5. 調達
■ 7.5.1
その部屋に通じる開口部は、通路の天井まで達しており、幅も通路と同じだけあるように見えた。
つまり、20m x 20mの大きさの通路に対して、20m x 20mの開口部が開いていることになる。
俺達は中に何があるのか、恐る恐る顔だけを覗かせて開口部の向こう側、つまり部屋の中をこっそりと覗き込んだ。
覗き込んだ途端、レーザーで撃ち抜かれたり、海溝部の向こうに大量のテトラが待ち構えたりしているのではないかと恐れていた。
部屋の中を覗き込んだ俺達は、予想もしなかったその光景に僅かな間固まり、声も出なかった。
部屋の中はガラクタの山で、まるで廃棄物ヤードというか、くず鉄置き場のようになっていた。
そこには俺達が慣れ親しんだ車やトラック、農耕機具から自転車、建設機械、果ては戦闘機や戦車までが、まるで廃棄物処理場に打ち棄てられたくず鉄の様に山となっていた。
部屋の大きさは一辺300m、高さ100m近くあるだろうか。
その巨大な部屋がほぼくず鉄の山で埋まっていた。
「奴等、俺達人間を調べているだけじゃないのか。」
俺の隣に立っている、アキオと名乗った日本人が言った。
当然だろう、と思った。
俺達がもし知らない星に行ったなら、その星に棲む生き物だけでなく、住人の生態などについても詳しく調べることだろう。
ファラゾアはそれと同じ事をやっているに過ぎない。
「動くのかな? 逃げ出すのに使えないか?」
「滑走路がねえよ。」
「飛行機じゃなくても、あのトラックとか、軍用の高機動車とか。向こうの市販のRV車でも良いんじゃないか?」
「見た感じでは、使えそうなのもありそうだが。」
部屋の中にうずたかく積み上げられた機械達は、多分調査が終わった後の廃棄物なのだろう。
再び利用するための正しい置き方など一切考慮されず、逆さになっていたり横倒しになっていたり、他の車や飛行機の上に積み重なって壊れたりしている物ばかりだったが、中には多少の破損を気にしなければどうにか動かせそうだと思われる物も混ざっていた。
「よし、四人ここに残って動かせるものがないか調べてくれ。アキオ、ベルトラン、デイヴィド、俺に付いてきてくれ。反対側の部屋も確認する。いつまたテトラが来るか分からん。十分警戒しろよ。」
トゥオモに名指しされ、後ろをついて行く。
先ほどの、アキオと名乗った日本人と、デイヴィドと名乗った中国人が共に移動する。
今居る部屋の反対側にも同じ様な開口部があった。
入り口の位置がずれているので、今居る場所から直接向かいの部屋の中を確認できない。
俺達は一旦ガラクタ部屋を出て少しだけ通路を移動し、反対側の壁にある開口部を覗き込んだ。
そしてまた目を見張る。
端的に言えば、その部屋も廃棄物集積所のようなガラクタ部屋だった。
ただ先ほどまで居た部屋と異なるのは、こちらの部屋には服や生活用品、自転車や家電などといった、比較的小型のものばかりが山を成して積み上がっているという事だった。
「ふん。服が、手に入りそうだな。」
「ありがてえ。やっと文明人に戻れるぜ。」
トゥオモの皮肉な声にアキオが応えた。
「少し調べるか。各自、有用と思えるものがあれば確保。」
「オーケイ。」
トゥオモを含めて俺達四人はゴミの山に散った。
そのゴミの山には、案外軍事物資が多かった。
国連軍パイロットのパイロットスーツとブーツ、国連軍で戦闘機パイロット用に制式採用されているH&K MP13C3 SMGや、サバイバルキットなどと云ったものも多く含まれていた。
墜落した戦闘機から拾い集めたのか、どこかで作戦中だった地上部隊を襲ったのか、或いはどこかの基地を占領して手に入れたのか。
いずれにしてもパイロットスーツやブーツがここにあると云うことは、それらの装備が、撃墜され多分もう生きていない誰かの物だったのだろう事は想像に難くないが、そんな事を気にするよりも自分の生存の可能性を少しでも上げる方が重要だった。
俺は自分のサイズに合ったパイロットスーツとブーツを見つけ出すと、ゴミの山から引きずり出して身に着けた。
幾つも転がっているMP13の一つを拾い上げ、辺りを見回して4.5 x 32mmメタルジャケットを装填した30連マガジンを幾つか発見し、ポケットにねじ込む。
4.5mm弾などと対人用のショボい威力の銃だが、金属パイプで繰り返し殴りつけただけで壊れてしまうテトラを相手するには十分だろう。
他にサバイバルキットを幾つか拾い集め、ちゃっかり自分もパイロットスーツを着込んですでに入り口近くに立っているトゥオモのところに戻った。
「MP13か。RPGかC4はなかったか?」
「そんなもの、そうそう都合良く落ちてるかよ。MP13でも鉄パイプ振り回してるよりゃ余程マシだろう。」
そう言いながら、トゥオモの足下に拾ってきたサバイバルキットを投げた。
そこにアキオが、パイロットスーツにMP13という、俺と全く同じ格好をして戻ってきて、トゥオモとの間にこれも全く同じ内容の会話を交わす。
少し遅れてデイヴィッドが戻ってきた。見慣れないモスグリーンのパイロットスーツに、これもまた見たことのない形の小銃を抱えている。
そう言えばデイヴィッドが握っている見かけない型式の銃は、MP13に混ざってかなりの数をこのゴミ山のなかで見かけた気がする。
「それは?」
「32式短機関銃。中国軍の制式銃だ。」
中国人だから、中国の銃が使いたいということか?
「MP13にしとけよ。お互い弾の融通が出来る。」
「いや、使い慣れたこれが良い。5.8 x 32mm弾で、威力もMP13よりこっちの方が高い。」
「は。まあ、好きにしな。」
「よし、全員武装したところで、一度さっきの部屋まで戻ろう。まだそれほど時間は経っていないが、向こうの四人とお互い成果の確認をする。」
「それが良い。向こうの四人もそろそろ服が着たいだろうしな。」
俺達は小物のガラクタ捨て場を出て、先ほどの粗大ゴミ捨て場の部屋に戻る。
途中、通路の壁際に待たせていた重傷者達の様子を見る。
連れてきた九人の重傷者のうち、特に傷が深かった二人が死んでいた。
車や戦闘機を廃棄してある部屋の方では、残っていた四人が、動きそうな車にあらかた当たりを付けていた。
見慣れない形の軍用と思しき大型の四輪駆動車が二台と、やはり軍用のトラックが一台、候補に挙がっていた。
粗大ゴミ廃棄場から三台の車を救い出した四人を、服と武器を手に入れてくるようにと送り出し、俺達は連中がゴミの山から引きずり出してくれた車に近付いた。
「この車は? 見かけない型だが?」
「人民陸軍で制式採用している四駆車『闘士』だ。」
「あっちの部屋もこっちの部屋も、中国軍の装備品が多いな。それだけ大量にファラゾアに捕らえられたということか? 中国はファラゾアに対して陸上作戦を展開していたのか?」
トゥオモが訝しげな表情でデイヴィッドに訊いた。
ファラゾアに対しての陸上作戦はほぼ意味が無いというのが、俺達一般兵士でさえ知っている常識だった。
戦闘機の機動力があってこそファラゾアとの格闘戦がどうにか成り立つのであって、地上をたかだか数十km/hで移動する事しか出来ない地上兵力では、音速の数倍の速度で移動し、レーザー砲で攻撃してくるファラゾアにただの射的の的にされてしまうのだ。
トゥオモが怪訝な顔をするのも理解できる。
「知らんよ。俺は空軍のパイロットだ。陸軍がどんな作戦を展開していたかなど、いちいち知らされるわけが無いだろう。」
中国人だと聞いただけで、所属などについてはこれまで特に突っ込んだ質問をしていなかったのだが、今の発言でデイヴィッドが人民軍の兵士である事を俺達は理解した。
この地球上で唯一、国連軍と共同歩調を取っていない各国軍だ。
だからデイヴィッドも、名前と国籍しか口にしなかったのだろう。
「まあいい。どこの国の装備品だろうが、俺達がここから逃げ出すのに役立つなら文句は無い。デイヴィッド、俺達よりは詳しいだろう? エンジンがかかるかどうか確認してくれるか? 俺達は燃料を探そう。ここを出た後、最低でも500kmは走ることになるはずだ。ジェリ缶に入った軽油なんてあれば最高なんだがな。」
トゥオモの提案で、俺達は再びゴミの山に散った。
戦闘機、装甲車、輸送車、対空砲、レーダー車、対空ミサイル、高機動車、人員輸送車、対空ミサイル車輌。
通常兵器の籠盛りバーゲンセールの様な状態になっている粗大ゴミの山を歩く。
原型を留めているものもあれば、明らかに破壊ではなく分解されたと思しきバラバラのものもある。
人員輸送車の装備品だったのだろうか、缶に入った水のパッケージを見つけた。
やはり中国軍の支給品の様だった。
消費期限が書いてあるが、今日が何日か分からないのでほぼ意味は無い。
脇に転がっていた寝袋を畳んで入れてあるバッグから寝袋を放り出し、バッグの中に詰められるだけ水を詰めた。
そして一本封を開け、少し口に含んでおかしな匂いがしないことを確かめ、一気に煽った。
温くて少々金属臭いが、口を湿し喉を流れ落ちていく水が堪らなく美味い。
ゴミの山の向こうから俺を呼ぶ声が聞こえた。
水を入れたバッグを担ぎ、声がした方に歩いて行くと、アキオとトゥオモが二人でジェリ缶の中身を確認していた。
「燃料か?」
「ああ。こっちの緑が軽油で、あっちの赤がガソリンらしい。そこの輸送車に積んであった様だ。」
トゥオモが指差す先を見ると、横倒しになった軍用の輸送トラックが見えた。
「とりあえず一人二本持っていこう。何度か往復する必要があるな。」
水バッグを担いでいる俺はジェリ缶をひとつだけ持って、ガラクタの山の上をバランスを取りながら降りていった。
俺達三人がデイヴィッドの所に戻ると、隣の部屋に行った四人が戻って来ており、重傷者達も部屋の中に連れて来られていた。
デイヴィッドは三台の車の調子を確認し終えており、三台とも問題無くエンジンが掛かり走ることが出来ると言った。
そして隣の部屋に行っていた四人は、自分達が装備するSMGを手に入れただけで無く、トゥオモ期待のRPGやグレネード、対物ライフル等も持ち帰ってきていた。
トゥオモは喜び、これで壁に穴が開けられるかも知れないと言った。
遙か未来の技術を誇る地球外からの襲撃者どもの基地の壁に、地球製のRPGで穴が開けられるのかどうか俺には分からなかったが、少なくとも小銃弾や金属パイプなどよりは遙かに分の良い賭けである事は間違いが無かった。
また隣の部屋に行った四人は、重傷者達のための服も調達してきていた。
服の種類とサイズには色々好みがあろうが、とりあえず文明人らしくあちこちを隠すことが出来る様になった重傷者達も、連中の手によってこの部屋の中に移動して来ていた。
先ほどからの時間で重傷者の一人がさらに死んで、俺達は軽傷八人、手足の切断などの重傷者四人、自力移動不可能な重傷者は二人の、計十四人となっていた。
ちなみに俺が背負っていたルィェンは、意識が朦朧としているもののまだ生きている。自力移動不可能な重傷者二人の内の一人だ。
「デイヴィッド、ボロで構わない。もう一台とにかく走るだけの奴を用意してくれ。脱出時の陽動に使う。他の六人は俺と来てくれ。燃料を確保する。みんなで楽しくジェリ缶運びだ。」
俺達は再び粗大ゴミの山を回り、先ほどジェリ缶を見つけた場所に向かった。
幾つかの障害物を乗り越え、ジェリ缶を積んでいた輸送車が見えた頃、つい今しがた後にしてきたばかりの方角から誰かの叫び声が突然聞こえ、そして聞き間違えることなど無い、明らかに小銃を撃った音が聞こえてきた。
既に床面から何mかの高さまでガラクタ山を登っていた俺達は、今いる足場から慌てて飛び降り、先ほどの場所に向け走った。
俺の前を走っていた女が急にスライディングし、すぐ眼の前に転がっている装甲車の陰に飛び込んだ。
反射的に俺もそれに倣う。
女は手に持ったMP13のボルトを操作して初弾をチャンバに送り込んだ。
俺の銃はすでに初弾が装填してある。
スライディングで背を低くした態勢のまま、装甲車の陰から向こう側を覗く。
十機ほどのテトラが先ほどまで俺達が居たところ、つまり確保した車とデイヴィッドと重傷者達がいる辺りを飛び回っているのが見えた。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
棍棒を振りかざした裸の野蛮人から、服を着て銃器で武装した文明人に進化しました。
ま、ファラゾアカラしてみれば五十歩百歩かと思いますが。
ちなみに作中に日付の話が出てきました。
彼等は今日が何年何月何日か知りません。当然ですが。