものだった。

 とは言え、戦闘を行うために戦闘空間至近に存在する当時の第4.5から第6世代戦闘機の索敵レーダーではこれらの戦術級レーダーの代用になる程の性能はなく、戦術情報の収集に使えるようなものではなかった。

 苦肉の策として幾つもの巡廻ルートを設定し、多数の武装した戦闘機を偵察機代わりにして常に巡廻させて、まるで戦闘機を生け贄に捧げるようにして敵の動向を探っていた。

 それが武装戦闘機を短い間隔で定期的に決められたコースを巡廻させる偵察法、RARの本来の目的であった。

 ファラゾア来襲から約5年間、地球人類は従来用いてきた遠距離から敵を探知するための戦術級の大型レーダーを完全に封じられ、包括的、俯瞰的な敵や戦闘空域に関する情報を得る手段をほぼ失い、目と耳を塞いだ状態で手探りで敵を探しながら殴り合いをする様な戦いを強いられていたのだ。

 

 今や地球人類側もGDD(Gravitational wave Displacement Detector)を手中にし、何年もかけてその精度を向上してきたお陰で、数百kmから千km彼方のファラゾア機の重力推進器から発せられる重力波を探知できるようになり、同様に性能を向上した光学シーカー情報と併せて、遠距離から戦闘空域の総括的戦術級情報を得る事が出来る様になっただけでは無く、地球上における敵の本拠地である敵降下点の周りに駐留する敵戦闘機械の動きを遙か800kmも彼方からでも観察できるようになっていた。

 即ち、今や本来の意味でのRARは実施する意味をほぼ失っていた。

 しかしRARは依然として毎日頻繁に実施されている。

 

 武装し即応力のある戦闘機を多数前線近くに置くことで、頻発する数十機程度の敵の侵入に対して瞬時に対応出来、RAR任務に就いて哨戒中の戦闘機隊だけでこれに対応出来る。

 希に起こる数百機から数千機規模での大規模攻勢に対して、これも瞬時に対応して戦線を支え、或いは例え支えきれずとも敵を漸減しながら後退して敵部隊が味方基地に到達する時間を少しでも遅らせ、到達する敵の数を少しでも減らす。

 それが本来の目的から「変質」した、現在のRAR任務の主目的であった。

 そういう意味でも、SC要員を割り当てられようが、RAR任務を割り当てられて基地で出撃を待っていようが、或いは空中に居ようが、結局は全員がスクランブル要員と同じ動きをしなければならないのだった。

 むしろ今や、RARを割り当てられて出撃している者こそが実質的にスクランブル要員であると言って良かった。

 

 それが敵降下点から1000km以内、勢力圏境界から僅か数百kmに位置する最前線基地に所属している戦闘機パイロット達の宿命のようなものだった。

 

 この日発生したスクランブルも、いわゆるESC(総スクランブル)であった。

 SC要員を割り当てられた飛行隊の詰め所だけではなく、全ての飛行隊の詰め所でスクランブル警報のベルが鳴っているESCであることは、まさにRARを割り当てられていた達也達3852TFSの格納庫や詰め所でもSC警報が鳴っていることから明らかだった。

 テレーザ達がまだ格納庫に来ていないことから、達也は比較的ゆっくりと歩いて愛機の元に向かった。

 一時間後には出撃することが分かっていたので、耐Gベストやハーネスなどの装備品は、詰め所に入る時点ですでに身に付けていた。

 

 自分の機体の元に辿り着くと、達也の機体は既に反応炉(リアクタ)が起動しており、機体管制システムが起動後のチェックシーケンスを実行しているところだった。

 機体の周りを数人の整備兵が忙しく走り回り、システムのチェックシーケンスでは確認できない物理的な問題に関するチェック項目を確認している。

 隣のスポット、さらにもう一つ向こうのスポットに止められているテレーザとジャッキーの機体についても、ほぼ同じ状態であるようだった。

 異なるのは、パイロットがまだ機体の元に辿り着いているかいないか。

 

 達也は主翼パイロンに取り付けられた、大型の四発の反応弾頭ミサイルにちらりと目をやり、コクピットに登るためのラダーに手を掛けた。

 M5.0程度の速度しか出ず、起爆地点に達するまで数十秒もかかるため起爆する前にファラゾアに撃墜されてしまう、最近では殆ど有効性を失った反応弾頭ミサイルを改良して、トップスピードをM6.5から7.0にまで向上させた改良型が取り付けられていた。

 焼け石に水だった。

 到達するまでの時間が30秒から20秒に短縮されたところで、のろまなミサイルが簡単に撃墜されてしまうことに変わりは無かった。

 地球人類が自らとその母星に損害を与えつつも、何よりも敵を撃破することを優先して、悲壮な覚悟で採用した反応弾頭の大量使用による戦線の維持或いは敵機の大量破壊であったが、今やその戦術は敵に読み切られており、まるで意味の無い攻撃に成り下がっていた。

 当たりもしない、起爆さえしない反応弾頭を危険を冒して使用するくらいであれば、弾切れを殆ど心配する必要の無いレーザー砲で地道に敵機を撃ち落としている方がまだしも撃破数が稼げるというのが現実だった。

 

 つまり今地球人類は、LOST HORIZONと名付けられた、敵戦闘機軌道降下を含む敵降下点を起点とした大量の敵戦闘機による大規模攻勢に対抗する決定的手段を何も持っていないのだった。

 次世代型の重力推進を採用した高速反応弾頭ミサイルも開発されてはいるとの事だったが、戦闘機の翼下パイロンに懸下できるほどの大きさにコンパクト化するには、まだ時間がかかるとの情報を達也は耳にしていた。

 既存のものであろうが重力推進であろうが、いずれにしても達也はもう反応弾頭ミサイルを殆どあてにしていなかった。

 

「遅くなった! ゴメン!」

 

 テレーザ達の姿が見えなかったので、ゆっくりと飛行前チェックを行っていたところに息を切らせてテレーザとジャッキーが駆け込んできた。

 二人で昼食を摂っていたと言い訳をしながら、機体の下で整備兵が気を利かせて揃えてくれていた装備品を身に付け始めた。

 達也は引き続き機体チェックを行っている。

 先日LDMSの作動試験を行った際、高速飛行による熱で機体各所に熔損したり不調になったものがあったため、色々な部品を交換していた。

 細かなところでは翼端灯やラジオのアンテナ、面倒なところでは光学シーカーのセンサー部分やレーザー通信機の送受信機など。

 付け替えた新部品はトラブルを発生しやすいものだと経験的に知っていた。

 

「オーケイ、行ける。」

 

 彼女達を待つために飛行前チェックに追加して行っていた新部品の確認は早々に切り上げ、自機のセンサー類と基地ネットワークから送られてくるデータで構成された戦術マップを眺めていたところでレシーバからテレーザの声が聞こえた。

 

「諒解。ジャッキー?」

 

「ちょっと待って・・・オーケイ。完了。」

 

「諒解。チョンインA2、出撃準備完了。全接続(オールコネクション)外せ(リムーヴ)。」

 

 達也の指示で、最後まで残してあった基地ネットワークとの接続と、整備兵達が使う整備用(ダイアグノスティ)端末(クパッド)とのコネクタが外された。

 

 前方に立った整備兵が手信号で前進を指示する。

 スロットルを僅かに開けてモータージェットの回転数を上げ、その推進力を使って格納庫の中で移動を始める。

 駐機スポットの前を横切る通路の黄色い線(センターライン)に軸線を合わせたところでGPUを起動し、-1Gに合わせる。

 格納庫の中を出口に向けて移動しながら、重量を失った機体は着陸脚のタイヤの反発力でゆっくりと浮き上がった。

 タイヤから伝わってくる地面の震動を感じなくなったところで、着陸脚を折りたたむ。

 格納庫の入り口脇で、前進して格納庫を出るように指示していた誘導員が、予想もしていなかった達也の機体の動作に、両腕を上に挙げたままの体勢で固まるのが見えた。

 

「ちょっと、アンタ、何してんの!?」

 

 すぐ後を追従してきているテレーザの声が聞こえる。

 

「チンタラしてたら敵が来る。遅れるな。付いて来い。」

 

 そう言って達也はさらに僅かにスロットルを開けた。

 格納庫の中、空中に浮いたスーパーワイヴァーンが出入り口に向けてゆっくりと加速する。

 空中を進んでくる機体に驚いた整備兵達が脇に飛び退き、地面に伏せる。

 格納庫の入り口に到達する頃には、対気速度60km/hに達していた。

 ちなみに格納庫内の制限速度は15km/h以下と決められている。

 

 誘導を放棄した、というよりもどうせ言うことなど聞く筈がないと諦めた入り口脇の誘導員が飛び退いて扉の陰に隠れる。

 その脇を地上2mに浮き、四枚の尾翼を全て水平に寝かせた黒灰色のスーパーワイヴァーンが通り抜けた。

 

「ハミコントロール、こちらチョンインA2。SPワイヴァーン三機、三番格納庫前、緊急出撃。」

 

「チョンインA2、こちらハミコントロール。緊急出撃、三番格・・・って、おい、てめえ!」

 

 格納庫から出てレーザー通信可能な状態となり、尾翼を通常位置に戻しながら緊急出撃を宣言した達也は、管制からの応答を確認するよりも前に格納庫前の空中で機体の向きを変えた。

 そしてそのままの勢いでスロットルを開け、フュエルジェットに点火し増速する。

 すでに空中に浮いており、抵抗の無い機体はジェットエンジンの推力によって一気に増速する。

 加速しながら高度を上げ、高度50mに達したところでさらにスロットルを開けてリヒートに点火。同時にGPUスロットルを前に倒してさらに加速する。

 爆発的に加速した機体は一瞬で音速を突破し、腹に響く超音速衝撃波音を地上に叩き付けるようにして機首を上げ、砂漠の上に広がる雲一つ無い青空に向けて吸い込まれるように消えて行った。

 それを追う様にして、さらに二機の黒いスーパーワイヴァーンが立て続けに衝撃波音を発しながら青空に向けて急角度で消えていく。

 

「呼び出されたら、アンタ行きなさいよ! アタシは行かないからね!」

 

 耳元で喚き散らすようにレシーバから聞こえるテレーザの怒声。

 

「呼び出しでも、厳重注意でもいくらでも受けてやる。基地が消えれば、呼び出されることさえ出来ない。」

 

 M3.0に増速しつつ高度5000mに達した愛機のコクピットで、赤い津波のように押し寄せてくる敵機の群れを戦術マップ上に睨み付けながら、ヒートアップしたテレーザの怒声に対して、感情のこもっていない冷たい声で達也は答えた。


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 「GDDだとかCOSDARだとか、色々揃ってんのになんでいつまでもRARやってんだ?」

 と不審に思っていた方も居られたかも知れません。

 この様な理由です。


 パイロット詰所のモニタ画面とか、整備兵が使っている整備用パッドとか、徐々に電子化が戻って来ていますが、軍事施設内などでの限定的なものです。

 一般的には、所謂IT技術関連は、第二時世界大戦前レベルに後退したままです。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 感想は初めてです。 描写が細かいので毎話楽しみにさせて頂いています。 [気になる点] 探知出来ているか出来ていなかったか程度の違いだと思いますけどRARというか、もはやBARCAPですね。…
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