6. 旅立ち
■ 7.6.1
空中に浮かぶテトラとの距離は50m弱といったところだった。
装甲車の陰に身を隠し、右手に持ったMP13を撃つ。
射撃訓練など、新兵の教育訓練時に数時間やっただけだ。
それ以来まともに銃など撃ったことなどない。
当然だ。
20mm砲でやっと撃墜できるような敵を相手にするのに、たかだか直径1cmにも満たない程度のショボい弾を撃ち出すSMGの射撃訓練などする必要も無い。
新兵訓練の時に習ったとおりに、連続で長時間撃ち続けるようなことはせず、三・四発撃ったら指を放し、軽く狙いを付け直して再びトリガーを引いて数発撃つ、という動作を繰り返す。
思ったよりも当たらないものだが、三度目の連射で数発当たった。
4.5 x 32mmフルメタルジャケット弾はテトラの外装板を貫通出来なかったが、着弾の衝撃で外装板を吹き飛ばすことには成功した。
剥き出しになったテトラの内部構造に向けてさらに立て続けに弾を撃ち込む。
何発が命中したのかは分からないが、着弾する毎にテトラの内部構造が破壊されて弾き飛ばされ、破片が飛び散る。
同時にテトラ本体も着弾の衝撃で動く。
六回ほど連射することで、目標にしていたテトラが墜落した。
テトラを一機撃墜したのは良いが、30連の弾倉が殆ど空になってしまった。
全員予備弾倉を持っているとは思うが、闇雲に撃つと残弾が拙いことになるかも知れない。
命中させるためにはもっと近くから撃てば良い。
俺は弾倉を交換すると、装甲車の陰から飛び出し、10mほど離れた所に転がっている軍用と思われる一辺1.5mほどの濃い緑色をしたコンテナボックスの陰に飛び込んだ。
続けてもう一人、同じコンテナボックスの陰に転がり込んできた。
同じ装甲車の陰に居た女が、どうやら俺と同じ結論に達したらしく、俺と同じ行動を取った様だった。
コンテナの右側から顔を覗かせて様子を窺おうと振り向いた。
視野の隅に何か白い物がある様な気がして、視線を上げた。
10mも離れていない眼の前、地上5m程の所にテトラが一機浮いていた。
レーザー射出孔と思しき頂点の赤い穴がこちらを向いている。
反射的に俺は右手を上げて引き金を引いた。
SMG特有の連続した軽い破裂音が響く。
右手から伝わる反動。
イジェクションポートから吐き出された金色の薬莢が次々に宙に弧を描く。
弾は当たってはいるが、こちらに頂点を向けた正四面体は面がかなり浅い角度となっており、外装板に当たった銃弾は角度が浅すぎて全て弾かれている。
正四面体形状にはこんな有利な効果があったのかと妙に冷静に驚きつつ、トリガーを引く指の力を緩めることはない。
背中からも軽い破裂音が聞こえる。
後ろの女も俺と同じように発砲しているらしいが、その弾丸も俺のものと同じように浅い入射角度によって弾かれている。
不意にテトラの位置が横にずれた。
外装板が吹き飛び、着弾の衝撃で震える様に連続的に横に弾かれながら破片が飛び散り、軽い破裂音がして火花が散って、そして煙を噴きながら落下した。
「無駄弾を使うな。」
俺の右から声がかかった。トゥオモだった。
「使いたくて使ってるんじゃねえよ。」
真正面にテトラが居て、レーザーを真っ直ぐこっちに向けていたのだ。
死にたくなければ、例え外装板で弾かれようと、撃ち続けて奴に狙いを定めさせない様にする必要があった。
とは言えトゥオモが言う事ももっともだった。
できる限りで、テトラを狙うときは横から、外装板に対して充分な角度をもった位置から撃つべきだと理解した。
マガジンを換えて、今度こそコンテナの端から顔を覗かせて、デイヴィッドが残った辺りを窺う。
30m強離れた空中にはまだ六機のテトラが飛んでいる。
その内で、弾丸の入射角が最も大きくなりそうな一機を選び、バースト射撃する。
素人の指切りなので、一連射で多めの弾をばら撒いてしまうが、これは仕方が無いと諦める。
他の誰かも同じテトラを目標として選んだらしく、効率よく外装を吹き飛ばし、内部に二連射ほど撃ち込んだところで撃墜する事が出来た。
身を隠していたコンテナの陰から飛び出し、10mほど離れた所にある前部が潰れた大型の乗用車の陰に入った。
俺の横に居た女は付いて来ない様だった。
その代わり、トゥオモともう一人男が、俺が隠れている車から少しゴミの山を登った所のトラックの陰に移動してきた。
さらにもう少し登ったところでさらに二人、遮蔽物伝いに移動しているのが見える。
先ほど俺が撃った弾が入射角が浅くてことごとく弾かれたのを皆見ていたのだろう。異なる角度から撃てる様に散らばっているのだ。
テトラはあと四機。
デイヴィッドが居た辺りからの銃声は聞こえなくなっている。
隠れているのか、或いはやられてしまったか。
遮蔽体にしている車のボンネットの陰から顔を出し、テトラの位置を確認する。
運良く、僅か15mほど先の空中に、こちらに側面を向けている一機が居る。
迷うこと無く撃つ。
近くなった分、よく当たる。
三連射で外装板を弾き飛ばした。続く二連射でテトラは煙を噴いて墜落した。どうやら運良くどこか重要なユニットを撃ち抜いたらしい。
テトラの内部構造について、どれが重要な部品なのか分かっていれば楽なのだがな、と思いつつ、引っ込めていた顔をもう一度車の陰から覗かせた。
慌ててすぐに首を縮める様にして陰に引っ込んだ。
僅か数m向こうに一機、真っ直ぐこっちを向いて宙に浮いていた。
ここに居るのがバレている。
俺は車の下に潜り込んだ。車高の高いRV車で良かった。
仰向けに寝て車の下を移動し、反対側から顔を覗かせる。
先ほどのテトラはもうそこには居なかった。
多分、俺を撃つのに都合の良い位置に移動したのだろう。
急いで車の下から這い出る。
潰れたボンネットの陰から様子を窺うと、まさに数m先に横を向いているテトラが居る。
躊躇いなく銃を向け、トリガーを握りっぱなしにした。
立て続けに固い破裂音が響き渡り、右手に反動が伝わる。
距離が近いのでほぼ全弾が命中する。
数発で浮き上がった外装板は、追加の着弾で吹き飛ばされた。
むき出しになった内部構造に、火花を散らしながら次々に4.5mm弾が着弾する。
フルメタルジャケットとは言え、対人用のショボい弾だ。
一発の破壊力は悲しくなるほど小さなものでしかない。
しかしそれを至近距離から集弾良く撃ち込めば、テトラを墜とすに充分な破壊力を発揮する。
結局、30連マガジンの2/3程を撃ち込んだところでテトラは小さな破裂音と共に一瞬炎を吹き、浮力を失って床に墜ちた。
ファラゾア機には20mmを山ほど叩き込まなければ墜ちないという印象が強かったが、屋内用であるからか、或いは小型だからか、テトラはクイッカーの様な強度をもっていない様だった。
後ろを振り返る。
もうテトラは一機も宙に浮いていなかった。
まだ警戒を残しつつ、RV車の陰から出る。
ゴミの山の少し上の方で、トゥオモ達もそれぞれ遮蔽物の陰から出て歩き始めた。
先ほどのコンテナの陰から女が出てこない。
気になって見に行くと、女はコンテナ陰に寄り掛かって浅く早い息をしながら顔に大量の汗をかいていた。
「大丈夫か。」
声を掛けると、女がこちらに顔を向けた。
左肩が黒く炭化し、真っ赤に染まっている。
近寄って確認すると、肩を焼き切られ、左腕は僅かな肉と皮だけでぶら下がっている様な状態だった。
「置いていくわけには行かない。背負ってやる。」
そう言って女の右手を取って身体を起こそうとした。
「待って・・・左手を、切り落とし、て。どうせもう、使い物に、ならない。」
顔を歪めながら、浅い呼吸の合間に女が言う。
「分かった。」
気丈な女だと思った。
しかし流石に自分で自分の腕を切り落とすことは出来ないのだろう。
辺りを見回し、サバイバルキットが落ちているのを見つけた。
このゴミ溜めには航空機や兵員輸送車の類が多数鹵獲されているからか、サバイバルキットや歩兵装備があちこちに落ちている。
キットから刃渡り20cmほどのナイフを取出し、それを使って女の左腕を肩に繋いでいる最後の肉と皮を断ち切った。
既に痛覚も無いのだろう。女は嫌悪の表情を浮かべただけで、痛がりさえしなかった。
「名前を聞いてなかったな。ベルトランだ。国籍はスペイン。」
「マニシャ。タジキスタン。」
彼女を背負い、トゥオモ達が集合している場所に向かって歩く途中で名前を訊いた。
痛くて話をするどころでは無いだろうと思い、名前を聞く以上の会話はしなかった。
「戻って来たか。マニシャは?」
近付くと、こちらに気付いたトゥオモが尋ねてきた。
トゥオモはマニシャを知っていたらしい。
「左腕を持っていかれている。今すぐ命に別状は無いが、手当は早い方が良いだろう。」
「そうか。オルガ、見てやってくれ。」
俺がマニシャを床に降ろすと、オルガと呼ばれた女がメディカルキットを手に近寄ってきた。
「頼む。血はそれ程出ていないと思う。」
「諒解。今できるだけのことはする。」
俺はマニシャを彼女に預け、集まっているトゥオモ達に近付いた。
その途中、入口脇の壁際に寄り掛かっている重傷者達が眼に入る。
動きが無く、床に倒れている者もいて、生きている様には見えなかった。
「連中は?」
「全員やられたよ。テトラども、この部屋に入って来るなり真っ先に重傷者を皆殺しだ。クソッタレが。」
俺の問いにデイヴィッドの声が答えた。
「お前は生き残れたんだな。」
途中から、デイヴィッドの発砲音が聞こえなくなったので、やられたかと思っていた。
「弾切れで隠れていただけだ。自慢にもならん。」
デイヴィッドは吐き捨てるように言った。
「命あってのモノだねってヤツだろ。」
「感動の再会はその辺りにして、脱出する算段を付けるぞ。またいつ奴等がやってくるか分からん。さっさと支度してずらかるぞ。
「脱出は四駆二台とトラック一台に分乗して行う。分散して生存確率を上げるためだ。そっちのポンコツは、脱出時の陽動用だ。その辺に転がってる砲弾だのミサイルだのを満載させて斜路に落とす。ついでにそこら辺の爆発するモノは全部爆発させる。あわよくば、この建物ごと吹っ飛ばしてやる。」
トゥオモがデイビッドとの会話に割り込んできて、脱出の手順を説明し始めた。
説明を聞き終わった後、俺達は手早くまだ足りない資材を集め始める。
突撃させるトラックに積む砲弾や、自分達が持っていく予備の燃料や武器などだ。
結局、俺は軍用高機動車の一台に乗ることとなった。相棒はデイヴィッド。
そして左腕をもぎ取られて大きく負傷しているマニシャも、俺と同じ車に乗ることになった。
軍用トラックの方がスペースは広いのだが、ちゃんと座れる柔らかいシートが少なく、それならばマニシャは高機動車の後部座席に寝かせた方が負担が少ないだろうという結論に至ったためだ。
俺が乗ることになった人民陸軍制式の高機動車「闘士」には、様々な物が積み込まれた。
軽油の入ったジェリ缶十本、パンツァーファウスト5が二本、4.5 x 30mmと、5.8 x 32mm、12.7 x 55mm予備弾倉をたっぷりと、国連軍のサバイバルキットが十個、缶入りの飲料水が十リットル、などなど。
後部座席には毛布を敷き詰めベッド代わりにして、ファンタニルを突っ込まれたマニシャを寝かせてある。
左腕を切断し、簡単な止血処理しか行っていないマニシャが居る分だけ、俺達の車にはファンタニルキャンディを含めたメディカルキットが多めに積んである。
それらは全てこの部屋と隣の部屋の「ゴミの山」の中から掘り出した物だ。
ゴミの山と言うよりもむしろ、宝の山と言うべき所だが、いつまでも宝の山を発掘しているわけにも行かなかった。
実際、俺達が「旅立ちの準備」をしている間、もう一度テトラの襲撃があった。
しかも今度は倍の二十機。
但し今度は迎え撃つこちらも無策ではなかった。
俺達はゴミの山から掘り出したshAK-12で武装していた。
shAK-12が打ち出す12.7 x 55mmAP弾の威力は凄まじく、外装板を含めてテトラを一撃で撃ち抜くことが出来た。
ものの数分で二十機ものテトラを全て叩き落とした俺達だったが、それでも怪我人は出る。
このままここに居座っても、怪我人が増えてジリ貧で損耗していくだけだ。
そもそもshAK-12の弾も無尽蔵にあるわけじゃ無い。
それに次の襲撃は四十機、その次は八十機と、倍々で増えていくのかも知れない。
「さて諸君。旅立ちの時だ。外に出るぞ。」
トゥオモの声に頷き、パンツァーファウストをぶら下げたアキオが通路に向けて歩き出す。
俺達は部屋の壁の陰に装備を満載した車を止め、その脇に待機していた。
ここがファラゾアの基地だという事は分かっている。
だが、その外はどこだ?
もしかしたら北極や南極の氷の中も知れない。
或いは宇宙空間かも。
ゴミ山の中から引きずり出した装備品を揃えて積み込みながら、俺達はそれについて散々話し合った。
結論は、ここがどこであろうと外に出ていく。
例えここが宇宙空間であっても、どうせ逃げられないなら被害を最大にしてもろともこの基地を破壊する。
外が人間の生存できる環境であれば、とにかく逃げる。
逃げて、どこか人類が生存しているところに到達する。
アキオが部屋の入口脇でロケット砲を構えた。
白い煙が吹き出し、先端のロケットが炎を吹いて飛ぶ。
撃ったアキオは発射筒を捨て、壁の影に転がり込む。
次の瞬間、強く両手で押さえた両耳でさえ痛くなる様な轟音が鳴り響いた。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
遅くなりました。済みません。
再来週まで、投稿が不安定になるものと思われます。申し訳ない。
12.7mmのshAK-12ですが、作中10年ほど前、ナリヤンマル降下点にスペツナズの小隊が突撃したときに装備してました。アレと同じ物です。
クイッカーやボールなどの戦闘機械には効きませんが、テトラの様な基地セキュリティ用の機械は一撃です。AP弾ですし。