9. 戦況の好転
■ 8.9.1
Zone5-04の敵を一掃した達也達六人は、そのままの勢いでZone5-03に雪崩れ込んだ。
勿論、地球人類側が行っているものと同じエリア区分と線引きを敵が行うわけなど無く、Zone5-04で六人が戦っている間も、Zone5-03から続々と敵がエリア04に流れ込んでくる。
Zone5-03に移動したというのはまさにその文字通りの意味であり、達也達六人が次々と敵を撃破し次の敵を求めて移動した結果、Zone5-04の敵を粗方殲滅し終わって、戦闘を行う空間がZone5-03に移っていっただけの事である。
達也達が主戦場を移した時点で、Zone5-03には約四百機のファラゾア機が存在した。
地球人類側は、ハミ基地所属の3854TFSと3855TFS、3856TFSによってローテーションを組みつつ敵の侵攻を抑えようとしていたが、当初約五百五十機存在した敵機に対して四十五機によるローテーション、実質二十機程度での戦線構築では明らかに戦力不足であり、すでに三機が撃墜され、四機が中破戦線離脱していた。
しかし、明らかに劣勢である事を承知で戦線を構築し、二十倍もの数の敵に挑みかかっていった彼等の勇猛果敢な働きは無駄では無く、五百五十機ほどが確認されていたZone5-03内の敵機を四百二十機にまで減ずることに成功していた。
とは言え劣勢である事には間違いなく、前述した被害の発生と、そしてZone4-03に展開した敵群に押し込まれて、Zone5-03に入り込んだ空域まで撤退を余儀なくされていた。
Zone5に入り込まれてしまうと、彼等の後方トルファン基地までは100km足らず、比較的距離のあるハミ基地でさえ150km程度と、ファラゾアの移動速度を考えるならばもうすでに基地の目と鼻の先にまで攻め込まれているも同然であり、もうこれ以上後ろに下がる訳には行かなかった。
「チャオリエ03、こちらビァンシャンリーダー。ウチのクソガキどものリフュエリングはまだか? 支えきれない。さっきから50kmも後退している。一小隊でも良い、早く戻してくれ。」
「ビァンシャン01、こちらチャオリエ03。ビァンシャンA1、A2はリフュエリングキューに入っている。A1のリフュエルがあと五分ほどで開始される。」
「クソ! まだ始まってさえいないのか。」
「済まないな。ちょっとしたトラブルで、タンカーがスイッチした。その分十分遅れだ。」
「クソッタレ、よりによってこんな時にトラブりやがって。分かった。俺が墜とされる前には何とかしてくれ。」
「(え? こっちに入る? 確認した。助かる) ああ、ビァンシャン01、済まなかった。喜べ。エリア04から増援が入る。ビァンシャンはエリア02寄りの西側に移動だ。」
「エリア04から?」
3854TFS飛行隊長はAWACSからの情報に戸惑いを禁じ得なかった。
エリア04は戦線の東端だ。
当然のことではあるが、戦線というものは両端に行くに従って敵味方の密度が薄くなる。
AWACSのオペレータは無能ではない。
敵の脅威度が低いところに余剰の戦力を割り当てたりなどしない。
通常、戦線の両端は、敵の絶対数は少ないが戦線の他の部分に較べて敵味方の比率が厳しくなるように、言い換えるならば、敵の絶対数が多い戦線中央部分により厚く味方戦力を配置できるように割り振られている。
今現在戦線の東端であるエリア04に、こちらに送って寄越すほど戦力の余裕があるとは思えなかった。
「Zone5-04の敵は片付いた。エリア04の戦力を03に移動させる。ビァンシャンはより中央寄りに移動してくれ。」
エリア04は3853TFSの十五機が担当していたはずだ。
エリア03の状況から見て、04にも三百機以上の敵は居たはずであり、たった十五機のシャンシーチー隊でこんなに早く三百機が片付けられるとは思えなかった。
それどころかローテーションを含めた戦力比から考えるなら、むしろ撃破される可能性の方が高い。
「戦力を移動? 何を言っている? シャンシーチーの連中は04をクリアしたのか?」
自分の常識と照らし合わせてあり得ない情報を与えられたビァンシャン隊の隊長は混乱する。
「訳が分からんのはこっちも同じだ。臨時編成の有力な部隊が増援に入っている。エリア04はクリアだ。臨時編成のフェニックス小隊とドラゴン小隊が、シャンシーチーの生き残りを連れてエリア03Eに突入した。そろそろアンタんトコからも見える頃だ。」
言われてビァンシャンリーダーは東の空に目をやった。
フェニックス? ドラゴン? 聞いたことの無い部隊名だった。
視野の中、数km先を戦闘中とは思えない美しいデルタ編隊が横切る。
その脇を、好き放題飛び回っているとしか思えない地球人類側の黒い機体がさらに三機、バラバラに飛びつつも連携を保って見る間に次々と敵を撃墜していく。
最初は、デルタ編隊を組んでいるのが本体で、その周りを護衛機が飛び回りながら取りこぼしを始末していって居るのだと思った。
僅かの間にその間違いに気付いた。
護衛だと思っていた三機の中に飛び抜けて技量が高い者がいる。
加えて、デルタ編隊を組んでいる三機の連携も、まるで洗練されたダンスを見ている様だった。
その六機は、時に単機が先行して切り込みその後を残る二機とデルタ編隊の三機が追従したかと思えば、別の時にはデルタ編隊が火力にものを言わせて突っ込んだ周りを固め、六機合わせて火力の集中を行ったり、周囲の掃討を行うなど、対ファラゾア格闘戦のセオリーなど無視して臨機応変縦横無尽に戦闘空域を駆け巡り、身動きが取れないほどに空間を埋め尽くしていた敵機をまるで押し潰していくかの様に次々と撃破し、見る間に戦闘空間内の敵の密度を低下させていった。
「なんだありゃ? トルファンかどこかに新手のチームが配属されたのか? 人間業じゃねえぞ。」
ビァンシャンリーダーは、墜とされないように敵の攻撃を回避しながら正面に現れた敵には攻撃を加えつつも、先ほどAWACSからもたらされた情報の対象であろうその六機から目が離せず、思わず呟いた。
そうしている間にもその六機は、ファラゾア機かと見まごうばかりのあり得ない機動で、次々と敵を撃破していく。
ファラゾア機を撃破していくところを見ると、その六機はやはり味方のようだった。
さらに言うなら、敵の動きだけではなく自分以外の味方五機の動きに対しても機敏に反応して臨機応変に動きを変えるその素早さと柔軟性は、それら六機がファラゾアの機体ではあり得ないということを示していた。
「新手じゃ無い。トルファンとハミの合同臨時編成部隊だ。正確に言うなら、両基地のトップエースだけを集めたドリームチームだ。」
チャンネルを切っていなかったので、ビァンシャンリーダーの呟きはAWACSに筒抜けだったようだ。チャオリエ03が答えた。
「トップエース? チョンイン(3852TFS)か?」
ちなみに3854TFSは達也達3852TFSと同じくハミ基地の所属である。
トップエースと言われて、達也の3852A2小隊と、武藤の3852B2小隊を含む3852TFSを直ぐに思いついてしまうのは無理からぬ事であろう。
「それとトルファンの3875TFS、ダンティングイな。要するに、始末屋達だけでドリームチームを組むとああなっちまったんだ。」
「始末屋・・・死神どもか。格闘戦能力の高さは認めざるを得ん、か。」
ビァンシャンリーダーは、HMDバイザーの下で僅かに眉を顰めながら、舞い踊るように戦場を駈け、手近な敵を次々と撃墜していく六機を見た。
エリア04から進出してきた彼らは、遅ればせながら同様にエリア03に突入してきたシャンシーチー隊九機の、彼らに比べれば僅かな戦果でしかない助けも借りて、エリア03の東側の戦闘空域に於いて着実に敵の数を減らしていっており、今や彼らが暴れ回っているエリア03東端辺りの空域は、元々彼らが割り当てられていたエリア04同様に敵戦力の空白域と化しつつあることが、コンソールに表示されている戦術マップ上でも判別できるほどに敵マーカの密度が低下していた。
そのエリア03の東側空域、即ちZone5-03Eを新参の臨時編成部隊に明け渡し、新たに指示されたZone5-03Wで戦うビァンシャン隊は、周辺の空域での戦いの形勢が徐々に自分達に有利になってきていることを肌で感じていた。
何よりも、抑えておかなければならない空域がエリア03の西半分だけになった事でやり易くなった。
エリア03の東側で連中が大暴れしてくれるおかげで今や敵の目は完全にそちらを向いており、次から次へと敵がエリア03Eに流れ込んでいく。すると相対的にエリア03Wの敵密度が下がる。
味方機の密度が上がり、逆に敵機の密度が下がっていく。
守らなければならない空間が狭まり、戦わねばならない敵の数が減る。
何よりも、常に周りに気を配り警戒しなければならない敵からの攻撃の密度が下がる。
効率よく敵を攻撃できるようになり、被弾が減る。
余裕を持ってローテーションを行う事が出来る様になり、味方側の戦力が整っていく。
そしてさらに戦いやすくなる。
それは言わば「状況好転のスパイラル」とでも呼ぶべき変化が、臨時編成部隊であるフェニックスとドラゴンが攻め込んだエリアの近傍で発生していた。
「行ける。行けるぞ!」
戦いやすくなり、率いるデルタ編隊で次々と敵を撃破しながら、ビァンシャンリーダーは思わず口に出して叫ぶ。
ヘルメットバイザーの下で、知らず知らずのうちに口角が上がり、引き攣ったような喜びのような表情で、喜声を発しながら眼は敵のマーカを追い続け、その意識を追う様に身体に染みついた動作が意識することもなく手足のように機体を操り、敵に照準を合わせて右手のトリガーを引く。
フェニックス小隊とドラゴン小隊は、Zone5-03E空域での敵が少なくなってきたのか、徐々にビァンシャン隊が戦うZone5-03Wにも進出してきていた。
ビァンシャン隊の戦いがさらに優勢なものとなり、その影響はさらに隣のZone5-02にも現れ始める。
Zone5-02空域からも敵機がZone5-03へと向かって流れ込み始めるが、それらの敵機は最初から戦闘空間中に突如発生した異物、すなわちフェニックスとドラゴンの二小隊六機に注意が完全に向いており、その手前の空間で戦い続けているビァンシャン隊には眼もくれずにZone5-03Eに殺到する。
自分達が攻撃の対象とされていないのを良い事にビァンシャン隊は、失敬にも彼等を無視し受け持ちのエリア内を通過してZone5-03Eに殺到しようとする敵に対しても、脇からつつき墜とすように攻撃を加えて撃破数を増やしていく。
その状況好転によって発生した半ば浮かれたような雰囲気の中、皆眼の前の敵を墜とすことに必死で、最前線から少しだけ引いた空間で敵が妙な動きをしていることに気付ける者が、まさに今最前線で戦っている現場パイロットの中に居なかったのは仕方の無いことであろう。
地球人類側の領域区分で言うならZone4-02に属する空間に、他よりもファラゾア機密度の高い部分が発生していた。
距離が近く直接の目視でそれを確認する事が出来る最前線のパイロット達であれば気付けたかも知れなかったが、既に表示数が飽和しており、敵群体を広範囲で観察する為のグラデーション表示となってしまっているAWACSのCOSDAR画面では、その変化は余りに小さすぎて捉えることが出来なかった。
最前線から僅かに引いた場所で、瞬く間に密集隊形を組んだ百機ほどの敵は、紡錘形の集団を形成して、突然加速し始めた。
流石にここに至ってはCOSDAR画面上にも敵密度の異常と、その集団が急加速した事を示す情報が明らかに現れてきた。
そしてそれを見逃すほどAWACSオペレータは間抜けではない。
「Zone5-02のリューフォンとチョンイン、Zone4-02の敵に異常な動きが見られる。百機前後の集団が突発的に加速して戦線に突撃中。迎撃せよ。」
COSDARの解像度を上げるが、周辺から発せられる多くの電波や重力波との干渉が発生し、突出しようとしている敵集団の詳細情報が得られない。
「チャオリエ03、こちらリューフォン02。眼の前を百機ほどのクイッカーが密集隊形を取って北に向けて吹っ飛んでいった。その向こうにもう一つ集団が居る。マズいぞ、あれは基地の方角だ。敵の追撃が激しすぎて、追いかけられない。何とかしてくれ、頼む。」
Zone5-02を割り当てられている3855TFSからの悲鳴のような通信がAWACSオペレータのレシーバに届く。
最前線から基地まで僅か150km。
ファラゾア機の脚であれば、僅か一瞬の距離だった。
オペレータは空域全機を対象としたチャンネルに通信を切り替えるボタンを叩き、画面を睨み付けながら叫ぶ様にマイクに向かって指示を飛ばす。
「空域の全機に告ぐ。空域の全機に告ぐ。Zone5-02に敵百機からなる集団が、急速に北上中。数二。敵の目標はトルファン基地とハミ基地だ。60秒後にはトルファン基地に到達、80秒後にはハミ基地にも到達する。迎撃せよ。」
ローテーション待機していた数小隊が、敵の突出を止めようと動いているが、十機程度で止められる敵の動きではなかった。
状況を理解した隣の席に座るチャオリエ04担当のオペレータが、ハミ基地に向かう敵機群に対応し始める。
ヤバい。
ロストホライズンでもないのに。
汗が眼に入るのも構わず、矢継ぎ早に戦線の小隊に指示を飛ばし始めるオペレータ達の眼はどれも、明らかにトルファン、ハミ両基地を目標として突き進む、モニタ上の敵集団にを睨み付けるように注視していた。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
どうにか更新にまで漕ぎ着けました。
来週後半になれば、多少は状況が落ち着くと思うのですけどねえ・・・