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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第七章 ESCAPE (脱走)
170/405

9. 救出


■ 7.9.1

 

 

「さっきまで大人しかったのに、何だってこのタイミングで湧いて来やがる。」

 

 達也は約300km先のハミ降下点周辺で急速に増加していく重力反応をHMD表示として確認しながら、一人ぼやいた。

 GDDのみにて探知した反応は紫色のマーカーとしてHMDに表示されるのだが、距離が遠すぎて個体識別出来ないことで、今達也の眼の前に表示されているのは重力反応がある方向を囲んだ大きな紫の円と、そのエリアで発生している重力波の総量の数値であった。

 

「今お前達がいる場所は、降下点からギリ300km以上の場所だ。踏んだな、お前。」

 

 この空域を管轄しているAWACSであるチャオリエ06が、その独り言に対して返答してきた。

 どうやら先ほどまでチャオリエ06と交信していたチャンネルを切り替えずにぼやいてしまったらしい。

 

「仕方ねえだろう。要救護者がそこにいるんだ。そこには行きたくないからあと50km移動しろ、とは言えねえだろう。」

 

「ま、そりゃそうだ。頑張って生き延びてくれ。ダンティングイA2到着まで五分、追加でダンティングイA1も急行している。こっちは十分程かかる。」

 

 トルファン基地所属の3875TFSダンティングイA1小隊長はナーシャ、A2小隊長はジェインである事を達也は知っていた。

 666th TFWのメンバーが救援に駆け付けてくれるというのが唯一の救いか、と思った。

 

 チャオリエ06と雑談の様な情報交換をしている間にテレーザとジャッキーが乗る二機は、要救護者の近く、砂で半ば埋もれた国道の路面上に着陸していた。

 二人とも今は達也の下に付いて小隊を組んでいるが、もともと国連軍がハミ基地に駐留し始めて以来ずっとここで戦ってきたパイロット達であり、基地内でもトップクラスの実力を持つ。

 テレーザはオーストリア出身で、国連軍が中国駐留を始めた初期の部隊として送り込まれた兵士のひとりだ。

 ジャッキーは本名をジャリー・ファと云い、民主化後の中国が国連軍に本格的に兵士を出向させ始めた第一期のタイミングで国連軍に編入されてきたパイロットだった。

 数ヶ月前、達也と武藤がハミ基地に配属となった際に、トップエースの技術を学ぶ事を目的として達也の下に配属されたのだった。

 

「タツヤ、降りて来て。」

 

 着陸した二機の雷火とその作業状況を上空から眺めていると、突然テレーザからの通信が入った。

 

「どうした? 何か問題か?」

 

「三人居るの。車の中にもう一人、重傷者がいる。」

 

「諒解した。重傷者の収納を優先しろ。すぐに俺も降りる。」

 

「諒解。」

 

 達也はすぐさま機体を反転させると、降下し始めた。

 

「チャオリエ06、こちらチョンイン04。要救護者は三名だ。内一名は重傷の模様。俺も今から降りて収容作業に入る。救援機急がせてくれ。」

 

「チャオリエ06諒解・・・だが、大丈夫か?」

 

「大丈夫も何も、行くしかないだろう。さっさと終わらせてずらかるさ。」

 

「幸運を祈る。敵部隊、上昇した。数分もあれば来るぞ。」

 

「気付かず通り過ぎてくれることを祈るさ。」

 

 そう言って達也は砂にまみれた国道目掛けて着陸態勢に入る。

 降下で増速して500km/h程に達した速度を、地上50mでのコブラ機動で一気に減速する。

 失速した機体は速度と同時に高度も落ちる。

 姿勢を戻しながらスロットルを最低に戻し、同時にマニュアルGPUモードにして、スライダーを操作する。

 GPU出力を1Gよりも少しだけ低くして、残りの高度20mほどをゆっくりと降下し、着地した。

 キャノピーを開けると、肺が灼けそうな程に熱された砂漠の暑い空気がコクピット内に吹き込んできた。

 

 すぐ脇に止まっているテレーザの機体に、重傷者であろう、黒い国連空軍のパイロットスーツを着た女が一人、四人がかりでゆっくりと引き上げられ、パイロットシートすぐ後ろにある普段はヘルメットバッグやちょっとした荷物を入れておくスペースに収納されていくのが見えた。

 

「大丈夫か? もうすぐ敵が来るが、同時に救援機も来る。」

 

「収容終わったわ。二人とも、そっちとこっちの機体に分かれて乗って。急いで。」

 

 テレーザが比較的無事に見えるあと二人のパイロット達に指示しているのがレシーバ越しに聞こえる。

 彼女の指示に応じて、二人はそれぞれ別の機体に走った。

 達也の機体には、国連軍のパイロットスーツを着た男が近づいて来て、勝手知ったる風にステップを引き出してコクピットに上がってきた。

 

「災難だったな。ハミ基地3852TFSのタツヤだ。」

 

 達也は男がコクピットの縁を乗り越えるのに手を貸してやりながら言った。

 

「ありがとう。済まない、手間を掛けさせる。フォンターナロッサ航空基地1195TFS所属のベルトラン・サルディネロ中尉だ。救出感謝する。」

 

「フォンターナロッサ? 1195TFS?」

 

 聞き覚えの無い基地の名前と部隊名に、達也は思わず後ろを振り返って聞き返した。

 四桁目が1である飛行隊は、ヨーロッパ方面所属のものの筈だ。

 こんな中国西域の砂漠のど真ん中で、拾い上げた要救護者からなぜそんな飛行隊の名前を聞くのか意味が分からなかった。

 

「ああ、ちょっとややこしい話なんだが・・・」

 

「すまん、長くなりそうだな。後だ。今は脱出が先決だ。」

 

「諒解。そりゃそうだ。」

 

 達也はベルトランと名乗った男の返事を聞くのももどかしく、GPUスライダーを操作して-0.5Gに合わせ、上昇しながらキャノピーを閉じ、着陸脚を格納する。

 

「離陸する。遅れるな。敵はそこまで来ている。長距離狙撃に注意。」

 

 外していたマスクを付け、HMDバイザーを下ろす。

 

「うお! なんだ、突然無重力になったぞ!」

 

 後ろでベルトランが騒いでいるが、気にしている暇は無い。

 達也に続いてテレーザとジャッキーの雷火も宙に浮く。

 キャノピーが閉まり、高度が20mに達したところでスロットルを開いてジェット噴射を開始する。

 リヒートモードで大推進力を得た機体は弾かれたように加速するが、加速を体感することはない。

 

 いわゆるフライバイワイヤ方式で、操縦桿やスロットルから入力された信号は機体管制システムを通ってエンジン制御モジュールや翼制御モジュールへと伝えられるが、信号は途中で分岐して人工重力発生器制御システム(Artificial Gravity Generator Control System:AGGCS)へも送られる。

 達也からの入力信号を受けとったAGGCSはその指示に応じて人工重力を発生させるが、同時にパイロットが入力した信号に対応した空力飛行による機体挙動を計算し、その結果発生する慣性力のベクトルを弾き出す。

 AGGCSは、その発生が予想された慣性力ベクトルを打ち消す逆ベクトルを持つ人工重力を発生することで、パイロットと機体に掛かるGを大きく減ずる様に常にパイロットからの入力と、機体挙動を監視している。

 爆発や乱気流などに巻き込まれた場合の予測できない突発的な大Gに対応するには一瞬のタイムラグが発生するが、基本的にパイロットの意思による操作で発生するGの殆どを吸収できる。

 

 今も達也はスロットルを全開にしてほぼ静止した状態からフル加速を行ったが、AGGCSのサポートによる慣性吸収が働いているため、キャノピーの外の景色が飛ぶように後ろに流れて消えていくのに反して、加速によるGは全くと言って良いほどに感じられなかった。

 

「おい、どうなってんだこれ!?」

 

 後ろで騒いでいるベルトランの台詞を達也は訝しむ。

 GPUを装備した戦闘機では、機動によってはコクピット内が無重力になったり、本来掛かるはずのGが全く感じられなくなったりする事は今や誰もが知っているだろう。

 最新鋭機である為、未だ操縦したことがない兵士が大勢居るだろう事は想像できるが、実戦投入から二年近くも経つAGGやGPUの存在を今時耳にしたことがないなどと言うパイロットがいるとは思えなかった。

 

「少し黙ってろ。気が散る。」

 

 そう言った達也の視野の中、後方からM8にも達する超高速度で接近してきたファラゾア戦闘機が、まるでSF映画のワープアウトして実体化する宇宙船のように続々と、達也達三機を囲むような位置に現れ続ける。

 逃げるか、止まって戦いながら応援を待つか決めかねていた達也だったが、周りを敵機に囲まれて腹を決めた。

 

 重力推進という、ファラゾアと同じ推進技術を手に入れた人類ではあったが、理論上ファラゾア戦闘機同様にM8.0を超える大気圏内速度を叩き出すことが可能となったとは言え、実際は機体材質の問題でM6.0程度の速度をごく短時間出す程度が限界であった。

 ここまで完全に囲まれてしまっては、相変わらず速度で劣る人類の戦闘機がファラゾア戦闘機から逃げ切ることなど出来はしない。

 

「囲まれた。逃げ切れない。どこでも良いからしっかり掴まっていろ。

「チャオリエ06、こちらチョンイン04。追い付かれて囲まれた。逃げ切れない。応援急いでくれ。

「テレーザ、ジャッキー。腹を括れ。やるぞ。」

 

「12、諒解。」

 

「13。」

 

「チョンイン04、何とか凌げ。増援はもうすぐ着く。」

 

 達也からの指示に答えると同時に、テレーザとジャッキーの機体が散開(ブレイク)した。

 達也は操縦桿を引き、スロットルをMAXリヒートに叩き込む。

 まるで機首を天に突き刺すかのように上を向いた機体が、一瞬で音速を超え、濃密な大気の中を空に向けて駆け上がる。

 高度15000mで反転した達也は、追従してきたクイッカーを瞬く間に五機血祭りにあげた。

 機首を下に向け、錐揉み降下する様な動きで次々と敵に狙いを付け撃破しながら、高度を一気に下げる。

 

 加速しながら降下、さらに次々と敵に狙いを付けるために複雑な軌道を織り交ぜているのだが、達也とその後ろに居るベルトランには殆どGが掛かる事はない。

 レッドアウトやブラックアウトと云った、急激な高Gで発生する障害を気にすること無く機動できるため、GPUを搭載していない戦闘機を駆っていた時でも異常とも言える戦闘技術を見せていた達也の戦闘機動が、その様な制限を取り払われることでさらに過激に向上していた。

 トップエースの技術を学ぶという名目で達也の下に付き、翼を並べて飛んでいるテレーザとジャッキーは共に、達也のその機動を初めて見た時に「人間業では無い」と呆れたものだった。

 尤も、下に付いたことで嫌も応も無く達也に付き合わされている二人とも、自分達も徐々にかつて呆れ果てた人外の戦闘機動に近付きつつある事を自覚していないのだが。

 

 その二人が、高度1000mほどで急激なターンとロールを繰り返し、何機ものクイッカーを叩き落とした後に、水平飛行に移った達也機の後ろに付く。

 GPUによる慣性制御を手に入れ、より切れの良くなったランダム機動を行いながら三機の雷火が音速を超えて地表近くの濃密な空気を切り裂き進む。

 そしてその後を夥しい数のファラゾア機が追跡する。

 

 先ほどからGDDで探知していた味方機が、前方に黒い小さな点となって肉眼で確認できた。

 達也はさらに増速して真っ直ぐ突き進む。

 一瞬で巨大化し、航空機の形を取った黒灰色の味方機が三機、あわや空中衝突かという間隔で音速の十倍にも達しようかという相対速度をもってすれ違い、達也達を追う数百ものファラゾア機の群れの中に減速さえせずに真っ直ぐに突っ込んだ。

 その三機が群れを突き抜けた後には、撃破されたクイッカーが三十機近くも薄い煙を噴きながら放物線を描いて落下していく。

 

 応援の三機と完全にすれ違った頃になってファラゾア機群はやっと反応し始め、進路を変えて追跡し始めるものが数百機。

 さらにそこに畳み掛ける様に、先ほどの三機よりもさらに高速で別の三機が突入して暴れ回り、ファラゾア機群内に発生した混乱と戸惑いを倍増させ、その混乱をあざ笑うかの様に数十機のクイッカーを叩き落として群れの中を突き抜けていった。

 ファラゾア機の大規模な群れの中に音速を遙かに超える相対速度で突入して突き抜けるのは、反応速度の遅いファラゾア機との衝突の危険性を跳ね上げ、また一瞬で敵の群れの中を通り抜けるため、一度で撃墜できる敵の数が少なくなるので、危険が高く且つ非効率的な方法である様にも思える。

 しかし、それで正しい。達也も、彼女たちも、経験でそれを理解していた。

 

 空力で飛行し機動する戦闘機にとって、速度とは機動力を生み出す為の生命線であると言って良い。

 衝突する危険は飛行技術で回避すれば良い。

 速すぎて敵に狙いを付けるチャンスが少ないなら、何度も攻撃すれば良い。

 複数機での反復攻撃は、的を混乱に陥れ、そして散らばった敵を小さく集める効果もある。

 達也も頻繁に行うこの波状攻撃を応用した様な攻撃法は、彼等がそれぞれ生き残る知恵を絞る内にそれぞれ別のルートで到達した答の一つであった。

  

 進路を北に取り、達也達3852A2小隊の三機は、追い縋るファラゾア機群から必死で逃げる様に増速する。

 かと思えば突然進路を変更して、敵機の群れに混乱と遅れを発生させる。

 いいように掻き回されつつも逃すまいとそれを追跡する、空を埋めるほどの大量のファラゾア機群。

 そのファラゾア機群に対して、斜め後方からデルタ編隊を組んだ六機の国連軍機が繰り返し突入し、敵の群れの中を引っ掻き回す様に混乱に陥れる。

 味方機を付け狙うファラゾア機を横から不意打ちして次々と撃墜していくという普段達也がとっている戦法を、今は達也自身が囮役となることで、追いすがる大量の敵機を次々と撃破していく。

 

 逃げ回るだけではなく時には突然反転して自分達でも敵を撃墜し、結局九機合計で五百機近い敵を撃墜して、さらにハミ降下点から500kmの距離を取った頃になってやっと、残る千二百機程のファラゾア機は反転し、崑崙山脈方面に向けて飛び去っていった。

 

「行った、か。随分あっさり諦めてくれたな。もう二・三百機墜とさなきゃならんと思っていたんだが。」

 

 現れたときと同じ様に、まるでSF映画の宇宙船のように突然加速して消え、一瞬後には遙か彼方となっているファラゾア機群を眺めながら、達也は大きく息をついた。

 ハミ降下点から発し、達也達に襲いかかったファラゾア機の数は最終的に千五百機強といったところであったが、自分達だけ三機であれ、或いは応援に駆けつけた六機を含めた計九機であれ、この少数の戦力でその半数を撃墜して追い返そうと考えていた時点ですでに感覚がおかしい。

 しかし達也は、三機では戦いが長期化してジェット燃料が足りなくなると考えていたが、九機であれば約半数を叩き落とすことは可能であると見込んでいた。

 もちろんそれは、救援機がジェインとナーシャが率いた小隊であること、そして自分達を含め全員がGPUを搭載した新鋭機で飛んでいることを考慮に入れての話ではあるが。

 しかしそれにしても、普通なら一瞬で全滅を覚悟しなければならない非常識な戦力差であったことは間違いなかった。

 

「『行ったか』じゃないでしょ。アンタなに地雷踏んでんのよ。迷惑な奴ね。」

 

 ジェインの抗議の声が聞こえた。

 対して救援に来たジェインの方も、まるでエプロンの上で駐機位置を少し移動しろと言われたかの様な、軽い面倒を押し付けられて迷惑を被った程度の口調で達也に抗議した。

 それはとても、絶望的な戦力差を奇跡的に跳ね返したという憔悴感や安堵感を感じられるような口調ではなかった。

 達也達三人の隊長に率いられた六人の部下達は皆、あり得ない機動を繰り返す上官機に必死で追従し、運悪く命中すれば自分が死んだことにさえ気付かず一瞬で蒸発させられるだけの火力の敵に囲まれる中に何度も突撃させられ、やっと死地を脱して酷い精神的疲労を感じつつ、しかし普段通りの口調で話す自分達の上官達の異常さに呆れ果て、疲労感がさらに加速するのを感じた。

 こいつら絶対オカシイ。イカレてる。

 しかしそう言って呆れ果てる彼らもまた、そのイカレた奴等と同じ戦闘を生きてくぐり抜けることができるだけ、すでに一般兵士達の常識からは大きく逸脱しつつあるという事に彼ら自身気付いていないのだが。

 

「救援助かった。流石に三機じゃキツかった。お前達がちょうど居てくれて助かった。」

 

「ふん。感謝しなさいよ。」

 

「感謝は形として表すべき。」

 

 達也達3852TFSの三機を両脇から挟むように、達也達のものとは異なる機種で構成された二つのデルタ編隊が後方から追い付いてきて並んだ。

 救援に駆けつけた六機は、MONEC社のモッキングバードであった。

 シベリア、日本、台湾など極東方面からの補給で成り立っているハミ航空基地には高島重工製の雷火が主に配備されていた。

 対して、中央アジアを経由しヨーロッパ、ロシア側からの補給で成り立っているトルファン航空基地には、MONEC社のモッキングバードが主に配備されている。

 

「諒解。次に会ったときに一杯奢らせてくれ。」

 

「忘れないでよ。チャオリエ04、こちらダンティングイA2。敵は撤退。チョンインA2は全機無事。ダンティングイA1、A2共に被害無し。共にジェットフュエルビンゴ。RTB。よろしいか。」

 

「ダンティングイA2、こちらチャオリエ04。ご苦労さん。被害無しは何よりだ。ダンティングイA1、A2ともRTB。諒解。」

 

「じゃ、アタシ達は帰るわ。後は気をつけておうちに帰んのよ? グッドラック。」

 

 そう言って、ジェインとナーシャがそれぞれ率いる小隊は、キャノピー越しに敬礼を送って機体を傾け旋回して遠ざかっていった。

 

「さてと。お家に帰る前に確認しておかなくてはな。所属と名前をもう一度。」

 

 達也は、本来人が乗る場所ではない操縦席の後ろのスペースに無理矢理身体を押し込んでいるベルトランに話しかけた。

 そのベルトランは、「有り得ねえ、何なんだよこれ」などと、一人でブツブツと呟いていたが、達也の呼びかけで我に返った。

 

「フォンターナロッサ航空基地1195TFS所属のベルトラン・サルディネロ中尉だ。」

 

「フォンターナロッサ航空基地? どこにある? ヨーロッパか?」

 

 ベルトランが所属していたという航空隊の部隊番号から、ヨーロッパ方面の部隊であると想像できる。

 しかしなぜ? という問いは残る。

 

「シチリア島のカターニャだ。」

 

「それが何でこんな中国の西の果ての砂漠をうろついてる?」

 

「ファラゾアの基地から逃げてきたんだ。」

 

「・・・なんだって?」

 

「なんでこんな所にいるかは訊くなよ? 気付いたらファラゾアの基地に捕らわれていたんだ。」

 

 ベルトランがファラゾア施設から逃げ出した経緯を掻い摘まんで説明する。

 それを訊いた達也は、ハミ基地に帰投するのでは無く、方面作戦本部と直通のAWACSに連絡して、上からの指示を受けた方が良いと判断した。

 達也の判断はあくまで、敵基地の情報を持ち帰った兵士をそれなりの場所に送り届ける、程度の認識のもとであったのだが。

 

「チャオリエ06、こちらチョンイン04。ちょっと相談事があるんだが。いいか?」

 

 達也はレシーバー音声がヘルメット内レシーバーのみとなっていることを確認してAWACSに呼びかけた。

 

「こちらチャオリエ06。女にもてる方法以外なら何でも相談してくれ。」

 

「ならちょうど良い。アンタが最適任者だ。さっき拾った要救護者な、一人重傷者が居る。それと、三人ともファラゾアの基地から逃げてきたって言うんだが、どこに連れて行きゃ良い?」

 

「なんだって? 世界大ぼら話大会の会場はここじゃねえぞ。つくにしても、もう少し笑えるホラを吹きやがれ。」

 

「俺の後ろに乗ってるのは、シチリア島のフォンターナロッサ航空基地1195TFS所属のサルディネロ中尉だ。チョンイン12が拾ったのは、人民空軍のパイロットだ。分かるだろう?」

 

 達也はAWACS担当者が吐いた面白くもないジョークをスルーした。

 

「・・・マジか。ちょっと待ってろ。」

 

 チャオリエ06の声色から、笑いが消えた。

 

「中尉、一人重傷者がいるんだ。近い基地に降りて早めに手当てしてやりたいんだが。」

 

「分かってる。大丈夫だ。悪い様にはしない。」

 

 軍にとっても、国連にとっても、その他全ての地球人類にとっても、ファラゾア基地から脱出してきた兵士からもたらされる情報というのは、値千金の宝物と言って良いだろう。

 少しでも多くの情報を得るため、重傷者を死なせる様な真似はしないだろうと思った。

 

「チョンインA2、こちらチャオリエ06。X09としての最優先任務だ。保護した兵士三名を、青島(チンタオ)劉家台(リウジャータイ)航空基地に護送しろ。全速、直線で飛んで構わん。重傷者が居るのだろう? 途中は手を回しておく。ただし、指定された場所以外への着陸は一切認められない。」

 

「X09、諒解。劉家台航空基地。直線最速、途中着陸無し。」

 

 チャオリエ06に返答しながら、やはりお伺いを立てて正解だったな、と達也は思った。

 通信を小隊内に切り替える。

 

「こちらチョンインA2リーダー。保護した三人の届け先が決まった。劉家台航空基地だ。重傷者が居るため、全速で向かう。航法はこちらで行う。遅れず付いて来い。」

 

「12。諒解。」

 

「13。」

 

 コンソールにAWACSからデータが送られてきたことを示すログが流れた。

 HMDにNAV01(ナビゲーションポイント01)が表示される。

 達也はNAV01に対してセミオートパイロットを設定した。

 

「進路変更。方位10、高度300、速度M4.0。データは後ほど送る。」

 

「お、おい。そのリューなんとかって基地は、遠いのか?」

 

 心配そうな声のベルトランが後ろから顔を覗かせる。

 

「それ程遠くない。2500kmくらいだ。」

 

「はぁ!? 遠いじゃねえか! そもそも燃料が保たねえだろうが。補給に時間を食う。もっと近い基地にならねえのか?」

 

 後ろで上がるベルトランの喚き声を気にも掛けずに達也は言った。

 

「なに、すぐだ。30分もありゃ着く。」

 

「はあ!? バカかお前? 2500kmが30分で着くわきゃねえだろうが! おい!」

 

 達也はベルトランの声を無視して操縦桿を捻った。

 三機の黒灰色の雷火によって組まれたデルタ編隊の先頭の一機がまず転針しながら高度30000mに向けて急上昇し、あとの二機がそれに続いた。


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 また長くなってしまいました。

 前話と今回とで、確実に三話分の文字数を二話に押し込んでしまいました。

 まあ、話数が増えれば良いという訳では無いので、それ程こだわることではないのですが。

 どうしても途中で切りたくないとき、或いは一話に押し込みたいときに、この様な状況が発生します。


 作中、ジェインとナーシャの小隊が無双してます。今回の話の中で説明していませんが理由があります。MONEC社のMOCKINGBIRDは色々面白い機体である設定です。

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― 新着の感想 ―
[一言] 三年寝太郎だったのか 脳もだけど筋組織も劣化無しそのままって冷蔵庫要らずだな
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