3. 300mmレーザー砲
■ 8.3.1
口径300mmレーザー砲の射程は、噂に違わぬものだった。
達也達がこの空域を管制するAWACSであるチャオリエ04の指示を受け、Zone5-04に進入してすぐ、ハミ降下点から高速で接近してきた敵機群約三千機は、Zone4-35からZone4-04にかけて、約50kmに渡って広く展開した。
高度40000mを戦闘予想空域に向けて接近していた達也達は、砂塵の影響が少ない超高空に自分達がいる事から、直線距離にして約130km先のZone4-04に存在する敵機に向けて300mmレーザー砲で狙撃を行った。
これまで戦闘機に搭載されたことの無い大口径大出力の300mmレーザー砲は、コンデンサに一時的に大電力を蓄積し、これを一気に放出することで大出力のレーザーを発振する方式のレーザー砲である為、スーパーワイヴァーンの主武装である200mmレーザーのように連続的な射撃が出来ず、発射する度に約十秒の充電時間が必要となる。
このため達也達が敵上空に到達するまでの約百二十秒の間に、300mmレーザーを撃つチャンスは各機とも十回程度しか無かったのであるが、その威力を確認するには十回の攻撃があれば十分であった。
第一射目、Zone5-04高度40000mから約130km先の目標に向けて達也が放ったレーザーは、遠距離であるために震動誤差が発生して当初敵を捉えることが出来なかった。
しかし照準システムはコンデンサに溜められた大電力が尽きる照射時間約一秒が過ぎるより前に震動によって発生する誤差を予測して修正し、最終的に0.47秒間敵にレーザー光を命中させることに成功した。
僅かな長さの命中時間であったが、人類史上初の戦闘機搭載大口径レーザーはその期待された能力を存分に発揮し、命中したクイッカーの外装板を一瞬で熔解蒸発して爆散させ、そのまま内部のメカニズムも同様に融かし、焼き切り、蒸発爆散させた。
機体を構成している金属の連続した爆発的蒸発による衝撃は大きく、推進器に命中弾を受けたクイッカーはまるで30mm機関砲の実体弾の直撃を喰らったかのように空中を吹き飛ばされ、機体後部に大きな破壊孔を開けられて煙を噴きながらそのままの勢いで回転して落下していった。
第二射目は、達也に続いて約三秒後にテレーザによって放たれた。
第一射同様高度差35000m、直線距離にしてやはり約130km先の目標を狙った射撃は、偶然にも最初から敵機を捉え続け、0.92秒の間敵に高エネルギーのレーザーを照射し続けた。
レーザー光によりクイッカーの外装板は蒸発して大きく消失し、その破壊孔からレーザー光は機体内部に侵入して内部構造を次々に融かし蒸発させて突き進む。
構成する物質の爆発的な蒸発の反動で、クイッカーの機体は反対方向に向けて吹き飛ばされる力を受けるが、推進器がその動きを受け止めて僅かな機体のブレに抑えてその場に止まらせ続ける。
いわゆる慣性吸収機能の一部であるその機能が、機体をレーザーの射線上に置き続けて被害をさらに拡大させた。
レーザー光は機体内部構造を次々と融かし蒸発させて蝕み続け、ついには機体の反対側へと貫通した。
クイッカー自体の運動と、テレーザ機の機体震動によるレーザー光の射線のブレにより、レーザーが喰い破った貫通孔がさらに大きく広がる。
破壊孔は機体内部に格納された反応炉へも到達して機能停止させ、反応炉からのパワー供給が止まった重力推進器も動作停止し、その結果クイッカーから推進力を奪った。
大穴を開けられたクイッカーの機体は、機体構成物質の爆発的蒸散による反作用を受けて吹き飛ばされ、達也が撃墜した一機目と同様に独楽のように回転しながら緩い放物線を描いて地上へと落下していった。
ジャッキーの機体による第三射目も、同様に遠距離の狙撃であったにも関わらずやはりクイッカーを一機撃墜することに成功した。
テレーザによる二射目は、クイッカーの移動とテレーザの機体震動による射線の移動と、それを補正する照準システムの動きが上手く噛み合わさって射線を集中させたのに対して、ジャッキーの射撃は目標としたクイッカーの機体全体を射線が舐めるように移動したことで、機体全体を広く浅く破壊することとなった。
結果的にジャッキーの射撃によって反応炉への燃料供給系を焼き切られたクイッカーは、機能停止し撃墜されたのであるが、全くの偶然ではあるものの、ハミ降下点から現れたファラゾア機群に対する初撃は達也、テレーザ、ジャッキーの三者三様異なったそれぞれ300mmレーザー砲の特徴を生かした敵機撃破となった。
達也の場合は長距離射撃によって狙いが正確に定まらず、レーザーの射線と敵機が一瞬交錯しただけであってもパワーのある300mmレーザーは敵機を十分に撃破できることを示していた。
テレーザの場合は、たとえ目標が人類にはまだ真似の出来ない冶金技術によって作り出された様々な高強度高耐熱性素材によって構成されるファラゾア機であろうと、300mmレーザー砲のパワーは機体を貫通するだけの十分なパワーを持っていることを示した。
ジャッキーの場合は、達也同様に長距離射撃によって狙いが上手く定まらず、一点に射線を集めることが出来ずに広く浅い破壊になったとしても、その破壊力は敵機を機能停止に追い込むに十分なパワーを300mmレーザー砲が持っていると云うことを示している。
しかしこれら僅か一瞬での敵機破壊スキームの詳細が100km以上も離れた達也達に観察できよう筈も無く、地球人類が歴史上初めて航空機に搭載した300mmレーザー砲の初陣が、見事にその性能を生かし切った、まるで見本のようなバリエーションあるものとなったことが誰かに知られることは無かった。
その300mmレーザー砲のレーザー発振器は、達也がハバロフスクに配属されていたとき、シベリアの大地に広がる針葉樹林の中に隠れるようにして構築された対空陣地の中心を為していた3LZA-4C2 ストレラスヴェータの300mmレーザー砲に搭載されているものと同じであった。
もちろん、レーザー砲そのものの形状や砲身、集光レンズといった個々の部品は全く異なるものが使用されている。
しかし、レーザー砲の心臓部であるレーザー発振器は同じ型式のものであった。
つまり、ほんの0.5秒も命中しただけでクイッカーを撃破することが出来、地上に多数構築された鬱陶しい対空砲座群を排除するために全長3000mの戦艦をわざわざ動かして、地上に向けて艦砲射撃を行うことをファラゾアに決意させるほどの実力を持ったあの対空砲と同じ威力のレーザー砲を、スーパーワイヴァーンは航空機ながらに搭載しているのだった。
しかし地上を走る対空砲車両とは異なり、膨大なパワーを喰う大口径レーザー砲を駆動するためには、航空機に搭載するためにコンパクト化を要求された反応炉では、現在の地球人類の技術力では必要十分な出力を発生することが出来なかった。
地上の対空砲車輌ではレーザー砲に必要である出力を十分に満たすだけの大きさのリアクタを搭載できたのに対して、人工重力推進を搭載したとは言え未だその機動力の殆どをジェットエンジンと空力飛行に頼っている航空機では、高機動性を確保するため機体総重量の制限が有り、またジェットエンジン、ジェット燃料、さらには重力推進器と云った多くのものを小さな機体の中に詰め込まねばならない為に、使用できる容積についても厳しい制限が存在する。
さらには重量と容積に制限が設けられているのに対して、重力推進器やGDD、ファラゾアのジャミングを打ち破るための大パワーレーダー、主武装である200mmレーザー砲といった、パワーを喰う様々なものが戦闘機には搭載されている。
その結果、大きな破壊力を誇る300mmレーザー砲を搭載したにもかかわらず、大出力のレーザー発振器を連続的に動作させる為に必要十分な電力を常時供給することが出来ないため、時間をかけて電力をコンデンサにプールし、十分な電力が溜まったところでそれを一気に放出してやっと一発撃てる、というなんとも使い勝手の悪いレーザー砲となってしまったのだった。
さらに言うならば、従来は主武装である小口径レーザー砲のみが搭載されていたところに、連続照射できない300mmレーザー砲が追加されたことで、ウェポンセレクタを設置せねばならなくなった。
GPUが搭載される以前の機体では、スロットル上面にウェポンセレクタダイヤルが設置されていたが、GPUというもう一つの推進機関が追加搭載されたことで、最近ではミサイルなど搭載することなどなく、実質的に戦闘中は固定武装且つ主武装である小口径レーザー砲しか使用しない為、GPU搭載機はスロットル上面からウェポンセレクタを取り払い、その代わりにGPUコントロール用のダイヤルやスイッチが設置されていた。
操縦桿とスロットルから一瞬たりとも手を離す事が出来ない様な激しいドッグファイト中に、GPUコントローラとウェポンセレクタのどちらが手元にあるべきかと、MONEC社設計部門内で侃々諤々と議論が重ねられ出された結論は、連続照射できず使いどころを選ぶ300mmレーザー砲よりも、あらゆる場面で緊急に使用する可能性の高いGPUのコントローラが優先された。
結果、ウェポンセレクタはコンソール画面上のタッチパネルボタンへと移植され、戦闘中にコンソール操作をしている暇など都合良く取れるわけも無く、せっかく搭載した300mmレーザー砲の操作性をさらに悪化させた。
ブレーメンにあるMONEC社の設計部で働く大下がわざわざ北極海を横断してまで日本を訪問し、古巣である高島重工業の工場を利用してスーパーワイヴァーンを作ったのは、この使いどころの難しい300mmレーザーや、半ば思いつきで作成付与したLDMS、LDMS使用の結果たとえ宇宙空間に飛ばされたとしても地球に帰還する能力を持つ機体構造、と云った新機構を多数盛り込んだこの試作機体を確実に造り上げ、かつ現在地球上でも一・二を争う激戦区となっているハミ降下点に集結している666th TFWのパイロットに機体を確実に手渡した上で、直接説明を行ってモニタリング使用の依頼を行うためである。
そこには、厳しい性能評価を行わねばならない試作機である為、MONEC以外でも高い部品精度で確実に設計図通りに機体を造り上げる技術のある航空機メーカーの工場を利用したいという思惑と、尖った性能により一般的には扱い難くなってしまった機体であっても666th TFWのトップエース達であればどうにか使いこなすだろうという予想、そして彼らであれば試作機に対する常識的な改善案と、設計者が予想することも出来ないような非常識な応用を考えつくのではないかという期待が含まれていた。
達也達は感覚的に、大下を含めた開発陣の期待通りに、機載300mmレーザーの長所短所と併せて使いどころを理解し、接敵直前の遠距離狙撃というまずは設計者の想定したとおりの使い方をしてみたのだった。
「長距離狙撃が出来るのはありがたいが、いかんせん十秒に一発じゃお話にならんな。そろそろ突っ込むぞ。アーマメントチェンジ忘れるな。」
200mmレーザー使用時にコンソール上に表示される過熱警告表示と同じドーナツ型の形状を持つが、200mm使用時とは異なり一度減るとなかなか回復しない300mmレーザーの充電量表示を睨みながら達也が言った。
睨み付けるコンソールの向こうには、球体であることがはっきりと分かる程に曲面となった地上がキャノピー越しに見える。
辺りに目標となるものが何もない超高空であるので、まるで自機が空中で止まっているかの様な錯覚を覚えるが、実は今も音速を超える速度でハミ降下点に進路を合わせて飛行している。
高度40000mでZone4-04に侵入した達也達三機は、300mmレーザーによる狙撃を継続する最適な機体姿勢を維持するため、GPUによる推進を利用して機首をほぼ垂直下方に向けたまま水平飛行を行っていたのだ。
それはまるで、進行方向に構わず機体の向きを自由に変更して射撃を行ってくるファラゾア機の攻撃方法の様だった。
「実質的に有効射程が大体150km? でもそれを生かすために超高空から狙撃するなら、その分接近速度も速くなるから十発撃てれば良いところ、といった感じかしらね。頭の上から狙撃され続けるのをいつまでも黙って許してくれる訳じゃないだろうし。低空じゃ敵と同じで、よほど好条件でなければ遠距離は無理ね。」
「100km前後で使用する場合は、敵と撃ち合いになりそうですね。そうなれば、数に勝る敵が絶対的に有利でしょうね。まあ、やられっぱなしで逃げ回るだけだった今までに比べれば、攻撃手段があるだけマシ、と云ったところですか。」
「ああ、確かにそれは言えてる。何にしてもリアクタ出力が足りない。200mm並に連続で撃てなければ使い物にならん。逆落としをかけるぞ。垂直降下用意、5、4、3、2、1、降下。」
達也の乗るスーパーワイヴァーンが、機種を真下に向けてまるで空中を漂っていたかの様な状態から、突然機体を吊り下げていた糸が切れたかのように、自由落下にしては不自然な加速で地表に向けて弾かれるように加速した。
続いてテレーザの機体、ジャッキーの機体が同様に地表に向けて真っ直ぐ急加速する。
三機のスーパーワイヴァーンが、高度5000m前後ですでに味方機と交戦状態に入っている敵の集団に向けて、遙か正面に存在する砂漠に突っ込んでいくかのように一直線に加速していく。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
説明回となってしまいました。
ちなみに昔々、最初にスーパーワイヴァーンの設定を考えた頃には、300mmレーザーの位置に対地ブラスタ(AGB: Anti Ground Brasster)なるものが搭載されていました。STGに出てくる機体の対地攻撃そのまんまの設定ですね。w
この作品では対地攻撃は殆ど使われないので、おちゃめな大下君が「でっけえイッパツあった方がいんじゃね?」的なノリで追加した300mmレーザーへと変わりました。
ほぼ「ぼくのかんがえるさいきょうのせんとうき」です。w
しかもその初期設定では「宙航形態」なるものまであって、変形までするという・・・
ガキっぽいロボアニメじゃねえんだから、と、本作書くに当たって一発ボツりました。
・・・まあ、「さいきょうのせんとうき」とどっこいレベルですが。w