7. Element 'Phoenix' (フェニックス小隊)
■ 8.7.1
数年前ブレーメンにあるMONEC社の工場で当時の最新鋭機であったワイヴァーンを受け取った後に北極回りでシベリアに移動した事があり、その時と全く同じ面子であったからか、いつの間にか達也が集合した六人の666th TFWメンバーのリーダーであるという流れが出来上がっていた。
新兵のように何から何まで手取り足取り世話をしなければならないような連中では無い。
全員がヴェテランパイロットであるので、状況と相手の挙動から判断し、ともすると何も言葉を交わすこと無くとも互いに意思疎通が出来てしまう程の手練れ揃いだった。
そんな「手のかからない」連中のリーダーであれば何を苦労するとも思えなかったので、達也は特に渋ることも無くそのリーダー役を引き受けた。
「X01、X02、X06がA小隊、X03からX05の三機でB小隊な。全くお前ら、何から何まで無茶苦茶やりやがって。こっちに尻拭い押しつけんじゃねえよ。」
「小隊構成はそれで良い。何か面倒押しつけたか?」
達也はリーダーとして、空域担当管制機であるチャオリエ03と交信して、666th TFWの六人で臨時の小隊を二つ編成することを伝えていた。
「は? 何もかんもだ。勝手に編隊組み替えやがって、事もあろうに他の基地の他の飛行隊とで編成しやがって。」
「味方部隊に損害が発生した場合の、前線での現地再編成だ。問題無いはずだ。」
「問題ねえよ。で、そのイレギュラーな再編成の詳細データをシステムに手入力するのは誰だっけ?」
「あんたの仕事だ。頑張ってくれ。」
「ざけんな。補給機を壊しやがって。代わりの補給機をウルムチから呼ばなきゃならなくなっただろうが。余計な手間だ。ああ、そうだ。チューグイ02からX05へ伝言がある。」
「伝言?」
「ああ。『このクソポルスキー、覚えとけよ、絶対ぶっコロス』だと。なにやった?」
「あー。補給中にちょっと親交を深めてたみたいだ。俺も詳しくは知らん。彼女に聞いてくれ。」
「止めとく。何か知らんが、巻き込まれたら面倒そうだ。面倒で思い出した。部隊名決めろ。仮編成でも、名前がないのは不便だ。」
「部隊名、か。」
今、このハミ降下点に対峙する各基地に配備されている飛行隊に付けられている部隊名(愛称)は、全て中国の英雄譚の登場人物の名前から付けられたと聞いていた。
似た様なところから付けるとすれば。
亀はあり得ない。虎、は陳腐だった。
やはり竜と不死鳥か。
「フェニックスとドラゴンは使われているか?」
「そんな誰でも使いたがる名前なんて・・・ちょっと待て・・・いや、案外使われてないもんだな。コテコテ過ぎてビビって逆に誰も使わなかったか。大丈夫だ。使える。」
「なら、X01(達也)の小隊がフェニックス、X03(沙美)がドラゴンで頼む。」
ちなみに、中華連邦領域にあるもう一つのファラゾア降下点であるシベリアのノーラ降下点に対して中国北部に配備されている国連軍の航空隊も、やはり古代中国の英雄達の名前を使用している。
「オーケイ。登録した。システムデータの細かい入力調整はこっちでやっとく。それよりさっさと前に出て前線を支えてくれ。そろそろローテーションが回らなくなってくる。」
達也達六小隊が既に前線から抜けているのだ。
幾ら続々と戦力を投入しているとはいえ、増援の部隊も燃料がなくなりもすれば、傷付きもする。
その様な後続の部隊も当然補給をせねばならないし、戦闘続行不能と判断されれば基地に戻って整備や修理を受ける事となる。
二段構え、三段構えのローテーション要員は組まれているが、損傷して戦線を離脱する部隊が増えれば、そのローテーションを回すのも徐々に苦しくなっていく。
管制を行っている側としては、達也達の様な生きが良く、また一機で数機分の働きが期待できる者達には、一機でも多く、少しでも早く戦線に戻って欲しいというのが本音であろう。
「諒解。現在の戦線の状況は?」
達也はAWACSとの会話を続けながら、既にデルタ編隊を組んでいる武藤とマリニーにハンドサインで前進を伝える。
臨時に編成されたフェニックス小隊三機がゆっくりと前に出る。
それを見ていた沙美達のドラゴン小隊三機も同様に行動した。
「現在、敵の残数は約2200機。Zone4からZone5に少し入った辺りで、エリア35から04に掛けて展開しているのは変わらず。Zone5-02を中心にして分布している。現在味方が一番手薄なのは、Zone5-02。敵が多い分、味方の損害も大きくて離脱が多数発生している。Zone5-02に向かってくれ。」
「諒解。フェニックスおよびドラゴンは、Zone5-04に向かう。」
「おい、何を聞いていた? Zone5-02が手薄だって言っただろ。Zone5-02だ。」
「分かってる。端から片付けていった方が無駄が無いだろう?」
「はぁ? 何を言ってる?」
「片っ端から全部墜としてくんだよ。(Let them be wiped out all)」
「・・・・・は?」
「フェニックスリーダーより各機。フェニックスとドラゴンはZone5-04に向かう。空域到着後、全ての敵を殲滅しつつZone5-35へ移動する。途中ジェット燃料の補給は各小隊ごとに行う。行くぞ。」
そう言って達也はGPUコントローラを前に倒すと、その指示に従い機体はまるでラケットに引っ叩かれたボールのように、リヒートの炎も無く突然前方に向けて加速した。
武藤の雷火と、マリニーのモッキングバードが一拍遅れてそれに続き、ドラゴン小隊の三機のモッキングバードがさらにそれを追い掛ける。
「そうだ、チャオリエ04。言い忘れていた。済まんが新しいタンカーを早めに用意しておいてくれ。一時間程で戻ってくる。今度はまともなブーマーが乗ってる奴にしてくれよ。」
「クソッタレ、ふざけんな。そこの女が潰したタンカーだぞ。タンカーはあと十分ほどでウルムチを出る。手前ぇ等がガス欠になる頃には到着してる。さっさと行きやがれ、この疫病神どもが。」
「諒解。頼りにしてるぜ。」
AWACSと会話している間にも機体は音速の数倍の速度で進む。
僅か150km程度であれば、一分半もあれば到着する。
流れている視野の中、戦闘空域が急速に接近してくる。
黄土色の砂漠の上、雲ひとつ無い空に散る黒色の味方機と、白銀色の敵機。
味方機が時々発生する飛行機雲は、戦闘空間の場所を示す良い目印になる。
「前方戦闘空域確認。敵機視認。このままど真ん中に突っ込む。突入後は、各隊毎に行動。とにかく手当たり次第全部墜とせ。幸運を祈る。」
戦闘空域のど真ん中に、突然黒灰色の鋭角的な形状をした機体が現れる。
その後ろに、流れる様な外形を持った少し大きめの機体。
その脇に、大きく目立つエンジンフードが特徴的なまた別の黒い機体。
三機は戦闘空域外から音速の三倍を超える速度で突入してきて、戦闘空域の中央で一瞬だけほぼ静止した。
その三機の周りを、行きの駄賃とばかりに破壊されたクイッカーが、煙を噴きながら落ちていく。
先頭の黒いスーパーワイヴァーンが真っ直ぐ加速し上昇する。
その左後ろ、二番機の位置に居た雷火が、大きく機体を左にバンクさせて、旋回しながら急加速する。
雷火の右側に居た、黒灰色に鈍く光るモッキングバードが右に機体を傾け、あり得ない角度で急旋回しながら加速して一瞬で亜音速に到達する。
達也は上昇しながら左右に群がった敵機を数機血祭りに上げた。
濃紺の空が視野一杯に広がる。
周囲に敵がいないことを戦術マップで確認し、クルビット機動で機体を反転させて下を向いた。
HMDの中、敵十機に追いかけられる二機の味方機を見つけた
コンソールにタッチして300mmレーザーに切り替え、その間に自機を操作して目標をガンサイトに入れる。
ターゲットセレクタを操作し、味方を追いかける先頭のクイッカーに照準を合わせてトリガーを引いた。
300mmレーザーを受けた敵は一瞬で火を噴いて吹き飛ばされ墜落する。
武器を通常の200mmに切り替え、スロットルを最大に開ける。
エンジンの回転数が急激に上がり、機体を伝わってくる金属音が甲高くなる。
ジェットエンジンはそのままリヒートモードに突入し、ジェットノズルから錐の様に尖った青い炎が噴き出す。
同時にGPUコントローラを倒して、一瞬で消える様に加速する。
視線の焦点は合わせていないが、常に視野の中で捉え続けてているガンサイトに入る敵は、レーザー砲の照準が合うたびに半ば無意識にトリガーを引き、次々と撃墜していく。
操縦桿を傾け、機動に併せてスロットルを動かし、さらに良い攻撃位置を取るためにGPUコントローラを動かす。
目は常に敵の群れを追い求めており、今現在攻撃を仕掛けている敵を視野の中に捕らえて意識しつつ、視線は次の敵に対して優位な攻撃位置を探している。
大加速し、機体を傾けて旋回。
旋回しつつGPUの操作で上下左右に機体が滑る様に移動する。
尾翼四枚とカナード翼によって姿勢制御される機体は、その様な機動の中でも任意の方向に機首を向けることが出来、常に敵の姿をガンサイトに捉え続ける。
空力的に一応まだ仕事をしている主翼が、機体を傾け、回転させ、上昇下降させる。
カナード翼と尾翼が姿勢を制御し、針路の微調整を行う。
そこにGPU推進が、機体の向きとは関係なく任意の方向への移動を加える。
大気を切り裂いて飛び、大気を掴んで向きを変え駆け回るが、しかしその動きは既に空力航空機のそれとはかけ離れていた。
前方に水平に加速する中、姿勢を変えずいきなり上方にさらに高加速。
機体を傾けた旋回中に、突然軌道を変え、機体姿勢を変えて脇に居る敵機の群れを叩き落としながら旋回を続ける。
上昇しながら突然後ろを向き、追撃する敵機を次々と叩き墜としつつ、さらに加速して上昇し続ける。
急降下中に機体姿勢だけ水平にして、味方機を追いかける敵機の群れを次々に叩き落としながらも下降を続ける。
砂丘を右へ左へと縫う様に避けながら地表近くを舐める様に飛びつつも、機首は上を向いており、まるで地表を高速で移動する対空砲台の様に上空の敵に次々とレーザー砲を浴びせ掛ける。
突然ロケットの様に急上昇を始めたかと思えば、百機を超える敵の群れの中を突き抜けつつも、機首の向きを上下左右自由自在に変えて周りの敵を次々と撃破しながら、そのまま高空に突き抜ける。
極めつけは、所謂フラットコークスクリューを行いながらも機体はほぼ垂直に降下し、機首が巡る毎に周囲10kmの範囲に存在する敵を360度次々に撃破しつつも、敵の攻撃を食らわない様に回転軸を細かく変化させながら、敵味方乱れ飛ぶ戦闘空域のど真ん中を上から下に突き抜けていった動きであった。
「なんだあの変態機動・・・完全にイカレてるわ、あいつ。」
上下反転した上に、右主翼の方向に降下しつつ、進行方向の右側に群れる数十機の敵を次々となぎ倒す様に撃墜しながら眼の前を横切っていく達也の機体を見て、武藤が呆れきった様に呟いた。
元々、一機でも多くの敵を撃墜するため、また少しでも敵の攻撃に当たらずすり抜けるため非常識な機動を繰り返し、空力飛行機の限界に近い機動を次から次へと繰り返すのが達也の戦闘機動であった。
そこに機体姿勢とは関係なく機動できるGPUが加わったことでさらに動きにバリエーションが加わり、僚機のことを全く考慮しない達也単機での戦闘機動を行わせた場合には、すでに航空機とは思えない動きをする様になっていた。
しかしその武藤の戦闘機動も、常識的とは言い難い、一般兵士達の動きとはかけ離れたものであった。
視野に重なるHMD表示の中を流れる様に横切っていった達也の機体を視野の隅に捉えながら、武藤はガンサイトの中の敵機に向けてトリガーを引き続ける。
達也の機体はガンサイトの中央近くを横切ったのだが、同じ編隊の機体同士通信用レーザーでリンクされており、また索敵システムが常に相手の位置を把握している上に、戦闘に入って無線封鎖が解除されれば誤射を防ぐために味方機はIFFのラジオ波も発している。
さらにファラゾア機は全て白銀色の外装色であるのに対して、国連軍機は全て黒灰色で塗装されているため、光学探知機でも確実に味方機として認識されている。
この二重三重の敵味方識別により、照準システムが味方の国連軍機に対して間違って照準を合わせる危険はほぼあり得ないと言って良かった。
ガンサイト内の敵機に次々とレーザーを浴びせ掛けた武藤は、機首を上に向けてリヒートの青い炎の尾を引きつつ急上昇する。
機体が上昇に移った途端GPUを前向きに掛け、一瞬で音速を超えて急上昇する。
その動きに釣られて、敵機が下方に集まったところに突然機首を下げて逆向きのクルビット機動を行った。
GPUを用いて音速を超える速度を一瞬で殺した武藤機は、そのまま機体上面に向けて「水平移動」し、のこのこと正面を移動する敵機にレーザーを次々に叩き込む。
カナードと尾翼で軌道を変えながら、武藤機は標的にしている十機ほどの敵機の集団に常に機首、つまり砲口を向けたまま円を描く様にして機体背面から降下に移る。
次々に墜とされる敵が反応して散開し、武藤機に攻撃を加えようとしたところで、地上に対してほぼ背面になっていた武藤は左翼が下になる様に回転し、空気抵抗を減じて一気に降下速度を増す。
敵の集団を中心にして機体を横滑りさせ大きな縦円を描く様に動く武藤の機体は、進行方向に対する機体の角度を細かく変えながら敵の照準を外す。
背面よりは空力的に有利な横滑りの飛行になったことで、機動の切れが良くなり、敵の攻撃を避けつつも次々に敵へと照準を合わせ、そして撃墜していく。
ガンサイトの中に残る敵機が二機になったところで、敵機の姿が消えた。
一瞬の残像から、敵が南に逃げていったことは分かった。
降下点に向けて戻ったのだろう。
武藤は機首を上にして横向きに緩上昇するという、空力飛行機にとって異常としか言えない姿勢を、機首を進行方向に戻し、機体をロールさせて水平に戻すという手順で正常に戻した。
次の獲物には目星を付けてある。
スロットルをフュエルジェット位置にまで押し、今度は翼で空気を掴んだまま機体を急上昇させた。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
投稿遅くなり申し訳ありません。
どうも最近疲れが溜まっているのか、執筆中に色々考え込んでいるとそのまま寝落ちすることが多くて・・・
GPU(重力推進ユニット)搭載機も、最初は空力飛行の補助推進器的な位置づけだったGPUだったのが、徐々に機体そのものがGPUを利用して機動する事を前提に設計される様になり、「イカレた」飛行が可能となってきます。
スーパーワイヴァーンはGPU搭載第二世代と言うにはまだまだ空力に頼りすぎているのですが、それでも、第一世代の情報をフィードバックしつつGPU搭載を前提に設計され直した機体は、そうとう「イカレた」飛び方をする事が出来ます。
もっとも、それを機体が可能であるというのと、パイロットがそれを使いこなせるというのは、全くの別問題ですが。