6. 報復
■ 8.6.1
「こっちもちょうど同じ状態だったのよ。アタシはまだ全然大丈夫なんだけど、ウチの子達はちょっと、ね。」
達也は、テレーザとジャッキーに聞かれずチャオリエ04と武藤と手っ取り早く内緒話をするために、始末屋専用の回線を用いていた。
勿論その回線は666th TFWであるジェインも聞くことが出来、さらに言うなら緊迫した状態で各666th TFWメンバーに確実に通信が届く様、ラジオイネーブルにでもしていない限り、強制的に各666th TFWの通信機に割り込む様に定義されている。
つまり、武藤とチャオリエ04との会話は、リフュエリング或いは帰投のため達也達に比較的接近していたジェインには全て筒抜けだったわけだ。
「これでちょうど三機、一小隊分揃ったな。」
武藤が面白そうに言う。
「ちょっと待って。もうすぐあの子達も帰ってくる。ちょうど良い。チューグイ02(3882ALS(輸送隊)のTPFR空中燃料補給機)を集合場所にしよ。」
「あの子達?」
武藤は理解した様だったが、達也にはジェインの言うところの「あの子達」が誰のことかすぐには理解できなかった。
「トルファンに配属されたあと三人。サミ、ナーシャとマリニー。」
「ああ、成る程。」
つまりジェインは、多分比較的損害が大きい一般兵士達を整備のために皆基地に戻し、それ程損害を受けてないであろう666th TFWのメンバーだけで二小隊作って戦場に戻ると言っているのだった。
「ひとまずチューグイ02とのランデブーポイントに向かう。テレーザ、ジャッキー。お前達はチョンイン14、15と合流した後帰投しろ。」
「12、諒解。」
「13、コピー。」
達也達三機が、TPFRのタンカーであるチューグイ02の元に到達したときには、既に武藤とジェインが率いる小隊の合計六機が、まるで補給機を護衛するかの様に両脇を固めて飛行していた。
タンカーが飛行している場所は、ハミ基地とトルファン基地のちょうど中間から少しだけ南に下がった位置であり、Zone5-02に区分される位置だった。
タンカーがこれだけ前線に近い場所まで進出しているのは奇異に思えるが、そもそもトルファン基地がZone6-00域内、ハミ基地はZone6-03域内に位置している。
それよりも僅かに前進して、タンカーがZone5-02に占位するのは当然のことだった。
さらに言うなら、タンカーが使用している機体Su-171「Кукушка(Kukushka:カッコウ)」はGPUを備えているため、いざと云うときには戦闘機並みの―――少なくともGPU搭載以前の戦闘機並みには素早く―――速度で戦場から離脱することが可能である為、万が一戦線を突破したいわゆる「はぐれ」が発生したとしても、それを探知したAWACSの出す緊急退避指示を受けて、それなりの余裕を持って逃げ出す事が可能であった。
武藤の率いる3852B2小隊の14番機、15番機も機体のダメージがそれなりには蓄積しているとのことだった。
特に14番機は左主翼の先端1/3ほどを削り取られており、二対ある尾翼による補正と、機体管制システムによる姿勢制御で飛行自体は問題無くとも、このまま戦闘を継続すべき状態ではないのが明らかだった。
それに対して武藤の機体のダメージはごく軽微であり、それはジェインの3875A2小隊も殆ど同様の状態である様だった。
テレーザとジャッキーの乗る12番機、13番機が、武藤の隊の14番機、15番機と合流して異種の機体で構成されるダイヤモンド編隊を作り、機体を大きくバンクさせてこちらに腹を見せ、まるでアクロバットチームの様に見事なダイヤモンド編隊を維持したまま東に向けて自分達から離れていく姿を達也は見送った。
勿論彼等は戦場でそんなデモンストレーションをする必要など無いのだが、自分達の上官でもある何人もの超エース級パイロットに見られている前で少し格好付けたかった様だ。
いずれにしても急ごしらえの異機種編隊で綺麗な編隊旋回を決められる自分達の部下の技量を目にして、達也は雲の無い砂漠の空で小さくなっていくダイヤモンド編隊を満足げに眺めていた。
程なくしてマリニーの3875B2小隊とナーシャの3875B1小隊が到着した。
ジェインの3875A2小隊の二機は、マリニーのB2小隊の二機と共に四機によるV字編隊、所謂フィンガーフォーの編隊を作ってトルファン基地のある西の空へと消えていった。
その後直ぐに、戦いを早めに切り上げたらしい沙美の3875A1小隊が姿を現す。
沙美を除いた3875A1小隊の二機は、ナーシャの指揮する3875B1小隊の二機と共に編隊を組んで、西に向けて飛び去った。
その場に残ったのは666th TFWの六機となり、達也と武藤にマリニーを加えた三機と、沙美、ジェインとナーシャの三機という組み分けが自然と出来上がった。
後から合流してきたトルファン基地所属の三人を待つ間、達也達はリフュエリングを開始しており、まずは武藤、達也、ジェインがTPFRの補給を行い、それから遅れて合流した三人が順番に燃料補給を行う。
TPFRの空中補給は、基本的に液体ジェット燃料の空中給油と殆ど同じだった。
大型のTPFR補給機は液体燃料の給油機と同様に、機体後部下方に向けてTPFR補給用のブーム、或いはインジェクタと呼ばれる長い「腕」を伸ばしている。
燃料を補給したい機体は、TPFR補給機から後方に向けて照射されているレーザービーコンの誘導に従い、補給機後方から僅かに低い高度で接近する。
機体によっては、レーザービーコンに乗っている信号を利用してTPFR補給機と通信しながら、全自動で全ての動作を行ってくれる「燃料補給モード」なるオートパイロットを備えているものもある。
被補給機が所定の位置に到達したところで、TPFR補給機後部の制御席に詰めている燃料補給作業担当者が燃料補給用のブームを操作して、ブームの先端を被補給機上面に開いた燃料補給口に差し込んで燃料補給が行われる。
TPFRは補給機から空気圧によって押し出され、必要数が被補給機に格納されていく。
長い棒を被補給機の燃料補給口に差し込むことで補給が行われること、また補給される燃料(TPFR)が白色であることから、この燃料補給作業はブーマーとパイロットの間で交わされる酷い下ネタの通信と共に行われることがしばしば有り、女性パイロットであることから、ジェイン達四人もブーマーからのかなり低俗なセクハラ発言をこのとき投げかけられた様だった。
「絶対頭おかしいわ、あのクソブーマー。戻ったらセクハラ窓口に訴えてやる。パイロット達も聞こえてるでしょうに、何も言わないのよ。」
燃料補給を終えて達也達の小隊に合流してきたマリニーは、燃料補給している間中ブーマーから下ネタでからかわれたことで相当頭にきている様だった。
良くある話に達也と武藤はそれぞれ苦笑いしながら、その怒りを静めるためにマリニーに顛末を訊いた。
「何か言われたのか? まあ、大体想像つくが。」
「言われたも何も、補給してる間中ずっと下ネタ垂れ流し続けるのよ、あのクソ野郎。」
いやお前のその発言も絶対に公的な場所じゃ公開できないが、と呆れながら、マリニーが怒りにまかせてまくし立てるにまかせる。
「俺のこの長いイチモツを差し込んでやるだの、熱い白いのを受け止めろだの、もう俺から離れられないだの、レーザーでアタマ撃ち抜いてやろうかと思ったわ。」
「補給機には他にもパイロットとか乗ってるんだ。やめておいてやれよ。」
「操縦席にも聞こえてるはずよ。それで止めないんだから、パイロットも同罪よ。どうせニヤニヤしながら聞いてるに決まってる。ああマジムカツク。」
何でもかんでも酷い下ネタにして、戦場での恐怖と緊張を紛らわせるというのは良くある話だが、前世紀に比べて女性兵士の割合が飛躍的に高くなっている昨今では、余り褒められた行動では無いのは確かだった。
「ああ、あれね。お子ちゃまがカワイイもんじゃない。」
ジェインはそう言って笑った。
武藤と達也に続いて燃料補給を行ったジェインも勿論下ネタ攻撃にさらされていた。
補給中は事故防止のために被補給機のパイロットとブーマーの間で1v1回線が開かれるため、特にわざわざ割り込まない限りは、他のパイロット達にブーマーとの会話が聞こえることは無い。
「口だけで実際に何か出来るわけじゃ無し。実害無いでしょ? 短かすぎて届いてネェヨ、カワカムリ野郎、って言ってやったら、ボウヤ黙ったけど?」
さすがディストピアNYCで生き延びてきた女はひと味違っていた。
燃料補給を終えて翼を並べた沙美に聞けば、やはり彼女も犠牲者だったが、
「新米の男の子がイキがっちゃってカワイイもんじゃないの? ボクちゃんあんまりカワイ過ぎたから『はいはい、ママにオイタしちゃダメでチュよ〜バブ〜』って撫で撫でしてあげたら喜びの余り悶絶してたわよ?」
撫で撫での意味がよく分からなかったが、どうやら沙美は沙美で見事撃退したらしかった。
達也は数年前に国連軍本部バックヤードで彼女たちに初めて会ったときのことを思い出していた。
その時、補給機の辺りで鋭い閃光が走った。
視線を向けると、補給機の機体下部に取り付けられていたはずのブームが、薄く煙を引きながら落下していくのが見えた。
補給機が敵の遠距離狙撃にやられたのかと思い身構えたが、ちょうど補給を終えたらしいナーシャのモッキングバードが補給機から慌てるわけでも無くゆっくりと離れるのを見て、どうやら攻撃では無さそうだと達也は息を吐いた。
嫌な予感はしたが。
「何かあったのか?」
何が起こったのかなんとなく想像はついたのだが、補給機のもとを離れ、ゆっくりと旋回して合流してくるナーシャに訊いた。
「手が滑った。」
「は?」
達也はHMDバイザーの下で眉を顰め、聞き返した。
「お前の穴に入れてやるだの、白いのを受け止めろだの、バカなブーマーが下らないことばかり言ってるのを聞いてたら、思わず手が滑っちゃった。」
てへ、という笑い声とともに、ナーシャがセクハラ被害について語った。
勿論手が滑ったのでは無く、狙ってレーザーを撃ったのだろう事は容易に想像できた。
「手が滑って、どうやったらブームが火を噴きながら落ちていくんだ?」
会話を聞いていた武藤が脇から割り込んで来た。
「レーザーをブーマー席下1mのところに撃ち込んでやった。ブーマーコクピットのカメラと、一部機体も灼けたかも。相当熱くて、相当ビビったはず。自業自得ね。たまたま軸線上にブームもあったから当たった。」
「マジか。撃ったんかい・・・」
武藤の呆れ声が聞こえた。
通信のチャンネルを切り替えると、補給中に事故が発生したので帰投すると、血相を変えて補給機がAWACSに申告しているのが聞こえた。
味方に撃たれた、のではなく、事故が発生したと補給機のパイロットが言っているのは、ブーマーが酷いセクハラ発言をしてナーシャを怒らせたのが原因だと自覚しているからだろう。
味方に撃たれた等と言えば、当然撃ったナーシャも厳しく追及されるが、同時に綿密な調査が入り、ブーマーが常習的にセクハラを繰り返していたことや、搭乗員全員がそれを黙認していたことも調査で明るみに出る。搭乗員全員にそれなりに厳しい処置が下るのは間違いなかった。
その負い目があるので「事故」と言っているのだろうと、達也は理解した。
戦いの中でいつ命を落とすとも知れず、死への恐怖が削ぎ落とす様にして日々精神を削っていく。
技術の進歩により以前よりも生存率は上がったとは言え、前線パイロットに限れば未だに年間損耗率30%台というまるで第二次世界大戦末期のドイツ軍か日本軍の様な、現代戦ではあり得ないほど異常な高損耗率を、想像を絶する程に隔絶した科学技術を持つファラゾアという地球外生命体の侵攻から、地球人類という種の存在そのものを守らねばならないこの戦いは、維持していた。
当然ながら損耗率は入隊後日の浅い若年兵ほど高く、そしてヴェテラン兵に較べて精神的にも未熟な若年兵ほど心を壊し、精神を病み易い。
その様な不安や恐怖、精神的な不安定さ、閉塞感や焦燥感と云ったものは、どこかでどうにかして軽減解消させねばならなかった。
非番の日に戦友達と酒を飲んで大騒ぎしたり、街に繰り出して飲み歩き、公設あるいは民営の慰安所に行くなどと云う伝統的かつ健全な発散の仕方を取る者が殆どであったが、中には陰鬱で歪んだ発散の仕方をする者も一定数存在した。
それは軍隊の常とも云えるものであるが、その様な歪な精神的抑圧の解消によって常に前線基地では暴力暴行、パワハラ、セクハラと云った問題が発生しており、風紀の問題も然る事ながら、無為に前線基地の戦力を低下させる大きな問題として、各基地の管理部門はその様な問題の発生に非常に神経質であった。
「お前、ムチャクチャやるなあ。相当怒られるぞ。」
呆れ声のまま武藤が言った。
怒られる、などという表現では済まない厳しい処分になるだろうと達也は思った。
ただ、公称される階級は尉官であっても、実質的には佐官クラスの権限を付与され、最終的な指揮系統が通常の部隊とは異なる666th TFWの兵士という色々な意味で特殊な立場である自分達の身分がどの様な影響を及ぼすかについては、達也も分からなかった。
「知ったことじゃないわ。バカをいつまでも放置した方が悪い。始末書には『酷いセクハラを受けて、羞恥の余りに操作を誤って誤射した』とでも書いておく。常習セクハラの管理責任問われて査問委員会に呼ばれたく無ければ、軽く済ますでしょ。」
どうやら確信犯である様だった。
「燃料補給中に誤射か? セーフティはどうした?」
「前線での補給に今時火器管制をグリーンにするバカは居ない。襲われたら反撃できない。」
現在の国連軍が制式に採用する、飛行中の燃料等補給規定には、全ての武器について作動しない様に安全装置を掛けた上で補給準備位置に着くこと、とある。
しかし実際のところは、前線に近い場所での燃料補給はいつ敵の襲撃があっても良い様に即応性を維持するため、ヴェテランパイロットほど武器使用可能な状態で補給を受ける事が多い。
平時であれば信じられない様な規定違反の蛮行であるが、一瞬の動作の遅れが生死を左右する様なギリギリの戦いを長く続けている内に、現場で黙認され、そしてそれが当たり前になりつつあった。
それにしても、ナーシャが取った対応は過激すぎた。
例え戦時中であろうとも、いやむしろ戦時中であるからこそ重い処分が下される可能性があった。
「そんな事より。さっさと戻るわよ。」
何らかの重い処分が下されるかも知れない自分の未来を全く気にしていない口調で、ナーシャが前線への再進出を全員に促した。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
投稿遅くなり申し訳ありませんでした。
以前どこかで書きましたが、トルファン基地に居る四人の666th TFW女性兵士の中で、ナーシャが一番過激というか、手が早いです。
こいつらの無茶具合は、また別の機会に書きます。
軍隊内でのパワハラやセクハラ、現実の現代の軍隊でもやはり問題になっているらしいですね。
セクハラはともかく、パワハラの方については、どこまでが命令でどこまでがパワハラなのか、境界を設定するのがなかなか難しそうですが。