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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第七章 ESCAPE (脱走)
162/405

1. 覚醒


■ 7.1.1

 

 

 長く眠っていたような意識がゆっくりと暗闇の中から浮き上がる。

 何を、していたん、だっけ?

 何か、大切なことを、忘れて・・・いる?

 起きなくちゃ。

 多分もうすぐ起床の時間だ。

 教官がやって来る前に、着替えて寝床を整えて、歯を磨いて、ベッド脇に整列しなくては。

 あの鬼軍曹に目を付けられたら、今日一日中続く悲劇の幕開けだ。

 ・・・違うな。学校に行くんだっけ?

 クソ。上手く考えがまとまらない。

 ああ、多分今日は休みの日で、ゆっくり寝られる日なんだ。

 ゆっくり寝て、起きたらセレドニオさんのところにパンを買いに行って、朝食を食べたらプリシラが迎えに来るから一緒に教会に行って。

 

 ・・・プリシラ?

 

 プリシラは、家族と共にサン・アマロ公園に遊びに行って・・・どうしたんだっけ?

 俺が親父の手伝いで船に乗って一緒にアルへシラスに行ってる間に・・・?

 

 ・・・死んだ。

 

 対岸から見えた煙。

 頭上を飛び抜ける戦闘機と、火を噴いて海に落ちていく戦闘機。

 親父と二人で舟をプエルト・デ・セウタに戻して、母親と弟達を呼びに行って、プリシラの家族にも声をかけて。

 プリシラの家族はみんなでサン・アマロ公園に遊びに行ったと、隣のノエリアさんが言い残して走り去る。

 胸が、苦しい。締め付けられるように。

 通りに出て、港の向こうに見えるサン・アマロ公園は煙を上げて、丘は殆ど吹き飛んで形を変えていて。

 公園に向けて走って、途中で見つけたプリシラの家の青いプジョー。

 突っ込んだアパートメントの崩れたがれきの下に半ば埋まるようにして、潰れた車内から突き出している細く白い腕。

 腕を包む白いシャツを濡らす血はすでに乾き始めて赤黒い。

 その手首には先月の誕生日に俺がプリシラに贈った、彼女の目と同じ色の青いバングルが血に塗れて鈍く光る。

 突然襲いかかってきた爆風のようなものに吹き飛ばされ、膝と手を路面に突いて俺は空を見上げた。

 見上げた視線の先を飛び抜ける四機のクイッカーが陽光を反射して光る。

 絶望と悲しみと悔しさと怒りと、あらゆる感情が吹き出してきて俺は遠ざかるクイッカーに向けて吠え、地面を殴る。

 殴った右手に鋭い痛み。

 

 痛み。

 寒い?

 変だ。

 ここはどこだ?

 目を開けるが、視界がぼやけている。

 涙を流している?

 いや違う。水が眼に入っている。

 ぼやけた視界の中に見えるのは、何だ?

 どこかの病院か?

 確か俺は、フォンターナロッサから出撃して、地中海上空をアジュダビーヤ目指して飛んで・・・

 墜とされた?

 病院に収容されているにしては、周りの状況がおかしい。

 視野が、何か液体が流れていくように滲む。

 身体が思うように動かない。

 右手を上げる。

 脇の下に支えが差し込まれていて、手を動かすと痛い。

 何か硬いものにぶつかりながら、視野の中に入ってきた右手は赤い。

 血?

 右手の俺の血が目の前にあるガラス窓のようなものになすりつけられ、滲み、流れる。

 右手が痛い。

 道路を殴ったからだ。

 

 ・・・違う。

 何かおかしい。

 意識が混濁している。はっきりさせなければ。

 右手の痛みと、脇の下や股の間に差し込まれている支えらしいものから与えられている痛みで、徐々に意識がはっきりとしてくる。

 ぼやける視界を、手で目をこすってはっきりとさせる。

 緩慢な動作が徐々にましになってきた。

 少しクリアになった視界で分かる事は、眼の前30cm位の所に透明な板のようなものがあって、その板の内側を液体が伝って居て視野が相変わらずぼやけている事。

 そして俺は多分裸で、斜めになったベッドというより何か容器のようなものの内側に居る事。

 両脇と股の間に支えがあって身体がずり落ちるのを防いでいる。

 口の中に膨らんだ少し固い風船のようなものがあって、そこから空気が出てきて息をするには困らない。

 

 右手を挙げて、眼の前の透明な板の内側を伝う粘性の高そうな液体を拭う。

 一瞬クリアになった板は、また上から流れ伝ってくる液体で覆われて視野がぼやける。

 だがその一瞬で見えたもの。

 数m離れた所に並ぶ、裸の人間。

 何か医療用の器具のような容器に入れられ、見えた限りでは横一列に並べられて何人もの男が見えた。

 全員意識が無い様で、目を瞑っているようだった。

 どこかの病院の集中治療室か何かか?

 もう一度容器の外を見ようと、右手を動かす。

 水音がした。

 口の中の風船から外に出ている管に邪魔されて首が上手く動かせないが、その管の向こう側に見えたのは、透明な板の破断口。

 破断口から下の容器内には、板の内側を伝っていると同じ液体が溜まっていて、俺の下半身はその液体の中だった。

 右手の血は、俺が右手で透明な板を割ってしまい、その時に切れたものの様だ。

 元々液体が完全に充填されていて、俺が壊したから外に漏れたのか?

 上半身は液体に浸かっておらず、その液体が乾いていくからか肌寒く感じる。

 少し身体を動かそうとしてみたが、抵抗があって上手く行かない。

 身体中あちこちに管が刺さっており、身体を動かすとその管から引き攣るような痛みを感じる。

 やはりここは病院の集中治療室か。

 医療用の特殊な装置の中に入れられているのだろう。

 俺はそれ程に重傷だったのだろうか。

 

 ・・・それにしては誰も来ない。

 俺の意識が戻った事と、入っているカプセルの様なものの窓を壊してしまった事で、ナースステーションに警告が行っている筈だ。

 集中治療室の患者に異常があったなら、普通ならナースがすぐさますっ飛んでくると思うのだが。

 もう一度、今度は左手を動かして液体で視野が滲む透明な板を大きく拭う。

 相変わらず向かい側に、医療用の容器とその中で眠る男達。

 ナースの姿は見えない。当然、医師の姿も。

 ここは本当に病院か?

 

 その時、何かが意識に割り込んで来た。

 

 ―――眠れ。

  

 まるで、頭の中にもう一人誰かがいて、そいつから話しかけられている様だ。

 明確な言葉ではなく、言葉を伴わない意志のようなものが俺の中に割り込んで来て、「無言の」圧力を掛けているような、よく分からない不思議な感触がする。

 まだ俺の頭は混乱しているのだろうか?

 

 ―――眠れ。

 

 間違いない。明らかに何かが意識の中に割り込んでいる。

 話しかけてくるわけでも無く、何か他の言葉を言う訳でもない。 

 ただ単に、機械的に意志を伝えてくるだけの声ならざる声。

 新しい治療法か? それとも?

 俺は再び同じ疑問を感じる。ここは、本当に病院か?

 余り考えたくない嫌な想像が幾つか頭をよぎる。

 

 ―――眠れ。

  

 うるさい黙れ。

 もしここが、病院では無くてさっき想像した中のどれかの施設であった場合、俺の未来は余り面白くない事になりそうだ。

 寝てなどいられるか。この怪しげな声が何者かなど、後回しだ。

 俺は無言の圧力を掛けてくる頭の中の声を無視する事に決めた。

 それは戦闘機が離発着する基地に居るようなもので、離着陸の轟音は凄まじくうるさくともその気になれば無視できる、というのに似ている。

 

 それよりも俺は、先ほど左手で窓の内側の液体を拭ったときに視野の端に映った物に気を取られていた。

 それは角を丸くした一辺1mほどの白い立方体で、上の面に色々な突起が付いていた。

 その白い立方体は俺から見て右手の方から、俺の入っている医療用カプセルと、向かい側に並ぶカプセル群との間の通路と思われる空間をゆっくちこちらに近づいて来た。

 その程度の動きなら、液体で滲む透明窓の向こう側の動きでも確認できる。

 医療用ロボットだろうか。

 もう一度左手で、垂れてきて視界を滲ませる高粘度の液体を拭き取り、そして俺は決定的な物を見つけた。

 白い立方体の下部からは、先端に指のような突起が付いた二本のマニピュレータが生えており、そしてその下には何も無かった。

 何もない。つまりその、立方体の上下に色々取り付けただけのような雑な形状の不格好なロボットは、音も立てず静かに宙に浮いていた(・・・・・・・)

 

 そんなSF映画に登場するような、宙に浮いて移動する医療用ロボットなどあるわけが無い。

 そしてその立方体の艶やかな白い色と共に、ロボットが静かに宙に浮く様は、あるものを連想させる。

 ファラゾア機械。

 

 ここは、ファラゾアの施設だ。

 

 俺は、右足を力任せに蹴り上げて、未だ下半身を覆っている透明なカバーを蹴り破った。

 中に溜まっていた粘度の高い液体が白い床の上にぶちまけられる。

 右手で上半身側の透明なカバーを殴りつけ叩き割る。

 立方体ロボットがこちらに伸ばしてきたマニピュレータを両手で掴み、力任せに引き寄せた。

 その反動で身体がカプセルの外に出る。

 身体中あちこちに突き刺してあった管が抜け千切れる痛みを感じるが無視する。

 カプセルから飛び出したは良いが、足元がふらつき、さらに粘性の高い液体で濡れた床で滑って盛大に転倒する。

 言う事をきかない脚と、石鹸水でもぶちまけたかというほどに滑る床と格闘し、何とか四つん這いの姿勢になった。

 身体中のあちこちから流れる血で、まるで前衛アートのように白い床が赤く塗り付けられる。

 視線を上げると、マニピュレータをこちらに突き出した立方体ロボットが眼の前に居た。

 再びマニピュレータを掴み、力任せに振り回す。

 滑る床と力の入らない脚で踏ん張ることが全く出来ないが、体重を乗せて腕の力だけで強引にロボットを振り回し、つい先ほどまで俺がいたカプセルの中に叩き付けた。

 

 あの固いファラゾア機械がこの程度の事で壊れるとは思っていなかったのだが、案外にその叩き付けられた立方体ロボットは白いカバーが割れて外れ、中身の機械を半ばむき出しにした状態で動作停止して足元の部分にずり落ちて止まった。

 俺達の常識に照らし合わせて考えても、頑丈に作られた戦闘用機械と、屋内でデリケートな作業を行うだけの医療用(?)機械とでは機械の根本的な強度に差があるのかも知れないと、納得した。

 

 俺は今や呼吸を阻害している、口の中にある固めの風船のような物を引きずり出して投げ捨てた。

 激しい運動で少し息が上がっているが、落ち着いて深呼吸すると部屋の中の空気が不快な生臭さを持っていることに気付いた。

 その生臭い匂いはどうやら、俺が床にぶちまけた、カプセルの中に充填されていた粘性の高い液体から立ち上っているようだった。

 少しだけ落ち着いて辺りを見回す。

 

 俺が今へたり込んで息を整えている場所は、俺が入って居たものと同じカプセルが一列二十個で二列向かい合い、両脇で四十個ほど並んだ列の間にある、幅4m程の通路のような所だった。

 カプセルは、俺が入っていた側の二十個が男、反対側の二十個が女であるようだった。

 しばらく座り込んで呼吸が整ったところで、滑る床の上で危なっかしく立ち上がる。

 足の動きも少しずつまともになってきている。

 このままここに座り込んでいても、あまり幸せな未来予想が出来るわけでは無かった。

 同じ殺されるならば、足掻けるだけ足掻いてやる。

 

 俺は壊れたカプセルに叩き付けられて動作停止している立方体ロボットに近付くと、こちらに向けて突き出された状態のマニピュレータを掴んで力任せに動かした。

 ロボットは、空中に浮いていた印象に反して結構な重量があるようだった。

 何度か無理矢理動かすと、破壊音がしてマニピュレータが根元からもげた。

 もう一方の腕も、同じようにしてもぎ取る。

 

 もぎ取ったロボットの腕を振りかぶり、俺はカプセル正面の透明な窓部分を片っ端から壊して回った。

 生臭く粘度があって滑りやすい液体が床に大量にぶちまけられる。

 できるだけ傷にならないよう突き刺さっている針や管を取り除いて、俺は運命共同体のお仲間達を一人ずつカプセルから引きずり出し、床に寝かせていった。

 逃げるなら、互いに協力し合うとしても、或いは互いに囮にして利用しあうにしても、仲間の数は多い方が良い。

 皆、麻酔薬のようなもので眠らされているならば、それを供給して居るであろう管を全て取り払いカプセルから出して寝かしておけば、そのうち気付くだろう。

 気付かないようであれば仕方が無い。一人で逃げ出すこととする。

 

 俺がロボットを叩き壊してから、部屋の中に居る全員を床に寝かせ終わるまで、感覚的に一時間以上は経っていたはずだ。

 俺が色々と破壊工作をしたことで、間違いなく何らかの警報が発せられているはずだ。

 しかし予想に反して、ファラゾア人の鎮圧部隊か或いは捕獲用ロボットがが部屋に躍り込んでくるようなことは無く、作業中たった一台だけ最初のものと同じ立方体ロボットが、部屋の壁に突然開いた開口部から現れたのみだった。

 

 作業を邪魔された俺は、手に持ったマニピュレータをそのロボットに投げつけ、突然の攻撃に空中でよろめいたロボットに駆け寄ると、1台目と同じようにして壁に叩き付けて破壊した。

 一台目同様にそのロボットは壊れて動かなくなり、また驚いたことにロボットを叩き付けられた壁にも大きくヒビが入って破損した。

 

 ファラゾアの施設が、何のためにここに四十人もの人間を保管して実験体の様にしているのか想像すら出来なかったが、鎮圧部隊が雪崩れ込んでこないことや、部屋の壁が簡単に破壊できることなどから、もしかするとこの部屋は囚われた俺たち地球人が反乱を起こす事などまるで考慮されていない作りになっているのかも知れないと思った。

 或いは、どうやっても絶対に逃げられない様なトラップや構造がこの部屋の外には存在するのか。

 だから無駄な労力を払うこと無く、暴れ回る俺をこの部屋の中に放置しているのか。

 

 いずれにしてもこの部屋の中に居続けることは出来ない。

 どうにかしてここから脱出する方法を見つけなければ。

 そう思って先ほど二台目のロボットが現れた壁の辺りを調べていると、床に並べたお仲間の誰かが意識を取り戻して声を上げるのが聞こえた。

 

「ここは・・・どこ?」

 

 振り返ると、部屋の反対側に近いところで一人の女が上半身を起こしてこちらを見ていた。

 

「気付いたか。」

 

「え? え!? キャーーー!!!」

 

 俺がその女に声をかけるのと、女が大音量で悲鳴を上げるのがほぼ同時だった。

 

 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 志ん生です。

 ・・・もとい、新章です。


 このストーリー、書こうかどうしようか散々悩みましたが、やはり書くことにしました。


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― 新着の感想 ―
[一言] やっぱり最終的には捕まったか スカイラインみたいに敵フリッカーに乗せられた後に事故で自意識戻る流れも在りうるのかなとは思ってたけどさすがにそれはないか
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