29. コムソモリスク・ナ・アムーレ防衛戦
■ 6.29.1
ノーラ降下地点に対するZone5への敵の艦砲射撃で被害を受けたのは、ロシアと中国の国境より北側、ハバロフスクから約300kmほど北西に離れた山岳森林地帯の中で、南西から北東へ向けてほぼ長さ300km、幅約50kmもの大きさがあった。
その焼き払われたエリアの中には、ユダヤ自治州のビロビジャンの街をまるごと含んでおり、しつこいほどに繰り返し艦砲射撃の超大口径レーザーを撃ち込まれた上に、達也が放ったとどめの反応弾頭でビロビジャンの街は完全に消滅したが、ノーラ降下点から僅か500kmしか離れていないこの街は随分前に全ての住人が避難を終え無人であることが確認されていた。
ファラゾアの艦砲射撃は、そのエリア一帯の森の中に散らばり隠されるように配置されていた240mm自走光学対空砲ストレラスヴェータを狙ったものであることが明らかであったが、この艦砲射撃により森の中に七十箇所も隠されていた対空砲陣地はほぼ全壊し、Zone6との境界線に近い領域に配置されていた僅か八箇所のみが艦砲射撃エリア外であったために生き残ることが出来た。
このことは、高い命中精度に支えられ、航空機による攻撃よりも遙かに高い実効的攻撃力を持つ光学対空砲による迎撃をファラゾアが相当鬱陶しく思っていたと云うことの証左であり、地上に配置された射撃精度の高い光学対空砲が効果的な戦力であると云う地球人類側で集計した敵撃墜数から導き出した結論を、実際のファラゾアの反応にてはっきりと裏付けされたこととなった。
ただ同時に、地上に設置された、或いは地上を移動する兵器は、一度狙われたが最後、ファラゾアからの攻撃に対して非常に脆弱であるという従来から判明していた弱点を再確認することにもなった。
敵が集中的に戦力を投入してくるロストホライズン時に於いて特に必要とされる、効果的な攻撃力を持つ地上兵器が、同時にロストホライズンに敵が投入してくる宇宙空間の艦艇からの攻撃に対してかくも脆弱であるという事は、国連軍を初めとして、ファラゾアに対抗しようとしている地球人類にとっての大きな課題となった。
とは言え、固定砲台や対空砲車輌が、通常時は地上に静置され精密且つ効果的な射撃を行い、いざというときには航空機並みの速度で逃げ出せるような、その様な都合の良い解決策などある訳も無く、この問題は何とかしなければならないが、しかし解決が非常に難しい問題として軍部或いは兵器メーカーの大きな宿題となった。
その無惨に破壊されたZone5に残る艦砲射撃の爪痕の上空で達也達は後に引けない戦いを続けている。
殆どの木々がようやく芽を吹き揃え、美しい木々の新緑と日だまりの下生えに咲き誇る春の花々で彩られていた緑の山並連なる六月のシベリアの大地は、遙か上空大気圏の外、高度300km上空に現れた全長3000m以上もある異星の戦艦からの執拗な艦砲射撃により、地表を大きく抉り取られ、高熱によって融けた大地は不気味に黒光りのするガラス質に覆われ、レーザーの着弾による高熱で炭化した木々は赤くちらつく炎を纏って延々と煙を噴き上げ、超高熱によって一瞬で蒸発した地表の土砂は冷え固まって空中を漂う黒い微粒子の煙となって、手が付けられないほど広範囲のあちこちで発生している山火事の煙と混ざり合い巻き上げられて、戦闘空域の視界を酷く悪化させていた。
達也達が駆る地球側の戦闘機は、ノーラ降下地点から侵出してきたファラゾアのロストホライズン部隊をZone5で迎え撃つこととなった。
その発生した成り行きを考えると誰もが顔を顰めたくなるような、戦闘空域全体に大きく広がる濃い黒煙であったが、地球側の戦闘機はその黒煙をファラゾアの長距離射撃から身を隠すための遮蔽体として上手く利用して敵を翻弄し、数十倍の数の勢力を有する敵侵攻部隊をどうにか足止めすることに成功していた。
ファラゾア機がその気になれば、高度10000m以下に於いてさえM3.0以上の速度で飛行して、地球側の戦闘機を振り切ることが出来る。
空気の薄い高度15000m以上の高空となれば尚更のことであり、本気で逃走を図るファラゾア機に追い付くことの出来る地球側の戦闘機など存在しない。
ならばその特性を生かし、ロストホライズン部隊の一部をZone5に残して地球側戦闘機の相手をさせ、残りの数千機でハバロフスクやコムソモリスク・ナ・アムーレと云った拠点や都市を突けば良いだろうにと達也は思うのだが、しかしファラゾアがそのような戦術を採ることは無かった。
そのようなファラゾアの不可解な行動にも多分地球人類、少なくとも達也には想像も出来ない何か連中なりの考えがあるのだろうとは思うが、いずれにしても敵がこちらに付き合ってこの最前線で足止めされてくれるのであれば、決死の覚悟で後方の拠点を防衛しようとしている自分達にとって有り難がりこそすれども文句を言う筋合いは無いと、達也はとりあえず表面的に納得することにしていた。
大量に撃ち交わされるレーザー光線に再び灼かれて消えているのか、或いは飛び回る夥しい数の双方の戦闘機の機動で攪拌されて拡散したか、風の無い日和とはいえども僅かに吹く風に押し流されたか、或いは四発の反応弾の爆発によって吹き飛ばされたか、Zone5に充満する黒煙は、敵戦艦が艦砲射撃を行った直後に比べると随分薄くなってきていた。
艦砲射撃直後はまるで火山の噴煙のように全く向こうを見通すことが出来ないような煙であったものが、今は煙の中に突入しても多少の視界の確保は出来る程にまで透明度が上がっている。
それでもレーザーが長距離通らないことには変わりは無く、遙か100km彼方の敵から不意打ちの遠距離射撃を喰らう危険を余り考慮せず敵の優位を一つ封じた状態で存分に戦えるという意味では、今のZone5は地球側の戦闘機にとって有利な状況にあった。
「次、二時の方向。距離15。高度45。五十機ほどで味方を囲んでいる集団。」
「諒解。」
「諒解。」
煙の中から躍り出てきて、自分達3345A2小隊を狙ってきた三十機弱の敵を撃退した後、達也は周囲を見回して次の目標を選定した後にカチェーシャと優香里に伝えた。
ラジオ波を切れば、敵による探知を逃れ煙の中に隠れて突然敵の近くに姿を現し、不意打ちを仕掛けた後に再び煙の中に隠れるという戦い方も出来るかとも思ったが、攻撃用のレーザーと同じく通信用のレーザーも煙の中では通りが悪くなる為、小隊内での意思疎通を確実にして生き残ることを優先としていた。
煙の外縁部で翼を翻した達也達三機は、同様に煙の外縁部で戦いつつも多数の敵に囲まれて身動き取れなくなっている味方の小隊を発見し、ほぼ同高度から半ば煙に身を隠しつつ接近する。
敵までの距離が10kmを切った辺りで煙の外縁から離れて一機に加速し敵に襲いかかる。
味方機を囲むファラゾア機は、達也達三機を見落としていたか或いは気付いていても差し迫った脅威と認識していなかったか、達也達に襲いかかられ十五機近くも撃破されてやっと回避行動を取った。
敵に追い立てられていた味方機はそれを好機とみて高度を下げ増速しつつ離脱しようとするが、その時には三機の内の一機が撃墜されており、退避行動に移れたのは二機のみだった。
一度敵を蹴散らし、半ば失速しながら急激な水平ターンを行って逃げ惑う二機を追おうとするファラゾアに再度攻撃を加える。
今度は敵も達也達の攻撃を警戒しており、三人で五機墜としただけに終わる。
再度敵を蹴散らした後、達也達三機はそれぞれ別の方向に旋回し始める。達也は上方に、カチェーシャは左、優香里は右下方に。
達也達が散開したのに対して、ファラゾア機は再び集合して逃げる二機を包囲しようとする。
散開した達也達がそのファラゾア機の集団に向けて、それぞれ別の方向から突入し攻撃を加える。
これまで何百回もやってきたのと同じ、達也達三人の得意の攻撃パターンだった。
二機の地球側戦闘機を包囲しようとして、さらにその外側複数の方向から同時に襲いかかられたファラゾア機が、退避する方向を探して僅か一瞬まごつく。
その好機を見逃す達也達では無い。
緩く集団となっていた三十機のファラゾア機群のど真ん中に向けて別々の方向から突入してきた達也達三機は、それぞれ三〜四機ずつ敵を撃破しながら、敵が逃げ出した後の空間に向けて集合するように集まり、一瞬の後また別々の方向に向けて散った。
残り二十機ほどになりつつも、なおも先の二機を追おうとするファラゾア戦闘機群に向けて、方角的に最も近かったカチェーシャが、急激な方向転換で再び食らいつく。
カチェーシャに数機墜とされ、残ったファラゾアはカチェーシャの針路を避けるように動く。
そこに別の方向から達也が突入し、瞬く間に四機を血祭りに上げる。
ファラゾアは今度は達也を避けるように再び動いた。
そこに当たり前とばかりに今度は優香里が突入し、さらに四機を撃墜した。
つい先ほどまで五十機ほどの集団でたった三機の地球側戦闘機を追い回していたファラゾア機は、瞬く間にその数を十二機にまで減らされてしまい、なおもまだ血に飢えた肉食獣のように彼らを付け狙う三機の地球戦闘機が彼らの周りを旋回して突入の隙を窺っている。
追われる立場であった三機の内生き残った二機は既に包囲網から離脱し、危機的状況から脱したばかりであると云うのにも関わらず、多数の敵に嬲られた鬱憤と、同僚を撃墜された怒りを露わにしつつ、達也達三機のすぐ近くで隙あらば同時に突入して仲間の仇を討とうと虎視眈々と様子を窺っている。
実際のファラゾア機の間でそのようなコミュニケーションが行われたかは不明であるが、残る十二機のファラゾア戦闘機は、相対する敵機数の1/3を切ったら離脱するという従来のファラゾア戦闘機群の行動パターンそのままに、まるで示し合わせたかのようにそれぞれ別の方向に向けてほぼ同時に退避し散っていった。
「助かったぜ、デーテルA2。恩に着る。あのままだとジリ貧でなぶり殺しにされるところだった。」
達也達が助けた小隊は、同じハバロフスク航空基地の3361TFS所属機である事が、機体に重なって表示されるHMDのTDボックス脇に青字で示されたIFF情報で確認出来る。
「墜とされた奴には悪い事をした。間に合わなかった。」
「大丈夫だ。イーゴリの奴はこの程度で死ぬタマじゃねえ。歩いてでも帰ってくる。」
他でも無い達也が放った反応弾の爆心地から約50kmほど離れているので、放射性降下物が風に乗って大量に流れてこない限りは、高レベル被曝の危険性も少ないだろうと思われた。
そもそも使用した反応弾は起爆のために原子爆弾を使用しないため、一昔前のものに較べてその手の放射能の放出量が極端に少ない。
「そうか。無事を祈ろう。じゃあな。幸運を。」
「そっちもな。幸運を。」
言葉を交わし、達也達は南方へ、3361TFSの二機は北方へ向けてそれぞれ旋回して別れた。
「残燃料が20%を切った。補給に戻るぞ。そっちは?」
「25%。異論なし。」
とカチェーシャ。
「30%。諒解。」
相変わらず優香里は他の二人よりも省エネ飛行が上手い様だった。
「ソヴァ03、こちらデーテルA2。フュエルビンゴ。RTB。」
「デーテルA2、RTB、諒解。こちらソヴァ05。気をつけて帰れ。すぐに戻って来いよ。ハバロフスクに日本軍のタンカーが出ている。」
「珍しいな。随分気合い入ってるじゃないか。」
AWACSが帰投申請を承認した事で、既に進路変更に入っている達也が言った。
AWACS同様、空中給油機もファラゾアに対抗出来る兵装や速い脚を持っている訳では無いので、高価な機体が簡単に撃墜されてしまう事を嫌って、戦闘時に前線近くに出撃してくる事は希だった。
特にここ数年、新たに投入される戦闘機の殆どがモータージェット推進を装備している事から、
AWACSの方はダムセルフライとメイフライという、例え機体が撃墜されても人的損害が発生しないシステムを既に実戦投入しているが、空中給油機の方にはその様な新型機の投入はまだ行われていない。
その為、空中給油機が戦線から僅か数百kmのハバロフスクまで進出してくるのは、かなり異例の事と言って良かった。
「KHVは今や戦闘機二百機を抱える大所帯だ。給油待ちの大渋滞になりそうだからな。」
「成る程。じゃ俺達も給油ラッシュの渋滞に巻き込まれない様に早めに帰る事にする。」
「それが良い。で、早く戻ってこい。」
「諒解。」
達也達3345A2小隊の三機は、フュエルジェットを使用したままスーパークルーズで戦場を離脱すると、Zone7に進入する辺りで推進をモータージェットに切り替え、春先の緑色に変わり始めた大地の遙か先、ハバロフスクを目指してその翼を並べた。
いつも拙作お読み戴きありがとうございます。
日本空軍の空中給油機はやっぱりKC46Aですかねえ。ファラゾア来襲前に導入され、良い代替機が無い(というよりそもそも空中給油機の需要が低下した)ため、そのまま使い続けている的な。