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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第六章 大中华帝国的衰落
158/405

33. システムエラー


■ 6.33.1

 

 

 目標であるヒドラは、三十機ほどのクイッカーに囲まれて高度7500mほどの空中に浮かんでいた。

 達也の機体がまるで大地を蹴り飛ばしたかのように急激な上昇に転じ、ヒドラとその取り巻きをガンサイトに収める頃には、ヒドラの取り巻き達は明らかに達也の機体に気付き、雲を突き抜け上昇してくる達也の機体にその砲口を向けていた。

 

 胴体に長さのあるクイッカーは、正面から見れば点に見え、長く見えるときは横を向いている。

 目標としているヒドラの周りを囲むクイッカーの殆どが、達也には点に見えている。

 一瞬の迷い無く、達也は操縦桿を引き機体を敵の射線から外す。

 雲を抜けた後のその一瞬で自動照準システムはガンレティクルをクイッカーのひとつに合わせていた。

 操縦桿を引きつつトリガーを握ったが、当たったかどうかすら怪しい。

 達也が旋回した先には運良く雲の盛り上がりがあり、その中に突入した達也の機体は遮蔽体の陰に隠れた状態となった。

 

 接近に気付かれていた。

 当然か、と冷めた思考で達也は納得する。

 前線を突破してファラゾア勢力圏側に深く侵入しようとした三機の戦闘機。

 そしてそれを迎え撃った、待ち伏せのヘッジホッグと、ヘッジホッグが撃った大量のミサイルが起こした大爆発。

 気付かれない訳は無かった。

 

 いつもの様に、他に気を取られているファラゾア機を横から襲うのと、最初からこちらに注目しているファラゾア機の集団に正面から殴り込みを掛けるのでは、難易度は雲泥の差となる。

 幾らファラゾア機の反応速度が遅いとは言え、10kmもの距離を近付くのに必要な十秒以上の間、三十機もいる敵の迎撃を正面から躱し続ける事など不可能だ。

 

 ヒドラを墜としたければ、損害を無視して中央のヒドラのみを狙うか、或いは取り巻きの三十機を少しずつ削ってヒドラを裸にしてから墜とすしかない。

 10kmも離れた所からヒドラを狙うとしても、機体振動の影響で発生するレーザー砲のブレを考慮すると、一撃で目標を撃破して離脱というわけにはいかないだろう。

 ヒドラを撃破するのが先か、三十機から集中砲火を受けてこちらが撃破されるのが先か。かなり分の悪い賭けになる。

 ヒドラを丸裸にしようとすれば、時間がかかる。その間に敵が増援を呼ぶ可能性も高い。

 しかし、こちらが撃破される可能性は相当下がる。

 たかが一度の戦闘のたかがヒドラ一機に、自分の命をくれてやるのは、余りバランスの良い対価の支払いとは思えなかった。

 

 雲の中を飛びながら腹を括ると、真っ白い視野の中そちらに顔を向ければHMDに投映されるヒドラとその取り巻きの紫色のマーカーを睨みつつ、達也は操縦桿を引いた。

 ヒドラまでの距離は少し増えて12km。

 さらに旋回してヒドラを囲むクイッカーの一機に狙いを付け、そのクイッカーが正面になるように機体の向きを変える。

 自動照準システムがレーザー砲の照準を移動させ、目標のクイッカーに合わせた。

 雲の中に隠れており光学シーカーが目標を認識できないので、当然「OBJ BTW TGT(目標との間に障害物あり)」とシステムが文句を言う。

 それには構わず達也は直進し、一瞬の後雲を抜けてヒドラとその取り巻きの集団の姿が正面に現れる。

 達也はトリガーを引いた。

 一瞬のタイムラグがあり、照準が合っているクイッカーが火を噴く。

 命中を確認してターゲットセレクタを1クリック回し、次の目標に照準を合わせる。

 一応トリガーを引くが、撃墜を確認すること無く操縦桿を倒して旋回降下し、再び雲の中に逃げ込む。

 これ以上敵に向かって直進しては拙い気がしたのだ。

 再び雲の中で旋回して、クイッカーの集団の一機に照準を合わせる。

 

 敵がこちらの存在に完全に気付いており、三十機の集団全てで迎撃しようと待ち構えている状態では、一・二機撃墜してはすぐに身を隠すというやり方でちまちまと敵の数を削るしか無い。

 敵の集団の中にヒドラが居る関係上、撃墜されないまでも被弾してしまえば、そこから電磁シールドが破れてヒドラの電子攻撃の侵入を許してしまうことになりかねない。

 今ヒドラにこれだけ近いところに居ては、たとえ電磁シールドが破れたからと言って慌てて逃げ出したとしても、200km近くあるヒドラの攻撃域の外に出るよりも先にシステムを破壊されてしまうだろう。

 

 雲を抜けてすぐにレーザーを撃つ。

 目標との距離11.5km。

 レーザー砲の砲身はエンジンからの振動を拾ってしまい、どうしても僅かにブレる。

 もちろんレーザー砲本体と機体との間に震動吸収ダンパー機構を備えているが、全ての震動を完璧に吸収できるわけでは無い。

 例えば僅か0.01度のブレが、10km先では2m近いズレとなる。

 即ち、10km先の目標近くでは直径2mの円の中を高速で震動する直径180mmのレーザーが目標に当たる確率をもって命中が発生するということだ。

 敵との距離が倍の20kmになれば誤差は直径4m、命中する確率は1/4となり、30kmであれば誤差直径6m、命中確率はさらに下がって10kmの時の1/9となる。

 これが人類側の戦闘機が原理的にはファラゾアと同じレーザー砲を用いつつも、ファラゾア機と同じように200kmにも達する遠距離狙撃が出来ない最大の理由である。

 

 一度に僅か一機か多くても二機しか落とせない波状攻撃を達也は繰り返す。

 ヒドラにこだわらず、目標を他のクイッカーに変更すればもっと楽に多数の敵を落とす事が出来るだろう。

 だが達也はヒドラにこだわった。

 たまにしか姿を現さない「レア敵」にこだわるゲーマー的な感覚が半分。

 残る半分は、達也自身にも正体がよく分からない暗く静かな怒りによって。

 

 三度目の攻撃で敵レーザーが右翼先端を掠め、航行標識灯と光学測距用シーカーのひとつを蒸発させた。

 電磁シールド維持のため、機体内の主要モジュール/デバイス間の接続は光ケーブルとなっており、センサーデバイスを一つ削られたからと云ってすぐにシールドが破られるわけでは無い。

 

 しかし五度目の攻撃で運悪く敵のレーザーが機体尾部のエアブレーキ駆動部分近くを掠めた。

 外装板の一部が熔けて蒸発し、右舷尾部エアブレーキ制御モジュールと、基幹通信ケーブルから分岐し、右エンジン推力偏向パドル制御モジュールへと繋がる分岐通信ケーブルのすぐ近くに大きな破壊孔を作ってしまった。

 通信ケーブル自体は光回線であるが、光信号は各モジュール/デバイス近傍で受光素子を通してコンバータで電気信号へと変換される。

 このとき達也の機体に生じた破壊孔は、右舷尾部エアブレーキ制御モジュールへと繋がるコンバータの近くであり、また右エンジン推力偏向バドル制御機構への信号を変換するコンバータまでの間に、電磁シールドゲートの無い場所であった。

 

 五度目の攻撃を行い、集中砲火を受ける前に達也は機体を急旋回させ、再び低層の雲の中に逃げ込んだ。

 六度目の攻撃を行おうと敵の位置を確認するため視線を巡らしたとき、コンソールの右端で点滅(フラッシュ)する黄色いサインに気付いた。

 電磁シールドの状態を示す「EM SHIELD」(ElectroMagnetic SHIELD)の表示が黄色く変わり、危険な状態であることを知らせるために点滅しているのだった。

 

 達也はHMDバイザーの下で眉を顰めた。

 突っ込むか。逃げるか。

 この場所に居続ければその内システムを破壊され、撃墜される。

 だがそれは、今すぐではない。

 要は、こちらが墜とされる前に敵を墜とせば良いのだ。

 一瞬で決断すると、達也は操縦桿を引いた。

 

 クイッカーが軸線に乗る。

 そのまま上昇。

 雲を抜け、一瞬で視界がクリアになる。

 前方に紫のマーカーと重なるようにして、濃紺の空に浮かぶ銀色の点。

 その銀色の点と紫のマーカーの重なりに、さらにガンレティクルが重なっていることを一瞬で確認し、トリガーを引く。

 ターゲットセレクタを回し、隣のクイッカーに照準を移す。

 同時にトリガーを引く。

 撃墜確認もしないまま操縦桿を倒し、急旋回して離脱する。

 旋回中、眼の前でフラッシュを焚かれたような眩い光りが突然発生し、視界を奪われる。

 強烈な光りに幻惑され、視覚がなかなか戻らない。

 直前に覚えていた雲の位置に向けて突っ込み、何とか見えるHMD表示で高度と位置を調整した。

 

 一体何が起こったのかは、すぐに判った。

 雲の密度が薄いところで、コクピットすぐ前の機首部分に大きな破壊孔が空いているのが、やっと視野を取り戻した眼に映った。

 高温で変質したのか、或いは蒸発した金属蒸気が固着したのか、キャノピの前半部分が僅かに白濁している。

 危なかった。あと1m後ろだったら、コクピットを撃ち抜かれていた。

 コンソールのEMシールドインジケータはまだ黄色のままだ。

 操縦席周辺には大量のアビオニクスが搭載されている。

 その周辺のシールドも破られていないようだった。

 どうやら本当に運が良かったらしい。

 しかしコンソール中央にはコマンド表示ウィンドウが開き、幾つもの黄色い文字の連なりが表示されている。

 エアブレーキコントロールモジュールにエラー。

 右エンジン推力偏向パドルコントロールシステムエラー。

 右エンジンリヒートコントローラエラー。

 後方警戒レーダーエラー。

 後部上方警戒光学シーカーエラー。

 機体のシステムが侵食され始めている。

 

 とは言え、システムがやられ始めるのは承知の上で、そしてあわや命を落とすところだった至近弾にびびってなどいられない。

 達也は再び操縦桿を倒し、ヒドラとその取り巻きの集団に軸線を合わせるために旋回する。

 GDDの反応はまだそのまま残っている。

 高度7500mで静止するかのようにほとんど動いていないヒドラと、その取り巻きのクイッカー。

 クイッカーの残りは二十二機。

 もう数回の波状攻撃でヒドラを狙えるだけ削れるだろう。

 

 操縦桿を力強く引き、機首を上げて急上昇に移る。

 一瞬で雲を抜け、視界が晴れる。

 少し白濁したキャノピーの向こうにファラゾア機の姿がかすむ。

 GDDは敵位置を捉え続けている。問題無い。

 トリガーを引き、クイッカーを墜とす。

 ターゲットセレクタを回し、隣のクイッカーにレティクルを移す。

 

 その時、攻撃していもしないのに取り巻きのクイッカーが次々と減っていっていることに気付いた。

 残り十五。

 二人が戻ってきたか。

 いける。

 達也はターゲットセレクタダイヤルを押し込み、照準(ターゲティング)モードを中央固定に変更した。

 自動照準システムがキャンセルされ、レーザー砲の砲身が固定されて敵を追尾しなくなる。

 正面中央に表示されたガンレティクルを、敵機の集団中央にいるヒドラに合わせる。

 その状態で再びダイヤルを押し込み、自動照準をONにした。

 システムはガンサイト中央に一番近い敵、即ちヒドラをロックオンし、レーザー砲の砲身が再び敵を追って動き始める。

 トリガーを引く。

 コンソール左上に表示されたレーザー砲身加熱警告表示の目盛が一気に増えていく。

 それでも達也はトリガーを引き続ける。

 ドーナツ状の円で表示される加熱警告表示の着色部分が八時を過ぎて黄色に変わり、十時を過ぎて赤に変わり、そして一周して過熱防止機構が達也がトリガーを引き入力し続けるレーザー砲発射の信号に強制的に割り込んで、レーザーの照射を止める。

 加熱警告表示が急激に元に戻る。

 その間一秒。

 達也は再びトリガーを引き、ヒドラにレーザー砲を叩き込む。

 やっと反応したヒドラが逃げだそうと急上昇したが、時すでに遅く、一瞬上昇したかのように見えたその八つの突起が飛び出した白銀の機体は、爆発し煙を噴きながら緩い放物線を描いて落下していった。

 同時に、達也は再び左側に目も眩むような強烈な白色光を感じる。

 反射的に左ラダーを蹴り込みつつ、操縦桿を倒す。

 爆発音が聞こえ強い震動が機体を伝わってきて身体を揺さぶる。

 誰かが自分の名前を呼んだ気がした。

 警告音が激しく鳴り始め、コンソールには赤色の警告表示が幾つも点滅し始めるのが、先ほどの光の残像で半ば視力を奪われている達也の眼に映る。

 流石に恐れを感じたか、背中に寒気が走る。

 操縦桿を引く。

 内臓を押さえつけるようなGが腹にくる。

 大丈夫だ。機体はまだ動いている。

 感覚だけで機体を反転させ、降下し、雲の中に逃げ込む。

 視野を取り戻しつつある眼に映るピッチラダーを確認し、機体を水平に戻し、雲の中で水平に旋回して針路を方位12に取った。

 

 ヒドラはどうにか撃墜したが、この機体はもう戦いに耐えられないだろう。

 雲の中で一時的な安全を確保し、達也は荒い息づかいの中大きく息をつくと、改めて周りを見回し始める。

 コンソールのコマンド表示ウィンドウは、読むのも嫌になるほどの量の黄色と赤色の警告表示で埋め尽くされている。

 妙に寒いと思えば、自分の左肩のすぐ脇から後方に向けて、キャノピーがレーザーに打ち抜かれて熔けて消失していた。

 左エンジンが不調であるとの警告がコンソール上で大きく赤く点滅し、同時に耳元で盛大に警告音が鳴り続けている。

 どうやら機体の胴体左上面に一発もらったらしい事に達也は気付いた。

 それが先ほどの鋭い白色光の正体だろうと思った。

 入射角度が浅かったのか、機体が爆散しなかったのはただの幸運な偶然だったのだろうと、達也はまた一つ息をつく。

 操縦桿を動かし、ラダーを踏みつける。機体がそれに反応する。

 大丈夫だ。まだ動く。

 しかし相当派手にやられたようだ。

 HMDの表示があちこちおかしい。

 現在高度は-2570m。対気速度4687km/h。

 

 ゆっくりと高度を下げる。

 雲の中、山に激突する恐怖もあったが、雲の上に出て敵の攻撃に曝されるのはもっと拙い。

 幸い雲の下には地表まで数百mの空間があり、なだらかな緑の山並みが見えた。

 速度計と高度計が完全にイカレているのは分かったが、かろうじてHMDに表示されている方位は正しいのだろうか、と達也は不安を感じる。

 敵から逃げているつもりが実はノーラ降下地点に向けて真っ直ぐ突っ込んで行っているなんてことは無いだろうか。

 どうにかして方位を確認しなければ、と思い周りを見回していると、雲の中から黒い機体がひらりと舞い降りてきて達也の機体の両脇に並んだ。

 カチェーシャと優香里だった。

 

「よう。お前ら無事だったか。システムがあちこちイカレている。済まんが基地に誘導してくれ。」

 

 しかし二人からの返答は無い。

 どうやら、通信系のシステムもやられたようだった。

 熔けて白濁した左キャノピーの側に並ぶカチェーシャとの意思疎通は諦め、右側に並んだ優香里にキャノピー越しのハンドサインで現在の状態を伝えた。

 大きく頷いた優香里はこれもハンドサインで付いて来いと達也に云うと、雲の下ゆっくりと右に旋回していった。

 達也の機体が薄く煙を引きながらそれを追いかけ、その後ろをカチェーシャが続く。

 

 ノーラ降下点から発生し、国連軍を始めロシア軍や日本軍などの連合極東防衛部隊に堰き止められていたファラゾアのロストホライズン部隊残機約九千機がとうとう大きく転進し、南の中国領に向けて雪崩れ込んでいったというニュースを達也が聞いたのは、ハバロフスク航空基地に着陸した後に自分の機体から降りて、余りの損害の大きさと、それだけ機体を破壊されながらもどうにか基地に辿り着けた自分の幸運に呆れながら機体を見上げているところを、後ろから駆け寄ってきた優香里から跳び蹴りをもらった後に、苦笑いしながら近付いてきた整備兵からだった。

 

 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 達也君には有名なこの言葉を贈りましょう。

 「まだいける、は、もう危ない」

 

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