2. 狙撃
■ 7.2.1
「近寄らないで! 変態!」
一番最初に目を覚ました女に状況を説明するために近寄ろうとした俺に、女は金切り声を上げて後ずさった。
この妙なカプセルの中から救い出してやったというのに、酷い話だ。
・・・忘れていた。
そう言えば、俺は裸だった。俺だけじゃ無いが。
まあ、そういう反応になるのは仕方ないか。
「ここどこよ!? なんで裸なのよ!? 説明しなさいよ! 近付かないで!」
色々と面倒な女だ。
「ここは多分、ファラゾアの施設内だ。俺たちは裸でそこのカプセルの中に入っていた。着替えの服の用意は無い様だ。理解できたか?」
近付くなと言う女の要求に従って、俺は立ち止まり、部屋の反対側に近いところから説明した。
「成る程。そういうことなら理解できた。」
部屋の真ん中辺りに転がっていた男が声を上げながら上半身を起こした。
「気付いていたのか?」
「どういうわけで裸で転がされてるのか分からなかったからな。死んだふりして黙ってたんだが。色々納得がいった。」
「お互い名前を知る必要があるな。俺は、ベルトラン・サルディネロ中尉だ。フォンターナロッサ航空基地1195TFS所属。」
俺の名乗りに男は妙な顔をしてから名乗った。
「スバーギョ少尉だ。フィリピンのクラーク航空基地、4423TFS所属。」
スバーギョの名乗りに、奴が妙な顔をした理由が分かった。
フィリピン、だと?
俺はシチリアの基地にいたのだ。それがなぜ同じ場所に居る?
「アンタはどこの所属だ?」
俺が感じたのと同じ疑問を持ったらしいスバーギョが、最初に目を覚ました女に問うた。
「あ、あたし? あたしはマウラ・タルターリヤ少尉。イスラエルのベンガーオン航空基地、2258TFS所属。」
今度は中東か。
どうやら世界中の基地からの選抜チームが出来ているらしい。
俺たちが会話していると、次から次へと床に寝かせた連中が目を覚まし始めた。
自分が裸であること、そして自分以外の全員も裸であることについてひとしきり騒ぎが起こり、割り切るか諦めるかした者から静かになっていった。
それからお互い自己紹介をするが、その所属はインド、アラビア、ロシア、中国、北米と、本当に世界中の様々なところから集められているようだった。
自己紹介をしたついでに現状の確認と、情報の共有を俺から行う。
多分ここはファラゾアの施設内であると云うこと。皆、周りを囲むカプセルのような物の中に囚われていたこと。そして俺が最初に目覚め、皆をカプセルから引きずり出したこと。
そして床に転がるファラゾアのロボットは、案外素手でも破壊することが出来たこと。
さらに、これは推測になるが、多分俺たちは世界中のあちこちで撃墜された戦闘機乗りで、どういう意図があるのか知らないが、ここに集められ、治療を施されたのだろうということ。
皆が現状に対して渋い顔をするが、予想に反してパニックになる奴はいなかった。
それどころか、目を覚ました全員が現状を理解した上で、何とか脱走するという強い意志を持っていた。
妙に皆が落ち着いていることに、俺は少し違和感を感じた。
そんなものなのか?
「ねえ、気が狂ったと思わないでね。さっきから頭の中で何かゴチャゴチャ煩いんだけど、みんな同じなの?」
エレオノーラと名乗った、ロシアで戦っていたという女が言った。
「アンタもか。俺もだ。」
同意の声が幾つも上がる。
ずっと無視し続けていた、例の頭の中の声に意識を向けると、今すぐに元の場所に戻って眠れ、というようなことを言っているようだった。
言葉では無いが、何か明確な意思のような、やはりよく分からない感覚がある。
「脳波がファラゾアから干渉を受けているのだろうな。奴等はブレインブレーカーなんて兵器も持っている。或いは、治療されついでに何か受信機でも埋め込まれたかも知れん。余り考えたくはないが。」
「クソッタレめ。ふざけんな。」
怒りの声があちこちから上がる。
だがそれだけだ。
自分の頭の中を覗かれている、或いは弄られたかも知れないというのに、パニックになる者はいない。これだけ人間がいれば、普通は一人や二人はいてもおかしくないはずだ。
やはり違和感を感じる。
しかし、今からここをどうにか脱出しようというときに、変にパニックになられても困る。
皆が妙に冷静だということは、今のところ有利な条件ではあるので、感じた違和感についてはとりあえず脇に置いておく。
「大丈夫だ。あんた達より僅かに経験が長いだけだが、この声は無視することが出来る。俺の知る限り、強制力のある声では無いようだ。」
皆を安心させるために俺は言った。
全員が同じとは限らないが。もしかすると干渉を受けやすい体質の奴もいるかも知れなかった。
「しかしゴチャゴチャうるさいな。気が散る。考えがまとまらない。」
「慣れるしかないだろう。」
「クソッタレ。鬱陶しい話だ。」
ジェフリーと名乗った、カナダで戦っていたという男が言った。
「行動を開始しよう。時間が有り余っていると云うことは無い筈だ。一応の安全地帯と云えるこの部屋を出る前に、何か武器になるものを探そう。皆で手分けだ。」
トゥオモと名乗った、ロシアで戦っていたという少佐が、現在この部屋の中の最高階級であるのでリーダー格となった。そのトゥオモが言った。
10m x 30m程度の大きさしか無い小さな部屋ではあったが、俺達は宝探しのために部屋の中に散った。
「ちょっと。冗談でしょ。上に上がれなんて。アンタ下から覗く気でしょ!」
「体重が軽いアンタの方が登りやすいと思っただけだ。いいよ、俺が行く・・・下から覗くなよ?」
「誰が!」
どうやら、カプセルの連なりの上に何かないかと探しに登る時、男が登るか女が登るかで揉めているらしい。
まあ、女の方の言うことも分かるが、素っ裸丸出しのみっともない格好で下から見たらなんもかんも丸見えになるのは男も同じなんだがなと思い、苦笑いしながら口論している二人を見た。
結局男の方が上にあがる事にしたらしく、例の粘性のある液体で滑り易いカプセルの表面を、四苦八苦しながら男は上に登っていった。
結局、俺を含めてこの部屋に囚われていた四十人のうち、三十七人が目覚めて活動している。
女一人、男二人の三人が、未だ目覚めること無く床に横たえられていた。
この三人は、話しかけたり頬を叩いたりして刺激を与えてみても、一向に目覚める気配が無かった。
いつ目覚めるか分からない彼等を待ち続ける訳にも行かず、このまま目覚めないようであれば三人はこの部屋に置いていくことになった。
流石にただ単に床に転がしておくのはいくら何でも可哀想だという事になり、まだ目覚めない三人の身体を部屋の端に寄せておく。
部屋の各所に散った全員が持ち寄った「武器」を皆で確認した。
金属のようなよく分からない材質で出来たパイプ、何かの構造材である様な金属棒、多分制御用の信号を送るものであろうケーブルなど、一応三十七人全員に行き渡り余るだけの「武器」が手に入った。
ケーブルやパイプはその接続が余り強固なものでは無く、思い切り引っ張ると案外簡単に接続部分から外れた、ファラゾア人ってのはもしかすると随分ひ弱な奴等かも知れないと、入手してきた連中は笑っていた。
多分だが、ファラゾア人がひ弱なのでは無く、本来力がかからない設計の部分に対して無駄に強度を持たせなかった効率的な設計になっているだけなのではないかと思ったが、確証があるわけでもなく、言わずにおいた。
いずれにしても、接続は簡単に外れるようなものであったとしても、パイプやケーブルの部品そのものの強度は相当高かった。
プラスチックかと思えるほどに軽い直径5cmほどの金属パイプだったが、力任せにカプセルを殴りつけても歪むことなく傷一つ表面に付いていなかった。
ケーブルも、ムチのようにしてカプセルに思い切り叩き付けてみたが、切れることもなく、やはり表面に傷が付くこともなかった。
やはり、宇宙の果てからやって来るような連中の科学技術というのは、俺達の想像を遥かに超えているのだと思った。
俺達はめいめいに「武器」を持った。
そこで誰かが警告を発する。
「おい、何か聞こえないか?」
耳を澄ますと、風の音のような、軽い摩擦音のようなものが聞こえてくる。
さっきまでこんな音はしていなかったはずだ。
「ガスだ! 入口を探せ! そこの六人! ガスの導入口を特定して塞げ! 全員、できるだけ息を止めろ!」
流石に敵さんも対策を打ってきたか。
トゥオモの反応は早かった。
しかしどの様なタイプのガスが、どこから来ているのか分からない。
俺が二台目の立方体ロボットが入って来るのを見た壁に近かった十人ほどが、壁に向かって一直線に走り、それぞれ手にした得物を壁に叩き付ける。
トゥオモに指示された六人が、ガスの発生源を探して部屋の中に散る。
俺が立方体ロボットを叩き付けてヒビが入った壁を、パイプや金属棒を使ってガンガンと力任せに殴る音が部屋の中に響く。
部屋の四方に散った六人のうち何人かが、カプセルの上によじ登る。
大きな音がして壁が叩き壊され、壁に3m四方程度の開口部が現れた。
「開いたぞ! 部屋を出ろ! こっちだ、早くしろ!」
壁を壊した内の一人が開口部の横に立って皆を誘導する。
ガス穴を探すためにカプセルの上に乗っていた男達が飛び降り、滑りやすい濡れた床で七転八倒しながらも開口部を目指す。
俺も集団の中に混ざって部屋から出た。
部屋を出ると、そこは幅20m、高さも20m位の通路と思しき所だった。
通路の壁も床も白く、ファラゾアカラーとでも言うべき例の白銀色をしている。
部屋から出て左側は50mほどで行き止まりになっているが、右側には通路が200mほど続いていて、その先はやはり行き止まり・・・いや? 床面が下に消えているのか?
誰が見ても、すぐに行き止まりで壁面に開口部の一つも見当たらない左側よりも、距離があり、行き止まり辺りで通路が下向きに続いている様に見える右側に行くべきだろう。
視野の中に例の立方体ロボットも、他の慣れ親しんだファラゾア戦闘機械も、何も存在しなかった。
それだけで無く、所々に多少の凹凸があるだけの壁には、扉か入り口と思えるようなものも何も存在しなかった。
何も居ない。見通しも良い。今がチャンス、ということか。
この広さの通路であれば、その気になればクイッカーでも入って来れそうだ。
何も居ない今の内に移動して、出来ることならば次の安全地帯を見つけるべきだろう。
出来れば、突然ガスが出てきたりなどしないところを。
「右だな。」
「そうだな。」
トゥオモが左右を見回して言い、誰かがそれに相槌を打った。
三十七人全員が右の通路に向かって動く。
ガスは放出されたものの、ガスを吸って動けなくなった者はいなかった。
全員がパイロットである筈だったが、その中にも数人、地上戦の訓練を受けており多少の心得がある者がいる様だった。
パイプを構えた男が二人、油断なく辺りを警戒しながら少しだけ先行して歩く。
物陰など殆ど存在しないが、何も無い様に見えた壁がいきなり口を開けて、何か碌でもないものを吐き出して来ないとも限らない。
その二人の警戒を笑う気にはなれなかった。
扉から出て20mも進んだだろうか。
「がっ!!」
「は・・・ぐっ!!」
先行していた二人が突然声を上げ、蹲った。
「止まれ!」
トゥオモの声に全員がその場で固まる。
「どうした!? 大丈夫か!?」
トゥオモが、蹲り動かない先行していた二人に声をかける。だが、二人の様子がおかしい。
その二人の様子を見たトゥオモも、駆け寄るようなことはしない。
蹲っていた二人は、そのままゆっくりと床に倒れて動かなくなった。
肉の焼ける嫌なにおいが辺りに広がる。
見ると、うつ伏せに倒れた二人の身体の下からは、うっすらと白い煙が上がっている。
「クソ、レーザーだ。どこだ。皆下がれ。」
よく見ると、壁に近い天井の端に、いかにも角度を変えて回転しそうな直径30cmほどの半球状の土台に四角い箱が乗った構造の物があった。
確かに監視カメラでも取り付けたくなるような位置に、いかにも小型のレーザー砲ですよという形状の構造物だ。
あれで間違いは無いだろう。
ただその構造物は、高さにして20mも上、水平距離で20m以上も離れたところに存在する。
そのレーザー砲の射程というか、守備範囲は、先ほどの二人の死体が転がっているところまでであることは間違いなかった。
「あれか。クソ。遠いな。どうする。銃などないぞ。」
トゥオモが天井の小型レーザー砲台を睨み付けながら言った。
「任せろ。これでも昔は槍投げの選手だったんだ。地方大会までしか行けなかったがな。当分やってないが、なに、あの程度なら充分いける。」
ヴラドレンと名乗ったロシア人が前に出た。その右手には金属棒が握られている。
ヴラドレンは何歩か後ろに下がると、助走を付けて金属棒を投擲した。
金属棒は驚くような速度で上昇し、見事レーザーの砲身と思しき四角い箱に正面から突き刺さった。
「凄いな。一撃だ。素晴らしい。」
トゥオモが半ば呆れつつもヴラドレンの投擲を賞賛する。
「ふっ、こんなものさ・・・と言いたいところだが、見事命中したのは偶々だ。数本投げて一本当たれば良いと思っていた。まさか一発で命中するとは。俺の腕もまだ捨てたモンじゃねえな。」
そう言いながらヴラドレンは笑った。
「さて、進もうか。皆、周囲を警戒してくれ。あれと同じ物があったら、早めに報告頼む。」
トゥオモが言い、そして残る三十五人は再び歩き始めた。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
この章の主人公の大混乱をスタート時にそのまま味わって戴こうと思い、第一話では敢えて主人公が何者であるかを明確にしなかった(回想シーンでバレバレとは思いますが)のですが。
すでにお気づきの通り(というか、書いた)「俺」は達也君ではありません。
いきなり主人公を含めて、四十人の成人男女が素っ裸で走り回る、もし動画にしたらボカシ飛びまくりの酷い絵面のスタートです。(笑)
ノクターンやミッドナイトではないので、エッチな展開にはなりません。あしからず。
・・・でも、この四十人の中に一人アニキが混ざってると、阿鼻叫喚の地獄絵図。w
しないよ?
・・・たぶん。
女が二十人と思ってたら、実は十九人+一人だった! なんて展開も!
・・・しないからね?