8. 国道
■ 7.8.1
暗緑色の大柄な四駆車が、砂塵を引き、高い山脈に囲まれた荒涼とした大地を駆け抜けていく。
人工物など殆ど見かけることも無く、当然人影を見ることも無い。
俺は時々、本来は銃架として用いる用途であったのだろう高機動車のルーフを開け、上半身を突き出して上空を含めた辺りを警戒する。
辺りを警戒すると共に地形を確認し、人民陸軍支給のあまり親切とは言えない地図と地形を照らし合わせ、この先進んでいくべき方角を車を運転しているデイヴィッドに伝える。
山がちの地形は、山並と涸れ川と礫砂漠が複雑に入り組んでいるところがあり、徐々に道が険しく細くなり、終いには車で走行が不可能となる様な谷間に迷い込む危険が常に存在する。
そんな事になってしまった場合は当然、苦労して走破してきた道を引き返し、正しい道を捜し当てて再び走り始めなければならず、このファラゾア降下点に至近の場所で常に敵の襲撃に怯えながら移動している状況下で、時間を無駄にし、限りの有る燃料を無駄にし、敵の脅威にさらされる危険を徒らに高くそしてその時間を長くするという、今置かれた状況下であらゆる物事を悪い方向に転がすだけの結果となる。
逆に一見狭く険しくすぐに行き止まりになりそうな谷間だと思っていた所が、実は山脈に穿たれた切り通しの様なショートカットコースであり、そこを通らねば延々数十km、数百km余計な距離を走り続けて山脈の向こうを迂回しなければならない、と云った場合もある。
俺は地図と窓の外の地形を交互に見比べながら、安全且つ最短距離で北のタクラマカン砂漠へと抜けられる道を常に探し続け、それと同時に追いかけてくる敵機を警戒し、また後席に寝かされ朦朧とした状態で覚醒と睡眠を繰り返すマニシャの状態にも気を配っていた。
「デイヴィッド、その先の山地を越えたら選択肢が二つある。そのまま北に行って、崑崙山脈のど真ん中をぶった切るショートカットか、大きく東に迂回して国道に出るか、だ。」
俺は走行の振動に合わせて揺れる地図を必死で確認しながら、ハンドルを握るデイヴィッドに言った。
「ショートカット? どんな道だ?」
「山脈を貫く川沿いに山間を抜ける超山岳コースだ。川の蛇行はあるが、方角的にはほぼ真っ直ぐ北に向かえる。」
「・・・やめよう。東の国道に出る。何年も整備されていない山岳コースなど、途中で埋まっているに決まってる。多少迂回しても、地形的にも路面的にも走りやすい国道の方が良い。」
「川沿いだぞ? 埋まっても水の流れでまた通れる様になるんじゃ?」
「甘いな。この辺りの川には、基本水が流れねえんだ。」
成る程。デイヴィッドの台詞に、周囲の景色を眺めて納得した。
「分かった。東の国道に案内する。とりあえず真っ直ぐだ。」
「諒解。」
車は減速すること無く走り続ける。
既に山間部に入り込んでいるため、山稜に邪魔されて捕らわれていたファラゾアの施設は見えない。
降下点の周りに待機しているかも知れない敵から姿が隠せる様になったことが、案外大きく焦燥感を鎮める。
俺は変わらず偶にルーフを開けて地形を確認し、敵が周りに存在しないことを確認する。
後席で横になっているマニシャが時々目を覚ますのに合わせて状態を尋ねるが、麻酔薬で朦朧とする彼女からは明確な返事はなかなか帰って来ない。
オルガと呼ばれていた女が上手く止血手当てしてくれた様で、巻いてある包帯に滲む新しい血の量は多くない。朦朧としながらも偶に意識を取り戻しているので、それで良しとするしか無いだろう。
崑崙山脈の麓のなだらかな丘陵地となっている礫砂漠を数十km走り、デイヴィッドが風化しかけた轍の跡でしかない様な「道」を発見した。
その轍は真っ直ぐほぼ東に向かっており、即ち多分このままこの轍を辿れば国道に辿り着くであろう事を、少なくとも昔ここを車が通ったことがあり、車が走れる様な地形がこの先しばらく続くであろう事を示している。
「ところがどっこい。この手の『道』は油断してると痛い目に遭う。急な降雨や雪解け水で最近出来た深い溝がいきなりあったりする。その手の溝に突っ込んだら、基本アウトだ。車はひっくり返って一発オシャカだし、中の人間もまず無事じゃいられない。」
そう言いながらデイヴィッドがこちらを見てニヤリと笑う。
ましてやこの車は後席の後ろに燃料を満載している。
「お前の運転技術を信用してるさ。」
そう言って俺は再び地図の確認作業に戻る。
俺は市街地で車を運転した経験はあるが、悪路を飛ばした経験など無かった。
デイヴィッドは軍に入った後も、トラックや高機動車など色々な車でその様な悪路を走った経験が沢山あるという事だった。
だからデイヴィッドが運転手役を買って出たのだ。
「国道に出たら代われよ? 俺も少しは休みたい。」
「ああ、分かってる。」
国道でなら、まあ俺が運転するのも問題無いだろう。
その獣道の様な道に沿って東に走って一時間弱。
道は風化して消えかけた轍跡から砂利道に変わり、小さな小屋や、明らかに何らかの意図を持って整地された場所など、徐々に人工物を見かける様になった後、舗装道路と直交した。
舗装道路沿いには半ば傾いた電信柱が並び、舗装道路の向こうには何かの鉱山らしい建物群と、それに附随した小さな集落が見える。
鉱山の建物には錆が浮き、集落の家々は崩壊が進んでいた。
どう見ても誰かが住んでいそうな場所では無かった。
「寄るか?」
「その必要は無いだろう。誰か住んでいる様には見えない。ジェリ缶の予備燃料はまだ満タンだ。そもそも降下点から100kmも離れていない。先を急ぐ方が良いだろう。」
「だな。」
そう言ってデイヴィッドはハンドルを切り、舗装道路を北に向けて走り始める。
「舗装道路、ありがてえ~!」
デイヴィッドが上機嫌に笑う。
舗装された道路を走行し始めた事で、車の振動が突然無くなった。
ファラゾア施設から脱出した直後は100km/h近い速度を出していたが、その後は礫砂漠を走り続けるため流石に60~80km/h程度にまで速度を落としていた。
それでも凹凸の酷い路面は車を激しく揺らし続け、俺達の様に戦闘機に乗って戦っていたパイロットでもなければ、振動で嘔吐を繰り返すであろう程に酷い状態だった。
地面が舗装道路に変わったことでその震動が無くなった。
車内が快適になっただけで無く、移動速度が格段に上がった。
今デイヴィッドは100km/hを超える速度で車を走らせている。
太陽の位置からすると、今は午後で、あと数時間もすれば日没だろう。
このままの速度で走り続けることが出来れば、明日には目標としているユーリーの街に辿り着けるだろうか。
■ 7.8.2
18 July 2047, Hami Airbase, Hami, Republic of Islamic Uighur, China Union
A.D. 2047年07月18日、中華連邦、ウイグルイスラム共和国、哈密市、哈密航空基地
夏の強烈な陽光に熱せられた滑走路から陽炎が立ち上る。
陽炎で揺らめく白い滑走路の彼方に延々と続く礫砂漠が蜃気楼の様に浮き上がる。
地上から際限なく湧き上がる熱気を掻き分ける様にして、国連軍機色である暗灰色に塗装された航空機が三機、上空から高度を落としてきて滑走路にアプローチしてきた。
数十mの間隔を保ったまま三機縦に並んで真っ直ぐ滑走路にアプローチするという、軍事或いは航空機の知識が無い者が見ても明らかに異常な着陸進入に入った三機だったが、突然最後尾の一機が急激な機首上げ機動を行い、失速した。
失速した機体は滑走路上で宙返りし、燃料に引火して爆発、燃え盛る機体は勢いが付いたままに部品を撒き散らしながら滑走路上を黒煙を上げて滑り、パイロットは死亡、そして滑走路はしばらく閉鎖、という、一瞬後に起こるはずのお決まりの大惨事を誰もが想像する様な光景であったが、そうはならなかった。
機首上げをした三番機は機体全体をエアブレーキの様に使用して、高度を下げることで稼いでしまった進入速度を殺し、滑走路上空20mで再び水平飛行に戻った。
水平方向の移動速度は僅か20~30km。
航空機がまともな揚力を得る事が出来る速度では無かった。
しかしその機体は、VTOL機のように盛大なジェット排気を地上に叩き付けて砂塵を巻き上げるわけでも無く、機首を垂直に上げてジェット推進だけで機体を支える曲芸の様な技を見せるわけでも無く、低くタービン音を唸らせたままで、ただ低速で空中に浮いていた。
三番機が速度を落とした事を確認した様に、二番機も同じ行動を取り、そして先頭の機体もそれに倣った。
三番機に続いて急激な機首上げを行った二機も、三番機同様に空中にほぼ静止する。
先に静止した三番機から高度を落とし、三機は順番に滑走路上に接地した。
滑走路上に着地した後は、従来の着陸と同じ様に弱いジェット噴射で推進力を得て、誘導路に向かって移動する。
「上手いもんだな。」
HMDヘルメットを被ろうとした達也は、ヘルメットのストラップを両手に、手を止めて先ほどの三機の着陸を眺めていた。
「滑走規定違反なんすけどねえ。ま、今更誰も気にしちゃいませんがね。」
ラダーの上に昇り、コクピットの縁に両肘を突いて乗り出す様にして、達也が眺めていた着陸機を一緒に見ていた整備兵が笑いながら言う。
「法整備が現実に追い付いていないだけだ。あの方が明らかに短い時間で安全に着陸できる。今から変わっていくだろう。それに最低限さえ守れば、最前線で規定をいちいち口うるさく言う奴もいない。」
「そうっすね。発進も、今じゃエプロンから直接飛び立つのが当たり前になっちまいましたし。離陸はエプロン、着陸は滑走路、で棲み分けが出来て効率的だし、何より事故が減ったすよ。」
止めていた手を再び動かしてヘルメットを被り、ハーネスを固定し始めた達也を手伝いながら整備兵が笑う。
「重力推進装置(Gravity Propulsion Unit)様々だな。戦闘も随分楽になった。」
ハーネスの締まりを確認しながら、整備兵が追従する。
「先日、とうとう新兵の一年後生存率が50%越えたらしいすよ。ただね、俺なんかもう古い世代つって笑われるんでしょうけど、ちょっと心配すよ。」
意外な言葉に達也は手を止め、整備兵の方を向いた。
「心配? 何が?」
「今から入って来る新兵は、AGG(Artificial Gravity Generator:人工重力発生装置)も、GPU(Gravity Propulsion Unit:重力推進装置)も無い戦闘を知らないわけじゃないすか。そんなんで良いのかなってね。はは、こんな事言う様になっちゃ、俺も年寄りの仲間入りすかねえ。」
年寄りなどととても言えないその若い整備兵が言いたいことを達也はなんとなく理解した。
しかしファラゾアとの闘いに勝つには、重力制御は絶対に必要なものだった。
それはこれから先、いつか必ずやって来るであろう宇宙空間での戦闘を考えるならば、間違いの無いことだった。
一般兵には開示されていない情報ではあるが、達也達はOperation 'MOONBREAK'での惨敗について聞かされていた。
達也は整備兵の苦笑いに何か言うこと無く、視線をコンソールに戻して発進準備を整えていく。
「テレーザ、発進準備完了。」
小隊二番機のテレーザから発進準備完了の通信が入る。
当然のことだが、地上でもレーザー通信は有効だ。
「ジャッキー、準備完了。」
僅かに遅れて、三番機のジャッキーからも発進準備完了の通信が入った。
「オーケイ。離陸する。」
「オールグリーン。グッドラック。」
達也の宣言を聞いて、ラダーの上にいた整備兵が右手拳の親指を突き出し、ラダーから飛び降りた。
ラダーが外されたことを確認し、達也はスロットル先に設置されているAGGスロットルを動かす。
コンソール上に表示された緑色の円形のAGGパワーメータが時計回りに左下から赤に変わり、12時の位置を少し越えて安定する。
同時に下に向けて常に引っ張られる引力の感覚が消え、そして機体が浮き上がった。
キャノピーを閉めながら秒速1mほどで上昇し、高度20mでジェットエンジンのスロットルを開け始める。
機体は上昇を続けながら滑走路と並行に徐々に速度を上げていく。
着陸脚格納。
テレーザとジャッキーが乗る暗灰色の雷火が、達也の機体よりも僅かに低い高度で追従する。
滑走路端に達したところで、高度150m、速度350km/h。
「マニュアルGPUオフ。エアロフライト。タービンモーター。速度クルーズ。高度30まで上げてRARコースに入る。」
「12、諒解。」
「13、諒解。」
人工重力による上昇を終え、コクピットに引力が戻って来た。
既に速度は400km/hに達しているため、空気を掴んだ翼は揚力を発生し、人工重力を切っても落ちる事は無い。
三機の雷火が、雲ひとつ無い砂漠の空を徐々に高度を上げながら南に進んでいく。
GDDに反応。青。
南西の方角に、トルファン基地から上がってきたのであろう、別のRAR小隊の反応が存在した。
IFFはトルファン基地所属3876A2小隊のモッキングバードだと表示していた。
「規定高度に達した。RAR行動に入る。針路17、速度クルーズ。前方GDD警戒。1時にトルファンの3876A2がRAR中。」
「12、コピー。」
「13、コピー。」
3876A2は確かジェインの小隊だったかな、と思いながら、達也は操縦桿を倒し、RARで指示されたコースに機体を乗せた。
哈密基地から真っ直ぐ250km南下し針路27に転針、カラ貯水池南方のタクラマカン砂漠上空で針路09に反転、その後酒泉市北方のゴビ砂漠で再度針路27に反転、ロプノール上空で針路15に取って帰投。
何もなければ全長2500km、ハミ基地に割り当てられた内のひとつ、約四時間のいつものRARコースだ。
いつものコースではあるのだが、このコースには問題がひとつある。
ハミ南方250kmで西に転進した後、タクラマカン砂漠東端辺りでハミ降下点から約300kmの、所謂ファラゾア降下点防衛圏300kmエリアをかすめる様にして通過することだ。
しかも、行きと帰りの二回。
ファラゾアが使用している距離単位が分からないのではっきりとした数値は出ていないが、ファラゾア降下点から約300kmを超えて近付くと、それまでどれ程ファラゾア降下点周辺が静かな状態であろうとも、連中の防衛ラインを越えた途端まるで蜂の巣をつついたかの様にスクランブルが上がってきて、追い回されることになる。
これは世界中どこの降下点でも、ファラゾアが同じ行動を取る事が確認されている。
そして300km防衛ラインに近付くという事は、例え防衛ラインを踏み越えなくとも、敵基地の近くを巡廻している敵機と交戦する可能性が跳ね上がるという意味でもある。
ハミ航空基地は、ハミ降下点に対する防衛用に旧中華人民共和国が設置した最前線の基地だった。
僅か数年前に発生した中国内部の政変と民主化革命のゴタゴタでハミ降下点に対する防衛体制がガタガタになり、半ばファラゾア勢力圏下に組み込まれようとしていたところを、国連軍とEU連合軍、ロシア軍が共同で慌てて戦線を押し戻して最前線基地として立て直したのが、ハミ航空基地とトルファン航空基地だ。
ハミ基地はハミ降下点から直線で700km弱、トルファン基地に至っては600kmしか離れていない。
それぞれEU、ロシア、中華連邦、そして日本と台湾というバックアップ国からのかなり強引な補給を継続することでどうにかなり立っている、本当に最前線の最先端(Edge of Frontline)にある基地だった。
こんなところでロストホライズンなどあったら、シベリアで行った泥沼で血みどろの戦いの再現になってしまうのだろうな、と、達也は眼下に延々と広がる礫砂漠の地表と、遙か彼方に続く崑崙山脈の山影を眺めながら思った。
しかし今現在、世界中で最もロストホライズン発生の可能性が高いのもまた、このハミ降下点であるのも確かだった。
だから彼等、達也達666th TFWの面々が十人近くもこの降下点に対する防衛に投入されているのだ。
「チョンインA2、こちらチャオリエ06。針路上に敵影無し。ハミ降下点辺りは静かなものだ。敵は殆ど上がっていない。安心してパトロールに入ってくれ。」
空域監視をしているAWACSからの通信が入った。
「チョンイン」とは、達也が所属するハミ基地3852TFSのコードネームだ。
中国の歴史上に存在した可憐な美少女の英雄の名前であると聞いていた。
AWACSが搭載しているGDDの性能は年々向上している。
そのAWACSを空域に複数遊弋させることで、相当精度良く降下点方面の敵の動向を監視する事が出来る様になっていた。
「チャオリエ06、こちらチョンインA2。それはありがたい話だ。何事も無く帰れるなら、それに越したことは無い。ついでに奴等、地球から出て行ってくれたら言う事は無いんだがね。」
「全く同意する。失業して軍人になったんだが、今じゃさっさと再び失業できる日が来ることを願いながらベッドに入る毎日だ。何かあったら連絡くれ。じゃな。グッドラック。」
「諒解。サンクス、チャオリエ06。」
更新後、ナビゲーションポイントを確認し、ハミ基地から250km南下したので方位27に転針する。
そしてまた変わり映えの無い礫砂漠の上を飛び続ける。
南に見えるのが崑崙山脈、すぐ北に見えるのが天山山脈だ。
前方にタクラマカン砂漠の砂山の連なりが見え始めたら、最近接地点も近い。
GDDに反応は無いが、少し気を引き締めて周囲を警戒する。
短い電子音。
光学シーカーの黄色いマーカーが、地上物をポイントした。
ヘッジホッグか?
達也はHMD表示を睨み付け、光学画像をズームする。
よく分からない。
黄色い六角形の脇に表示されるサインを確認した。
RESCUE SIGN SMOKE
ALT -125
DST 128
DIR 260
救難用発煙信号?
「テレーザ、ジャッキー、救難用発煙信号がそっちでも確認できるか?」
「ええ、今見えたわ。」
「確認しました。ダーシハイズ貯水池東方約30km。国道218号線に沿って移動したのでしょうか。」
どうやら見間違いでは無いらしいと納得した達也は、AWACSへの通信を開いた。
「チャオリエ06、こちらチョンインA2。前方に救難用発煙信号を確認した。タクラマカン砂漠東端、貯水池の30kmほど東、国道218号線の上辺りに居る様だ。」
「チョンインA2、接近して確認してくれ。ここ数日、その辺りで墜ちた奴は居ないんだが、どこかから頑張って歩いてきたのかも知れん。だとしたら極限状態の可能性がある。早めに助けてやりたい。」
「チョンインA2、諒解。ちょうど針路上だ。高度を落として確認する。テレーザ、ジャッキー、高度500まで落とす。付いて来い。」
「12、コピー。」
「13、コピー。」
達也は操縦桿を倒すと、ロールしながら高度を3000mから落としていく。
二機の雷火がそれに続く。
雷火は重力推進を持っているとは言え、通常の状態では空力飛行を行う為、傍から見ている限りその動きは従来の戦闘機と大きな変わりは無い。
10kmほどの距離を使ってゆっくりと高度を500mにまで落とした三機は、そのまま直進してタクラマカン砂漠へと向かう。
国道218号線と思しき、半ば砂に埋もれた舗装道路辺りを境として、手前側が礫砂漠、国道の向こう側が砂丘の連なる砂砂漠と、はっきりと地形が分かれている。
実はゴビ砂漠とタクラマカン砂漠の境界線ははっきりと定められていないのだが、この地域に駐留する国連軍は便宜的にこの砂砂漠と礫砂漠の境界をその境界線として採用していた。
高度を下げ、距離も接近したことで、砂漠のど真ん中に上がる赤い発煙筒の煙が肉眼でも確認できる様になった。
達也達三機は、高度500mのままその上空を通過した。
二人の男が道路上に止めた車の近くにおり、こちらを向いて赤い煙を噴き上げる発煙筒を持つ手を振っていた。
一人は見慣れた国連軍の黒いパイロットスーツを着ており、もう一人は中国軍やロシア軍で採用されている様な濃緑色のパイロットスーツを着ている様だった。
墜落した要救護者の筈が、国道上を車で移動しているようにも見えるその違和感に達也は僅かに眉を顰めたが、戦場ではどの様な偶然が起こるか分からない事はよく知っている。
多分、自分では想像できない様な何かがあって、運良く車を手に入れる事が出来たのだろうと納得する。
「チャオリエ06、救難目標を確認した。国連軍パイロットと中国軍かロシア軍のパイロット、の二人だ。国道218号線上にいる。3053TCS(Tactical resCue Squadron:戦術救難隊)の出動を要請する。」
「チャオリエ06、諒解・・・と言いたいところだが、状況が変わった。ハミ降下点で大量の重力反応活性化を確認した。推定2000機。大歓迎だな。状況から見て、北上してくる可能性が非常に高い。チョンインA2、要救護者の回収を頼む。最悪、10分程度でそこは戦闘空域だ。」
「ムチャ言うな。雷火は単座だぜ。」
「小さくなってりゃシート後ろのスペースに一人何とか入るだろ? アンタがイジェクトしなきゃ何とかなる。頼むよ。3053TCSが今から飛んだんじゃ到底間に合わない。苦労してそこまで移動してきた奴は、早めに回収してやりたいじゃねえか。」
「・・・チョンインA2、諒解した。」
チャオリエ06が言っている事も理解出来た。
命からがら緊急脱出して、砂漠のど真ん中で死にそうな目に遭いながらここまで逃げ延びてきたのだ。
「チャオリエ06、支援要請。チョンインA2は救難者の回収を行う。作業中の上空支援を頼みたい。」
「チャオリエ06、諒解。トルファンのダンティングイA2が近くにいる。とりあえずそっちに回す。追加の支援もしよう。」
「よろしく頼む。テレーザ、ジャッキー、あの二人を回収しろ。俺は上空で支援する。」
「12、コピー。」
「13、コピー。」
二人の乗った雷火が、航空機とは思えないUターンを決めて、地上の要救護者に向かって降下して行った。
達也はその後を追ってUターンし、南方で急速に増大する重力反応を表示するHMD画像を睨みながら、彼女たちとは逆に高度を1500mまで上げた。
二人の回収が終わるよりも、こっちが敵の射程に入る方が早そうだ、と達也はマスクの下で大きな溜息をついた。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
遅くなり申し訳ありません。一回飛ばしました。先週後半、公私ともに全く時間が取れませんでした。済みません。
こんな長いの書くくらいなら、半分に切って先週末上げられたんじゃないの? というお叱りが来そうですが、いや全くその通りです。
ただどうしてもこの2つ、一話の中に入れて切り替えたかったんです。
前半部分をダラダラ引き延ばして強引に一話分の長さにするのもちょっと嫌でしたし。
あと、部隊名について達也は歴史上の人物と言っていますが、違います。
架空の物語に出てくる人物です。
中国語読みは、ピンインと私の耳とで起こしましたので、一般的なな読みとはビミョーに異なっているかも知れません。