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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第八章 Base Deffence (基地防衛)
175/405

4. 陽炎


■ 8.4.1

 

 

 黒灰色に塗られた三機のスーパーワイヴァーンが、機首を真下に向け、大気圏上層部からまるで地球に突き刺さらんとするが如く垂直に降下する。

 その加速度は地球引力による重力加速度を遙かに超え、まるで本当に地表に激突することを目的にしているかの様な勢いで、真っ直ぐ赤茶けた大地に向けて突き進む。

 三機は40000mの高度を一気に駆け下り、僅か10秒ほどで高度5000m付近で大乱戦を行っているファラゾアと地球人類の戦闘機の集団の中に突入した。

 突入する間も三機それぞれに、HMDに表示される敵機のマーカーに狙いを付け、トリガーを引き、機首下部両脇に設けられた200mmレーザー砲を照射し、次々とファラゾア機を撃墜していく。

 

 遙か彼方に思えた敵と味方の乱闘の集団が、瞬く間に接近してきて、目の前に大きく広がる。

 同時にその向こうの茶色い大地が巨大な壁のように、すぐ目の前に巨大に迫る。

 大量の敵のマーカーと共にHMDに表示されている高度計が視野上方に凄まじい勢いで流れ、脇に表示されたデジタル数値は個々の文字が認識できない速さで減少し、桁数を減らす。

 

 その間も三機は執拗に敵を攻撃し続け撃墜数を増す。

 衝突防止警告音声と異常接近警告音がコクピット内に鳴り響く。

 敵味方入り交じった交戦空域を矢の様に突き抜けた三機は、それぞれが搭載する重力加速器の限界に近い200Gもの高加速で一気に減速し、高度500mで一瞬停止した。

 

 今突き抜けてきたばかりの、頭上に取り残された敵と味方の混合空間をまるで睨み上げるかの様に一瞬の溜めを持った三機であったが、次の瞬間には三機それぞれの方向に向けて水平に急加速して散った。

 

 眼下を柔らかく艶めかしい曲線を纏ったタクラマカン砂漠の砂丘が霞むように次々と後方に飛んで消える。

 ものによっては300m近い高さにまで成長する砂丘の中には、手が届きそうなほどにすぐ近くを通過するものが有り、まるで山岳地帯の山並みの上を高速で横断しているか、或いは茶色い砂で作られた波の連続する波涛の頂上をサーフィンしているかのような錯覚に陥る。

 

 三千機近い敵機が存在する空間の中を高速で一度突っ切ったことで、敵機の注意を大きく引いた。

 五十機近いクイッカーが達也を追いかける。

 

 高度500mで、かすめる砂丘から時折砂塵を吹き上げながら、リヒートモードの青い炎を吹き出すジェットエンジンによる推力と、大気を切り裂く翼による空力と、機体の向きに関係なく突発的な大加速を可能とする重力推進器による方向転換を織り交ぜながら、従来の戦闘機では考えられない様な鋭角的な軌跡を描いて、達也の機体は敵の攻撃を躱し、向きを変えて反撃し、砂塵を巻いて砂丘の谷間を駆け抜け、敵を翻弄する。

 周囲の砂丘が次々と弾ける様に砂塵を上げるのは、敵の攻撃によって砂丘を構成する砂が爆発的に蒸発している為だ。

 

 砂丘を回り込み、テールをスライドさせて機体を回転させ、後方を向いて機首を上げる。

 正面に敵機の群れ。

 真っ直ぐ突っ込んでくるマーカーに200mmレーザーを次々に叩き込む。

 後方を向いたまま進行方向に加速し、敵の攻撃を避ける。

 そのまま後ろ向きに飛びつつ、さらに追撃する。

 敵との距離が縮まり、達也は機首を横に回してスロットルをリヒートに叩き込み大加速。

 ジェット噴射に巻き上げられた砂塵が爆炎の様に舞う。

 機体を横転させたまま、砂丘の間の谷間を駆け抜ける。

 上空からの敵のレーザーが砂丘を削り吹き飛ばす。

 その砂煙をかいくぐり、さらに加速する。

 操縦桿を引き、シャンデル状に旋回しながら上昇。

 GPUを機体下方に掛けて、機体を120度ほど傾けたまま次々と敵をターゲティングし撃破しながら、「下向きに」上昇する。

 高度1500m。

 機首を垂直にして上昇。

 高度3000mまで上がったところで、10kmほど離れたほぼ同高度にジャッキーが居ることに気付く。

 ジャッキーも達也と似た様な行動を取っており、追撃してきた敵を後に引き連れ、急旋回やGPUを併用した失速下(ポストストール)機動(マニューバ)を織り交ぜて敵の数を削っていた。

 

「ジャッキー、方位32だ。来い。」

 

 ジャッキーの位置が自機から見て方位14であることをHMD上で確認し、達也は短く声をかけた。

 彼女なら、その言葉の意味が分かるはずだと確信していた。

 果たしてジャッキー機は突然急旋回すると、その短い達也の言葉を正しく理解し、ジャッキー機の方に向けて急旋回した達也の機体の未来位置とほぼヘッドオンとなる方向に飛び始めた。

 それを見て達也も自分の機体をバンクさせ、GPU無しでは不可能な角度で急激な旋回を行った。

 余りに急激な方向転換に、ファラゾア機は一瞬置き去りにされる。

 もしかして急旋回し過ぎて敵は自分を完全に見失ってしまったのではないかと心配になるほどの間を置いて、残る三十機ほどのクイッカーが自分の機体の後ろを追いかけ始めるのを達也は確認した。

 達也はヘルメットの中でニヤリと笑い、フラットコークスクリューで機体を180度回転させ、GPUを併用して後ろ向きに加速しながら、追撃してくるクイッカーを次々と叩き落とす。

 GPUの推進力だけで敵の攻撃を上下左右に躱しながら逆進し、再び機首を180度回す。

 正面同高度4000mにジャッキー。

 そしてその向こうに三十機のファラゾア。

 ジャッキーも達也と同じ様に後ろ向きに飛んでいたらしく、達也が彼女の機体を認識したとき、ちょうどこちらに向けてコークスクリューを終えたところだった。

 速度M1.2。

 正面、ジャッキーの後のファラゾア機群まで5000m。

 すれ違うまで六秒。

 HMD正面に表示される敵マーカーにガンレティクルが合っている。

 レシーバからターゲットロックを示す連続的な電子音。

 トリガーを引く。

 撃破。

 レティクルが一瞬で飛んで、次の敵に合う。

 再び電子音が響く。

 トリガーを引く。

 撃破。

 再びレティクルが飛ぶ。

 電子音が鳴り始めると同様にトリガーを引く。

 ガンサイトの中の敵のマーカーから炎がチラリと吹き出すのが見えた。

 撃破。

 またレティクルが飛ぶ。

 電子音と同時にトリガーを引く。

 撃破。

 正面にジャッキーの機体が黒い点となって見え、そして一瞬で翼がぶつかりそうなほどすぐ脇を通り過ぎた。

 ジャッキーの機体が巻き起こした乱気流で機体が揺れる。

 お構いなしに達也は正面の敵を撃破し続ける。

 ロック。電子音。トリガーを引いて、撃破。

 

 ジャッキーを追っていた敵のうちの何機目かを血祭りにあげたところで、敵の群れの中を突き抜けた。

 正面にあった敵マーカが、一瞬で全て後ろに消えた。

 それに合わせてクルビット。

 上下逆さまになり、音速を超えた速度で後ろ向きに飛びながら、未だ諦めずに自分を追撃してくる敵を次々と叩き墜とす。

 三十機ほどいたはずの達也を追撃していた敵機は、ジャッキーが撃墜したのであろう、二十機程度まで減っていた。

 そこにさらに追い打ちをかけるように次々と撃ち落とす。

 GPUで後ろ向きに推力をかけつつ、尾翼とカナード翼によるコントロールでランダム機動を続け、敵の攻撃を躱す。

 同時に敵をガンサイト内に捉え続ければ、後はシステムが勝手に照準を敵に合わせる。

 ロックオンの電子音と共に、何も考えずにトリガーを引けば良い。

 子供向けのゲームのチュートリアルでもこれほど簡単に敵を撃墜できたりなどしない。

 実際に敵に撃たれると命の危険があるという点を除いて、達也にとっては余りに簡単で退屈な作業だった。

 

 後ろ向きに進みながら六機を撃墜したところで、追撃して来ていた敵が全て突然消えた。

 完全な形勢不利を悟り、敵が撤退したのだ。

 当初の機数の1/3以上が撃墜されたところが判断のポイントとなるのは、典型的なファラゾアの戦術だった。

 2/3もの味方が撃墜されるまで我慢などせずとも、1/3も撃墜されたところで相手と自分達の力量の差ははっきりしているだろうに、と、いつもの事ながら達也はファラゾアの戦術に呆れる。

 それとも連中が他に行っている宇宙のどこかでの戦争では、味方戦力が1/3まで減ってしまってもそこから巻き返したりした事があるのだろうか。

 

 どうでも良い様な事を頭の片隅で考えながら周囲を見回していて、テレーザとその後を追撃するファラゾアの集団を見つけた。

 高度500m、距離約8000m。

 テレーザは砂丘の間を縫うように駆け抜けて敵の追撃を躱しつつ、時に大きく高度を上げて急旋回やGPUを併用した失速下機動で敵を翻弄し撃破しているようだった。

 つまり、少し前まで達也が行っていたのと同じ行動を取っている。

 テレーザがリヒートとGPUを併用して急上昇する。

 一瞬置き去りにされたファラゾア機群がそれを追いかける。

 

 ちゃんと学んでいるじゃないか、とバイザーの下で笑うと、達也は操縦桿を捻り機首をテレーザ機に向けた。

 戦場では、使えるものは何でも使ってほんの僅かでも状況を有利に変える。その僅かの差が、時として生死を分ける。

 それが砂丘であろうと、雲であろうと、敵艦の艦砲射撃で生じた煙であろうと。

 軸線が合ったところでGPU出力を上げ、リヒートも点火してさらに加速する。

 

 瞬時に音速を突破した機体は、8000mの距離を瞬く間に駆け抜ける。

 テレーザと彼女を追いかける敵機群は既に高度4000m弱で水平飛行に移っており、HMDの中で凄まじい勢いで大きくなる敵に向けて達也はトリガーを引き続ける。

 いつもの戦術だ。味方を集団で追いかけている敵機群を、味方を囮にした状態で脇から攻撃して一気に数を減らす。

 囮にされた味方から文句を言われそうなものだが、現実での格闘戦(ドッグファイト)はゲームのレベリングなどとは違う。

 

 多数の敵機にすぐ後ろに付かれ、射線が目に見えないレーザー砲を撃ち込まれ機体のあちこちが閃光を発して徐々に破壊されるなかで敵に追い回され、死への恐怖で全身総毛立ち心臓を握り潰されそうな思いをしながら右へ左へと必死で逃げ回る中で、誰でも良いから味方機が横から敵を減らしてくれる。

 そこには、少しでも敵を減らしてくれて、僅かでも生き残る可能性を上げてくれた味方機への感謝の念しか湧き様が無い。

 震える声で強がりを言って、俺の撃墜スコアを横取りしやがってなどと半ば冗談で言う奴は居るが、その台詞を本気で言う様なバカは居ない。

 

 そんな事を言える様な甘い戦いでは無い事は、誰もが死にそうな経験をして良く理解している。

 GPU(重力推進器)がほぼ全ての戦闘機に装備される様になり、20mmや30mmの機関砲に代わって遙かに射程が長く比べものにならない弾速のレーザー砲も導入され、強化された装備によって兵士の生存率もファラゾア来襲当初に比べて飛躍的に向上した。

 

 それでも物量で押してくるファラゾアに対する絶対的な数的不利は変わらず、それは宇宙空間から好きな場所に望んだ量の兵力を投入できるというファラゾアの戦略的優位性についても同じであり、地球人類は地表から僅か50km程度の卵の殻の様な厚みしか持たない大気圏内でのみ、地球人類を戦略的物資と見なし物資の大規模喪失を嫌って明らかに攻撃の手に大きく手心を加えているであろうファラゾアをどうにか押し留めることが出来ているのみ、という戦況に変わりは無かった。

 相変わらず、ロストホライズンの様に本気で攻勢に出てきた場合のファラゾアを抑える事など出来ず、ましてや全長3000mを越えるファラゾアの戦艦には手も足も出ない状態であり、生存率は上がったとは言え今でも多くの新兵が、そしてヴェテランパイロットが世界中のあちこちで毎日大量に命を落としているという状況にも変わりは無かった。

 

 どんなヴェテラン兵でも些細な失敗が簡単に命を落とす直接的な原因となる。

 超エース級と言える達也達666th TFWの隊員達であろうが、昨日訓練課程を終えたばかりの新兵であろうが、その点については今も変わりは無かった。

 先に達也が、GPUが搭載され、レーザー砲とその自動照準を行うシステムを装備している機体での戦闘を「子供向けSTGのチュートリアルよりも簡単」と評しては居るが、その達也をしても圧倒的多数のファラゾア機群を前にすれば、僅かなミスが致命的な結果に繋がる事に変わりは無い。

 

 敵が達也に気付く。

 向きを変えて、テレーザを追いつつも達也に向けて攻撃してくる機体が六機。

 達也は機首を敵に向けたままGPUを操作して一気に高度を落とす。

 円を描く様に常に機首をテレーザの後ろの敵の集団に向け、GPUで機体下方に向けて移動し続ける。

 常に敵の集団をガンサイト内に捉え、次々と飛び移るレティクルが電子音を発する度にトリガーを引く。

 機首を上に向けた状態で、敵の集団の下を潜る様にして通過した。

 通過しても機首は敵を向いたままで、撃墜数を増やし続ける。

 達也の機体がファラゾアの集団の下をくぐり抜ける様にして反対側に抜ける頃、テレーザを追っている敵機の集団はテレーザと共にかなり移動している。

 水平位置に戻り、達也は機体をバンクさせて、テレーザを追う敵機のさらに後ろを追う形になる。

 後ろの達也に気付いて、進行方向はそのままに機体の向きだけを反転させて応戦してくる敵機も居るが、基本は敵を後ろから撃ち墜とす七面鳥撃ち状態となった。

 

 達也の場合と同じく、テレーザを追っていたファラゾア機群も、残機数が十二機となったところで全機一斉に急上昇し、離脱していった。

 敵機が減る速度が妙に速いと思っていたら、ふと見ると達也の右後ろにいつの間にかジャッキーの機体が追従している。

 

「小隊集合。燃料残量と損傷状況報告。」

 

 かなり前方を飛んでいたテレーザの機体が、大きく旋回して戻って来て、達也の機体の左後ろにピタリと収まる。

 

「燃料残60%、損傷軽微。戦闘続行に問題無し。」

 

「燃料残50%。右下尾翼に損傷。動作不良なれど戦闘続行に問題無しです。」

 

 ジャッキーが無視できない損害報告をしているが、本人が戦闘続行可能と申告している。

 彼女はその程度を見誤る様な素人では無い。

 

「諒解。問題無く生き延びられただろう? 新しい機体の具合はどうだ?」

 

 なんだかんだと言いつつも、乗り換えたばかりの機体で深刻な損害も無く二人とも生き延びている。

 達也は満足げにバイザーの下で笑った。

 

「雷火より動きが良いわね。スラスタージェットのお陰かしら?」

 

「やはり200mmは心強いです。潰し損ねが発生しないのは良いですね。」

 

 二人とも、戦闘突入前のあの不安げな感じはもう微塵も残っていなかった。

 

「燃料はまだ余裕がある。もうひと暴れいくぞ。2時の方向。約百機。高度60。今度は突き上げる。続け。」

 

「オーケイ。」

 

「諒解です。」

 

 殆ど黒に近いグレーに塗装された三機の怪鳥が、陽炎立ち上る灼熱のタクラマカン(還らずの)砂漠に向けてデルタ編隊を組んだままバンクして降下していった。


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 またちょっと長くなってしまいました。

 

 現在物語の舞台となっているタクラマカン砂漠ですが、ご存じの通りシルクロードの舞台となる中国西域であり、トルファン、カシュガル、ホータンといったオアシス都市が散在する場所です。

 トルファンなどと聞くと、思わずポプラ並木と葡萄園、ロバに曳かれた荷車に満載の綿花とその上に乗るウイグル人の男達、という様な光景を思い浮かべてしまいますが、Google地図で確認するとそんな風情はどこへやら。

 中国の他の大都市と同じ様に、高層マンションとオフィスビル、片側三車線の道路を乗用車が走り回っている姿を確認出来ます。なんと新幹線も通っているとか。

 外国人の勝手なイメージ押しつけですが、なんか風情無くてちょっとがっかりですね。

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