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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第七章 ESCAPE (脱走)
168/405

7. 疾走


■ 7.7.1

 

 

 爆発に伴う減圧は発生しなかった。

 という事は、ここは宇宙空間では無いか、或いはロケット砲一発では壁を抜くことが出来なかったか。

 俺達は部屋の壁の影から通路に顔を出し、ロケット砲を撃ち込んだ通路の端を見た。

 

 果たしてそこには、ドアか或いは壁を構成するパネルが丸ごと吹き飛んだか、5m四方ほどの開口部が出来ており、明るい外の光が差し込んでいた。

 

「ようし、全員打合せ通りトラップの設置だ。」

 

 開口部を見て皆が歓声を上げる中、流石に嬉しそうな声でトゥオモが指示を出す。

 事前に決められていたとおり、一人アキオが開口部に近付いていく。

 外の状況を確認するためだ。

 俺達はアキオの後ろ姿を見ながら、めいめいに割り当てられた仕事を始める。

 

 トラック一台と高機動車二台のエンジンに火が入り、ゆっくりと通路に出てくる。

 ゴミの山に軽油が撒かれ、さらにその足元にガソリンが用意される。

 俺は様々な種類の砲弾や地雷などの爆発物を荷台に満載したポンコツトラックを運転して、俺達が乗る予定の四駆とトラックの後ろについて通路に出る。

 四駆達は先ほどアキオが空けた通路開口部を向いて止まるが、ポンコツトラックは逆向き、つまり逆端の斜路に向けて止める。

 

 ポンコツを止めたところでアキオが戻って来た。


「何が見えた?」

 

「周りは礫砂漠で、山地の様だ。北の方角、かなり遠くに雪の積もった山並が見えた。すぐ右手にでかい湖がある。空の色からして、数千mの高地だと思う。人工物は無かった。」

 

 アキオがトゥオモに報告しているが、ほぼ全員がともにアキオの報告を聞いている。

 アキオはサバイバルキットから取り出した磁石を持って行っていた。

 

「礫砂漠の山地。北に雪の積もった山。数千mの高度・・・ここは、ハミ降下点か、ルードバール降下点のどちらかだな。地球上なら、だが。東側の湖はでかかったか?」

 

「でかい。南北十km以上、東西は数十kmあるだろう。」

 

「ハミ降下点だ。間違いない。ハミ降下点ならば、西はカシュガル、南がチベット、東にモンゴルチベット族自治区、北はタクラマカン砂漠でハミがある。南は山がちになって、車で移動するには余りお勧めできないな。

「俺達トラック組は西に行く。ベルトラン、お前達は北だ。アキオ達は東に行け。西と東は比較的近いところに人が住んでいる可能性がある。北は砂漠があるがその分車で距離が稼ぎやすいはずだ。」

 

「諒解。」

 

 流石佐官というか、トゥオモは地球上のどのファラゾア降下点についても大まかな地形を把握しているようだった。

 たいしたものだ。

 俺など、タクラマカン砂漠などと言われても、「ああ、なんかそんな地名聞いたことがあるな」程度の認識でしかない。

 そもそも、ハミ降下点が中国のどの辺りにあるのかさえ良く知らない。

 

「ようし、それじゃ出発だ。置き土産を用意しろ。」

 

 トゥオモの号令で俺達は再び散った。

 ガラクタの山に灯油とガソリンがぶちまけられる。

 床一面にもガソリンが撒かれる。

 俺はポンコツトラックに乗り、ギアをローに入れて、走っているトラックから車外に飛び出した。

 ローギアでアイドリングのトラックは、ゆっくりと斜路に向けて走って行く。

 その荷台に蓋を開けたガソリン容器と、砲弾や地雷を満載にして。

 

 きびすを返し、自分が乗る予定の高機動車に戻ろうとした時、斜路から白い点が多数湧き上がるのが見えた。

 テトラだ。数が多い。

 本当に倍々の四十機で来たのかも知れない。

 

「急げ! テトラだ!」

 

 叫びながら通路を引き返し走る。

 今レーザーなど撃たれでもしようものなら、辺りにぶちまけたガソリンに引火する。

 同じ理由で、発砲してテトラを撃ち落とすことも出来ない。

 全員が何もかもを投げ出して車に走る。

 

 デイヴィッドが高機動車の運転席に飛び込んだ一瞬後、俺も助手席に飛び乗る。

 奴はドアを閉めるのももどかしく、アクセルを思い切り踏みつけるとクラッチを一気に繋いで車を急発進させた。

 後席に寝かせたマニシャが気になるが、事は一秒を争う。

 急発進した高機動車は、残る二台を置き去りにして真っ直ぐに通路端の開口部に向けて突進する。

 すぐにアキオが乗るもう一台の高機動車が、タイヤを軋ませながら急発進する音が聞こえた。

 ほぼ同時にトラックも走り始める。

 それよりも、デイヴィッドより遅れて助手席に飛び込んだ俺は、乗り込み切っていない状態で車が急発進したため、下半身がまだ車の外に取り残されていた。

 急加速と急ハンドルの中、どうにか身体を車内に引っ張り込むことに成功し、ドアを閉めた。

 僅か数百m、テトラはすぐに追い付いてくる。

 俺は急加速する車内を、藻掻くようにして後ろの荷物スペースへと移動する。

 

 俺達の乗った高機動車は、100km/h近い速度で減速も無しに開口部に飛び込んだ。

 一瞬の浮遊感の後、衝撃と共に車が接地した。

 その衝撃で、満載の荷物の中に頭から突っ込んだ。

 あちこち酷くぶつけながら、満載の荷物の中でどうにか身体を起こす。

 悪路を走る震動の中、俺は積み込まれた荷物の中からパンツァーファウストを引っ掴む。

 後席に移動しようとしたところで急ブレーキで車が停まる。

 マニシャの横たわる後席を飛び越えて、身体が前席シートの背もたれに叩き付けられた。

 背中を強く打ち付けて一瞬息が詰まるが、右手のパンツァーファウストは離すこと無く、藻掻きながらシートの端を掴んで身体を起こす。

 

「クソ、ちったあマシな運転しやがれ!」

 

 毒づきながら身を起こし、ルーフを開ける。

 

「死にたけりゃ安全運転してやるぜ。」

 

 デイヴィッドが負けじと言い返してくる。

 開いたルーフから身を乗り出し、パンツァーファウストのセーフティを外す。

 肩に構えて開口部に狙いを付けたところで、開口部から高機動車が飛び出してきて、続いてトラックも飛び出してくる。

 

 ふと建物を見上げる。

 ファラゾア特有の白銀色の建物は、目の前に数百mもの高さでそびえ立つ。

 同じくらい横幅もあるので、摩天楼というよりも、理解不能なとにかくでかい構造物といった印象を受ける。

 

 もっとよく見たいという欲求を振り切り、パンツァーファウストを再び構えて照準器を覗き込む。

 レティクルの中央を開口部に合わせ、引き金を引いた。

 激しい摩擦音の様な発射音を轟かせ、ロケット弾が熱風をまき散らしながら飛んでいった。

 照準器を眼から外した視野の中を、白い煙を僅かに引いて、オレンジ色の炎を吹いた弾頭が見事に開口部に吸い込まれていった。

 50mほど離れたところに止まったもう一台の高機動車からも、RPGのロケットが煙を噴いて飛翔し、同じように開口部に吸い込まれていったのが見えた。

 

 俺が発射筒を捨てると同時に車は再び急発進し、俺は危うくルーフから滑り落ちてマニシャに激突しそうになった。

 ルーフの端に掴まって加速を耐えていると、ファラゾア施設の方から腹に来る衝撃が伝わってきて、ロケット弾を撃ち込んだ開口部から爆炎が吹き出してくるのが見えた。

 何かが爆ぜる様な爆発音はさらに続き、もう一度大きな爆発音がした後、ファラゾア施設の屋上から煙が吹き出した。

 

 陽動としては充分だろう。

 俺は右に遠ざかっていく深緑色の軍用トラックと、その反対側に遠ざかる高機動車に敬礼し、別れの挨拶を送った。

 願わくば、お互い生きて味方の元に辿り着き、いつか再び顔を合わせることがあらんことを。

 

 俺はしばらくそのまま上半身を後ろ向きにルーフの上に出し、ファラゾア施設の方から敵の戦闘機などが飛んで来はしないかと警戒を続けた。

 なんと言ってもここは、幾つかある敵の拠点のひとつなのだ。

 聞いた限りでは、ファラゾアの降下点の近くには普段から数千機のファラゾア戦闘機が待機しているという。

 そいつらが一斉に襲いかかってくる様なら、碌な対抗手段を持たない俺達は何もかも諦めて破れかぶれの脱出をするしか無いのだが、だからといって端から諦めて警戒をしなくて良いというわけでは無い。

 

 道もない礫砂漠の悪路ではあるが、車は快調に飛ばして湖畔の斜面を駆け抜けていく。

 不気味なことに、濃青色の抜ける様な青空に敵影は一切無い。

 車の進行方向遙か彼方には、多分あれがアキオが言ったものだろう、上半分を白い雪化粧で覆われた山脈が見える。

 勿論その方角にも、敵の姿は見えない。

 常時数千機駐留しているという敵機は一体どこに行ったのか。

 そして、捕虜なのか実験体なのか知らないが、捕らえていた地球人が基地を破壊して脱走したこの時に何をしているのか。

 

 そのまましばらく進むが、敵が追い縋ってくる様子も無い。

 遙か遠方から、ファラゾア得意の遠距離狙撃をされるわけでもない。

 既にかなり遠く離れてしまった、赤茶けた礫砂漠の中に建つ巨大な白銀色の地上構造物が、未だ薄らと煙を上げる様子が俺の眼に映るだけだった。

 ファラゾアの基地が徐々に遠くなり、限界まで張り詰めて敵を探していた緊張も少し落ち着いてくる。

 気分が落ち着くと、デイヴィッドから受けた度重なる酷い仕打ちを思い出した。

 

「てめえ、ワザとだろ?」

 

 上半身はルーフから出したまま、運転しているデイヴィッドに後ろから蹴りを入れる。

 蹴りの衝撃で、悪路を100km/hを超える速度で走る車が蛇行する。

 

「痛ってえ! バカかお前!? 死にてえのか?」

 

 デイヴィッドが慌ててハンドルを回す。ドリフトしながら、蛇行は数回で収まった。

 

「毎度毎度人が不安定な格好してるタイミングに合わせて急加速しやがって。」

 

「アホか。そんな事して遊んでる余裕なんかあるか。手前(てめ)ぇが何かアクション終わって移動するとき、こっちも移動始めんに決まってんだろが。」

 

「ふん。」

 

 そんな事は分かっている。

 そして、振り落とされたり、身体に致命的な損傷を受けたりするので無ければ、とにかく敵から攻撃を受けない様に急いで逃げ出さなければならなかったという事も。

 要するに、多少はこっちを気遣え、と言いたかったのだ。

 

 車体の上に上半身を乗り出した状態で、改めて辺りを見回す。

 アキオが言ったとおり、快晴の空は濃い青色をしており、ここがそれなりの高地である事を物語っている。

 右手には大きな湖が、真っ青な水を湛え、降り注ぐ強い日差しで静かに光っている。

 湖のすぐ向こうには、まるで緑の存在しない荒々しい岩肌を剥き出しにした山がそびえる。

 その向こう、車の侵攻方向遙か彼方には、白い山頂の険しい山並が連なっているのが見える。

 ここはもう既に、世界の屋根と謳われたヒマラヤ山脈に続くチベットの高山地帯の端なのだとトゥオモは言っていた。

 遙か前方にそびえる山脈を越えた向こうに、タクラマカン砂漠とゴビ砂漠が存在するのだろう。

 

 ルーフの上からしばらく辺りを見回していたが、今のところ敵機の姿が見えないので、車内に引っ込みルーフを閉じる。

 実のところ見張りをしていようがしていまいが、敵機が来れば一瞬で追い付かれ、重鈍に地上を這いずり回る事しか出来ないこの車など、その気になればたった一発の敵の攻撃で吹き飛ばされるのだ。

 車外に身体を突き出して追っ手の有無を確認しているのは、あくまで自分がそうしたいからだけであって、実際に意味のある行動では無いことは、自分でもよく分かっている。

 

 悪路からの震動が酷いとは言え、流石にもう急な加減速をしなくなっている中、再び後部の荷物置き場に潜り込み、サバイバルキットに放り込んでおいた方位磁石と地図を取り出す。

 人民陸軍の支給品らしいその地図は中国語しか書いていないため、俺には地名などサッパリ読むことが出来なかったが、出発前にデイヴィッドが、ファラゾアの降下点の大凡の位置、即ちこの大脱走のスタート地点を赤丸で囲ってくれていた。

 その赤丸の脇に湖がある。

 これが今、右手に見えている湖のことなのだろう。

 

「どうした。外を見るのも飽きたか?」

 

 助手席に戻った俺に、デイヴィッドが横目でからかう様に声を掛けてきた。

 車は相変わらず100km/hを超える速度で道路もない礫砂漠を疾走している。

 ハンドル操作を少し誤るだけで車は吹っ飛んで横倒しになり、地上の障害物を発見するのが少し遅れるだけで、タイヤはパンクして走行不能になるだろう。

 

「そこに見える湖がこれだよな。」

 

 デイヴィッドのからかいの言葉を無視して、俺は地図の確認を続ける。

 

「多分そうだ。アヤクム湖だろう。崑崙山脈の南にあるでかい湖だ。」

 

 揺れる車内で膝の上に地図を広げ、地図の上で現在位置と目的地の方角を確認する。

 

「地図では、200kmほど先、崑崙山脈を越えた所に小さな街がある様だが・・・」

 

「あのな。ファラゾアの降下点から200kmの所に住む馬鹿が居ると思うか? とっくの昔に廃墟だろうさ。」

 

 数十人規模の村や、家族で移動する遊牧民など、少人数であればファラゾアの勢力圏下でも問題無く居住することが出来、農業や放牧を行うことが出来るという事例がいくらでもあることは知っている。

 とは言えさすがに200kmは、無いな。

 

「だよな。とすると次に近いのは、タクラマカン砂漠の外縁沿いに進んだここか、もう少し東に行って、ここか。どっちも直線で400kmはあるな。実際の走行距離は600kmを下らんだろう。燃料が保つかな。」

 

 地図を見ながら顔を顰める俺を横目で見つつ、車を飛ばすデイヴィッドは俺の膝の上に広げられた地図を器用に確認している。

 

「ユーリーとロプノールか。ユーリーの街は、確か放棄されているはずだ。だが、そこそこの大きさの地方都市だ。燃料は手に入るだろう。塩田しか無いロプノールよりは、そっちの方が多分有利だ。もしかしたら、まだ人が残っているかも知れんしな。そこまで燃料が保つ様に祈ってくれ。」

 

「諒解。じゃ、こっちに誘導する。時々頭を出して地形を確認するか。」

 

「頼む。俺はこの酷え地形をひっくり返らねえ様に運転するので手一杯だ。」

 

「ああ。あんまり吹かし過ぎるなよ。燃料を食う。」

 

「分かってる。」

 

 そう言ってデイヴィッドは車の運転に集中する。

 

 俺はふと思いつき、後席で眠るマニシャを振り返った。

 麻酔薬で眠らされている彼女は、軍用の手触りの悪い毛布にくるまれて後席に横たわり、苦しくならない程度に固定されている。

 燃料も問題だが、400kmも先の街まで、そして適切な処置の出来る医療機関があるところまで、彼女の命があるうちに到達できるだろうか。


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 彷徨える湖ロプノールです。シルクロードの浪漫です。

 とは言え、人工衛星による写真撮影や地質調査が発達した現在では、幻の湖もとっくの昔に特定され、今では浪漫も糞も理解できない某共産党政府によって、真四角に区割りされたデカい塩田へと姿を変えています。

 工業用の塩化ナトリウムですかね・・・中国の内陸で精製された塩って、なんか色々入ってそうで食べるの嫌です。

 ま、それを言うと、何が流れて来てるやら分かったもんじゃない揚子江河口地域の沼の底の泥の中で育てられた上海蟹とか、絶対食いたくないですけど。

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― 新着の感想 ―
[一言] 上海蟹は向こうでも戦争があったら上海蟹が美味しくなると言う言葉があるらしいですね。最近では日本向けに大規模養殖がされる鰻ですね。中国の非合法組織やらヤクザやらが○○の処理に使うとか何とか。 …
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