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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第二章 絶望と希望
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3. European Union Intelligence Analysis Centre


■ 2.3.1

 

 

 窓の外を見ると、いつもの年より少々早めの初雪に煙る街並みが見える。

 デスクの背もたれに身体を預け、疲れた頭と眼を休めつつ、机上の右袖に置いてあったマグカップを取り上げて、すっかり冷えてしまったコーヒーを一口飲んだ。

 

 ファラゾアなどと言う正体不明の敵が地球外からいきなり襲い掛かってきて三ヶ月経った。

 元々ドイツ外務省に務めていた彼、ヘンドリック・ケッセルリングは五年の期限付きで欧州連合(EU)の欧州対外行動局(European External Action Service)に出向していたのだが、かの外敵がやって来て以来人手が全く足りなくなった欧州連合情報活動分析センター(European Union Intelligence Analysis Centre: EU INTCEN)に手伝いに出されていた。

 確かに情報収集は外務の重要な仕事の一つではあるのだが、かといって情報機関、或いは諜報機関の仕事が元外務省官吏の手に負えるとはとても思えなかった。

 と、ここに着任したときには思っていたのだ。

 

 それは、人類が想像したことさえ無い敵だった。

 高度な科学と強大な軍事力を持った異星人が地球外から攻めてくる。そんな事は、ハリウッド映画の中や、出来の悪いSF小説の中でのことであって、現実に起こるはずは無い。誰もがそう思っていた。

 地球人類の想像力はその様な外敵が攻めてくることを考え出しはしたが、あくまでそれは小説や映画の中での想像上の出来事であって、現実に起こるであろう事では無かった。

 

 だが、連中は現実の世界にやって来た。

 普通の人間がその知らせを素直に受け取るには、宇宙から異星人が攻めてくるなど、余りに馬鹿馬鹿しい出来事だった。

 アメリカという世界最強の軍事力を持ち、そして世界一現実的な国家は、その現実を超えた事態をすぐに受け止めることが出来なかった。

 実は、彼らは一つの可能性として、その様な地球外生命体の侵攻の可能性を想定して、実はある程度の備えを持っていたのだ。

 ネット上のオカルトサイトで常に噂になっており、それこそハリウッド映画のネタにまでされたネバダ州の空軍基地の存在は、ただの噂で無いことは軍事関係者の間では誰もが知っている話だった。

 しかし、組織としての軍はその様な荒唐無稽なものにさえ備えを怠らないほどであったが、その組織の中で働く兵士達全てがそうだというわけでは無かった。

 

 ファラゾアの軌道降下を最初に見つけた監視レーダー担当の米国人兵士は、大気圏外から一斉に降下してくる夥しい数の未確認飛行物体の存在を示すモニタ上の輝点を見て、システムトラブルか何かの機器の不調だと思い込んでしまったのだった。

 ちょうどその基地で、その前の週に古くなった変電設備や情報機器の入れ替え工事があり、似たようなトラブルがあったので、同じ様なトラブルが再発したのだろうと思い込んでしまったというのは、冗談のような本当の話だった。

 そして初動が遅れた結果、米軍は持てるその強大な力を存分に振るうことが出来ず泥沼に嵌まり込んだ。

 ファラゾアに撃ち込まれた、回線が繋がっている限りどこまでも潜り込み食い荒らし、あらゆるシステムをズタズタにする電子的兵器、要するに攻撃型のプログラムに、軍事ネットワークから政府系ネットワーク、果ては電気や水道と言ったライフラインを司るシステムに至るまであらゆるものを破壊され、米国は身動きが取れなくなった。

 

 その様を脇から見ていたヨーロッパ諸国やロシア、日本と云った国々は、どうにか対応することが出来た。

 勿論それらの国々でも、異星人が攻めてきたという事態に対する反応は、当初似たようなものだった。

 だが、ネットワーク上で実際に暴れ回る正体不明の攻撃者を確認し、自国の全てのレーダーが大気圏外からの侵略者の存在を指し示し、そして現実に米国と一切連絡が取れなくなっている事態を確認したところで、余りに飛躍した現実に僅かな疑問を残しつつも彼らは事態に対応した。

 軍事ネットワークや政府系のネットワークをインターネットから切り離し、場合によっては物理的に切断し、身を守った。

 ロシアでは故意に大規模停電を発生させてまでその様なシステムを守ったと聞いている。

 

 米国が大混乱した国内をある程度まで落ち着かせるのに二週間ほどの時間が必要だった。

 メルトダウンした原発に対応し、その殆どが暴徒となるか難民となるかのどちらかを選んだ二億人もの国民を抱え、それでもどうにか一部の通信手段やレーダーと云った軍事的な眼や耳を回復したとき、彼らはもう既に自分達が世界最強の軍隊を抱え、それを支えるバックアップ能力のある最強の国家の座から滑り落ちてしまった事を知った。

 

 高度にシステム化された軍隊、コストを抑えるために採用された官民の共生アウトソーシング、他の軍事拠点との連携が取れないままファラゾアに各個対応してしまった多くの部隊、そして家族や友人と云った愛する者達を守ろうと立ち上がった正義感と勇気に溢れる兵士達個人。

 その全てが事態を悪化させる方向に働いていた。

 米国の軍事力は往時の半分以下に落ち込み、現在進行形でなおも削られ続けていた。

 送電網がズタズタになり、原発がメルトダウンし、電力供給の復旧が見込めないため、その落ち込んだ軍事力を回復させるために必要な彼ら自慢の工業力が、殆どまともに動いておらず、そして復旧の見通しが全く立たないという惨状であった。

 原発もそうであったが、工場や精錬所、輸送手段を提供する企業なども全てネットワークに繋がっており、ファラゾアの攻撃を免れ得なかったのだ。

 

 ここで不思議な事実が幾つか明らかになる。

 ファラゾアが真っ先に米国の北と南に降下した理由は分かる。

 地球人類の遙か先を行き、恒星間航行までをも可能とするような技術力があれば、米国がこの地球上で最強の国家であろう事は瞬時に察することが出来ただろう。

 そしてその最強の国家を、インフラやライフラインまでをも含めて徹底的に破壊し、資源はあってもそれを利用する術が無い発展途上国レベルにまで陥れ破壊し尽くしたのは、戦術として極めて論理的かつ合理的だ。

 

 だが米国に対しては徹底的な破壊を行ったファラゾアが、奇妙なことにユーラシア大陸の国家に対しては同様の破壊を行わなかった。

 ユーラシア大陸の原子力発電所にはただの一つもメルトダウンしたものは無く、恐る恐る再接続して送電してみれば、送電網は半分とは云わないまでもかなりの割合で生き残っており、そして始まりの十日間以降、送電網とそれを支える各種システムが二度と攻撃を受けることは無かった。

 カリブ海に浮かぶイスパニオラ島にあるドミニカ共和国の首都サント・ドミンゴや、南米ボリビアの首都サンタ・クルスなど、ファラゾア降下時に発生した激しい戦闘で壊滅状態となった都市は幾つもあったが、しかしそれ以降ファラゾアは積極的に大都市を破壊しようとはしていなかった。

 

 彼らは一体何がしたいのか?

 何を目的にして地球にやって来たのか? 地球を侵略したのか?

 

 地球人類を根絶やしにしたかったり、地球という星がこの宇宙に存在することが気に入らない、と言う様な理由では無いことは、かなり高い確率で正しいものとして推測されている。

 彼らほどの科学力と技術力があれば、それこそ某ハリウッド映画で描かれた宇宙戦争のような、惑星破壊兵器の一つや二つ持っていてもおかしくは無いだろうからだ。

 

 色々な推測が出されていた。

 

 地球に埋蔵する資源が欲しかったかから。

 否。そうであれば、地球人類という邪魔者がいない火星や金星を占領している方が話が早い。

 

 地球上に存在する水が欲しかったから。

 あり得るが、同様の理由で、木星や土星の水素や、エッジワース・カイパーベルト域に浮かんでいる彗星の卵を利用した方が楽だろう。

 

 地球の大気、つまり酸素が資源として欲しかったから。

 否。勝手に吸い取っていけば、実際問題として地球人類にそれを防ぐ手は無い。わざわざ大気圏内に降りてきて地球人類と戦闘をする意味が無い。

 

 地球という生存可能な(ハビタフル)環境の星が欲しかったから。

 否。では何故大都市を一掃してしまわないのか。地球人類が生息しているのは邪魔では無いのか。

 

 地球人という蛋白源が資源、或いは食料として欲しかったから。

 否。もはや穴だらけの防衛システムしか持たない北米大陸で、米国人の殆どがまだ生存している事が説明付かない。

 

 実は地球人と友誼を結びたいが、コミュニケーションの仕方が分からないだけ。

 否。連中は当初から問答無用に攻撃を仕掛けてきたし、戦闘機や機動艦隊を次々と攻撃している。

 

 地球人や、地球人が操る乗り物を狩って楽しんでいるだけ。

 否定は出来ない。が、それにしては地球側の戦闘機と一対一の戦いになったときに連中は弱すぎる。

 そう、彼らは弱すぎるのだ。

 

 地球人類に対して何千年あるいは何万年先に進んでいるか判らないほどの高度な科学技術を持ち、高度にシステム化された宇宙艦隊を持ち、何千光年という恒星間の空間を踏破するだけの技術を持つ彼等が、いくら地球人類のホームグラウンドであるとは云えども、空力飛行しかできない地球製のジェット戦闘機にバタバタと墜とされるのは異常すぎた。

 兵士達は厳しい戦いの中で敵を撃墜して単純に喜んでいるが、軍の上級職や情報機関、科学者達は、何か裏があるのではないかと戦々恐々としている。

 

「ヘンドリック。シュツットガルトからの報告がやっと上がってきた。極秘扱いだ。封印されている。私には閲覧権限が無い。さっさと君に渡してしまうよ。」

 

 積もるほどでは無い勢いで雪が風に舞う街並みを見ながら遊ばせていた思考を中断された。

 彼が率いるチームのシルヴァン・ボルテールが、開け放ったドアをノックして部屋に入ってきたのだった。

 シルヴァンは分厚い白い封筒をヘンドリックの机の上、彼の正面に置いた。

 

 機械工業が発展しているシュツットガルトには、地中海上空で毎日のように発生している戦闘で撃墜されたファラゾア機が何機も持ち込まれ、分解解析作業を行う拠点がある。

 敵の目的を探るため、敵の卓越した科学技術を盗むため、そして何よりも敵を知るため、敵機の解析作業は非常に重要だった。

 ただ何分にも、地球外からやって来た未知の異星人が操る機械を分解する事に対して、誰もが慎重すぎるほどに慎重に作業を進めたため、ファラゾアが降下し、最初の機体が手に入ってから既に数ヶ月が経とうとしていた。

 仕方の無いことだった。

 それこそSF映画のように、未知の病原体の危険や、放射線や毒物、或いは分解すると爆発するようなトラップが仕掛けられていないとも限らなかったからだ。

 技術者や科学者達は、臆病とも言えるほどに慎重に作業を進めていた。

 

 数週間前の報告書では、俗にクイッカーと呼ばれる、ファラゾアの戦闘機械の中で最も個体数の多い戦闘機の外装パネルをやっと剥ぎ取ることに成功し、その内部の余りの緻密さに驚愕する技術者たちの様が目に浮かぶような報告があった。

 それ以来、用途も仕組みも想像すら出来ないようなファラゾア機の内部モジュールを取り外しては解析する、技術者では無い彼には今ひとつピンとこない技術用語の羅列による説明が書き綴られた分厚い報告書を何度も受け取る羽目になった。

 電子的な手段がまるで信用できなくなった今、毎回受け取る膨大なページ数の紙の束とそこに書かれている技術用語の羅列に、最近少々食傷気味になっていた。

 しかし、封印され機密扱いの報告書を受け取るのは初めてだった。

 食傷気味な気分を吹き飛ばし、ことさら興味を引かれる。

 

「ありがとう。モスクワからは?」

 

 ヘンドリックは机の上に置かれた重い封筒を手に取りながらシルヴァンに聞いた。

 ロシアでも当然同様の解析が行われており、お互い得られた情報を共有する協定が既に出来ていた。

 人類全体の敵なのだ。旧西だの東だのと云っている場合では無かった。

 同様の解析がアメリカや日本、中国でも行われている筈だが、海を越えた遙か彼方、或いは敵の占領地域の向こう側となる大陸の反対側の端と緊密に連携する術など数ヶ月前に失われてしまった。

 

「ここ二週間ほど何も来ないね。」

 

 そう言ってシルヴァンは肩を竦めた。

 自分の上司であるヘンドリックに対しても、フランス人(ラテン系)らしい気安い態度だった。

 そんな事よりもヘンドリックは、モスクワからの連絡が滞っていることと、目の前にある封印された機密情報の封筒に、妙な胸騒ぎを覚えた。

 

 モスクワで何か起こったのではないか。何か対外的には保留したい様な情報を得たのではないか。

 同様の情報がこの分厚い封筒の中に入って居るのでは無いか。

 

 シルヴァンが踵を返し彼のオフィスから出て行った後、ヘンドリックは机を回って自室の扉を閉め、鍵を掛けた。

 再び椅子に座り、机の上に置かれた封筒を手に取って、引き出しの中から取りだしたペーパーナイフで封筒の封印を切った。



 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 諜報機関、いわゆるインテリジェンスサービスです。

 イーサン・ハントやジェームス・ボンドみたいに格好良くないし、銃を撃ちまくったり秘密の小道具が出てきたりもしません。もちろん、銀河列強種族を圧倒するような新兵器やうすうすパワードスーツも出てきません。

 世界の片隅で地味~に活動する人達ですが、かといって居ないとみんながとっても困る人達です。

 未知の強敵の謎を、もつれた糸を一本ずつ解きほぐしていくように、地味に活動します。


 この話を書くためにEUについていろいろ調べたのですが。

 この組織、すげえ面倒くせえ。

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