4. テトラ
■ 7.4.1
五機のテトラは、僅かな遮蔽物に隠れた俺たちを狙い撃ちにしながらすさまじい速度でこちらに近付いてきた。
遮蔽物とは名ばかりで、身を潜ませている壁の僅かな凹凸は俺たちの身体を隠しきるにはまるで大きさが足りず、俺たちの殆どは身体のかなりの部分が露出してしまっている状態だった。
ファラゾア機の精確な射撃はそのような露出している部分を確実に狙ってきており、隠し切れていない腕や腹に次々と命中弾をもらってしまい、苦悶の叫びをあげる者や、撃たれた痛みで反射的になけなしの遮蔽物から飛び出してしまい、狙い撃ちにされて絶命する者もいた。
自分も同じ様にいつ撃たれるかという恐怖に身を縮こまらせながらも、時々顔を覗かせてテトラの位置を確認する。
恐怖に思わず走り出したくなるのを堪えて、五機のテトラが十分に近付いてくる時間を耐える。
敵の速度を考えれば、テトラの姿が見えるようになってからすぐ近くにやってくるまでものの十秒程度の筈が、永遠にも感じられる。
近付いてきたテトラは、角度が取れて、壁の凹凸の陰に隠れる俺達の身体の殆どが見える位置で停止し、隠れている俺達をじっくりと狙い撃ちにし始めた。
あちこちから苦痛の悲鳴が上がる。
流石にもう我慢することが出来ず、テトラに向けて走り出す。
助走の勢いを上乗せして、手に持ったパイプを一番手近なテトラに投げつける。
壁の凹凸の陰から飛び出したのは俺だけでは無く、何本ものパイプやケーブルが宙を舞う。
二機のテトラが投擲の直撃を受け、手が届きそうな高さにまで高度を下げた。
絶命した誰かが持っていたものか、俺は床に転がるケーブルを拾い上げて走りながら大きく振りかぶり、高度を下げたテトラに力任せに叩き付けた。
5mほどの長さがあるケーブルがテトラを捉えて床に叩き付けた。
俺は床に叩き付けられたテトラにそのまま駆け寄りながら、途中でケーブルを捨てて落ちているパイプを拾う。
テトラが再び浮き上がるより前に、半ば宙を飛びながら振りかぶってパイプを力一杯叩き付けた。
その場に止まり、狂ったように何度も何度もパイプをテトラに叩き付ける。
俺の向かい側にもう二人参戦し三人で殴り続けると、白い三角形の外装が思ったよりも簡単に弾け飛んで中身が剥き出しになった。
そこにパイプを何度も突き入れ、そしてさらに殴りつける。
剥き出しになった箱状の部品が潰れ、パイプかケーブルのようなものが飛び、何か壊れやすい板状の物がプラスチックが割れるような音を立てて辺りに飛び散る。
三人がかりで滅多打ちにされたテトラは、突然花火のような破裂音を立てると、薄く白い煙を立ち上らせた。
やった。ざまあみろ。
すぐに後ろを振り向き、先ほど投げ捨てたケーブルを拾う。
辺りを見回すと、すぐ脇に4mほどの高さまで降りてきているテトラがいた。
馬鹿だ、コイツ。
俺は引きつったような獰猛な笑みを浮かべてケーブルを振りかぶり、叩き付けた。
ケーブルは見事テトラを捉え、再び床の近くに叩き落とす。
先ほどの二人ともう一人、そして俺がパイプを振りかざしそのテトラに群がる。
四人で囲んでテトラを殴りまくっているところで、一人が悲鳴を上げてのけぞり倒れる。
倒れた男の向こう側にテトラ。
恐慌状態から思わずそっちのテトラに攻撃を仕掛けたくなるが、その衝動を抑えつける。
今床に落ちて手が届く奴を確実に潰すのが先だ。
さらに数回殴ったところでテトラが煙を上げる。
足下に転がしていたケーブルを拾い上げ、先ほどのテトラを攻撃しようと探す。
先ほどと変わらないところに浮遊しているが、テトラは水平に回転して、頂点のレーザー射出孔の一つがまさに今こちらを向こうとするところだった。
まずい。
右手を振りかぶりケーブルをしならせる。
そして右手を振り下ろす。
僅かにテトラがこちらを向くのが早いか。
右に一歩ステップして射線から逃げる。
ケーブルが風切り音を立てて打ち下ろされる。
テトラのレーザー射出孔がこちらを向いた。
左腕に灼ける様な熱い感覚。
ケーブルがテトラを打ち据え、空中でよろめかせる。
ケーブルを打ち棄て、高度が下がったテトラにパイプを振りかぶって襲いかかる。
テトラの回転が止まり、高度が下がるのが止まったがもう遅い。
パイプで殴られたテトラはさらに高度を下げる。
そこに畳み掛けるように、さらにパイプで殴りつけて床に叩き墜とす。
また二人参戦して来て、三人でテトラを滅多打ちにした。
外装板が吹き飛び、中の部品が弾け飛ぶ。
部品の隙間を見つけてはパイプを突き刺して部品を抉り取る。
テトラはすぐに煙を噴いて動かなくなった。
敵はもう居ないかと、辺りを見回しながら再びケーブルを拾った。
少し離れた所で、六人ほどが天井に向けてパイプやケーブルを投げている。
その視線の先を追うと、天井のすぐ下、つまり高度20mほどの所に一機のテトラが浮いていた。
下から投げ上げているパイプは、テトラに届いては居るものの打ち落とす程の勢いは無い様で、パイプが当たることでテトラは少し位置を動かされはするが、高度を下げるまでには至っていなかった。
「これでどうだ!?」
男が一人、パイプを大きく振りかぶって振り回した。
男が振り回したパイプの中から金属棒が飛び出し、回転しながらテトラに向けて、手で直接投げるよりも遙かに勢いよく飛んだ。
パイプの内径が大体40mm位で、外径30mm前後の金属棒が何本かあった事を思い出した。
なかなか良い思いつきだと感心しながら見ていたが、打ち出された金属棒はテトラに当たりはしたものの当たる角度が浅かった様で、テトラが大きく動かされることは無かった。
正四面体構造をしているため、上手く当てないと角度が浅くて弾かれるのだ。
その時、天井近くに浮いている最後の一機のテトラがクルクルとその場で回転し始めた。
その特異な動きに嫌な予感がした。
「あガッ!!」
「ぎっ!!」
辺りから苦痛の叫びが幾つも上がる。
コイツ、レーザーを発射しながら回転して、周りを全て切り刻んでいやがる!
「クソッッタレェェェ!!」
左手から声が上がり思わずそちらに視線を走らせると、槍投げのヴラドレンがケーブルを重そうに掴んで引きずり回していた。
ケーブルの端には破壊されたテトラが括り付けられており、それを力任せに引っ張っているのだった。
ヴラドレンはケーブルを引っ張ったまま身体を回す。
ケーブルに括り付けられたテトラの残骸が、まるでハンマー投げの様にヴラドレンを中心に何度か回り、ヴラドレンの雄叫びと共に上に向けて投擲された。
その即席のハンマーは、素晴らしい角度で天井に向けて打ち上げられ、そして天井の近くでいまだ回転しながら周囲に死を振り撒いていた最後のテトラに直撃した。
宙に浮いていた方のテトラは、即席ハンマーをぶつけられた衝撃で跳ね飛ばされ、天井に叩き付けられて跳ね返り落下した。
地に墜ちた白銀色の機体を、俺を含めた四人が取り囲んで力一杯何度も殴りつけた。
一切の着衣の無い全裸の人間が四人、武器とも言えない様な棒切れを手に、横たわる獲物を囲んで滅多打ちにして仕留めている。
その様はまるで、何万年も前に生きた原始人が仕留めたマンモスを取り囲んで止めを刺しているようにも、或いは罪深く野蛮な地上の人間達が、墜ちた白銀色の神の使徒の命を奪うまで打ち据えているようにも見えるだろうか。
「何人無事だ? 負傷者は何人居る?」
白銀色の戦闘機械を叩き壊した後、トゥオモが不機嫌そうな声で点呼を求めた。
つい今しがた終わったばかりのテトラ五機との戦闘は、隠れる遮蔽体が殆ど無かったことと、テトラが接近して来る遙か彼方から狙撃し続けられたことで、一方的にやられる時間が長すぎた。相当被害が出ているだろう事は想像に難くなかった。
果たして点呼の結果は、軽傷八人、自力移動可能な重傷者四人、自力移動不可能な重傷者五人、の計十七人が生き残っていた。
あの部屋を出たときの人数が三十七人であった事を考えると、もう既に半数以上が死んで脱落してしまったことになる。
俺が一番最初に言葉を交わした女、マウラもすでに死亡者に入っていた。
どだい、空を飛びレーザーを照射する相手にただの棍棒や投げ槍で挑んで、まともな戦いになろう筈が無いのだ。
「仲間がまた死んでしまったことは悲しいが、ここに立ち止まっているわけにはいかない。立ち止まれば、敵に追い詰められ確実に全滅するだけだ。動こう。少しでも可能性がある方へ。例え結局最後には全滅してしまうとしても、足掻いて足掻いて足掻ききって、最後の瞬間まで奴等を睨み付けながら死んでやる。」
それは、仲間の死体や焼き切れた身体の部位が散らばる中に佇む俺達に、沈む気持ちを鼓舞するためにトゥオモが掛けた言葉ではあったが、半ば奴自身が自分を奮い立たせる為の独り言にも聞こえた。
俺達は傷付き重くなった身体と、それと同じくらいの密度と重量を腹の底に感じる様になってしまった最悪の気分を同時に引きずる様にして、眼の前ほんの100mほどの所に見えている斜路に向かって再び進み始める。
歩く度に足元から這い上ってくる痛みと、腕を振る度に鋭い痛みの走る左肩に目をやった。
裸足の両足の裏は、多分レーザーで灼かれた床を踏みつけたのだろう。赤く腫れ上がって、両足とも皮が剥けて血が滲んでいた。
左肩に近い二の腕には、レーザーが掠ったものと思われる炭化した皮膚から血が流れていた。
どちらも激しく痛みはするが、動かないわけでは無い。
今俺の背中で浅い息を繰り返し、痛みで全身に汗を浮かせるルィェンと名乗ったベトナム人の女よりは遥かにましな状態だ。
彼女は両足とも膝下から切断されていた。
レーザーで焼き切られた切断面はほぼ炭化していて出血量も案外に少なく、出血多量ですぐに意識を失ったり命を落としたりすることはなさそうだが、だからといって痛みが軽減されるわけでは無い。
俺の様な軽傷に分類される者は、彼女の様な自力移動が不可能な重傷者をおぶっている。
誰かの台詞ではないが、いくら重傷で足手まといになりそうだからと言っても、まだ生きている者を置き去りにする様な事は出来なかった。
ルィェンの浅く早い息が耳元で聞こえる。
俺の肩に掴まる指が時々痛みに強張り、爪が食い込む。
激痛で全身に汗をかいている彼女の身体は滑り易く、時々背負い直すとその動きでさえも傷が痛むらしく、低く呻いて爪を俺の肩に食い込ませて痛みを堪えている。
先ほど降りて来たものとそっくりの斜路を、今度は昇り始める。
馬鹿馬鹿しい話ではあるが、逃げ出す道を探すためだ。仕方が無い。この緩く湾曲した通路が地下通路なのであれば、外に逃げ出す為の出入り口など絶対に存在しないだろうからだ。
こちらの斜路には、例の天井レーザーは設置されていない様だった。
俺達地球人が捕らえられていた建物と、それに続く斜路にのみ対脱走者用の砲台は設置されているという事なのか。
おかしい。
何もかもがおかしい。
天井レーザーは、たかだか金属パイプをぶち当てた程度の事で、なんであれほどまでに簡単に破壊できるのか。
一応兵器の端くれなら、幾ら屋内のセキュリティ用とは言え、その程度で壊れていて良いものか。
俺達を止めようと襲いかかってきたテトラは、なんでたったの四機や五機しか出てこないのか。
数万機という全長20m近いクイッカーを一度に戦場に投入する能力があるなら、たかだか1m程度のテトラがたった九機しか出てこないというのはあり得ない。
本気で俺達脱走者を止めようと思っているならば、先ほど地下通路でテトラが全滅した後、なぜ畳み掛ける様に追加の戦力を投入してこないのか。
基地内のテトラとは言え、時速数百kmの速度は出るだろう。どこであっても十分も経たない内に戦力を投入する事は出来るだろう。
おかしい。
まるで俺達は、わざと逃がされている様に思える。
或いは、絶対に脱出できない閉鎖系の迷路に放り込まれ、どこまで生き延びることが出来るか、面白おかしく笑い者の晒し者にされながらいたぶられているのか。
「ふ・・・グッ!」
考え事をしながら斜路を登っていて、足の裏から滲み出る血で足を滑らし、斜路に手を突いた。
その衝撃でルィェンが苦しそうな呻き声を上げた。俺の首に回した両手が、俺の胸に力一杯爪を突き立てる。
彼女がかく大量の汗で滑り落ちそうになるルィェンの身体を慌てて支える。
「済まん。」
手を突く程度ならともかく、滑落する様なことになればルィェンに与えるダメージは計り知れず、そもそもまた一から斜路を登らなければならないのは馬鹿馬鹿しい。
余計なことを考るのを止めて、斜路を登ることに集中する。
何人か滑落者を出しながらも、俺はそれに巻き込まれること無く、十分程度で斜路を登り切った。
登り切った先は、先ほどの建物と同じ様な20m x 20mの大きさを持った通路だった。
見たところやはり、天井レーザーは存在しない様だ。
先ほどの建物と異なる所は、500m近いのではないかと思われる長さの眼の前の通路の途中、左右に明らかに開口部が確認できることだった。
生き残った俺達十七人は、文字通りズタズタに切り裂かれた身体を引きずる様にして通路を歩き、自力移動できない連中を通路の端に座らせて、恐る恐る開口部の中を覗き込んだ。
そこには余りの驚きに目を見開き息が止まる様な光景が広がっていた。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
第一回ファラゾア施設杯陸上競技大会です。種目は槍投げとハンマー投、一万m持久(耐久?)走と障害物競走です。
競技入賞賞品は自分の命。入賞できなかった人が支払う参加費も自分の命です。
ちなみに、テトラ一機の重量は30kg位を想定しています。大きさはありますが、極限まで軽量化されていますので、案外軽いです。
それでもコイツをハンマー投する膂力って・・・