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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第八章 Base Deffence (基地防衛)
179/405

8. Wiped out (殲滅)


■ 8.8.1

 

 

 今達也達が戦っているZone5-04を管制しているAWACSであるチャオリエ04に対して達也は「殲滅(wipe out)」と宣言したが、その予告通りの状況が徐々に生まれつつあった。

 

 普段は一般兵士を半ば教導する様な立場で小隊長の位置に着き、ファラゾア降下点に対する防衛拠点である最前線の基地で、一般の飛行隊に組み込まれて作戦行動をとっている彼等であった。

 彼等の部下として小隊を組んでいるのは各基地でも選り抜き伸び盛りの若手エースパイロット達であるのだが、それでも彼等666th TFWの面々に取っては、動きの悪い部下に常に気を配り世話をしなければならない、言わば手枷足枷を付けられた様な状態であったと言って良かった。

 

 戦闘中のGストレスを大きく軽減し、且つ機動力を飛躍的に向上するGPU(重力推進器)や敵と渡り合えるだけ射程の長い機載レーザー砲はおろか、戦闘前後の戦闘空域と基地間の移動において巡航状態での燃料切れの問題をほぼ無くした航空機用核融合炉や、数十km以遠の敵を探知できるGDD(重力変位探知器)も存在しなかった時代、ともすると数十年も前に開発された格闘戦重視の改良型第四世代戦闘機を駆って、全世界的に新兵の一年後生存率が30%程度、一般兵の生存率がようやく60%に到達するかどうか、最前線基地に限って言えばさらに酷い数字が並ぶという、泥沼という言葉でもまだ甘過ぎる最悪な戦いを生き残ってきた彼等の戦闘技術は、その後世界各地の戦線を転戦することでより磨き上げられて、一般兵とは完全に隔絶するものにまで昇華されていた。

 

 言葉は悪いが、その足を引っ張る部下達を全て切り離し、一騎当千の超エース達だけで部隊を編成した結果、これまでは部下達の面倒を見て、彼等が墜とされない様に気を遣う事に割いていたリソースを、眼の前に居る敵を叩き墜とすことに100%割り振る事が出来る様になった。

 部下を率いて遠慮しながら戦っても、その部下二人を含めた小隊全体の能力を引き上げ、他の一般兵士の編隊の数倍のパフォーマンスを発揮させる様に出来る者達が、他者の都合など全く気にせずその持てる力の全てを自分自身の戦いに注ぎ込んだ。

 

 達也は、見える敵を手当たり次第全て撃ち墜とした。

 その高い戦闘技術を使い、普通なら手が届かない筈の所にいる敵を叩き、向かってくる敵を撃破し、常に数手先の攻撃へと機動を繋げながら、息をつく暇も無いほど次々と敵に照準を合わせ、撃墜し、次の獲物を探す。

 

 武藤はそんな達也の動きをフォローするかの様に動いていた。

 いかな達也とは言えども、空域に存在する敵機を片っ端から余すところ無く殲滅していくことは不可能だ。

 達也が周りの敵機を手当たり次第撃墜して駆け抜けたあと、まるで空白地帯となった様な空間に達也機を追って殺到しようとする敵機を、達也機の少し後ろを追いかける様にして、まるで達也機を囮にしてそれを追いかける獲物に次々喰らい付く様にして、多量の撃墜数を稼いでいく。

 

 達也と武藤と同じ小隊となったマリニーは、当初戸惑っていた。

 この戦いの常識として、小隊長が次々に選択する適当な目標に対して、小隊は互いに助け合いつつ、時には火力を集中してデルタ編隊のまま突撃し、時には散開(ブレイク)して僚機を狙う敵機を互いに墜としあうというのが編隊戦術のセオリーだった。

 以前北極圏で彼等と共に戦ったときの経験で、達也も武藤も個人技を最大限に生かして戦うスタイルだという事は一応知ってはいた。

 しかし、数百数千と云った大量の敵機を前にしてもスタイルが変わらない、その余りにセオリーからかけ離れた戦い方は彼女の理解の範疇から大きく外れており、好き放題やりたい放題戦闘空間を泳ぎ回る達也と武藤の動きを見て、自分はどうすれば良いのか途方に暮れてしまった。

 しかし彼女は気付く。

 達也や武藤と較べると戦闘技術的に一歩譲る実力とはいえ、彼女もこの地球上で戦う無数のパイロット達の中から選抜され666th TFWに組み入れられるだけの技術と経験を有しているのだ。

 二人の内、戦闘技術が飛び抜けて高い達也が躊躇無く敵群の中に切り込んでいき、その切り込みによって大混乱した敵に追い打ちを掛けているのが武藤、という基本的なパターンで二人は動いていた。

 

 では、自分はどうするべきか。

 彼女は武藤のさらに後ろに付き、敵機群の中に大混乱を巻き起こして切り込んでいく二機を狙う様にしてカバーに入った敵が二人のことばかり注視しているのを良い事に、それらの敵機を後ろから次々と撃ち落とすという役割を見つけた。

 自分は戦闘技術では二人に及ばない。

 しかしそんな自分でも撃墜数を稼げる方法がある。それを見つけた。

 前を行く二人はとにかく敵を墜とすことを目的として戦っている。

 その二人を囮にするようで少々気が引けるが、結果的に大量の撃墜数という戦果を得られるのであれば、二人はこの戦い方について何も言わない、むしろ数を墜とせる方法を考えついたとして上機嫌にサムアップを送って寄越すだろうと思った。

 

 沙美を隊長としてジェインとナーシャで構成される一時編成ドラゴン小隊は、比較的セオリー通りの戦い方をしていた。

 とは言うものの、これまでの666th TFWの任務の中でも三人組でまとまって動かされることが多かったこの三人によって組まれたデルタ編隊による格闘戦は、各人の格闘戦技術という点でも、編隊内の連携という意味においても、一般の兵士達が行っている小隊単位での戦闘とは完全に一線を画したものであった。


 三角形の頂点に沙美機が居り、一般の兵士達ではとても選ばないであろう敵の密集エリアを突撃目標として選択して切り込んでいく。

 左右を固めるジェインとナーシャの機体は、ただ隊長機に追従して前方に火力を集中するだけでなく、当然必要に応じて分散して敵の攻撃を躱しつつ前方広範囲の敵を相手取り、さらには進行方向に対して機体を横向き、時には後ろ向きにする事で左右後方までをも含めた極めて広範囲の敵に対応していた。

 それを率いる沙美の機体も、二人の機動に呼応するように前後上下へと機体の方向を変える。

 結果的にこの三機で、進行方向に対してほぼ360度、全球方向への対応が可能であり、彼女たちの編隊が駆け抜けた後には広範囲にわたってぽっかりと敵機が居ない、まるで虫食(ワーム)い穴(チューブ)の様な空間が出来上がることとなる。

 

 達也達の戦術を、個人技を軸に組み立てたランダムな単機三連攻撃と考えるならば、沙美達の戦術は究極的なデルタ編隊攻撃と見なすことが出来る。

 いずれにしてもこの二編隊、六人によって行われたZone5-04における敵殲滅を目的とした攻撃は成功した。

 

 この戦闘空域を管轄するAWACSであるチャオリエ04が達也達に知らせたとおり、現在戦線を構築しているファラゾア機は、達也達が戦闘に突入した時点で約二千二百機ほどであった。

 二千二百機はZone5-02を中心としてZone5-35からZone5-04に分布しており、達也達が突入したZone5-04には約二百機強の敵機が存在していた。

 正確には二百十二機の敵がZone5-04で戦っていたのだが、達也達が突入して僅か十分後には百五十四機のファラゾア機が撃墜され、残る五十八機は戦線から離脱して降下点方面に撤退するか、或いはZone5-03の戦線に合流するかしてこの空域から離脱していた。

 

「チャオリエ04、こちらフェニックスリーダー。Zone5-04エリアクリア。フェニックスとドラゴンは引き続きZone5-03にて敵の排除を行う。」

 

「は? 何だって?」

 

 達也からの報告を聞き、耳を疑ったチャオリエ04のオペレータは思わず訊き返していた。

 上空に浮かんだ母艦から続々と大量の増援を送り込んで、一万五千機を超える戦力で雪崩れ込むように一斉に攻め込んでくるロストホライズンに比べて小規模とは言え、それでもハミ降下点近傍に駐留していると予想された五千機の半数ほどが今日の攻撃に参加しているものと見られていた。

 数十機、或いは数百機という戦闘機を投入して、それでもなお十倍以上の戦力を持つ敵に立ち向かい、敵の大波を食い止めるのがやっと、どうにか少しずつ押し返して、何かを切っ掛けに敵が諦めて引き上げるまで死なないよう墜とされないよう、そして突破されない様に必死で耐え忍ぶというのがこの手の攻勢を乗り切るいつものパターンだった。

 数十機以下の平時の敵巡回部隊を相手にする場合ならともかく、そのような大規模な攻勢の時に「エリアクリア」などという景気の良い言葉を聞くことなどあり得なかった。

 

 聞き返しはしたもののそれ以上達也からの返答は無く、信じられない言葉を聞いたAWACSオペレータは、GDDを中心に多種のセンサーを組み合わせた探知結果を表示する複合探知機(COSDAR: COmplexed Sensor Detecting And Ranging)のモニタ画面を見て目を剥いた。

 

 通常ファラゾア機はモニタ上に赤色のマーカで表示されており、ロストホライズン時などに目標が多過ぎて表示しきれない、或いは重複して読み取りが困難になる場合などには、緑から赤へと変わるグラデーション着色で敵密度が表示されるようになっている。

 併せてファラゾア降下点近傍、まさに今現在チャオリエ04が担当する空域では、モニタ上にファラゾア降下点を中心としたエリア区分、即ち降下点を中心として100km単位で同心円上に設定されたZoneと、各Zoneを36分割したエリアが補助線で表示されるようになっている。

 

 そのCOSDARモニタ上で、青色のマーカで表示される達也達六機が今まさに後にしようとしているZone5-04が真っ暗だった。

 即ち、その空域に一機のファラゾアも存在しないという事を示していた。

 そんな筈は無かった。

 つい先ほどまで、モニタ上で暗い緑色の線で区切られたZone5-04は、ファラゾア機の存在を示す二百個ほどの赤色のマーカで埋まっていたのだ。

 そこに元々エリアを割り振られた3853TFS(シャンシーチー隊)の十五機と、指示を無視して追加で突入した始末屋(EXECUTOR)どもの六機を示す青いマーカたった二十一個が、敵マーカで埋め尽くされて真っ赤なエリアの中にパラパラと頼りなげに表示されていたのだ。

 しかし今そこに敵を示す赤いマーカはひとつも表示されておらず、二つのデルタ編隊を組んで意気揚々とZone5-03へ向かって突き進む始末屋達六機と、圧倒的多数の敵を死にそうな思いでどうにか支えて戦線を維持していたところに突然やってきた味方六機に全ての敵を横取りされ、獲物を横取りされたと怒るべきか、苦しいところを救ってくれたと喜ぶべきか、いずれにしても追いかけるべき敵が全く居なくなった空間で所在なさげに戸惑い取り残された3853TFSの十五機の青いマーカが表示されているだけだった。

 

「マジかよ。あいつらホントに全部掃除しやがった。」

 

 オペレータは、一般の管制室と同じ様に暗く明かりが落とされた管制母機の機内で、自分が担当する無人AWACS機から送られてくるデータをモニタ上で確認しながら呆然と呟いた。

 今現在フェニックス小隊、ドラゴン小隊と名乗る臨時編成の二小隊を構成している始末屋達の格闘戦技術に疑いを持ったことは無いが、とは言えまさか宣言通りにZone5-04の敵を一掃してみせるとは思ってもいなかったのだ。しかも僅か十分足らずという短時間で。

 

「チャオリエ04、こちらシャンシーチーリーダー。ダンスの相手が突然誰も居なくなったんだが、俺達ゃどうすりゃいい? 一回リフュエリングに戻って良いか?」

 

 眼の前の敵を一掃されてしまい戸惑う3853TFSの飛行隊長からの通信で、呆けたようにモニタを凝視していたオペレータは我に返った。

 

「あ、ああ・・・構わない。シャンシーチーはリフュエリングに回ってくれ。途中、被害状況を確認して、損害のある機体は完全に基地に戻してくれて良い。」

 

「チャオリエ04、それだとウチの隊の半分以上基地に戻すことになりそうだが、良いのか?」

 

 数で攻めてくるファラゾアに対して、機動力というより正確には反応速度だけで対抗している地球人類側の戦闘機隊は、常に数の不足に喘いでいた。

 今日の攻勢も、ファラゾア機三千を、たった十二部隊百八十機で迎え撃っていたのだ。

 しかもこの百八十機という数字は攻撃に出た地球側戦闘機の総数であり、ローテーション待ちにより戦線から僅かに引いた空域で控えている機体や、燃料の補給で一時的に戦線を離れなければならない機体を考慮に入れると、実際に戦線に常に置いておける戦闘機の数はその半数九十機が上限であった。

 3853TFS隊長の問いは、その様な数的逼迫を常に抱えている地球人類側の戦力を慮ったものであった。

 

「・・・ああ。構わない。どうやら今日はこれ以上ローテーションに悩まされずに済みそうだからな。」

 

 未だ僅かに上の空と云った口調を残して通信するオペレータは、既にZone5-03に移動を終わり、そのエリアに存在する先ほどまでのZone5-04よりも多い赤いマーカを蝕むように消し始めた六個の青いマーカの動きを眼で追いながら言った。


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 済みません。一回飛ばしてしまいました。

 言い訳ですが、リアルの仕事の突発的な波が大きすぎて。

 来週も更新が不安定になる可能性大です。すみません。

 

 さて。

 AWACSのオペレータ、お前モニタ見てなかったんかい、と突っ込みたくなるところですが、そこは演出という事でひとつ。


 元々変態機動の多かった達也君ですが、重力推進を手に入れて変態度合いに磨きが掛かってます。

 変態機動の進化形は? 超変態? ド変態? 

 ・・・ド変態機動だとなんか、にゅるりと滑るように地を這って、女の人のスカートの下に潜り込んで上を見上げ、そのままの体勢で気付かれずに追跡し続ける、というような「機動」を想像してしまうんですが。

 目標の意表を突いた動きで懐に潜り込み、思いも寄らぬ位置からの攻撃で目標を撃破する、という意味ではなんか似たような動きのような気もします・・・が?

 

 

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