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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第六章 大中华帝国的衰落
159/405

34. 高島重工業A6T11「雷火」

 

■ 6.34.1

 

 

 09 June 2045, Oura Test Airport, Oura, Oura, Gunma Pref., Japan

 A.D.2045年06月09日、日本、群馬県邑楽郡邑楽町、邑楽試験飛行場

 

 

 まばらに雲が浮いている空から初夏の日差しが降り注ぎ、白い滑走路からゆらゆらと陽炎を昇らせている。

 遠くに見える山並みは緑に包まれており、今から行われようとしているイベントとその長閑な風景の間にある差に逆井は僅かながらに違和感を覚える。

 

 管制塔前のエプロンには数十もの折りたたみ椅子が並べられており、そのほとんどがすでに埋まっている。

 座っているのは招待客達、政府機関のお偉方や軍の高官達であり、イベントを主催する側の者はその隣に設けられたスペースで待機している。

 

 エプロンの反対側には全体が明灰色に塗られ、翼端などの機体の一部が赤く塗り分けられた試験機がすでに待機していた。

 高島重工業製A6T11「雷火」戦闘機。

 日本空軍と海軍にすでに採用が決定されており、F13という番号が与えられることもまた決定している。

 メーカーである高島重工業の本社工場近くにあるこの邑楽試験飛行場で、試作11号機、即ち量産ラインに乗る機体と同じ仕様の最終型試作機の発表会が行われるのだ。

 社外アドバイザーとしてその開発に深く関わった逆井は、半ばスタッフ、半ば招待客として今日のこの発表会に参加していた。

 

「皆様、大変長らくお待たせいたしました。ただいまより弊社が開発致しました重力推進器搭載新型戦闘機F13『雷火』の発表会並びに公開試験飛行を開始致します。」

 

 来賓席斜め前に置かれたステージに、高島重工業の社長が登壇して挨拶を始めた。

 同時にエプロンの端に駐機されていた紅白の機体が発するエンジン音が高くなり、機体はゆっくりと来賓席正面のスペースに向けて前進し始めた。

 その機体は、最近の戦闘機に流行となっている前進翼と、四枚の尾翼を持っていた。

 前型機である蒼雷よりも少し厚みのある機体は、その厚みによりどちらかというと力強さを周囲に印象づける。

 

 主動力は従来よりもさらに改良が進み、コンパクト化した上に出力も向上した航空機用熱核融合炉。

 反応炉(リアクタ)から出力される豊富な電力を使用して、二基の大口径モータージェットを駆動させる。

 従来の機体と同じようにこのモータージェットは大出力を得られるフュエルジェットモードを備えてはいるが、燃料として従来と同じ軽油混合物を利用するのでは無く、高島重工製の戦闘機としては新たに今回初めて採用された熱可塑性ポリマー燃料棒(TPFR: ThermoPlastic Fuel Rod)を使用する事を特徴としている。

 

 政府や軍の高官達来賓に向けた社長のひと通りの挨拶が終わる頃、紅白の機体は来賓席の正面に到達した。

 モータージェットの回転数が落ち、甲高いタービン音がほとんど気にならない程度にまで小さくなった。

 

「『雷火』は、先ほど申し上げました通り、標準の装備と致しまして重力推進器を備えております。重力推進器を用いることにより、滑走距離の大幅な短縮、或いは垂直離着陸を可能としております。垂直離着陸を行う際には、従来のジェット噴射式のSVTOL機に比べて非常に安定した状態での離着陸を行うことが出来、そのため垂直離着陸に必要な時間も大幅に短縮されます。重力推進器は搭載した反応炉からの電力のみで作動するため、垂直離着陸を行ったからと云って、燃料の欠乏により飛行時間が制限されたり、航続距離が大幅に短くなったりという問題も発生致しません。」

 

 社長が一瞬言葉を切った。

 多分それが合図であったのだろう、機体の正面に立つ誘導員が、赤い誘導灯を持った両手を一旦大きく両脇に広げ、誘導灯を上向きに立てたかと思うと、そのまま両手を上に伸ばした。

 何も起こらず、静かだった。

 しかし会場に臨席する賓客達のうち、目敏い者達の口から感嘆の声が上がる。

 

 試験機色に塗装された雷火は、音を立てること無くゆっくりと地面から浮き上がった。

 甲高いジェットエンジン音も、轟々と鳴る気流音も、或いはやかましい機械音も、そのような音を一切立てること無く、まるで音声を消したSF動画を見ているかのように、静かにゆっくりと高度を上げて、観客達の正面10mほどの高さで静止した。

 上昇する機体に目を向けていた社長が、視線を賓客達の方に戻して再び話し始める。

 

「推進器は従来と同じ様にジェットエンジンを二基備えております。前モデルであります蒼雷と同様に、リアクタからの電力のみで動作する低出力のモータージェットモード、燃料を燃焼させて高い推力を得るフュエルジェットモード、一時的に爆発的な大出力を得ることが出来るリヒートモードの三種の運転モードを備えております。」

 

 空中に浮かぶ雷火が発するタービン音が高まるにつれ、機体がゆっくりと前に進み始めた。

 雷火はそのまま徐々に増速しながら高度を上げ、高度50mで滑走路の端に到達した。

 大きく機体を傾けて旋回し、滑走路の向こう側を反対方向に向けて飛ぶ。

 再び旋回して観客席の前を通過する頃には高度100mに達していた機体が、フュエルジェットに点火して爆音と共に加速しながら滑走路上をフライパスした。

 再び大きく旋回しながら滑走路の遙か向こうを元に戻り、高度を500mほどに上げて再度フライパスしつつ、今度は観客席の前でリヒートに点火して爆音と共に急激に加速し、南の空に向けて小さくなった。

 轟々と轟くエンジン音が、初夏の空に木霊する。

 

 高島重工の社長が轟音に負けないよう声を張り上げてまだ何かを喋っていたが、自分が開発に携わった戦闘機が青い空を舞う姿の美しさに見蕩れてしまっている逆井の耳にはもう何も聞こえていない。

 

 観客達の視野から消えるほどにまで距離を取った雷火は、針路を反転し、今度は南側から高度50m、速度800km/hで滑走路上に進入した。

 風を切り、滑走路に沿って空中を突き進む雷火が観客席の前で機首上げに移ったかと思うと、リヒート点火の爆音と共にその機体は眼で追うことさえも難しいほどの加速を行いながら上昇し、上昇しながらも一瞬で音速を超えた超音速衝撃波音を辺りにまき散らして、10000m上空の青い空に浮かぶ小さな白い点へと変わった。

 

「重力推進とS-Jet(Solid Jet)のリヒートを併用することで、従来では絶対に達成し得なかった20G以上の加速での急上昇も可能です。しかも加速の大半を重力推進によって行うならば、パイロットにかかる負担は僅か数G、今皆さんがご覧になったあれだけの加速を行いながらも旅客機の離陸加速よりも少し強い程度の負担しかパイロットに与えません。」

 

 得意気な色を僅かに滲ませながら、高島重工業社長の解説が、一瞬で眼前から消え失せた雷火が残す轟音の余韻の中に響き渡る。

 賓客達は感嘆の声を上げながら、上空に消えた雷火の姿を探している。

 逆井はそんな社長の説明をまるで気にせず、10000mを超えた上空で飛行機とは思えない急旋回で水平飛行に移った小さな白い点を眼で追い続けた。

 

「上手く行ったな。大成功だ。おめでとう、逆井さん。」

 

 突然横から声をかけられて、逆井は見上げていた視線を戻して声の主を見た。

 開発責任者の大下が笑みを浮かべて右手を差し出していた。

 デモフライトが始まる前に、賓客席脇のスタッフエリアにその姿を認めていた大下だったが、いつの間にか逆井の隣にやってきていた様だった。

 

「大下さん。私は基礎理論を研究しただけだよ。形にしたのは皆さんだ。私の方こそ、皆さんにおめでとうと言わなければ。」

 

 そう言いつつも、少しはにかみながら逆井は大下の右手を握った。

 

「いや、貴方がいなければ、あの機体が飛ぶことは無かった。そもそも、重力推進器(Gravity Propulsion Unit)の心臓部である重力発生器(Gravity Generator)は貴方のチームが開発したものだ。重力発生器が無ければ、あの機体は設計さえされなかっただろう。あの機体の一番最初の種を蒔いたのは、間違いなく貴方だよ、逆井さん。」

 

 大下が言っていることは間違いなく事実であった。

 通勤途上の朝のコンビニ前で、身元不明の怪しげな風采の若者からメモリカードを手渡されてから六年が経っていた。

 たったの六年で人類は、人工重力について全く何も知識を持たなかったところから、重力推進を搭載した戦闘機を飛ばすところまで進歩したのだ。

 その進歩の功績のほとんどは、逆井のものであると世界中が知っていた。

 しかし逆井と、研究チームメンバーのうち最古参の数人だけは真実を知っている。

 

 あれはまさに天から降ってきた幸運ではあったが、その余りの幸運というよりも正しくは、正鵠のど真ん中を撃ち抜いた様なあり得ない情報のリークに、喜びはしたが流石に恐ろしくなった逆井は、仕事の関係上繋がりの出来た防衛省の情報局にだけ話を打ち明けていた。

 事態を重く見た情報局は、逆井の記憶の限りで該当しそうな若者を日本中捜し回ったようだったが、結局あの日コンビニ前で僅か一分程度の会話をしただけの件の若者が何者であるか、その道のプロフェッショナルの手をもってしても杳として知ることが出来なかった。

 そして日本軍にしてみれば、出所が怪しいことに少々不安は残るものの、地球外から突然襲いかかってきた仇敵に対抗することの出来る重力制御技術が手に入るのであれば、その開発者とされる者が逆井であろうと誰であろうとそのようなことに興味は無く、例のメモリカードに関する情報を一切外部に漏らすことが無かったため、地球人類の歴史の中に人工重力の開発者として逆井の名前がそのまま刻まれることとなったのだった。

 

 逆井は、今では軍の超重要機密を保管する為の保管庫に仕舞われている小さな黒いメモリカードを思い出し、少しだけ曖昧な笑顔を浮かべながら再び空を見上げた。

 雷火は地球製の戦闘機ではあり得ない機動を繰り返し、地上から見上げる観客達に感嘆の声を上げさせ続けている。

 

「貴方が生み出したもう一つの成果が、来年早々ヨーロッパで発表される。」

 

 逆井の隣で大下も空を見上げながら言った。

 

「MONECのMockingBirdモノマネドリだね。」

 

 国立重力研から僅か60kmしか離れていないという有利な立地の元、重力推進機を生み出した高島重工業とは別に、ヨーロッパではMONEC社が同様に重力推進を備えた戦闘機の開発に成功していた。

 現在は試作を進めて最終的な仕様の決定と、量産技術の開発に入った段階であると逆井は聞いていた。

 理論的には殆ど出来上がっていた重力推進器の制御技術の開発に頓挫した彼らの設計チームに、アドバイスを与えるために遙々北極海を越えた記憶も新しい。

 

「そうだ。スホーイも推進器開発の最終段階に入ったと聞いている。ボーイングからは、我々のところに重力推進器技術の提供要請が来ている。世界中の空で戦っている戦闘機が全て重力推進を持ったものに置き換わるのはすぐだろう。奴等が持つ機動力というアドバンテージを大きく縮めることが出来るだろう。」

 

 しばらく二人は無言のまま、上空を自由に飛び回る雷火を眺めていた。

 急加速し、急旋回。突然横方向に大きく平行移動したと思えば、急停止してそのまま滞空する。

 静止状態から再び急加速したと思えば、突然鋭角でターンする。

 その動きはまさに付けられた「雷火」の愛称そのままに、稲妻のように高空をジグザグに飛び回る。

 逆井はその雷火の動きを見て、昔から頻繁に目撃情報のある、空飛ぶ円盤(UFO)を撮ったものだという動画を思い出していた。

 UFOが地球外生命体の乗り物であったというならば、まさにその地球外からもたらされた技術を持って、今地球人類は同じように超高機動出来る戦闘機を造り上げたのだった。

 

「来月から、ブレーメンに行く。」

 

 大下が空を見上げながらぽつりと言った。

 彼が、高島重工業も参画する国際企業体であるMONECに出向になる話は逆井も耳にしていた。

 凄風、蒼雷、雷火と、短期間の内に次々と新技術を用いた戦闘機の開発を成功させた功績を認められ、MONEC側から是非にと要請されたと聞いていた。

 

「栄転だね。素晴らしいことだ。」

 

「・・・そうだな。今や世界の戦闘用航空宇宙機開発の中心地になりつつある。」

 

「遠くなってしまうが、また驚くようなものを作ってくれよ。期待しているよ。」

 

「当然だ。そしていつか必ず奴等を全部この太陽系から叩き出してやる。」

 

 大下は逆井の顔を見て笑い、きびすを返すと再びスタッフエリアに向けて歩み去って行った。

 

 逆井は再び空を見上げる。

 リヒート加速で白い飛行機雲を引いた雷火が、東から西の空に向けて信じられないような速度で上空を横切っていった。


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 どこかで聞いたような名前ですが。(笑)


 最初に考えていた名前は「雪花」でした。

 なんで簡単に思いつけたんだろうと記憶をたぐると、そう言えば昔、対空対地対艦全てにおいて圧倒的トンデモ性能の同名の戦闘機を菊の御紋を付けた原子力空母に搭載して、アメリカ大陸と、ナチスドイツに完全占領されたヨーロッパを蹂躙したことがあったなあ、と思い出し、泣く泣く諦めました。

 

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