3. 移動
■ 7.3.1
天井近くに設けてある小型のレーザー砲台は、約50mおきに一基、通路の向こう側とこちら側に互い違いに設置してあった。
他に目立つ突起物もない通路で、40~50cmもある突起物はよく目立ち、一つレーザー砲台を潰すとその場所から次の砲台を確認する事が出来た。
いずれの場合もヴラドレンが得意の槍投げで遠くから金属棒かパイプを投げて潰し、最初の二人以降俺達脱走者の集団の中から犠牲者が出るようなことはなかった。
「ただの配管を毟り取っただけの手槍を投げて潰されるレーザー砲台ってどうなんだ?」
「センサー位置が20m位の所なんだろうさ。探知範囲外なら攻撃される事もない。アウトレンジ攻撃だな。」
「投げ槍にアウトレンジ攻撃されるレーザー砲って・・・」
「ありがてえ話じゃねえか。お陰で生きていられる。つべこべ言うな。」
「まあ、そうなんだけどな。」
ヴラドレンがパイプを投げてレーザー砲台を破壊する様を後ろから眺めながら半ば呆れて呟いた俺の言葉に、カザフスタン人のエーディンという男が合いの手を入れてきた。
エーディンの言うとおりだ。非常識だろうが何だろうが、無事に前に向かって進めているのだ。
そうやってレーザー砲台を一つずつ潰し、200mほどあろうかという通路の端の床が下に消えている場所の近くまで来た時だった。
通路の端までの数十mほどの部分で床が消え、下に向かう通路か縦穴の様になっているであろうと考えられていた部分から白い何かが幾つか飛び出してきて視野を横切った。
反射的にそれを眼で追うが、それが何であるか認識するよりも前に本能ががなり立てるように警告を発し、全力で逃げろと言っている。
しかしそれが本能の警告するとおりの物であるならば、逃げても無駄だという事は分かっていた。
皆が見上げる視線の先に、白い幾何学的形状をした物体が音も無く四つ宙に浮かぶ。
それは一辺1m弱程度の正四面体だった。
各面はファラゾアホワイトとでも呼ぶべきよく見慣れた白銀色をしており、正四面体の各頂点部分に直径5cmほどの穴が開いており、少し窪んで赤く光を反射するレンズのような物が光っているのが見えた。
まるで一昔前のCGポリゴンの様な形をしたそれは、まるで俺たちを睥睨するかのように空中で横一列に並んでいた。
何人が反射的に動いただろうか。
かく言う俺も、空中に止まるその正四面体を見て何かを考えるより先に、右手に持ったパイプを一番手近な奴に力一杯投げつけたうちの一人だった。
幾つものパイプや金属棒が宙を舞う。
そのうちの何本もが、硬い音を立てて正四面体にぶつかった。
案外に、パイプや金属棒がぶつかることで正四面体は少し弾かれて動いた。
一撃では無理だとしても、何度か繰り返せば立方体ロボットの様にいけるかも知れない?
現実はそれほど甘くなかった。
「あっ、がっ!!」
「ぎぁ!」
近くから幾つもの悲鳴が上がる。
「怯むな! 叩き落とせ!」
トゥオモの声が響く。
俺たちの頭上に浮いている正四面体は、どうやらレーザーを備えているらしい。
形状から推測して、各頂点にある赤色の孔がレーザー射出孔と見て間違いないだろう。
分かったからと云って、レーザー射出孔を正確に狙って破壊できるわけでも無ければ、小型とは言え空中に浮くファラゾア戦闘機械をそう簡単にたたき落とせるわけでも無い。
一人の男が、別の男の手を借りて高く飛び上がった。
組んだ両手に足を乗せ、上に放り投げると同時に投げられた方は上に向けてジャンプする、チアガールなどが良くやるアレをやったらしい。
2mも空中に飛び上がった男の手には、5mほどの長さのケーブルが握られており、空中でそのケーブルを正四面体に向けて叩き付けた。
さしものファラゾア戦闘機械もこの攻撃を受けては弾き飛ばされ、壁に叩き付けられて落下する。
地上に落下する前に立て直そうとした様だったがもう遅かった。
そこは俺たち、石器人並みに退化した武器で完全武装した野蛮人兵士達の守備範囲内だ。
何人にも取り囲まれそれぞれが手に持った得物でボコボコに殴りつけられる。
そのうちには正四面体は歪み変形し、外装板が外れ、そしてさらに剥き出しになった中の機械に容赦なく直接打撃を与えられて、とうとう正四面体も活動を停止した。
同じようにして次々と長いケーブルを持った者が打ち上げられ、空中でケーブルを振り回して正四面体を狙う。
叩き落とされた正四面体は数人に取り囲まれて、パイプや金属棒を使ってタコ殴りに殴られ、そして機能停止する。
最後の一機は、学習したのか10m以上も高さを取って俺たちを狙ってきた。
組み体操によるハイジャンプでも、そこまでは届かない。
と思っていたら、すさまじい勢いで投げつけられた金属棒が正四面体に直撃した。
正四面体は空中でよろめき、高度を落とした。
そこに狙い澄ましたように一人飛び上がり、ケーブルで叩き落とす。
見事な連携に思わず感動するほどだ。
叩き落とされた正四面体は、他の三機と同じ末路を辿った。
「クソ、六人もやられちまった。」
戦いを終えてトゥオモが憤懣やるかたなしといった口調で語気荒く言う。
正確には二人が死んで、一人が腹を撃ち抜かれ生きてはいるものの行動不能、三人が脚を撃たれて移動に助けがいる状態だ。
「置いていって。どうせもう助からない。足手纏いになりたくない。」
腹を撃ち抜かれた女が、苦痛に顔を歪めながら絞り出すように言う。
撃たれた場所が相当炭化しているが、レーザーで灼かれた傷は驚くほど出血が少ない。
本人の苦痛は相当なものだろうが、出血で意識を失うのはしばらく先だろう。
「うるせえ。四の五の言わずに負ぶされ。ほら。」
がたいの良い黒人の男が背中を向け、別の女の助けを借りてその背中に覆い被さる。
「こんなことして、アンタが身動き取れなくて死ぬわよ。」
気丈な女だが、痛みに身体が思うように動かせないようだ。
ほぼ言いなりに背負われて、しかし顔に脂汗を浮かべながらまだ抗議を続けている。
「やかましい。黙ってろ。怪我した女を置いていけるか。そもそもまだ生きてる奴を戦場に置き去りにするほど俺は腐ってねえ。」
「馬鹿ね、あんた。」
苦痛に顔を歪めながらそう言って、女はそれきり黙った。
脚を撃たれた三人は、足を引きずって何とか一人で歩くか、或いは他の誰かの肩を借りる。
俺たちは辺り一面に散らばった武器を回収すると、再び歩き始めた。
「誰かさっきの正四面体の飛行体のことを知ってるか?」
トゥオモが皆に問いかけたが、誰も声を上げなかった。
「俺も今まで聞いたことが無いんだ。大きさから考えても、基地の中にだけいる機体かも知れん。名前は・・・何でも良いか。正四面体(
Regular Tetrahedron)だから、『テトラ』で良いか。」
一同はトゥオモの言葉に同意を示すと、再び通路の端に向き直った。
通路の端はかなりきつい下り勾配になっていた。
ここが大型の構造物の高層階で、斜路は地上に向かって降りていっているのか、或いは地下に向かって潜っているのか分からない。
だが他に出入り口や脇道が見つからなかった以上、この斜路を降りていくしか無かった。
さらに人数が減って三十三人になった集団はゆっくりと斜路を降りていく。
斜路は45度近い下り勾配を持っており、200mほど続いた先で別の通路に合流しているようだった。
ただでさえ足を滑らしそうな継ぎ目のない急傾斜である上に、手に武器を持った状態でそれを降りていくのはかなりの困難を伴う。
「しまっ・・・!」
「きゃ!」
集団の半ば辺りの男が足を滑らせ、前を歩いていた女を一人巻き添えにして、絡み合うように斜路を滑り落ちていく。
「踏ん張れ! 止まれ!」
近くにいた誰かが叫ぶ。
手足を使ってなんとか止まろうとしているが、しかし二人の身体は徐々に加速していき、止まることが出来ない。
「がっ!」
「ぎぁ!」
数十m滑り落ちたところで、二人の身体が白い煙を噴いた。
力を失った身体はそのまま転がるようにして落ちていき、斜路の下に到達するまで数度、同じように白い煙を上げた。
「クッソ!」
誰かが壁を殴る音が聞こえた。
「落ち着け! 足を滑らせたら他の奴を巻き込むぞ。慎重に降りるんだ。」
分かってはいるが、しかし緊張で汗をかく。
じっとりとした足の裏は、僅かな湿り気ならば摩擦を大きくしてくれるが、緊張して必要以上に汗をかくならば、足を滑らせ一瞬のミスで滑落を始める。
一度足を滑らせると二度と止まれず、滑った先で待ち構えているレーザーの餌食になる。
それが分かっているから緊張して汗をかく。
悪循環だ。
ゆっくりと数十mを降り、先ほどの二人の身体が煙を噴き上げた地点までやってきた。
視線を上に上げれば、少し先の天井部分に例の小型レーザー砲台がある。
斜路になっている為、レーザー砲台を排除するための武器の打ち上げ角度は先ほどまでの通路よりも随分楽なのだが、その分足元が非常に不安定だ。
間違っても投擲の瞬間に足を滑らせて落ちたりしないように、ヴラドレンの足元を壁に手を突いた二人の男が固め、そして投げ槍である金属パイプを投げた。
一投目は上手く当たらず、半球状の台座部分に弾かれたパイプは斜路の下に向かって落ちていった。
二投目が上手くレーザー砲部分と台座部分の間に直撃し、四角いレーザー砲部分を吹き飛ばした。
吹っ飛ばされた四角い箱は、固い音を立てながら斜路を転がり落ちていった。
落ちていくレーザー砲台部品や、投げたパイプが他のレーザー砲台から攻撃されないところを見ると、どうやらレーザー砲のセンサーは攻撃する対象を区別する機能を持っているようだった。
俺達はゆっくりと斜路を降りていき、途中また一人アジア人の女が足を滑らせ滑落して犠牲になりはしたものの、斜路の途中に存在した三基全てのレーザー砲台を無力化して、三十人の集団は斜路の底部に到達した。
斜路を降りた先は、左右に伸びる通路となっていた。
恐る恐る首を出して覗き左右を確認するが、通路には先ほどのテトラも含めて、何も飛行したり走行したりはしていなかった。
通路は左右どちらの方向も緩く湾曲しており、右側の通路は左に曲がり、左側の通路は右に曲がって、数百m向こうで見えなくなる。
感覚的なものだが、直径20~30kmほどの円状の通路になっているのではないかと思った。
ふと思い出したが、昔何かの作戦の説明の折に、ファラゾアの各降下点において地上施設は直径数十kmのほぼ円状に分布していると聞いた事がある。
今俺達が降り立ったこの緩く円を作る通路は、ファラゾアの各地上施設を地下で繋ぐ通路なのではなかろうか。
なぜその様な地下通路で各施設が繋がれているかは・・・まあ、遙か未来に進んだ宇宙人のやることだ、俺ごときが考えても分からんだろうな。
地下通路と思しきその通路には、先ほどまでの施設内の通路とは異なり、壁面に数十cm程度しかないが多少の凹凸が僅かに存在する。
通路の幅は先ほどまでと変わりなく20mほど、高さも同様だった。
例の天井レーザーはここには設置してないようだったが、だからといって警戒を解く気にはなれなかった。
周囲を警戒しながらしばらく歩くと前方に、先ほど俺達が降りて来た斜路と同様の壁面開口部が見え始めた。
多分、先ほどまで俺達が居た施設の隣の建物なのだろうと想像する。
「とりあえず、あそこに入ってみよう。どこかこの一連の構造物からの出口を探さなくてはならん。慌てるなよ。引き続き警戒しつつ接近する。」
トゥオモが生き残っている全員に注意を喚起し、皆がそれに肯定の返事を返す。
目覚めてからこちらの互いに短い付き合いではあるが、この集団の中には、何か目標が見えたからと云って喜んで慌てて駆け寄るような軽率な奴は居ない事はもう分かっている。
それでも、これ以上人数が減るのは、戦力的にも精神的にも絶対に避けたい事だ。
トゥオモは念のために言ったのだろう。
警戒しながら進んでいるため、進む速度は普通に歩くよりもかなり遅い。
それでも、数百m彼方に見えていた斜路の入口まであと100mほどの所まで近づいて来た。
あと一息。
そう思ったときだった。
「うぐっ!」
「ぎぃっ!!」
集団の前端辺りから苦痛に歪んだ悲鳴が上がる。
「散れ! 遮蔽物を見つけて隠れろ!」
トゥオモの声が通路に響く。
遮蔽物と言われても、壁面に僅かな凹凸があるのみで、身を隠せるところなどない。
それでも皆めいめいに頼りない遮蔽物を頼って左右に散る。
俺もそれに倣うが、壁面に辿り着く前に通路の遙か先を見ると、テトラと思われる白い小さな点が斜路の入口の向こう、数百m先を凄まじい速度で五機こちらに接近して来るのが見えた。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
動摩擦係数<静摩擦係数、且つ 足の裏の接地面積<横たわったときの接地面積 なので、一度転ぶとなかなか止まれません。