5. リフュエリング
■ 8.5.1
上下が反転し、その柔らかな曲線に反して灼熱の太陽に熱されあらゆる生物の生存を拒む砂丘の連なりが頭上に覆い被さる。
外気温が何十度であろうと変わらず冷たく美しく白銀に輝くファラゾア機が視野の中を左から右へと横切る。
ラダーを踏み込み敵の動きに合わせて機首を横に滑らしながら、GPUコントローラを左に倒して機首の動きと反対方向に機体を横滑りさせる。
ガンサイトは数十機の敵をその円の中に捉え続け、四角い緑色のターゲットマーカをガンレティクルが次々とポイントする。
200mmレーザー砲の照準システムがターゲットをロックオンすると、四角いターゲットマーカが太く明るい表示に変わり、同時にロックオンを知らせる連続的な電子音がレシーバに鳴り響く。
その耳障りな電子音で難聴になるより前に、常に人差し指がかかっているトリガーに力を込める。
眼には見えないレーザー光が操縦席下方、機首両脇に設置されている200mmレーザー砲のガンバレルから撃ち出され、光速で瞬時に目標に到達する。
200mm砲身口径と150MWの出力を持つレーザー光は、クイッカー外装板の耐レーザー拡散構造に一部が乱反射され拡散されたものの、大部分がその高いエネルギーを外装板の一点に伝えることに成功し、着弾点を瞬時に数万度に達するまで熱した。
いわゆる|ファラゾア《Pharazoren 》チタン合金と呼ばれるクイッカーの外装を構成する合金は、地球製戦闘機が一般的に使用しているチタン合金よりも遙かに高い融点を持ち、未だ地球人類の科学力では再現できない物質の一つであるが、しかしさしもの高耐熱合金も数万度の熱に耐えられる筈もなく、レーザーを照射された部分は瞬時に融解し、爆発的に蒸散した。
直径200mmのレーザー光は爆発的に発生する金属蒸気の中を突き進み、厚さ約1cmもあるクイッカーの外装板を貫通し、内部の構造へと到達した。
外装板に比べて熱的に遙かに脆弱な物質で構成された内部構造は、瞬時に熔け、或いは燃え上がり、破壊されて、自らが発し爆発蒸散する金属蒸気に吹き飛ばされ、外装板に開けられた貫通孔から激しく噴出する。
レーザーはなおも脆弱な内部構造を喰い破り焼き尽くし吹き飛ばして突き進み、やがてその破壊は反応炉や演算ユニットと云った重要部分にまで到達し、そしてその不運なクイッカーは機能を停止した。
機能を停止したクイッカーは、レーザーによる加熱で爆発蒸散する自らの構造物に与えられた横向きの反作用の力を受け、機体重心を中心として独楽のように回転を始めた。
標的をロックオンし、且つその挙動を観察し続けている照準システムと索敵システムは、ロックオンしている機体の挙動がイレギュラーなものとなり自由落下を始めたことを検知して、標的は撃破されたものと判断し、角度的に最近接の別目標へとレーザー砲の照準を変更した。
レーザー砲の照準が外れ、もうそれ以上レーザーを照射され破壊されることがなくなったクイッカーであったが、当然失われた機能が戻ることは無く、機体が再起動されることも無い。
推力を失ったその機体は、音速を超える風を受けて急速に減速しつつも、地球引力に引かれ、さらに激しく回転しつつ緩い放物線を描いて、その名の通り還らずの砂漠となった地表に向けて落下していき、24秒後、柔らかな砂丘の表面へと激突して、古代シルクロード時代の遺跡達と同様に砂に埋もれ忘れ去られる砂漠の中のオブジェへと仲間入りを果たした。
再突入から数えて数十機目の敵を撃墜した達也は、コンソールに表示される残ジェット燃料量が30%を割ったのを見て取り、そろそろ戦いの切り上げ時であることを知った。
僚機二機の残燃料も、多少の差こそあれ同様の筈だった。
「フュエルビンゴ。一旦戦闘空域を離れる。」
「12、諒解。」
「13。」
自分達を追ってくるファラゾア機が無いことを確認し、GPUによる加速で一気に戦闘空域を離れる。
「チャオリエ04、こちらチョンインA2。ジェットフュエルビンゴ。近くにタンカーは居るか?」
自機の損傷具合から、ジェット燃料さえ補給すればまだ問題無く戦い続けることができると判断した。
テレーザもジャッキーも損傷について何も報告してはいない。
ジャッキーの尾翼が一枚損傷していたはずだが、本人からの申告通り戦闘に大きな支障とはなっていないようだった。
「チョンインA2、こちらチャオリエ04。Zone6-03にTPFRタンカーが出ている。トルファン、ハミ両基地の航空隊で共有使用だ。リフュエリングだけならできるだけそっちを使ってくれ。空港は損傷機の着陸に極力空けておきたい。」
搭載する燃料の質量容積に比べ、従来の液体のものよりも何割も行動距離を伸ばす事ができ、また出力も向上するとあって、ジェット燃料として従来用いられてきた液体の軽油混合燃料に替わって、地球人類側の戦闘機へのTPFR(熱可塑性樹脂燃料ロッド)の採用と浸透は、開発者の予想を上回る速度で進んだ。
2047年現在、開発段階にある軍用航空機でジェット燃料を使用するものの全てはTPFRの使用を前提に設計が進んでいる。
実際に戦場で戦っている戦闘機の内、最前線の基地に所属するものについてはほぼ100%がTPFR仕様のものに置き換わっていた。
同時に、従来の液体とは全く異なるその特異な形状(直径30cmx長さ1mの円柱状)のため、その供給方法、補給方法の更新が行われた。
従来の燃料とは全く異なる形状の燃料を取り扱うためには、ありとあらゆる設備を更新せねばならなかった。
ただでさえ大凡総ての必要資源に困窮しつつも、なけなしのそれらを航空機を中心とした対ファラゾア戦に必要な軍事関連にありったけ注ぎ込み、物量で攻めてくるファラゾアの前に崖っぷちギリギリのところでのけ反りながらなんとか踏ん張っている様な状態の人類にとって、この大規模な燃料変更は大きな負担となった。
核融合炉が航空機に搭載されたときには、もともと飲料水やその他色々な生活用水として兵士達が消費するものや、洗浄用水、冷却用水として基地施設内でも従来から多量に消費されていた、世界中どこでも比較的簡単に手に入る水という資源を利用して、各基地に重水製造設備と燃料供給設備を追加する程度の比較的簡単な追加増設で、なんとか対応が出来た。
核融合炉は大量の燃料(水)を必要としない。
兵士達が毎日消費する飲料水、生活用水の方が遙かに量が多く、新たな燃料供給の問題は殆ど発生しなかったのだ。
TPFRへの転換は違った。
ありとあらゆる燃料関連の施設、設備、装置、機材を、それ専用のものに変更せねばならなかったのだ。
唯一の救いは、大きな混乱と困難が予想されつつもTPFRの採用が決断されるに至った大きな理由の一つ、その取り扱いの容易さであった。
容器の管理がずさんであれば簡単に漏洩して消失する、しかも漏洩した燃料は高温で簡単に揮発し、酸化性の地球大気と混合されて爆発性の気体へと変わる液体ジェット燃料は、製造、輸送、供給、管理全てにおいてこれも専用の機材と細かな注意を必要としていた。
さらにそれに加えて、不純物の混入や、温度や酸化による変質の問題もあった。
それに対してTPFRはただの可燃性のプラスチックでしかなく、専用のコンテナを必要とはするものの取り扱いは非常に容易で、一般資材のコンテナと同様に取り扱って良いため、輸送と保管に関しては液体ジェット燃料の様な専用設備を必要とせず、漏洩、発火、変質、不純物混入などの問題は一切と言って良いほどに存在しなかった。
人類にとって僅か百年ほどしかない航空史ではあるが、航空燃料と言えば液体燃料が当たり前であり、全ての燃料関連設備がその液体燃料用に整えられていたものを、全く形状の異なる固体燃料用に総転換する為に地球人類が支払わねばならない労力と、それによって得られる安全性や簡便性と云った利益を単純に比較すれば、マイナス面の方が勝っていると評価された。
平時であればこの転換は実行されなかったであろう。
しかしファラゾアという地球外知性体との全面戦争の只中にある今、固体燃料への転換は、輸送中保管中に敵の襲撃を受けた場合の安全性や、戦時下の劣悪な環境でも質の良い燃料を維持できる利便性、撃墜された航空機の燃料が爆発しないことによる乗員の生存可能性の向上など、多数追加された戦時下特有の重要評価項目でのプラス面によって大きく加点され、TPFRは採用されるに至ったのであった。
「ジャッキー、機体の損傷は?」
Zone-6といえば、ハミ基地まで僅か100kmも無い位置だ。位置的には殆ど帰還していると言って良い。
それならば一旦基地に降りて必要な整備を行ってから、再出撃をする判断をしても良いかと思い、達也は各機体の損害を再確認する。
「大きなものは尾翼の損傷のみです。あとは機体各部にちょこちょこ。」
「テレーザ?」
「大きなものは無いわ。小さなのは、機体全体に沢山。」
二人からの返答を聞いた後に、達也は自分の機体を見回す。
GPUが備わり、敵の意表を突いた動きを出来る様になったからか、昔に較べて明らかに至近弾によって発生する小さな破壊孔の数が減っていた。
ざっと見たところで、気になる損傷は皆無と言って良かった。
基地に降りるか、タンカーでのリフュエリングで済ませてすぐに戦場に戻るか達也は迷った。
自分の機体だけを考えるならば、全く問題無い。
だが、後の二人の事を考えるなら、基地に戻った方が良いかも知れない。
特にジャッキーが抱えている尾翼の損傷がやはり気になった。
切り上げ時なのだろう、と思った。
「チョンインA2? どっちか早く決めてくれ。あとがつかえている。お前のところのB2小隊も戻って来たぞ。」
AWACS担当者にしてみれば、さっさと決断しないと身内にも迷惑を掛けることになるぞ、という警告だったのだろう。
だが、達也は別のことを思い付いた。
「チャオリエ04、こちらチョンインA2。基地に戻る。軽微な損害だが、無視できない。」
「・・・チャオリエ04、諒解。仕方ねえ。おろしたての機体じゃ、どんな初期不良が出るやら分かったもんじゃねえしな。チョンインA2、RTB。」
管制をしているAWACSにしてみれば、これでまたひとつ戦線を離脱する小隊が発生したわけであり、戦線を維持するために補充する戦力について頭を痛めねばならないのだ。
チャオリエの反応が悪いのも当然と云えば当然の話だった。
達也は通信のセレクタを操作し、チョンイン(3852TFS)05、即ちチョンインB2小隊長機を選択した。
「よう。ちょっと付き合えよ。暴れ足りねえんだ。」
「無事帰ってきたのか。心配してたんだぜ?」
レシーバから、しばらく振りの武藤の声が聞こえてきた。
「ちょっとばっかややこしい話になってな。あとで話す。で、付き合えよ。」
「なんの話だ?」
「しばらく飛べなかったんで、欲求が不満してるんだ。まだちょっと暴れ足りねえんだが、ウチのヒヨッコどもの機体損傷が気になる。仕方ねえから基地に帰ろうと思ったんだが、やっぱりスッキリしねえ。そっちもヒヨッコども先に帰して、もうひと暴れ付き合えよ。」
「悪くねえな。その話、乗った。」
「そうこなくちゃな。テレーザ、ジャッキー、もうお家は眼の前だ。ここからなら帰れるな?」
「え? なに? あんたどこ行く気なの?」
「酷い。アタシを捨てる気なのね。」
「ここからはちょっと大人の時間だ。ヒヨッコたちは先に巣に帰っておねむの時間だ。良い子だから真っ直ぐ帰って、明日に備えて機体整備しておけ。」
「・・・アンタも好きねえ。良いわ。先に帰っておく。死なない様にね。」
「働かなくて良いなら文句は無い。」
少しの沈黙の後に、テレーザの呆れた様な声がレシーバから聞こえてきた。
ジャッキーは相変わらずよく分からないノリのコメントを返してきた。
「チャオリエ04、こちらチョンイン04。損傷機を帰還させるため、臨時の部隊編成を頼む。」
「こちらチャオリエ04。何やってる? 帰ったんじゃなかったのか?」
「しばらく振りでちょっと暴れ足りなくてな。チョンイン04と05で、リフュエリングしてもう一回出る。12、13、14、15は変わらずRTBだ。」
「勘弁してくれ。面倒なことすんじゃねえよ。悪いことは言わねえから、大人しく帰って寝てろ。な? 長旅で疲れてんだろ? 」
「暴れ足りねえ俺達は欲求不満を解消できて満足。戦力不足に悩むアンタは、一小隊手に入って助かる。戦線も維持できる。敵も減る。みんなハッピーだ。固いこと言うなよ。」
「ったく、仕方ねえな・・・」
「何? あたし達に断りも無くなんか面白そうなことやろうとしてる? ちょっと、混ぜなさいよ?」
突然レシーバからジェインの声が聞こえてきた。
そう言えば、タンカーはトルファン基地とハミ基地の共用だったな、と達也は思いだした。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
後半でまた語ってしまいました・・・
次回更新ですが、遅くなるか、或いは一回飛ばしになるかも・・・