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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第八章 Base Deffence (基地防衛)
172/405

1. SUPER WYVERN

 もしかしたら混乱してしまう方がおられるかも知れないので明記しておきます。

 前話(第七章最終話)から時系列が戻り、第七章九話の直後に続きます。


■ 8.1.1

 

 

 青島(チンタオ)劉家台(リウジャータイ)航空基地にベルトラン達を送り届けると、彼らを迎えたのは真っ白な防護服に全身を包んだ基地救護隊だった。

 その姿を見て、なぜ中国の西の果てであるウイグルで拾った要救護者を青島まで送り届けろと言われたのか達也は理解した。

 

 ベルトラン達三人は、要するに異星人の作った施設から逃れてきたのだ。

 異星人が持ち込んだ未知の病原体などに感染している危険性が有り、そしてそのベルトラン達と直接接触した達也達にもその疑いがあるのだった。

 案の定、ベルトラン達を基地救護隊に引き渡す為の一騒動が終わった後、達也達は機上待機を命じられ、再び防護服で完全武装した別の救護隊が迎えに来るまでキャノピーを閉じている事を指示された。

 

 達也達三人は、特に怪我をしたわけでもないというのに担架に寝かされ、巨大なビニル袋の様なものに包まれた状態で護送された。

 送られた先は格納庫の中に急ごしらえで組み立てられたのであろう、白い対生物兵器用の救護テントであり、検疫が完了するまで約二週間そのテントから外に出ることを禁じられた。

 テントは達也達三人個別に与えられていたが、最大の問題はそのテントの中に隔離されている間、何もする事が無いことだった。

 テントの中で与えられた暇つぶしは、本が数冊と、テントの外と通話するための簡易的な有線インターフォンの配線を少し改造してもらい、各テント間でも通話が出来る様にして貰ったことで、達也と同じ様に隔離されている部下二人、テレーザとジャッキーと話をする程度だった。

 

 ファラゾア戦以前ではとてもあり得ない様なスケジュールで、毎日の様に五〜六時間もの出撃をし、場合によっては一日に複数回の戦闘を伴う出撃をする激務から一時的に解放されて、骨休めだと思ってゆっくり寝ていろと基地救護隊の隊長から言われたものの、一日中ベッドの上でゴロゴロしているのも二日もすれば飽きる。

 部下二人と話すにしても、もともとそれ程個人的に親しいというわけでも無かった関係上、しばらく話をすればすぐに話題が尽きる。

 ナポリ系日本人などと揶揄される武藤とは異なり、達也は取り立てて人懐こい性格をしているわけでも無ければ、人と話をするのが好きというわけでも無かった。

 一日中寝ているのは、激務に慣れた身体にとって苦痛でしか無かった。かといって身体を動かして運動不足を解消しようにも、テントの中には充分なスペースも無く、汗を流すシャワーの回数も二日に一回に制限されていた。

 突然環境が変化した過度の運動不足で身体中が怠くなり、手足が腐り落ちるのではないかとさえ思った。

 

 二週間を少し過ぎ、やっと拘束から解放されてテントから出てきた達也達に基地救護隊長はこう言った。

 

「特に問題になる様な物は見つからなかった。良かったな、これで晴れて解放だ。連中が捕まっていたのは人間を使った生体実験か何かをやろうとしている研究所みたいなものだったのだろう。良く考えれば、そんな研究所みたいなところに妙な病原体など居る筈は無いんだよな。俺達より遥かに科学が進んでいるなら、尚更そうだろう。ま、なんにせよ何もなくて良かったな。」

 

 救護隊長にしてみれば、達也を安心させ、二週間の拘束を強いられた事を労う積もりであったのだろうが、その二週間の苦痛によって酷く苛立っていた達也はその言葉に一瞬で頭に血が上り、危うく救護隊長に殴り掛かるところだった。

 自分ではどうにも抑えられない感情に追い立てられる様にしてテントが設置されていた格納庫を飛び出した達也を、見知った男が一人待ち受けていた。

 

「よう。災難だったな。ま、尊い同胞の命を救ったんだ。面倒に見合う成果だったと思って胸を張れ。そんなお前達にご褒美を持って来てやったぞ。」

 

「・・・あんた、どこにでも出没する奴だな。」

 

 格納庫脇で達也を迎えたのは、MONEC社の作業用ツナギを着た大下だった。

 達也は大下のMONECへの出向を知らないため、日本から近い青島にやって来たものだと納得している。

 

「ちょっと日本に用事があってちょうどこっちに居た。お土産を持ってお前と武藤を呼び出そうと中国(ここ)までやってきたんだが、お前等三人にやる事にした。」

 

「日本に用事? あんた今どこに居るんだ・・・MONECのツナギか。ブレーメン?」

 

「ああ。二年ほど前からな。お前達も来い。人命救助と二週間我慢したご褒美をやるぞ。」

 

 大下は達也の向こうに視線を投げて、格納庫から出てきて久々に見る太陽光に眩しげに目を細めるテレーザとジャッキーに話しかけた。

 勿論二人は大下との面識は無いが、自分達の小隊長と親しげに話をする国連軍のものではない作業用ツナギの男を見て、どこかの航空関連民間企業の技術者だろうと当たりを付けている。

 

「甘い菓子で子供を釣って誘拐する胡散臭いオヤジみたいだな。」

 

「ふん。否定はせんよ。」

 

 そう言って大下は踵を返して格納庫前エプロンを歩き、隣の格納庫に入っていった。

 大下に続いて格納庫に歩み入った三人は、一飛行隊を丸々格納できるだけの広い空間に、見たことの無い新型機が三機駐機しているのを目にした。

 

「・・・これは?」

 

「SUPER WYVERNだ。WYVERNをベースに改造した派生型になる。コイツを日本の高島の工場で作るために日本に来てたんだ。

「燃料搭載量と作戦可能時間に問題があったエンジンをSG-Hybridエンジンに換装し、さらに固定武装を強化した。200mmレーザーを二門と、胴体下に300mmレーザーを一門格納している。300mmはコンデンサ式で十秒に一発しか撃てないが、それでも大気圏内射程最大200kmは魅力だろう? 200mmの方もバレルコントローラとサイティングシステムを完全にやり替えてあるから、命中率は格段に向上しているはずだ。あと・・・」

 

 大下の説明の中に聞き慣れない言葉があった事に達也が反応した。

 

「ちょっと待て。何ハイブリッドだって? なんだそれは?」

 

「SG-Hybridか? 業界内で呼称を統一することにしたんだ。航空機搭載型の核融合炉と、そのパワー供給で動作するGPU(Gravity Propulsion Unit:重力推進器)、核融合炉のパワーで動作するモータージェットモードと、ジェット燃料で動作するフュエルジェットモードを搭載するジェットエンジン。これらの複合推進システムの事をハイブリッドジェット(Hybrid Jet)と呼ぶことにした。ジェット燃料としてTPFR(Thermo Plastic Fuel Rod:固体燃料ロッド)を使用するものについては、SG-Hybrid(S:固体燃料、G:重力推進)と言う。」

 

「諒解した。で、このスーパーワイヴァーンは、元々融合炉とジェットエンジンだけだったところに、GPUを付けて、さらに燃料をTPFR化した、と。」

 

「そういうことだ。」

 

「すでに別の機体だな。見た目も。」

 

「かなり派手に弄ったからな。ま、ちょっとやり過ぎた感は、ある。」

 

 そう言って少しでも恥ずかしげな様子でも見せるかと思われた大下だったが、いつもと変わらない仏頂面で機体を眺めている。

 いやむしろ「やり過ぎた。だが後悔はしていない」とでも言いたげな表情に見える。

 

 鋭角的な機首に厚みの薄い機体、他の航空機よりも鋭角的に角度の付いた前進翼がもともとのワイヴァーンのシルエットの特徴だった。

 今達也の前に翼を休める機体は、元々のワイヴァーンよりも長くなった機首、機体上面に追加されたインテイク、角度は緩くなったものの少し長く大きくなった主翼、そして少し厚みを増した機体中央部と、あのナイフの切っ先のような鋭利さは失われたものの、高い運動性能と力強さを予想させる機体外形を有していた。

 

「で、こいつらをもらって帰って良いのか?」

 

 しばらくの間、優美さも増した改良機を眺めていた達也は、大下を振り返って訊いた。

 

「お前と武藤にやって、一機は予備機にしようと思っていたのだが、ちょうどお前の小隊が三人ともこっちに来てると言う話だったから、急遽変更した。手続きは全て終わっている。持っていけ。武藤にはまた別のおもちゃを用意するさ。」

 

「新型機は良いが、部品供給はどうなる? 整備兵は?」

 

「お前達が二週間寝てる間に手配した。すでに三機分の部品と三人の整備兵がハミ航空基地に送ってある。部品供給については、馬鞍山航空公司と武威航空公司にブループリントを送りつけてある。日本やヨーロッパから供給するより随分マシになるはずだ。」

 

「中国製の部品?」

 

 人民空軍の「最新鋭」戦闘機が、部品精度の悪さからヒドラやゴーストにシステムをクラックされて、バタバタ墜とされていたのは達也の記憶にまだ新しい。

 現代の戦闘機とは言え、アビオニクスがある限りは常にファラゾアからのハッキングを警戒しなくてはならないのだ。

 

「民主化してから中国の航空機産業もMONECに参画している。それで随分改善されたぞ。それでも気に入らなけりゃ、機体を壊さなければ良いだけの話だ。」

 

 そんな事は分かってる。だが、戦っている以上必ず壊れる、と達也は大下に言い返してやりたくなった。

 もちろんそのようなことは、大下も百も承知していることは、達也も理解している。

 

「どうだ?」

 

 大下に言い返す代わりに、大下のさらに向こう側で最新型の機体を呆けたように眺め続けている部下二人に訊いた。

 

「え? え、えっと、すごい機体ね。」

 

「これ、本当に乗って良いんですか?」

 

 いきなり最新鋭の機体を渡されるという事態に混乱し、二人ともどこか惚けたような返事を返してくる。

 もちろんこれまでも、最前線で戦う彼女達は最新鋭の量産機である雷火を与えられてきた。

 しかしこのようにして大下が持ち込んでくる機体は、量産ラインにさえまだ乗っていない最終仕様試作機であることが多かった。

 最終仕様を決定したところで、実際に最前線に投入してみて実戦に於いても期待通りの性能を発揮できるか確認するためだ。

 達也達からのフィードバック情報を元に、必要に応じて本当に最後の仕様調整を行い、量産ラインへと流すのだ。

 

「構わない。その代わり宿題が出るがな。」

 

 大下から試験機を受けとった場合、週に一報のレポート提出が求められるのは今でも変わらなかった。

 達也達パイロットや、整備兵から提出されるそのレポート情報を元に、大下達開発チームは最終調整を行うのだ。

 

「ああ、忘れちゃいかんな。この三機には、試験的に新機能を付けてみた。使ってみてくれ。勿論使ったら、使い勝手など知らせて欲しい。」

 

 大下が、今思い出したという口調で達也達三人に言った。

 達也が目を眇める。このマッド技術者の思いついた機能だ。あまり良い予感はしなかった。

 

「新機能? 何だ?」

 

「LDMS (Last Ditching Maneuver System:最終回避行動システム)という。ハード面ではなくて、システム面での追加だ。お前達前線パイロットがガンカメラで撮影した、負けたファラゾア機の遁走を見ていて思い付いた。」

 

 益々嫌な予感が募る。

 

「で?」

 

 達也の表情が明らかに不審なものを見るものに変わり、大下に先を促す。

 

「コンソール下の物理的なレバーを引くことでシステムが起動する。敵に囲まれてにっちもさっちも行かなくなった時に使う。システムが起動したら、システムは自機の周囲で脱出できそうな経路を探索する。具体的には、敵密度が少ない方向だな。脱出経路を発見したら、システムはGPUをほぼ最大出力で稼働する。大体300G位の加速がかかる筈だ。勿論、パイロットや機体に加速度の負担はかからない。だが機体は一瞬でM10.0辺りまで加速する。余り速度を上げすぎても、衝撃波で機体が破壊されるので一応M10.0を上限にしている。で、M10.0で安全圏まで脱出したら減速する。どうにも逃げられない絶望的な状況を何とか出来る、最終回避(Last Ditching Maneuver)機能だ。どうだ。良い機能だろう?」

 

 大下の台詞の中に物騒な数字が何度も出てくるのを聞いて、達也は呆れて天を仰いだ。

 大下という人間を理解していない部下二人は、まだ何のことやら分かっていない様だった。

 

「300Gってどれ位なんだ?」

 

「そのまんま、地球の重力加速度の三百倍だ。そうだな、そのまま放っておけば、六分ほどで月まで行ける。ああ、減速も考えるなら十二分だ。」

 

 アホかコイツ、と達也は思った。

 いや、頭が良いのは知っているが。

 

「M10.0なんて出したら、機体が融けるだろうが。」

 

「大丈夫だ。一瞬で融け落ちるわけじゃ無い。十秒程度なら保つ。一応、温度センサーと破損センサーはモニタしながら動作する。基本、脱出する方向は上になるだろう。その場合は空気が薄くなるので余り心配する必要は無い。ファラゾア達の脱出と同じだな。横方向に飛ぶ場合は、ちょっと気をつけなくちゃならんな。一応、下方向は選ばない様になっている。」

 

 下は地面だ。そんな方向に300Gで飛んでもらって堪るか、と思った。

 

「上は宇宙だぞ。宇宙に出たらどうするんだ。」

 

「問題無いだろう? GPUは宇宙でも動作する。ちゃんと帰って来られる。」

 

「被弾してコクピットに穴が開いてたら?」

 

「それもセンサーと連動している。コクピットの気密が破れている状態では、高度30km以上には上がらない設定だ。ま、もし行ってしまったら、慌てて帰って来い。一分もかからず空気がある所に帰ってこれる。人間、少々空気が薄いくらいなら一分くらいは保つ。」

 

「・・・分かったよ。死ぬ前には一度試してみることにするよ。」

 

 達也は疲れた顔で言った。

 

 軍事用の機械は、安全装備でガチガチに固められている民間向けの機械とは違う。

 機械も、それを操る人間も、生き延びるためには限界ギリギリの動作を要求されることもある。

 大下の要求は、それに正しく沿っているというだけの事だ。

 

 ふと、達也は後ろを振り返った。

 どうやら部下二人も、大下という人間がどういう奴なのか理解できた様だ。

 困惑して複雑な表情で、新鋭機と大下とを見比べていた。

 

 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 第八章です。

 いきなりなスタートでしたが。w

 大下サン、世界中どこでも現れます。ジャパニーズビジネスマンです。いや、エンジニアなんですけどね。


 七章は短かったので、いつもの登場人物紹介はヌキにしました。

 紹介しなけりゃならないような登場人物は全てそのまま八章でも出てくるでしょうし。


 ちなみに忘れちゃいけないのが。

 数十~数百Gで加速したとして、空気抵抗で終端速度に達したとします。

 このとき、等速度運動になった機体とその中身には、GPUにて発生している加速度がもろにかかるということです。

 単純な重力推進は、思わぬ効果(?)を持っています。

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― 新着の感想 ―
[一言] >加速度がもろにかかるということです。 空気抵抗による減速が重力推進では調整できないとしたら、通常飛行でも加速中に常に空気抵抗による減速による前につんのめる加速度を感じてしまいませんか?
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