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A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第六章 大中华帝国的衰落
153/405

28. 戦略的決戦兵器


■ 6.28.1

 

 

「少佐。出る。Zone6まで下がってくれ。」

 

 部隊内のチャンネルで高崎少佐に告げると、達也は少佐からの返答も聞かずにすぐにチャンネルをロストホライズン時専用に切り替えた。

 このチャンネルはAWACSにのみ使用が許可された周波数で、始末屋(EXECUTOR)はそこに特別に割り込みを許可されている。

 

「ソヴァ01、こちらデーテル・・・もとい、X01。反応弾による攻撃を行う。味方機をZone6に下げろ。」

 

 諦めるにはまだ早い、と思った。

 まだ全てを試していない。出来るかも知れないことを、「どうせ無理だ」と諦めるのは気に入らない。

 手元には虎の子の反応弾が四発、未使用のまま翼下にぶら下がっているのだ。

 反応弾そのものが無効化された訳じゃ無い。その使い方の内の一つが使えなくなっただけで、どうにかして敵のいる場所に送り込んで爆発させる事さえ出来れば、未だ反応弾はファラゾアに大打撃を与える事の出来る有効な兵器なのだ。

 Zone5から立ち上る濃い黒色の煙の向こうに見え隠れするファラゾア機で構成された雲を睨み付けながら達也は、AWACSに反応弾の使用を宣言した。

 

「X01、こちらラスカ01。聞いて無いのか? X02の反応弾は無効化された。撃墜されたんだ。撃っても、ミサイルは撃墜されるだけだ。」

 

 ソヴァ01からではなく、この戦闘空域全体を管制するラスカ01からの返事を聞きながら、達也はスロットルを開け、高度を急激に下げた。

 

「聞いている。諦めるにはまだ早い。まだやり方はある。いいから、味方機をZone6まで下げろ。全速で、すぐにだ。」

 

 リヒートによる加速に加え、位置エネルギーを速度に変換する事で、達也の機体は急激に加速する。

 無理だ何だと騒いでいるAWACSに、早くしろこちらはもう攻撃態勢に入っている、と告げてラジオをOFFにして問答無用に通信を切った。

 押し問答をしている時間は無い。

 間に合ってくれ、と思いながら、まるでそうすればさらに出力が上がるとでも云うかの様に、最大位置に押し込んだスロットルにさらに力を加えて押し付ける。

 

 高度1500mという低空では、空気の密度が高い為に、空気抵抗が大きく速度が上がらない。

 しかし高度を上げてしまうと今からの攻撃が不利になる。

 達也は搭載した空対空ミサイル全ての探知・追尾機能を無効化して、直進で50km飛行した後点火するようにコマンドを入力した。

 ミサイルはファラゾアからのハッキングを避けるために、発射して一度機体から切り離されると一切のコマンドを受け付けなくなっている。

 本来なら、戦闘空域全体を俯瞰的に眺めるAWACSからのコマンドをロードするか、或いは自分で周りの状況をよく検討してコマンドを入力するべきなのだが、今はそんな時間を取っている暇など無い。

 とにかく真っ直ぐ飛んで所定の距離で爆発する。

 そんな大昔のロケット砲のような挙動の方が、今は使い易い。

 

 艦砲射撃が大地を抉った爪痕からは、森の木々が燃え盛る煙が依然激しく噴き上がり、その両端は見えないほどに遙か彼方から、左右に横切る巨大な黒煙の壁となって眼の前に横たわっている。

 少しずつ位置を変え何度もレーザー照射された事で、幅数十km、南北に長さ数百kmの、火事で発生する煙と、レーザー照射で蒸発した大量の土砂から生成した火山灰のような粉塵が混ざり合った、巨大な濃い煙の壁となっている。

 今日はあまり風が強くないのが幸いしたな、と、僅かに風にたなびきつつ数千mの高度にまで達して立ち上る煙の壁を見上げた。

 まだ敵機群は煙の壁の向こう側だ。

 間に合ったな、と、達也はHMDバイザーの下で嗤った。

 

 タクティカルマップを一目確認し、機首を南に振る。

 操縦桿上面のリリースボタンを押す。

 ダミーミサイルが翼下パイロンを離れて僅かに落下し、すぐにロケットモータに点火して白い煙を噴きながら遙か前方に向けて真っ直ぐ突進を始める。

 ウェポンセレクタで反応弾頭ミサイルを選択。

 機体の進路を変え、ダミーミサイルとは異なる方向に向けてリリース。

 

 さらに進路を北に振り、濃い煙の向こうに見えないが、GDD索敵でロストホライズン前線の中央より手前に向けて反応弾頭をリリース。

 少し逸らしてダミーをリリース。

 そうやって、四本ずつのダミーと反応弾頭を織り交ぜながら、全てのミサイルをリリースし終わる頃には、ロストホライズンの最前線が煙の壁のこちら側に到達しようとしていた。

 

 達也が撃ったミサイルは、厚い煙に阻まれて敵には見えない。

 見えていたとしても、煙の中からレーザーで撃ち墜とす事は出来ない。

 煙は雲とは違う。

 煙の粒子もレーザーで蒸発させる事は出来るだろうが、雲の水粒子に較べて遙かに蒸発させにくく、透明化し難い。

 上昇気流で常に動く厚い煙の壁を撃ち抜くのは、不可能だ。

 

 全てのミサイルをリリースし、爆発に巻き込まれないために急旋回して離脱しようとする達也の眼の前で、煙の壁を突き破りファラゾアの戦闘機が飛び出してきた。

 突き抜けた煙を纏い尾を引きながら、黒灰色の壁を突き破って次々と白い機体が湧き出してくる。

 敵集団の最前面がちょうど煙の壁のこちら側に到達したようだった。

 

 もう遅い。ざまあみろ。

 達也はヘルメットの中で暗い笑いを浮かべながら、スロットルを全開に保持したまま旋回する。

 

 達也が煙の壁と、それを突き抜けて続々と踊り出てくるロストホライズンの最前線に背を向け、全速で離脱する中、最初の反応弾が煙の壁の中で爆発した。

 

 灰色の壁の中でまばゆい光が発生する。

 爆発衝撃波で煙が大きく吹き飛ばされ、膨れあがる。

 衝撃波はそのまま煙を吹き飛ばし、巨大な核融合の炎の煌めきが目も眩む強烈な光をまき散らして辺りを包む。

 

 僅か60km程度しか離れていない達也の機体も、背を向けたその強烈な光に照らされ、コンソール上にキャノピフレームの濃い影が、まるで南国の強烈な日差しに照らされたかのようにくっきりと明暗のコントラストを焼き付ける。

 同時に大量の放射線シャワーが達也の機体を襲うが、機体後部に搭載された核融合炉から発生する放射線からパイロットを防護するために操縦席後方に設置されている放射線(ラジエーション)障壁(バリア)が達也の身体を護る。

 

 煙の中で次々と核融合の炎が点火され、まるで大きな穴を四つ並べて開けられた煙の壁の中に、それぞれ煌めく光の華を設置したかのような幻想的な光景が地球側の防衛隊の眼前に広がった。

 その光の華は、大地が燃えて沸き起こす煙よりもさらに濃く白い煙を発生し、その大量の煙は爆発熱による強烈な上昇気流に乗って特徴的なキノコ型の雲へと形を変えていく。

 

 ほぼ20kmほどの間隔を開けて炸裂した四つの反応弾は、まさにちょうど煙の壁を抜けようとしたロストホライズンの最前線のすぐ内側で炸裂した。

 ダミーを含めた八発のミサイルは全てファラゾアに探知されていたが、達也の思惑通り、ミサイルを撃墜するためのレーザーは、先の艦砲射撃によって蒸発した土砂が冷えて固まった大量の粉塵と、発生した火災からもうもうと立ち上る煙との混合物となった分厚い微粒子の雲を突き破る事が出来ず、そのまま前進したロストホライズン部隊の真下で爆発することとなった。

 

 反応速度の遅いファラゾア機とは言えども、反応弾の起爆と、爆発によって発生し大気中を伝播する爆発衝撃波の到達との間にある時間差は、彼らが退避行動を取るのに十分なものであった。

 そのため爆心から10kmも離れた場所に存在したファラゾア機は、反応弾の爆発を感知した後すぐに高度を取り、空気抵抗の少ない高空で持てる運動性の本来の力を発揮して退避行動を取ることで被害を免れることが出来た。

 また、数千m程度の高さしか持たない煙の壁の、最も濃度の高い部分を使ってファラゾア機による迎撃を避けようとした達也の采配により、反応弾頭が炸裂した高度が5000m前後であった事も、ファラゾア機が高空へと退避することを容易にした。

 

 そのため、この四発の反応弾によるファラゾア機破壊数は、敵ロストホライズン前線のすぐ内側で炸裂したという絶好の起爆位置であったにも関わらず、推定千五百機弱程度に止まった。

 しかしこの反応弾攻撃の成功は、実際のファラゾア機撃破数よりも、先の一回目の反応弾頭ミサイル攻撃が無効化され失敗した後さらに、ファラゾア戦艦による圧倒的な艦砲射撃の威力を目の当たりにして意気消沈しかけていた地球人類兵士達の戦意を鼓舞する事に劇的な効果を与えた。

 手の届かない宇宙空間からの、抗うことも防ぐことも出来ない絶望的な力の差を見せつけた攻撃によって発生した大量の煙の壁という戦場の混乱を逆手にとり、地球人類にとって最大の攻撃手段である反応弾攻撃を見事敵のど真ん中に撃ち込んだその見事な反撃は、人類或いは地球という星に対して看過できない破滅的な影響を及ぼす反応弾を大気圏内に於いて用いたという、全ての兵士達が少なからず感じる負の感情を上書きして消し去るだけの歓喜の感情をもたらす程の快挙であった。

 

「ラスカ03より空域全機に告ぐ。反応弾攻撃により、敵ロストホライズンの足が止まった。反応弾による撃破および、離脱した敵機は約三千。残敵数推定一万二千。各隊はZone5に再度進入して残敵を迎撃せよ。」

 

 攻撃を終え、単機突出を避けるためにZone6に退避している友軍の集団に向けて飛行する達也が、状況を確認するために再びラジオをONにすると、戦闘空域全体を管制するAWACSからの通信が飛び込んできた。

 

「X01、こちらラスカ01。聞こえているか? 良くやった。流石だ。大仕事を終えたばかりで悪いが、そのまま原隊復帰して迎撃に当たってくれるか。」

 

 先ほど一方的に達也の方から通信を打ち切ったラスカ01からもこの後の行動の指示が来た。

 

「ラスカ01、こちらX01。諒解。3345TFSに合流して、敵を迎撃する。ジェット燃料が心許ない。早めに給油離脱する。」

 

「X01、ラスカ01。諒解だ。少々早弁するくらい、誰も文句は言わないだろう。」

 

「X02はどうしてるか分かるか?」

 

「X02は先ほどKHVハバロフスキー・アエロポルトに到着した。現在補給中。」

 

「ミサイルは要らないと言ってやってくれ。この後は混戦になる。使う事は無いだろう。」

 

「諒解。伝える。」

 

「X01、3345TFSに合流し、迎撃行動に移る。」

 

「ラスカ01、諒解。スパシーバ、カミカゼ。」

 

 通信を終えると、ちょうど前方にZone5に向けて進出してくる地球人類側の航空機群が見え始めた。

 正面よりもやや南寄りに、3345TFSがこちらに向けて飛んでくるのが見える。

 達也は一旦上昇して、編隊の上空からスプリットSの要領で反転して合流した。

 

「お疲れさん。見てたぞ。大成功だな。」

 

 高崎少佐から通信が入る。

 

「このまま迎撃行動に移る。ジェット燃料が余りない。先に離脱する事になる。」

 

「構わんよ。抜けるときは小隊ごと抜けろ。」

 

「諒解。」

 

 ダブルデルタの編隊を組んで、3345TFSは敵を迎え撃つため音速を超えたスーパークルーズで真っ直ぐにロストホライズンの敵部隊に向けて突き進む。

 

「ユカリ、カチェーシャ。何か問題は?」

 

「無いわ。」

 

「強いて言うなら、しばらく小隊長が不在だった事くらいね。」

 

 と優香里。

 

「寂しかったのか。」

 

「弾除けが居ないと危なくてしょうがない。」

 

「抜かせ。燃料は?」

 

「50%。」

 

「45%。」

 

「そうか。俺は40%だ。俺の燃料が20%を切ったところでリフュエリングに離脱する。」

 

「12、諒解。」

 

「13、コピー。」

 

「空域の全機へ。敵はまだZone5の反応弾攻撃地点辺りで停滞している。連中が移動を再開する前に迎え撃つ。グループBをZone5に投入する。グループCをZone6に前進させてバックアップさせる。ウラジオストク周辺のロシア軍部隊と、日本空軍と海軍航空隊でグループDを形成した。ネリマのUN(国連軍部隊)を中心にグループEを編成中。バックアップは手厚い。全機、喰らい付け。」

 

 既に声だけで分かる様になったラスカ01からの指示が、全員のレシーバーに響く。

 後方の基地の部隊を使って次々とバックアップを編成して前線に送り込む。

 即ち、ここは絶対に通さない、という意志の現れだろう。

 

 反応弾の爆風と熱線で、一部は森林火災が消火され、逆に熱線で新たに燃え広がった場所が出来、まだら模様に黒煙を上げるZone5に突入した。

 敵はなぜ動かないのだろう、と達也は思った。

 地球の戦闘機群よりも遙かに高度な通信方法を持ち、遙かに効率的な指示系統を持っているのではないのか。

 奴等は分からない事だらけだ、とまるで地球側の戦闘機を迎え撃つかの如く、黒煙立ち上る戦闘空域に浮かぶ無数の銀色の点を睨み付ける。

 

 達也達3345TFSを含め、Zone5に対する艦砲射撃に生き残った百十七機の地球製戦闘機達が、士気も高くたなびく黒煙を突き抜けて、未だ百倍もの数的優位性を保つ敵に襲いかかる。

 その後方には八百機からなるバックアップの部隊が用意されつつあったが、それら全てを合わせてもまだ、数的戦力差には十倍以上の開きがあるのだった。


 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 色々と強引にこじつけたところはありますが、どうにか反応弾の使用まで漕ぎ着けました。


 AWACSの名称が色々出てきますが、ソヴァはZone4~6の戦線南方(方位09以南)を担当し、ラスカは同北方(方位09以北)を担当しています。ベルクートはZone7以遠の南方即ちハバロフスク、ウラジオストク方面のバックアップ部隊の交通整理を担当しています。

 以前、本作初頭で出てきたロシア航空宇宙軍のベルクートと同一の部隊です。

 ソヴァ、ラスカは国連軍の部隊ですが、ベルクートはロシア軍の部隊となります。


 途中からラスカが戦線全体を担当する事になっていますが、ロストホライズンが発生し方位11に向けて侵攻し始めると、ソヴァはこれに細かく対処するために謀殺されるので、戦場全体のコントロールを比較的手の空いているラスカに任せた、という形になっています。

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