表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
A CRISIS (接触戦争)  作者: 松由実行
第六章 大中华帝国的衰落
152/405

27. 再侵攻


■ 6.27.1

 

 

 3345TFS隊長機である高崎少佐の駆る蒼雷が、リヒートの青い炎を引き雲の多い空を切り裂いて進む。

 コンソール上の戦術(タクティカル)マップには、前方を突き進むファラゾア機の集団が表示されている。

 紫色で表示されるマーカーの集団は、明らかに進行方向が尖った二等辺三角形の群れを形成しており、空中の地球側戦闘機や、地上の対空砲の攻撃を受けても、それを避けるための進路変更など全く思慮の外にあるといった風に、速度M3.2で脇目も振らずに真っ直ぐに突き進んでいる。

 脇から攻撃をかけ続ける地球側の戦闘機に対して、散発的に反撃は行っているようだが、そもそもが反撃よりも突進に重きを置いている様で、十分に警戒しつつ攻撃を行っている地球側の戦闘機隊に対してほとんど損害を与えられていなかった。

 

 とは言え、その集団にそのまま進まれてしまっては、ノーラ降下点に対するZone5からZone8に構築した防衛ラインを突破されてしまうことが確実である為、地球側の戦闘機隊は敵の反撃を警戒しつつもその敵機群に対して遮二無二攻撃を加えていた。

 戦闘機からの攻撃もさることながら、足下の針葉樹林帯の中に身を隠している最大で4機/秒の攻撃能力を持つ240mm自走式光学対空砲3LZA-4C2ストレラスヴェータによる対空攻撃はすさまじく、ファラゾア機群の集団が未だZone4で不気味に停滞するロストホライズン侵攻部隊を離れたときには五百機程であった筈のその紡錘形の集団は、Zone5からZone6へと移ろうとしている今、その数を三百機に満たないところまで減じていた。

 

 従来の対空砲というものは、音速で飛び回る航空機を同じく音速程度で射出される対空砲弾で迎え撃つというものであり、砲弾が航空機の未来位置に到達する頃には航空機の側も回避行動を取るなどの対処をしているため、お世辞にも命中率の高い攻撃方法であるとは言えなかった。

 対空砲の砲弾を火薬の激発で打ち出される実弾体から、核融合炉(リアクタ)から供給される有り余る電力によって発振されるレーザーへと変更したことで「弾体」が目標に到達する時間をゼロにすることが出来たため、未来位置の予測射撃は無用の技術(テクニック)となり、直接照準によって砲撃した瞬間に「弾体」は敵機に弾着する様になった。

 命中精度は桁違いの向上を見せ、砲塔の振動などで発生するブレによる照準外れ以外で的を外すようなことが皆無となった。

 

 そもそも光学砲であるので発射による振動など発生するわけもなく、唯一リアクタや大型のレーザー発振器から生成する大量の熱を放熱するためのクーラント用送液ポンプの駆動のみが射撃精度に影響を与える振動の発生源であるため、僅かなブレが大きな誤差を発生する超遠距離射撃でもなければそのような振動さえも考慮する必要は無いのだ。

 安定した台座と、文字通り光の速度で目標に到達する「砲弾」を手に入れ、GDDと光学シーカーを組み合わせた半自動式の照準システムを与えられたストレラスヴェータ対空砲は、たとえ攻撃目標が人類の遙か先を行く技術を持つファラゾアの戦闘機であっても極めて高い命中精度を誇った。

 

 地上からの正確無比な対空砲火に大きく助けられ、エリア11のほぼ北端を東南東方向に向けてひたすら直進するファラゾア機の集団に襲いかかった3345TFSは、ファラゾア機が進行方向を変えて反撃してこないことを良いことに、まるで原野を真っ直ぐ逃走する草食獣に襲いかかる猛獣のような勢いでファラゾア機の集団の後方に食らいつき、短時間の内に集団をほぼ壊滅状態へと追い込んだ。

 しかしながら、音速の3倍以上の速度でひたすら直進するファラゾア機の集団に対して、トップスピードよりも格闘戦能力を重視して設計された3345TFSの駆る蒼雷では、高度6000mに於いて全速でもM2.5強程度の速度でそれに追いすがるのがせいぜいであり、時間の経過と共に引き離されて徐々に距離が開き、最終的には搭載する180mmレーザー砲の有効射程外へと逃げられてしまった。

 3345TFSがファラゾアの集団を追ってZone7-11へと到達する頃には、もうどれほどレーザーを乱射しようとも敵にほとんど被害を与えられないだけの距離が開いていた。

 

「ソヴァ03・・・と、この辺りだとベルクートの管轄か? ベルクート、こちらデーテル01。エリア11北側の集団を逃してしまった。これ以上の追跡不能。七十機程が後方に抜けた。済まん。」

 

「デーテル01、こちらベルクート02。良くやってくれた。感謝する。七十機程度なら、ペレヤースラフカから上がるスクランブルと、ハバロフスク防衛ラインの対空砲座で対処できる。十分だ。」

 

「そう言ってくれるとありがたいが。エリア11には南側にもう一つ集団がいなかったか?」

 

「そっちはクラーチカとティーグルが対処した。ソイツも込みでハバロフスク防衛ラインで何とかなるだろう。」

 

「わかった。少し安心した。デーテル、Zone5-10へ復帰する。」

 

「デーテル、燃料は大丈夫か?」

 

「大丈夫だ。まだ半分以上ある。」

 

「オーケー。グッドラック、デーテル。」

 

「スパシーバ、ベルクート。」

 

「ベルクート02、こちらデーテル04。始末屋(EXECUTOR)はどうした? 反応弾が使用されたのを探知できなかった。もうとっくに点火されているはずだ。」

 

 達也は思わず口を挟んだ。

 エリア11北側の敵集団に対処する直前、武藤が始末屋の任務で隊を離れて単機でZone4へと向かった。

 ベルクート02に言ったとおり、Zone4で一時的に停滞している敵ロストホライズン部隊に対してとっくの昔に反応弾が使用されている時間の筈だった。

 しかし達也は、その爆発の閃光も見かけていなければ、反応弾点火特有の大規模で鋭い電磁波ノイズを探知した記憶も無かった。

 ということはもしかすると、と、悪い方向に思考が向く。

 

「デーテル04。詳細はソヴァの誰かに聞いてくれ。こっちで知ってる限りじゃ、始末屋の攻撃は無効化されたらしい。発射した八発全てがファラゾアに撃墜されたと聞いた。大丈夫だ。X02は生きている。X02は現在弾切れでハバロフスキー・アエロポルトへ帰投中だ。これはこっちで確認済みだ。」

 

 武藤が無事との知らせに内心胸を撫で下ろすが、しかしベルクート02からの通信は聞き捨てならない情報も含んでいた。

 やはり、というべきか、やっと今になってと言うべきか。むしろ今まで何度も同じ手を使えたのがおかしいほどだった。

 ファラゾア戦闘機群は、地球人類側の戦闘機からロストホライズン攻勢部隊に向けて発射される空対空ミサイルを明確な脅威と認識して対処してきたのだ。

 つまりそれは、ロストホライズンの全面に何発もの反応弾を撃ち込むことで多数の敵を破壊する、或いはロストホライズンの継続を阻止する、というこれまでの方法が、今後はもう使用できないという事を意味している。

 

 元々ファラゾアは、来襲当初から地球側のミサイルを完全に無視していた。

 何km、或いは数十kmも彼方から発射され、たかだかM5.0程度の速度しか出すことが出来ないため、発射後数十秒もかけてのんびり飛行してやっと敵に到達する様な地球側のミサイルなど、一瞬で進路を変えることが出来るファラゾア戦闘機にとってただの空中を飛ぶ障害物でしか無かった。

 地球側のミサイルがどれほどファラゾア機に食らいつこうとしようとも、ミサイルが接近し近接信管が作動する前にファラゾア機はその高機動力で避けて躱してしまえば良いだけだった。

 まるで軽やかに身を翻して突進する雄牛を躱してしまう闘牛士のように、あと一歩のところで目標に身を躱されてしまったミサイルは、目標を見失うか、或いはしつこく目標を追尾しようとしてもたもたと旋回し始める。

 目標を見失ったミサイルが運良く次の目標を見つけて追尾を始めたとしても、やはり再び避けられる。

 同一目標をしつこく追尾しようとも、どのみち再び避けられる。

 何度もそれを繰り返す内にミサイルはロケット燃料を燃やし尽くし、推力を失って地上に落下する。

 どれほどファラゾア機が鈍間であっても、数十秒もかけてのんびり飛んでくるミサイルを避けられないわけがない。

 そして速度も遅く、大振りな旋回しか出来ない地球製のミサイルが、速度M10.0から鋭角で瞬間的にターンできるファラゾア機を補足できる筈がなかった。

 それが達也達地球側のパイロットがミサイルを一切当てにしていない理由であり、同時にファラゾアが地球製のミサイルを歯牙にもかけない理由であった。

 

 ロストホライズン時にファラゾアの大部隊に向けて反応弾頭を搭載した空対空ミサイルを撃ち込むという対処法は、地球製のミサイルを舐めきってまるで対抗策を採らないという、そのファラゾアの隙を突いた対抗策だったのだ。

 その前提が崩れた。

 これで人類は、ロストホライズンに対する効果的な対処法を失った。残るは、戦闘機や対空砲と言った通常兵器をとにかく数を揃えて力押しするしかない。

 

 拙いな、と達也は自身の機体の翼下パイロンに吊り下げられた四発の反応弾と、同数のダミーミサイルを横目で見ながら思った。

 今まさにZone4でこちらを伺っているロストホライズンのファラゾア機群に対抗する手段が無くなってしまった。

 

 突然の鋭い光に、達也は思わず光が差す方向を見た。

 自分から見て十時の方向に、それはあった。

 

 高度5000mを飛行する自分達と同高度か少し下方に折り重なるようにして漂う白い雲。

 その雲の連なり遙か彼方に、半ば掠れる様に銀色の光を発する一本の細い糸が、遙か空の彼方から真っ直ぐ引かれていた。

 非現実的な光景に、それが何か一瞬解らなかった。

 

 銀色の糸はゆっくりと横に動き、空を漂う雲と接触すると激しく光を発し、そして雲は鋭い白光を発してまるでその糸を忌避するかのように避けて脇に移動する。

 それがただの銀色の糸でないことは、ゆっくりと動くその糸が地上に接触した場所で激しく爆炎と土煙が上がっていることから明白だった。

 僚機の誰かが呟いた。

 

「なんだありゃ・・・」

 

「艦砲射撃だ! 少佐、絶対近付くな! 戦艦の超大口径のレーザーだ!」

 

 イスパニョーラ島での惨事を思い出し、達也は思わず叫ぶ。

 そうしている間にも、レーザーが大気中の水分や塵を超高熱で燃え上がらせて可視化した銀の光の糸は達也達の眼前をゆっくりと横切っていく。

 その動きは距離があるのでゆっくりに見えているが、実際は毎秒数kmという速さで地上を薙ぎ払うように動いている。

 また一本、新たな銀の糸が現れ、先の光の後を追うようにして地上を薙ぎ払う。

 さらに一本。移動した後にまた一本。

 無数の銀の糸が、次々と地上を撫でて移動する。

 

 何度かの薙ぎ払うような艦砲射撃で、レーザーが通った後の空間の雲は全て蒸発し、上空にはレーザーの通り道のような何も無い空間が出来ている。

 その空間を通ることで、敵戦艦のレーザー砲は比較的拡散すること無く高いエネルギーを保ったまま地表に到達する。

 焼き払われ爆発した地上からは、飛散する土塊や炎から発生する煙が大量に舞い上がるが、そんなものはお構いなしとばかりに次々にレーザーが打ち込まれ、滞空する煙や土もろとも地上を再び焼き払う。

 滞空する土塊がレーザーによって連続的に蒸発爆発するが、地上に到達したレーザーはより大規模な爆発を起こして、さらなる土塊と煙を辺りにぶちまける。

 

 それが何度も何度も、僅かな間隔を開けて繰り返される。

 戦艦が備える直径1mを優に超えるレーザー砲光が当たった地表は、一瞬で数百万度、或いは数千万度に達し、土も水も木も何もかもが混ざり合い熔けて爆発的に蒸発し炎を吹いて燃え上がる。

 秒速数kmという移動速度で地表が薙ぎ払われ、一瞬で何kmもの長さの線状の爆発が起こり、再び別のレーザーに灼かれてまた爆発する。

 可燃物が燃えた煙と、蒸発した諸々のものが冷えて微粒子固体化した黒い煙は、爆発による強烈な上昇気流に煽られ、高度5000mにも達そうとしていた。

 

「な・・・んだ・・・ありゃあ。クソやべえぞ、おい・・・」

 

 宇宙空間から戦艦のレーザー砲塔で直接攻撃されるという非現実さと、その攻撃がもたらす圧倒的な破壊の光景と、一瞬で数kmという距離が繰り返し焼き払われるという非常識な被害範囲とを目の前に叩き付けられ、高崎少佐は呆けたように呟く。

 呟いただけ少佐はまだましな方で、他のパイロット達はその圧倒的な破壊力を目の当たりにして声も無くただ呆然と眼を見開いて、目の前に広がるなだらかな起伏が続く針葉樹林の森が燃え上がり爆発して吹き飛ばされ捲れ上がる様を見ていることしか出来なかった。

 

「空域を飛行する全機。こちらソヴァ02。悪い知らせだ。先ほどの敵戦艦からの艦砲射撃で、かなりの味方機が撃墜された。現在被害確認中。併せて、Zone5に布陣していた自走対空砲の大半が破壊された。こちらも被害確認中。」

 

 達也はHMDバイザーの下で思わず顔をしかめた。

 虎の子の反応弾頭搭載空対空ミサイルは無効化された。

 戦闘機よりも大口径の砲を持ち、高い命中精度を誇った地上の自走対空砲はもうほとんどが存在しない。

 空を守る戦闘機も、その数をかなり減じたという。

 どうやって遙か前方に白銀に煌めく微粒子が集合した雲のようにそそり立ち、こちらを窺うZone4の敵を撃退すれば良い?

 達也はコンソールのタクティカル・マップを睨み付ける。

 マップの上側1/4程は、あまりにマーカー数が多過ぎて既に個体表示できなくなったファラゾア部隊の敵密度を色分けして表示した、虹のような色合いの表示で覆われていた。

 水面に広がった油の虹色のギラつきのように、刻々と模様を変えていくその表示に、達也は冷たく暗い深みにはまり込んだような、強い絶望を感じた。

 

 強大な敵。

 それに対抗する自分達は、有効な対抗手段を全て潰され、あまりに非力だった。

 

 そして、畳み掛けるような情報がもたらされる。

 

「空域を飛行する全機に告ぐ。こちらラスカ01。さらに悪い知らせで済まないが、敵ロストホライズンが再侵攻し始めた。推定敵勢力一万五千。進路変わらず15。速度M2.6。高度30から120。ロストホライズン針路はコムソモリスク・ナ・アムーレ。Zone5に敵の艦砲射撃による大量の爆煙があり視界が極端に悪化している。注意せよ。なお、Zone5の対空砲による支援は期待できない。繰り返す。敵ロストホライズン部隊が再侵攻を開始。推定勢力一万五千。針路15・・・」

 

 いつも拙作お読み戴きありがとうございます。


 敵の艦砲射撃は、小煩い対空砲を殲滅する為のものです。勿論、ついでに空中の戦闘機を巻き込むのを狙っています。

 ファラゾア戦艦の艦載レーザー砲は、口径1200~1800mmの単装旋回式砲塔と考えて下さい。(某宇宙戦艦の様な長い砲身はありません) そのクラスの砲塔が、3000m級戦艦で通常50門以上搭載されています。

 所詮レーザー砲でしかないので、到達距離は150~200万km、動目標に対する有効射程距離はたかだか30万km以下です。

 「大口径なだけの所詮レーザー砲」なのですが、局地戦で地上に向けてぶっ放されると地上兵力にとってはシャレにならない事になります。レーザー砲は線制圧兵器です。(この場合、大気圏内を飛ぶ航空機は「地上兵力」扱いです)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
光とか言うよっぽどのことがない限り真っ直ぐ飛んでいく奴に真っ直ぐ飛べるように補助してやる砲身なんていらないとしても、やっぱり大口径主砲に超長砲身が無いのは味気ないよな〜って。(超長砲身主義者) 見た目…
[一言] 「ああ、そうだった。いや、〇〇〇〇〇〇〇〇の話をするなら、その前に〇〇〇〇〇〇〇の話をしておく必要があるだろう。後略」 …ずっと先の話かと思ってましたが、この台詞って今回の状況打破への伏線だ…
[一言] うーんこっから人類側が勝利する流れが想像つかなすぎるな
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ