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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第六章 大中华帝国的衰落
155/405

30. 空中給油


■ 6.30.1

 

 

「デーテルA2、こちらベルクート04。ハバロフスク南方に日本空軍の空中給油機(タンカー)が居る。そっちに回れ。UN(国連軍)ブルーサンダー(蒼雷)なら大丈夫だろう。」

 

 達也達が戦線を離れ、ハバロフスクまであと100kmほどの位置にまで到達したとき、ロシア航空宇宙軍のAWACSであるベルクートからの指示が入った。

 

「ベルクート04、こちらデーテルA2。K(ハバロフ)H(スク・アエ)V(ロポルト)じゃ駄目なのか? 出来れば軽整備もしたいんだが。」

 

 被弾による大きな損害は無いが、敵のレーザーがごく一瞬掠めた事による小さな破砕孔や、戦闘空域を落下する様々な小さな破片が衝突して出来る小規模な損傷は無数に存在する。

 そもそもジェットエンジンの回転数を激しく頻繁に変えるような酷使の仕方をし、超音速から失速寸前の状態まで常に極限に近いような飛び方を繰り返して機体に無理をさせ、機体全体に相当な負担を強いる飛び方をした自覚がある。

 出来ることなら一度地上に降りて、簡単にでも機体全体のチェックを行いたいところだった。

 

「みんな考えることは同じだ。KHVは店の前に客の行列が出来て大渋滞だ。現在最後尾は四十分待ちだ。それでも並ぶか?」

 

「なんだそりゃ。何だってそんな事になってるんだ。ローテーションが回らないぞ。」

 

「KHVのローテーションはまだ何とか回ってるな。店の前に行列を作って待つのは古き悪しきロシアの伝統だ。体験したいか?」

 

「やめておくよ。目立った大きな損傷は無い。まだ飛べるだろう。日本軍のタンカーの方に回してくれ。」

 

「そう言ってくれるとありがたい。気持ちは分かるが、大きな損傷がある奴以外は空中給油で済ましてくれると助かる。タンカーは日本空軍のコビー04。KHVから方位18、距離08位で周回している。今はちょうど日本海軍の航空隊が給油中だが、それほど待たされないはずだ。」

 

「KHVから方位18、距離08。諒解。」

 

 達也はベルクート04からの回航要請を受諾すると、KHVへのアプローチコースに向けて進んでいた針路を東寄りに変更した。

 達也達3345A2小隊は、KHVへの着陸待ちで混雑するハバロフスク上空を避け、かなり東に寄ったコースでベルクートから指示された地点を目指した。

 

「コビー04、こちらUN3345TFSA2小隊の蒼雷三機。ベルクート04にお勧めされて回ってきた。炊き出しの列はここで合ってるか?」

 

「UN3345、こちらコビー04。ここで合ってるが、今ウチの海軍が食事中だ。少し待ってくれ。十五分ほどで済む。」

 

「諒解。そちらを視認した。メシ待ちの列に加わる。」

 

 達也は前方20km、高度5000mあたりに大型機のシルエットと、それに連なる十機ほどの戦闘機の集団を確認し、カチェーシャと優香里を率いてその集団に追従するコースを取った。

 

 日本軍の空中給油機KC46Aは高度5500mを維持して、ハバロフスク南方にあるウスリー川の支流であるホル川に沿って周回していた。

 空中給油機の右舷に給油の終わった機体、左舷後方に給油待ちの機体が並んでおり、現在給油中の機体を入れてあと三機ほどで日本海軍機の給油は終了する様だった。

 日本海軍機は全て濃青色に塗装された蒼雷だった。

 達也は給油機左舷後方の給油待ちの列のさらに後ろに自分達の編隊を付けた。

 

「デーテルA2、こちらJN312TFS、マーレ01のワカバヤシ中佐だ。お先に失礼している。前線は何か変わったことがあるか?」

 

 達也達が日本海軍機の後ろに落ち着くと、飛行隊長から達也に通信が入った。

 相手は、達也が何者か知っている様な口調だった。

 対して、日本海軍312飛行隊、マーレと言えば、達也達が所属するハバロフスク航空基地と同じくハバロフスク市街地に存在するツェントラリニ・アエロドロムに駐留する部隊であることは達也も知っていた。

 平時ではないので国連軍と各国軍の基地間の交流イベントの様なものが行われる訳では無いが、お隣同士互いの事はそれなりに知っている。

 そしてまた、百機ほどの日本空軍、海軍航空隊の混成部隊が駐留するツェントラリニ・アエロドロムであるが、ファラゾアが来襲した当日からこっち十年間、彼等が極東の戦線維持の重要な一翼を担う部隊である事は有名だった。

 

「一進一退・・・いや、ジリ貧で押されていると言った方が正しいか。艦砲射撃の煙も薄くなってきた。反応弾の爆発跡地で止まってくれているのが唯一の救いか。」

 

「俺達が抜けた時と変わらんか、或いは少し悪くなっているか。急いで戻らんとな。」

 

「その方が良いだろう。俺達も給油が終わったらすぐ戻る。昔に較べて、弾薬の補充が要らないのは楽で良いな。」

 

「その分、地上に降りて一息付く事さえ許して貰えないがな。」

 

「違いない。」

 

 達也と若林はレシーバを通じて笑い合った。

 

 給油中の日本海軍機が給油機の後ろに後退し、右に軽くロールして給油機の脇を追い抜いて、給油済みの集団の最後尾に付いた。

 給油機の左後方で待機していた二機のうち一機が給油機の後方で軸線を合わせてゆっくりと前に出る。

 コクピット右後ろに設置された給油口が開き、給油機側の操作でブームが伸びて給油口に刺さった。

 数分で給油が終わり、また一機、蒼雷が給油済みの集団に合流する。

 日本海軍機の最後の一機が給油を開始した。

 

 ファラゾア来襲前、平時では指示確認や安全確認など数多くの様々なルールや手順があり、アプローチから何から全て含めると、一機給油するために五分近い時間がかかっていた。

 ファラゾアとの熾烈な戦いの中、手順も安全確認も全て本当に必要な最低限のものだけとなり、また核融合炉(リアクタ)を搭載した戦闘機はジェット燃料タンクの容量が昔よりも小さいため、一機当たりものの二~三分で給油が終わる様になった。

 その差は僅かだが、一飛行隊十五機の空中給油を考えた場合、一機当たり二分の差は十五倍の三十分という差になって表れる。

 これは大きい。

 

 日本海軍312TFSの最後の機体が給油を終えて、タンカーの右前方に集合する編隊に合流した。

 

「デーテルA2、お待たせした。お先に失礼する。有名人と話が出来て光栄だった。そうだ、今度君のところの部下を連れてウチの基地に遊びに来ると良い。歓迎する。日本の料理が食えるぞ。では、グッドラック、アムルスキー・シュトルマヴィク。」

 

 マーレ01がそう言うと、デルタ編隊が四つ集まってダイアモンドになった編隊が翼を右に返し、まるで全体で一つの生き物であるかの様に、綺麗に流れる様に北に向けて飛び去っていった。

 

「デーテルA2、お待たせした。順番にアプローチしてくれ。」

 

 日本海軍航空隊の美しい編隊機動に見蕩れていた達也に、給油機から声がかかる。

 

「諒解。デーテル04、アプローチに入る。」

 

 コンソールメニューから、「空中給油」モードを呼び出す。

 HMD表示に大きな十字が現れ、もう一つ別の青色の十字が給油機を中心に表示される。

 要は、青色の十字を緑の十字に合わせながら給油機の後ろ側から近付けば、ほぼ自動的に給油ブームが給油口に刺さる様になっている、という事だ。

 日本製の機体らしい、随分過保護で親切な設計だと思う。

 給油口がコクピット右側すぐ後ろで目視出来る場所にある蒼雷ならば、目視だけでブームを給油口に入れる事も可能だろう。

 その程度の事が出来ないパイロットは、前線には居ない。

 そもそも、ある程度ブームに近いところまで給油口を近づける事が出来れば、最後の微調整は給油機側のブーム操作員が上手く調整してくれるのだ。

 

 などと考えながら機体を前進させていると、既にブームはコクピットのすぐ前まで来ている。

 僅かな動作音がして、給油口が開いた。

 過保護に親切な「空中給油モード」なるモードを使う理由は、ブーム先端の接近を光学的に検知して、自動的に給油口を開いてくれる便利機能にある。

 そのままもう少し滑る様にゆっくりと機体を前に出すと、ブームが僅かに下がりながら先端を伸ばした。

 ゴトリ、という音がしてブームが給油口にはまり込んだ。

 

「ようし、流石だ。一発で決まったな。そのまま機体を維持しろ。」

 

 コビー04が機嫌の良さそうな声で言った。

 大量の燃料が機体内タンクに一気に流れ込んでいる振動が伝わる。

 二分もしないうちにまたゴトリという音が聞こえて、燃料が流れ込む振動が止んだ。

 もう一度、今度は振動を伴う音がして、給油ブームが縮み、給油口から離れる。

 

「デーテル04、料理のコースは終わりだ。次の奴にテーブルを空けてやってくれ。」

 

「諒解。デザートは付かないのか?」

 

 軽口を叩きながら、達也は機体を降下させる。

 20mほど下がったところで右に旋回して、KC46Aの右側下方を追い抜いて前に出る。

 

「残念ながらウチはメシだけだ。デザートなら前線にクラッカーとポップコーンがあった筈だ。そっちに聞いてみてくれ。」

 

「サービス悪いな。セルフサービスか?」

 

「すまねえな。俺達給油隊にはポップコーン(白くて弾けるやつ)は作れねえもんでよ。」

 

「成る程ね。」

 

 無駄口を叩いている間に給油を終えたカチェーシャが達也の左後ろに付いた。

 優香里は既に給油を開始している。

 

「なあ、あんた。デーテルA2ってったら、ハバロフスク基地の国連軍だろう? さっきマーレ01が言ってた『アムルスキー・シュトルマヴィク(アムーツ突撃兵』って、あんたの小隊だろ?」

 

 面と向かって言われるのは気恥ずかしいものがあるが、最近その名前が徐々に売れてきて有名になってきている事くらい達也も知っていた。

 大規模な戦闘がある度に、多勢に無勢で敵に囲まれて窮地に陥っている味方機を達也は幾つも助けてきた。

 

 実を言うと、達也が戦闘中に次々と窮地に陥っている味方機を救っているのは、同胞や友軍を助けたいと云う純粋な思いだけで行っている事では無かった。

 勿論、その理由も無い訳では無い。

 味方機が墜とされれば、その分残された自分達に負担が回ってくる訳であり、また友軍機の数が減り劣勢になれば、戦線の維持も出来なくなる。

 戦線が維持出来なくなれば、敵は前線を押し上げてきて、当然地球人類側は幾つかの基地を放棄して後退するしか無くなる。

 それは達也にとって実に不愉快で、我慢のならない話だった。

 

 しかしそれより何より、味方機を狙うファラゾア機は、その注意が目標としている地球側の戦闘機に集まっているらしく、そのファラゾア機の群れに対して攻撃を加える場合には、最初の突撃に対して、普段から反応の遅い連中がさらに輪を掛けて反応が遅くなる。

 結果、最初の突撃で大量の敵を墜とす事が出来るため、とても効率が良い。

 さらに、いきなり後ろから襲いかかられたファラゾア機達は、当初の獲物を追い続けるか、それとも新たに登場した脅威に対処するかまごつく。

 当初の獲物を追い続ける事を決めた場合、余り反撃してこない敵をとにかく次々に叩き墜とすだけの的撃ちとなる。

 反撃してきたとしても、元々ファラゾアから付け狙われていた味方機が参戦するならば、敵の攻撃を分散させて、僅かではあってもこちらのリスクを低減する事が出来る。

 

 要するに、結果的に窮地に陥った友軍機を助ける形となっているだけであって、実のところは、他に美味しそうな餌をぶら下げて、獲物がその餌に気を取られている隙に後ろからバッサリやるための「餌」として友軍機を使っているに過ぎないのだが、勿論そんな事を口に上らせないだけの分別が達也にはあった。

 達也としては、それだけ沢山敵を殺せる。

 結果的に味方も助かる。

 「アムール突撃兵」などとあだ名を付けられ、変に祭り上げられるのはどうも居心地が悪かったが、お互いがハッピーなのであれば余計な口を差し挟む必要は無いと達也は思っていた。

 

「ああ、いつの間にかそんな大層なあだ名を付けられているな。」

 

「俺の弟が3361TFSに居るんだ。安藤少尉という。あんた達に助けられたと言っていた。相当やばいところを助けてもらったらしい。俺からも礼を言う。」

 

「そうか。弟さんと直接面識はないが、誰かの助けになったのなら喜ばしい事だ。」

 

 コビー04と話をしている内に優香里が給油を終え、達也の右後ろに付いた。

 遙か後方に、どうやら次の給油待ちであるらしい機体が六機ほど現れた。

 

「済まねえ。次の客が来た様だ。あんた達ならいつでも歓迎だ。じゃあな。グッドラック、アサルト(突撃)プラトーン(小隊)。」

 

「世話になった。サンキュー、タンカー。」

 

 達也は機体を右にバンクさせ、白いベイパートレイルを引きながら北に向けて旋回を始めた。

 カチェーシャと優香里の機体がその後に続く。

 六本の白い線が、なだらかな弧を描いて遅い春を迎えた北の大地の空に刻まれていく。

 

「ベルクート04、こちらデーテルA2。給油を完了した。蒼雷三機、戦線復帰する。Zone5-10で良いか?」

 

「デーテルA2、それで良い。Zone5-10だ。ロストホライズンを前線で丸ごと支えているので、グループBを作る余裕が無い。給油が終わって即前線で悪いが、頼む。」

 

「デーテルA2、諒解。Zone5-10。気にするな。それが仕事だ。」

 

 眼下に徐々に緑に覆われ始めたハバロフスクの街がゆっくりと後ろに過ぎていく。

 その向こうに広がる、緩い山並の連なる森の彼方に向けて、達也達三機は真っ直ぐに進んでいく。


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 そう言えばこういう話書いてなかったな、と思って書きました。幕間の様な話ですが。

 戦場で、ふと気の抜ける瞬間の、皮肉やジョークの効いた兵士達の会話、っての好きなんです。


 次回更新、多分一回飛んで火曜日になると思われます。申し訳ないッス。

 

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